産業医・産業医科大学のあり方に関する検討会報告書が指摘するもの~中小企業の産業保健活動
西野方庸(関西労働者安全センター事務局長)
目次
産業医・産業医大のあり方に 関する検討会の報告書
産業医制度のあり方などについて検討するため、厚生労働省に設置された「産業医・産業医科大学のあり方に関する検討会」の報告書が、この8月9日に公表された。
産業医制度については、法律上労働者数50人以上の事業場に選任が義務付けられているが、活動が低調であったり、選任自体がなされていなかったりすることもめずらしくなく、また、全労働者の約6割が働く小規模な事業場には選任義務がないことなど、課題が指摘され続けてきた。
この検討会は、労働基準局長が昨年3月に設置したもので、趣旨は開催要綱につぎのとおり述べら れている。
「産業医の制度は、昭和47年の労働安全衛生法の制定の際に、それまでの『医師である衛生管理者』を引き継いで法制化された。また、産業医を養成するために、昭和53年に産業医科大学が設立され、これまで、産業保健に係る高度で専門的な知識を有する二千名以上の卒業生を輩出してきた。 近年、産業保健をめぐっては、アスベストによる健康障害や、過重労働、メンタルヘルス等新たな課題が生じており、こうした問題を含め、労働者の疾病予防や健康確保を推進するためには産業医の役割は従来にも増して重要となっている。
こうした中で、
- メンタルヘルス等新たな課題等にも対応しうる産業医を産業医科大学を中心に如何に確保するか
- 産業医科大学における高度で専門的な能力を有する産業医の育成を、今後、如何に進めるか
- 労働者の健康管理はすべての労働者にあまねく必要であるが、産業医の選任義務のない小規模事業場をはじめとする中小企業において、産業医による健康管理を如何に進めるか
- 産業医活動を行うのにふさわしい拠点の確保や産業医のネットワークの形成を如何に進めるか
等の課題が存するところである。
こうしたことから、労働基準局長が参集を求め、産業医や産業医科大学のあり方を検討することを目的として、この検討会を開催する。」
検討項目としてあげられているのは、
- 産業医の役割及びその育成等に関する将来ビジョン
- 産業医科大学の将来像及びそのあり方
- 中小企業における産業医活動促進のための労働衛生機関等に対する支援方策
- 産業医科大学卒業生以外の産業医の専門性向上のための研修等の実施方策
- その他産業医・産業医科大学のあり方に関すること
だが、このうち中小企業における産業保健活動を中心に読んでみることにする。
低調な中小企業の産業医活動
中小事業場の労働者の健康管理について、平成17年の「労働安全衛生基本調査」によれば、産業医を選任している事業所の割合は、労働者数千人以上で99.8%、500~999人で99.1%、300~ 499人で94.9%だが、100~299人になると88.6%、50 ~99人では63.7%となる。また、法律上義務付けら れていない50人未満の事業所では7.9%となってい る(表参照)。
産業医の職務は、労働安全衛生規則で定めら れているが、特に条文で定められている毎月1回の職場巡視を行っている産業医は50.0%であり、そのうち嘱託産業医については4割程度であった(平成14年8月の「産業医活動に関する調査報 告書」)。
また産業医は衛生委員会の委員となることになっているが、過去1年間に実際に出席しているのは、100~299人、50~99人ともに24%台と低調になっている。(平成17年の基本調査)
これらの数字は、産業医制度が中小の事業場ではかなり低調であることをよく示している。
地域産保で改善していない小規模事業場の産業保健
50人未満の小規模事業場の調査を行った「今後の産業保健のあり方に関する研究」(平成16 年)では、年に1回の定期健康診断については約8割が実施しているが、労働者の健康管理の推進について行っている事項を尋ねると、過半数が「と くに何もしていない」と答えている。
そもそも50人未満事業場の産業保健活動につ いては、平成8年の労働安全衛生法改正ではじ めて「産業医等に労働者の健康管理等の全部または一部を行わせるように努めなければならない。(13条の2)」と健康管理が義務付けられたもので、歴史は浅い。この改正にもとづき、労働基準監督署ごとに「地域産業保健センター」が当該地域の医師会に委託するかたちで設置された。
法律上、50人未満の事業場について、産業医の役割を果たす窓口になるのは、同センターということになるのだった。しかし、その後10年以上を経 て、地域産業保健センターも全国347箇所にもれなく設置されるようになっているのだが、依然として小規模事業場の産業保健活動のレベルは改善しているとはいい難いのである。
下請、フランチャイズ、大規模事業場でも枠外
産業医の選任方法のあり方については、支店や営業所等、一つひとつの事業場について選任義務はないものの、全体としては大規模な労働者数を抱える事業場の問題や、法律上別の事業場である構内下請を有する事業場、またフランチャイズ チェーン等の業態で運営される場合の問題がある。
現状でもこうした場合に、親企業の産業医が下請などの事業場の産業保健活動にも関与し、総括的に指導している事例があるが、制度面でフォローされているわけではない。このような業態の下に働く労働者の大多数については、やはり「法律に抵触しない」ことから、産業保健活動の枠外となっているのである。
高い産業保健に対する期待
産業医による産業保健サービスについての現状評価について、興味深い結果が紹介されている。事業場が期待する活動と産業医の活動実態を比較した調査結果である(「産業保健に係るニーズ調査、満足度調査」平成16年)。
事業場の期待以上に行っているものとしては、「健康診断結果に基づく就業上の措置に関する 意見陳述」(実態:75.6%、期待:37.6%)、「健康診 断有所見者に対する保健指導」(実態:69.7%、期待:53.0%)、「職場巡視の実施」(実態:54.4%、期待:24.7%)等があげられている。
事業場からの期待が高い業務は、「労働者のメンタルヘルス対策に関する助言・指導」(実態:14.6%、期待:38.4%)、「快適な職場の形成対策に関する助言・指導」(実態:12.0%、期待:23.3%)等となっている。
産業医側の従来型の対応に対し、現実の産業保健の問題への対応を事業場側が求めていることを表しているということになるだろう。
小規模事業場には制度を受ける準備がある
さて、このような産業医制度の問題点を明らかにすることによって、同検討会はこれからの産業保健施策の検討方向を示している。
小規模事業場の産業保健施策については、地域産業保健センター事業の周知が不足していることを指摘し、健康診断業務を通して形成された事業場との関係を活かした労働衛生機関によるサービスの提供の可能性も指摘している。また、小規模事業場について労働安全衛生規則に規定するすべての職務を行う必要がなく、職場巡視が必ずしも月に1回も要しない場合があることについて触れている。
そして、産業医の選任義務を50人未満にまで拡大することについて引き続き検討する必要があるとしている。
産業医選任義務の拡大については、かつて労働者数30人以上の線まで拡大する方向で検討が進められたことがあった。産業医と同様、50人以上で義務付けられている衛生委員会の設置について、興味深い数字がある。「小規模事業場の安全衛生対策への労働者参画等の実態に関する調査研究報告書」(平成18年)である。
安全衛生に関する委員会について、設置義務のない30~49人の事業場で42.6%が設置してお り、10~29人でも26.5%となっている。産業医選任の7.9%とは大きく異なっているのが面白いが、いずれにせよ安全衛生の管理体制を整える職場の基盤は充分にあるといえる数字ではないだろうか。む しろ、過重労働やメンタルヘルス対策が問題となる昨今、この施策はより現実味を帯びてきたといってよいかも知れない。
役に立たなかった産業医共同選任事業
地域産業保健センター事業以外に、小規模事業場の産業医選任について、国による直接の後押し事業が実施されてきている。「産業医共同選任事業」といわれるものである。
50人未満事業場が共同で一人の産業医を選任した場合に、費用の一部を助成するという事業で、都道府県単位で設置された独立行政法人労働者健康福祉機構の産業保健推進センターが窓口となって平成9年から行っているものである。
しかし、この事業については、なかなか小規模事業主にとってメリットを感じにくいものになってしまっていた。たとえば、事業者団体で取り組もうとしても、個別の事業者にとって産業保健上のアドバイスが必要な場合は、地域産業保健センターで充分用が足りるということがある。しかも、こちらは無料ということだから、いちいち複数事業場の調整が必要 で、別途負担すべき費用もあるこの制度を活用する理由がない。しかも、助成される期間は3年に過ぎない。
今年8月に公表された総務省の「労働安全等に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」によると、産業医共同選任 事業の助成費及び実 施事業場数は、平成13 年からみごとに減り続けている(表参照)。
そして勧告の所見は、「現行の産業医共同選任事業については廃止し、小規模事業場が産業医を選任することに対する効果的、効率的な助成方策を検討すること。」とされた。
6割を占める50人未満事業場労働者
平成18年改正労働安全衛生法の過重労働対策の要である医師による面接指導は、50人未満事業場については平成20年4月より適用されることになる。
国による小規模事業場の産業保健施策は、 ほとんど地域産業保健センターにかかっいるというのが実情だろう。産業医共同選任事業はいまふれたとおりだし、小規模事業場等団体安全衛生活動援助事業(たんぽぽ計画)は、あくまで限定され た取り組みでしかない。
地域産業保健センターを実際の地域の事業場にどう役立つものにするのか、検討会の報告書がきわめて大雑把に示している方向性を踏まえて早急に施策をまとめていくべき時期にきているのではないだろうか。これは日本の労働者の6割に関わる産業保健施策なのであり、応分の予算措置がされなければならないもののはずである。
安全センター情報2007年10月号