シリーズ・立つ人31/産業医の目 病は仕事から(インタビュー) 亀戸ひまわり診療所所長・毛利一平さん(『ひろばユニオン』2020年10月号掲載)

労働者学習センター発行の『ひろばユニオン』2020年10月号に「シリーズ・立つ人31/産業医の目病は仕事から」として、全国安全センター事務所のあるビルの2階ひらの亀戸ひまわり診療所所長・毛利一平さんのインタビュー記事が掲載されました。毛利さん及び労働者学習センターのご了承をいただいて、ここに紹介させていただきます。

毛利一平(もうり・いっぺい)▶1961年岡山県生まれ。内科医・産業医。滋賀医科大学卒。労働安全衛生総合研究所、労働科学研究所等での勤務を経て、2014年にひまわり診療所に。2016年よりひらの亀戸ひまわり診療所所長。

健康に働き続けたい。働く人共通の願いだ。疲労やストレスの多い職業生活、健康に働くにはどうしたらいいのか。産業医でひらの亀戸ひまわり診療所所長の毛利一平さんに聞いた。

コロナ禍のなかで

新型コロナウイルスの感染被害がおさまりません。こちらの診療所ではどのような状況ですか。

「熱があって心配です。コロナでしょうか」とか「家族が感染した。どうしたら…」といった問い合わせがひっきりなしです。「保健所が検査してくれない」という相談も少なくありません。PCR検査を実施していますが、その対応で通常の診療にも影響が出ており、正直、大変です。

なぜ保健所は検査を拒むのでしょう。

法律上は、まず保健所で検査をして検体を採取し、それを研究所に送って陽性か陰性かを判定して、陽性であれば専門の医療機関に送るという仕組みになっています。しかしながら保健所は人出不足で、検査を無制限に受け入れるとパンクする恐れがあったのでしょう。そしておそらくは、「下手に検査を増やして陽性者があぶり出されては大変だ」という思惑もあったのでは。本末転倒と言わざるをえません。

民間の医療機関の一部にも、「発熱患者おことわり」といった対応がみられます。

普通の患者を抱えながら感染症の患者を受け入れるのは、かなり厳しいものがあります。しっかりした感染防止対策が不可欠ですし、それが不十分なまま受け入れて逆に感染が拡大したら、もう致命的です。そうした事態を防ぐために、たとえばそれまで患者さんに2週間ごとに薬を処方していたのを1ヵ月にしたり、1ヵ月を2ヵ月にしたり…。経営的にもかなり痛手です。

政府は今後のコロナ感染の相談先について、「かかりつけ医など身近な医療機関に相談を」と呼びかけています。

そんなことをしたら、市中の医療機関がさらに苦しむだけです。なぜ諸外国のようにドライブスルーなどを活用した効率的で徹底した検査ができないのか。現状のような対応では、「医療崩壊」に拍車をかけるだけです。

「安全神話」の暗い影

こちらの診療所が設立されて30年。もともとは労働災害や職業病で苦しむ労働者の支援を目的のひとつとして設立された医療機関だそうですね。

いま当診療所で一番多い職業病の患者さんは、じん肺です。建設現場やトンネル工事、工場での溶接作業などで小さな土ぼこりや金属の粉などを長年にわたり大量に吸い込むことで起きる病気で、長い年月をかけて肺がんを発症することもあります。
なかでも、断熱材や防音材などに使われ、今では製造・使用禁止となったアスベスト(石綿)によるじん肺は一時期、社会問題にもなりました。この診療所は、診断や治療にとどまらず、労災認定も見すえながら、一人ひとりの患者さんに寄り添える存在でありたいと心がけています。

一般に職業病と聞くと、過去の話のようなイメージを持つ人もいますが。

そんなことはありません。たとえば当診療所には、職場でシンナーなどを扱うなかで有機溶剤中毒になってしまった患者さんがいます。古典的な職業病のひとつですが、今も健康被害が後を絶ちません。聞けば、適切な保護具がないとか作業時間が管理されていないとか、とにかくなってないわけです。
近年も、大阪の印刷工場で働いていた労働者に胆管がんが多発したり、福井県の化学工場で膀胱がんが集団発生したりと、職業性の病気は今も進行しています。よく「日本は安全」と言いますが、どこの国の話かと。根拠のない『安全神話』であり、そんな安全神話に乗っかって基本的な安全対策をおろそかにしている状況があるとみています。

働き方改革何が問題か

診療所での診察・治療だけでなく、産業医として、大小さまざまな企業で安全衛生や健康管理に携わっています。

「働き方改革」が言われて久しく、大企業の一部では残業削減などの成果がみられますが、一方で、その歪みがどこかに出ているのでは…という印象です。大手は残業を減らしたけれども、それは仕事の一部を関連会社に移したからで、その影響で関連会社では「働き方改革」が阻害されてしまった…なんて話もあるようです。大手でも中小でも、「上司は『残業を減らせ』と言うが、仕事は減らない、人も足りない。どうすれば…」といった相談はずっとあります。

どうすればいいんでしょう。

いまの「働き方改革」が問題なのは、「何時間までなら働かせても大丈夫か」という視点で考えていることです。そうではなくて、長時間労働で働き手が疲弊して社会も企業も持たないというのであれば、「何時間休めば健康に働き続けられるか」を考えるべきなのです。
その一つの手だてが、一部で導入が進んでいる「勤務間インターバル」です。働く時間ではなく、「休息時間」を起点に考えるという点で、まさに発想の転換であり、画期的な制度と言えます。いまコロナ禍で企業も労働組合も大変ですが、こうした新しい流れを断ち切らないでほしいものです。

コロナ禍のなかで、テレワーク(在宅勤務)が広がりをみせています。健康上の留意点などはありますか。

注意したいのは、テレワークになると通勤時間がなくなって、とにかく動かなくなること。運動不足や肥満などの生活習慣病に一層、気を配りたいところです。もうひとつは、仕事時間と生活時間の線引きがあいまいになり、結果として長時間労働になりかねないことです。
10年ほど前ですが、労働安全衛生総合研究所に勤務していたとき、テレワークが心身にもたらす影響について調査したことがあります。
テレワーク(在宅)で働いているときと、会社に出勤して働くときの心拍数を比較したのですが、テレワークのときは心拍数はずっと低位安定しているのに、会社に行くときの心拍数は一気に跳ね上がるという調査結果が出ました。会社がどれだけストレスになっているかを物語るものと言えるでしょう。

▲診察室で患者とやりとりする毛利さん。産業医として企業にも出向く。

仕事以外の時間を

厚生労働省の調査(18年)によれば、仕事や職業生活に関する強いストレスが「ある」とする労働者が約6割に上ります。多くの労働者は「半健康人」です。

私は診察室で患者さんに、できるだけ「お仕事は何ですか」と聞くようにしています。というのも、少々体調が悪くても無理をして会社に行く人が多いので、せめてその仕事や職場環境を確認して、薬の種類や量を考えるからです。

仕事と健康は切っても切れない関係にある、ということですね。

患者さんに「体調が悪いのは仕事のせいですよ」と言うと、「えっ?」と驚かれる方が少なくありません。まさか自分が仕事で…と思い込んでいるのでしょう。それだけストレスを自覚するのは難しいということでもあります。
病気のかなりの部分は仕事から来ていると言っていいでしょう。だからこそ、健康に働き続けるには、少しでも「仕事以外の時間」を確保することです。運動するもよし、寝るもよし、家族団らんもよし、です。
ただ、個々人が仕事の量をコントロールできないなかで、「仕事以外の時間を」といっても限界があります。労働組合の頑張りどころです。

毛利一平先生が努めるひらの亀戸ひまわり診療所は、同じビル内にある東京労働安全衛生センター全国労働安全衛生センター連絡会議と密接に連携しています。私たちの議長である平野敏夫医師は、 ひらの亀戸ひまわり診療所の前所長で理事長でもあります。
毛利一平「胆管がんの多発をなぜもっと 早く発見できなかったのか」胆管がんシンポジウム-報告3 2012年12月16日 大阪