毎日新聞社大阪本社 労災隠し取材班/(2004.11.15)web版

名古屋・労災請求の断念を強要 29歳女性に「取り下げ書」送りつける

パソコン入力で頸肩腕症候群にかかったとして労災認定を求めた名古屋市の介護関係会社の女性社員(29歳)に対し、名古屋北労働基準監督署が請求の「取り下げ書」を送り付けて事実上、断念するよう勧めていたことが分かった。取り下げ理由まで書かれていた。十分な審査もせずに労基署が門前払いしようとしていた事態に、厚生労働省の愛知労働局は「請求権の侵害ととられても仕方がない」として同労基署に職員の再研修や再発防止策づくりなどを命じた。

女性は98年の入社以来、仕入れや売り上げのデータ入力を担当し、2001年10月からは介護保険の報酬請求書(レセプト)の入力も始めた。関係職員3人の退職なども重なり、月に最高約1000人分のレセプトを入力し、多い時では約11時間も休みなく作業を続けたという。
女性はこの間、首から肩、腕に至る部分が痛くて眠れなくなり、頭痛や吐き気、腰痛などの症状も表れた。2002年4月末に労災指定医院で頸肩腕症候群、右手関節炎などと診断され、「職業病」と説明された。このため女性は6月、医院を通じて治療費の労災認定を名古屋北労基署に請求した。

ところが、労基署の担当職員は6月21日、女性の自宅に電話し、「労災認定は難しい」と言った後に、仕事の内容などを詳しく尋ねたという。翌日、労基署から「取り下げ書」が郵送されてきた。「理由」の欄には鉛筆で「労災制度認識不足であったため」と書き込まれ、ボールペンなどで清書すればいいだけになっていた。

女性側の指摘を受けた愛知労働局が調査。電話では単純な質問にとどめておくべきなのに詳細な調査をした、本人の労災請求の意思に干渉した、求められずに取り下げ書を送付した-など、やってはいけない対応があったことを確認した。

労基署の担当職員は、女性に「説明不足だった」などと謝罪したという。女性は「取り下げ理由まで書いてあってびっくりした。とても心外だ」と話している。
愛知労働局の岩瀬昭夫・主任地方労災補償監察官は、「本人の意思に反した取り下げ書の送付が行われ、局でも驚いている。全国的にも聞いたことがない。組織的ではないと考えているが、結果を重く受け止め、体制上問題がなかったか点検したい」と話す。

●名古屋・労災請求書に「取り下げ書」送付 仕事増を嫌う意識?

名古屋北労基署が労災認定請求者に「取り下げ書」を送付していた問題は、本格的な調査の前に、担当職員が電話のやり取りだけで事実上、適否を判断しようとしたずさんな対応ぶりを示した。愛知労働局は特殊なケースであることを強調するが、同様の「取り下げ指導」の素地がないのかどうか、徹底した調査が求められる。

愛知労働局は「請求者に電話する場合は、字句の確認などにとどめるべきで、事実の調査をしたり、認定の難易を判断して伝えるようなことはないよう指導してきた」と話す。ところが、労基署の幹部は「請求者に電話をして概要を尋ねたうえで『労災認定は難しい』との表現で伝えることはある」と語り、現場の実態は異なっている。

問題の背景について、元労基署長で労災問題に詳しい井上浩さんは「労基署の担当者は頸肩腕や過労死、腰痛などの調査で大変苦労する。労基署は多数の労災認定請求の事例を抱え、できるだけ受理したくないという意識が働くのだろう。現場に必要な人員をもっと配置するべきだ」と指摘する。
請求者の女性を支援する名古屋労災職業病研究会の繁野芳子事務局長は「門前払いは、労働行政上あってはならない人権侵害。請求者に与える影響の認識が甘い」と、厚生労働省に改善を求めた。

20020719労災請求断念を〝強要〟「取り下げ書」を送りつけ 名古屋北労基署 毎日新聞社大阪本社

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