毎日新聞社大阪本社 労災隠し取材班/(2004.11.15)web版
国保「隠れ労災」ノーチエック 全政令市 本社調査 支援団体「精査を」
仕事上の事故で負傷しても、補償の厚い労災保険を使わずに健康保険で処理される「隠れ労災」のチェックについて、国民健康保険の保険者である12政令指定都市と東京都内の1区を対象に毎日新聞がアンケート調査したところ、全政令市でこのチェックが行われていないことが分かった。国が保険者の政府管掌健康保険では、社会保険庁が診療報酬明細書(レセプト)を点検し、労災扱いすべき事例が毎年約6万件も見つかっている。支援団体「関西労働者安全センター」(大阪市中央区)は「政令市を含む市町村の国民健康保険には、職人や零細企業の従業員ら多くの労働者が加入している。国保を使った労災隠しがないか、市町村は精査をするべきだ」と指摘している。
政府管掌の健康保険には、主に民間企業の従業員など約3630万人(2001年度末)が加入している。そのレセプトは医療機関から全国の社会保険事務所に回り、同事務所で負傷状況などから労災と疑われるものをチェックしている。
アンケートは、全国12政令市と、東京都23区内で人口が最多の世田谷区を対象に、国民健康保険のレセプトの点検で労災を項目に入れているかどうかを尋ねた。「点検している」と答えたのは世田谷区だけで、99年度は労災事故の事例を18件発見した。
12政令市では、交通事故などを点検している例はあるが、労災に特定した点検はゼロだった。
理由は「労災が少ないと思われる」「費用対効果が不明確だから」などだが、2市は「今後チェックしたい」と答えた。
元労働基準監督署長の井上浩さんは、次のように話す。
「労災を隠すのは、中小・零細企業に多い。中小や零細企業では社会保険に入っていなくて、相当労災隠しをやっているのではないか。市町村の方からチェックしていくことが必要だ。パートや臨時工、中小企業、零細企業の相当多数が国民健康保険でやっているはずだ。そういう人が労災保険を使わずに国民健康保険を使っているとみられるケースがある。大企業でもパートでは国民健康保険が多く、大半はパートのために労災適用はだめだと思っている。相当多数の人が国民健康保険を使い、場合によっては健康保険のケースよりも多いのではないか。労働日数が少ない場合の人は、健康保険への加入を認めないから国民健康保険を使い、膨大な人が入っている。そういう相談は、よく聞くことがある。特に建設業なんかにも多い」
国保の労災点検徹底を指導 厚生労働省
厚生労働省は2003年2月、都道府県の国民健康保険担当課長を集め、国保のレセプト(診療報酬明細書)に労災が紛れ込んでいないかどうか点検調査を徹底するよう指導した。
指導では、1980年に通知したレセプトの点検調査事務要領の点検項目では「業務上傷病にかかるもの」として別個に区分していないこともあって、業務上該当かどうか十分な注意が払われていない保険者(市町村)が見受けられると指摘した。
80年の要領(通知)では、「(4)その他(不当利得等)」と書かれた抽出項目に労災が含まれているとされていたが、明記されていないため、実務上は労災事案が素通りすることが多かったとみられる。
新しい指導では、「レセプトの抽出、調査にあたっては業務上傷病に該当しないかどうかに十分留意するとともに、年齢等から明らかに業務上に該当しない者を除き、必ず業務上傷病の該当の有無を調査(照会)項目に含めることとされたい」としている。
業務上傷病に該当するレセプト点検調査の徹底について
1 レセプトの点検調査については「国民健康保険の診療報酬明細書点検調査事務処理要領について」(昭和55年5月10日国保課長通知)に基づき実施している ところであり、業務上傷病については、同通知の「給付発生原因の点検」の「(4)その他(不当利得等)に該当することから、レセプトの抽出及び調査の対象とすべきものであるが、通知では「業務上傷病にかかるもの」として別個に区分していないこともあって、業務上該当かどうかの点検調査に十分な注意が払われていない保険者が見受けられる。
〈同通知一部抜粋〉
第六 レセプトの点検及び抽出
2 給付発生原因の点検
関係資料等と照合し、次のいずれかに該当する疑いのあるレセプトを抽出すること
(1)給付制限にかかるもの
ア 法第60条(自己の故意の犯罪行為等)
イ 法第61条(闘争、泥酔等)
ウ 法第62条(療養の指示に従わないとき)
工 法第63条(命令に従わなかったとき等)
(2)法第64条(第3者行為)にかかるもの
(3)法第65条(不正利得の徴収)にかかるもの
(4)その他(不当利得等)
第七 点検抽出されたレセプトの調査
2 給付発生原因関係
第六の2により抽出したレセプトについては、被保険者に照会のうえその事実関係を確認すること。
2 業務上傷病のため労働者災害補償保険法の規定による療養補償給付又は療養給付を受けることができる場合には、国民健康保険法第56条(他の法令による医療に関する給付との調整)により、国民健康保険の給付は行わないものである。
国民健康保険の被保険者で労働者災害補償保険法の給付対象となり得る者は、健康保険と比べると格段に少ないと言えるが、近年パート労働者等が増大しており、業務上の傷病であるにもかかわらず、労働安全衛生法に定める報告をせず、業務外の傷病として国民健康保険の療養の給付等を受けるというケースも十分考えられるところである。そのため、レセプトの抽出、調査にあたっては業務上傷病に該当しないかどうかに十分留意するとともに、年齢等から明らかに業務上に該当しない者を除き、必ず業務上傷病の該当の有無を調査(照会)項目に含めることとされたい。
3 なお、平成14年度分の診療報酬明細書点検調査実施報告書から、業務上傷病 に係る件数、レセプト枚数、返納金(徴収金)調定額について、報告を求める こととする予定である。
<参考>
1 労働者災害補償保険法について
①労働者を使用する事業を適用事業とし(3条)、その事業が開始された日に、その事業につき保険関係が成立する(徴収法3条)。
また、労働者以外の次の者は、特別加入することができる(33~36条)。
- 中小企業の事業主及びその家族従事者(107万人)
- 1人親方(個人運送業・個人タクシー、大工、左官等)及びその家族従事者(24万人)
- 特定作業従事者(特定農作業従事者、介護作業従事者等)、海外派遣者等(20万人)
ただし、これら特別加入者の事故が保険料滞納中であるときは、保険給付の全部又は一部を行わないことができる。
②保険給付にあたっては、厚生年金、国民年金のような資格期間要件、保険料納付要件はないが、次の事故により保険給付をした場合には、事業主から労働基準法による補償相当額の限度で保険給付に要した費用の全部又は1部を徴収することができる(31条)。
- 事業主が故意又は重大な過失により保険関係成立の届出をしていない間の事故
- 一般保険料を納付しない期間中(督促後)の事故
- 事業主が故意又は重大な過失により生じさせた事故
2 労働者災害補償保険法の給付対象となる国保被保険者
- 5人未満の個人事業所の労働者(法人事業所は健康保険)
- パート、アルバイト等、健康保険の被保険者とされない労働者
- 国保組合の被保険者である労働者
- 労災保険に特別加入している者(個人事業主とその家族従事者、1人親方 とその家族従事者等)
<参考>の資料の中には「労働者災害補償保険法の補償給付対象となる国保被保険者」(労災保険からの支給を受けられる国保加入者)として、①5人未満の個人事業所の労働者、②パート、アルバイト等、健康保険の被保険者とされない労働者、③国保組合の被保険者である労働者、④労災保険に特別加入している者(個人事業主とその家族従事者、1人親方とその家族従事者等)を挙げている。
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