毎日新聞社大阪本社 労災隠し取材班/(2004.11.15)web版
目次
労働省が「労災隠し」で協議機関 行政・事業主・労働者が同席 3者協議機関設置
業務上の事故による負傷の治療を労災保険でなく健康保険などで処理する「労災隠し」の問題で、厚生労働省は、対策を検討するための行政、事業主、労働者の各代表者で構成する3者協議機関「労災報告の適正化に関する懇談会」を2001年12月~2002年3月に設けた。構成メンバーは、使用者側は日本経営者団体連盟(日経連)、ゼネコン代表者、労働者側は日本労働組合総連合(連合)、建設関係組合でつくる全国建設労働組合総連合(全建総連)、行政は厚労省の労災補償課や監督課などだった。労災隠しの排除をテーマに、労災保険にかかわる当事者が同じテーブルにつく機関の設置は初めてだった。旧労働省の通達以降も事態が改善されていなかったため、関係者は「実効性のある対策を」と注目した。
労災隠しの対策については、労働省は1991年、各都道府県の労働基準局(現.労働局)長あてに「労災隠しの排除について」との通達を出し、各労働基準監督署などで事業主に対する指導を行ってきた。
しかし、大阪府、広島県両医師会が95年に実施したアンケート調査で、労災隠しのまん延が医療現場から報告され、日本医師会も委員会答申の中で「企業ぐるみで行われている事例が増加している」と問題の根深さを指摘した。また、社会保険庁の調査で、本来は労災保険を適用すべきものが健康保険扱いになっていたケースが90年度からの10年間で約58万件あり、99年度はその10年間で最多だった。
「労災報告の適正化に関する懇談会」は、労災隠しの実態を十分に把握できていないことの反省から浮上した。直接の契機は、労災事故の発生と労災保険の使用の頻度によって、保険料が増減されるメリット制が2002年度から強化されることになったからだ。従来は労災事故の有無によって、保険料が最大プラス・マイナス30%増減された。それが、建設関係ではプラス・マイナス35%となった。このため、労災を隠し通すことによって、保険料が安くなるメリットもいっそう大きくなり、「労災隠しが横行する」と国会や労働者側から出された。労働省労働基準局は当初、「労災隠しは減っておらず対策が十分でない、との声が各方面からあった。これに応える意味からも、対策を強化したい」と意気込んだ。
話し合いでは、「労災隠しは犯罪」という認識を広めることで使用者、労働者側双方が合意に達したという、
特に労働側から出された対策としては、
- 労災、職業病と労災保険制度を学校や職安を通じて労働者に周知する。特に、組合のない事業場や請負労働者への周知が大切
- 労働基準監督署が労災110番(電話相談)を実施する
- 労災隠しと労災未加入事業場の集中点検の実施
- 職業病についての医師への研修や情報提供
- 労災が発生するとその下請け業者からの発注を打ち切りとする元請け事業者があるが、その制度の見直しの検討
があった。
結局、厚生労働省は懇談会の議論を踏まえ、「当面の労災かくしの排除に係る対策について」として4項目を打ち出した。それは、
- 労災隠しの排除についてのポスター(「労災かくし」は犯罪ですなどのコピーが書かれた)、リーフレットによる事業者などへの周知、啓発
- 厚生労働省のホームページに「労災かくしの排除について」のコーナーを設置する (https://www.mhlw.go.jp/general/seido/roudou/rousai/index.html)
- 都道府県、市町村の広報誌の活用による周知、啓発
- 労災防止指導員の活用による労災かくしの排除
だった。
注目されたのは④。
「労災防止指導員」は労働基準監督官の役割を補完する非常勤の国家公務員で、1500人が労組側と1般から選ばれ、都道府県労働局長が任命する。従来は中小規模事業場などで安全管理や衛生管理の向上を目指し、危険個所の指摘などをしてきた。労働現場のパトロールなどをした際に、労災隠しの排除について啓発指導をしてもらおうというものだ。
しかし、この懇談会はわずか3回しか開かれず、「対策に本腰を入れていないのではないか」という批判も聞かれた。
「労災報告の適正化に関する懇談会」で、「ゼネコンの防止マニュアル」として使用者側が示した「労災隠しを意図する動機」と「防止対策(こうすれば、防げる労災隠し)」を掲げる。これはゼネコン各社からの委員で構成する「建設労務安全研究会労務管理部会労働災害等報告に関する小委員会」が2001年10月に作成した小冊子「いわゆる『労災隠し』のために」に掲載された。全国労働安全衛生センターの古谷杉郎事務局長は「こうした取り組みをもとに、懇談会で有効な労災隠し防止策が検討できたはずだが、厚労省の対応は消極的過ぎた」と指摘している。
「いわゆる『労災隠し』のために」により
建設労務安全研究会労務管理部会労働災害等報告に関する小委員会(2001年10月)
■労災かくしを意図する動機
1 営業上の理由
- 下請けにとって今後の取引に影響すると考えた。
- 下請けが将来ともに当該元請けと取引を継続したいことを察知した被災者が、労働基準監督署に報告していないことをネタに下請け社長を脅したため、後日になって報告した。
2 無災害記録更新のため(メリット還付金のため)
- 元請けの支店が数年間無災害継続中であることを知っていたので、当該現場からの事故報告により記録が中断することを懸念したため、自社で処理した。
- 労働基準監督署からモデル現場と紹介された関係から、報告できず下請けの労働保険番号を使い、下請けの資材置場で事故があったように報告した。
- 日頃から、元請け所長から絶対に事故は起こさないよう厳しく、また繰返し指示されていた。(元請けの厳しい安全管理)
- 2~3日の打撲が1ケ月の治療を要する症状になったが、家族から労災保険の適用を強く要請され、やむを得ず下請けの労働保険番号を使って報告した。それまでは下請けで治療費、休補費を賄っていた。
3 元謂け所長、職員への配慮(迷惑をかけられない)
- 事故により所長の評価にかかわることと聞いていたので、元請け特に所長に迷惑がかかるといけないので事故報告をしなかった。
- 元請け職員の勤務評定に影響すると思ったので自社で処理した。
4 発注者との関係
- 建設業法で禁止されている1括請負に抵触することをおそれ報告しなかった。
- 経営事項審査の「工事の安全成績」(社会性)のランクアップのため、他所で発生したように報告した。
- 発注者に対する配慮。
5 外国人労働者
- 外国人労働者がケガしたが、不法就労であったため入管法違反として罰金を科せられることをおそれ元請けに報告しなかった。
6 その他
- 災害発生現場が労災保険に加入していなかったため、事業主から社会保険等を強要され使用したが、将来に不安が生じ労働基準監督署に相談した。
■防止対策(こうすれば防げる労災かくし)
1 店社で実施
- 労災かくしは犯罪であることの啓発を行う。
- 経営首脳の防止のための決意と至達を行う。
- 下請契約時、事業者に厳しく指導し、不休災害であっても必ず報告すべきことを指示する(後日の申し出では現認できないこともある)。
- 故意に、下請と共謀し、教唆しまたは需助した者に対する社内懲罰規定を定め、昇格・昇進・賞与等に影響するなど厳しく処罰すること。
- 店社安全衛生パトロール時に必ず指導する。
- 元請の現場から当該店社に、直ちに報告させるルールを徹底する(報告するかどうか思考する時間を与えないために)。
- 店社の安全衛生委員会、幹部会議、安全祈願祭・安全管理者研修等で指示伝達し、また教育する。
- 現業部門での意識を高揚させる。
2 現場で実施
- 災害防止協議会、工程打合せ等の機会に災害の発生状況を問う。
- どんな小さなケガでも報告しやすい雰囲気をつくる。また、統括安全衛生責任者から報告の義務を厳しく指導する。
- 万一、災害が発生したとき「当社(協力会社)で処理します」という申し出には、ハッキリと断ること。
- 新規入場者教育に、当人に対してどんな小さいケガでも報告することを義務づける。また、遵守事項に記載する。
- 朝礼時の作業指示に入れる。
- 不休災害については追跡調査を実施する。
- 災害が発生した場合は、必ず店社の安全担当者が現場へ行き再発防止のための指導を行うことを定例とする。
3 その他
- メリット還付金は当初より原価に算入しない。
- 施工者は発注者とともに労働災害防止のために充実した安全管理を実施することは当然であり、努力しているが、それでも災害が発生すると発注者から元請に、元請から下請に対する企業責任の追及となりやすい。再発防止に眼を向けるべきである。
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