毎日新聞社大阪本社 労災隠し取材班/(2004.11.15)web版

■なくせ労災隠し■ 外国人労働者の相談の75%、「労災隠し」-川崎市の支援団体

外国人労働者を支援している「神奈川シティーユニオン」(川崎市)に寄せられた外国人からの労災事故に関する相談のうち、75%が「労災隠し」とみられるものであることが分かった。他の支援団体でも労災隠しの相談が頻発している。日本の制度を知らないことにつけこんだ悪質なケースも目立つ。支援団体は「日本経済に欠かせなくなった外国人労働者の権利保護を真剣に考えるべきだ」と訴えている。

「神奈川シティーユニオン」への労災事故に関する相談は、1991年から10年間に537件あった。労災手続きを事業主から教えられなかったり、事故が労働基準監督署に報告されないなど「労災隠し」とみられるものが402件(75%)あった。東京、大阪などの他の民間8団体では、統計データはなかったが、毎日新聞の取材に対して7団体が「相談者の約70%以上は労災隠しにあっていると思う」と回答した。このうち、「カラバオの会」(横浜市)での相談例は悲しいものだった。

「国際化」が唱えられる日本社会。経済の低迷にもかかわらず就労する非正規滞在外国人は約25万人に上り、この国を底辺で支え、文化に溶け込み始めている。しかし、外国人労働者支援団体が出会う労災隠し事件は、いたたまれないものが多い。戦後55年、この国が「本当に豊かになったのか」と問わざるを得ない。日本人女性のボランティアの体験を紹介したい。

父を失い出稼ぎのためバングラデシュ・ダッカからモハメド・タリさん(38歳)が弟のロイさんと1緒に日本に出稼ぎに来たのは1988年だった。東京都墨田区の皮革加工業の会社で働いた後、友人の勧めで東北にある自動車用ゴム製造工場に移ったのは98年6月。加熱することによってドロドロにしたゴムをプレス機で圧縮して小さな部品を作っていた。

99年3月、タリさんはゴムのプレス機械で作業中、左手の親指と人差し指をはさまれ、「マーッ(母さん)」と叫んだ。機械の上に血が噴き出た。親指がちぎれていた。ロイさんが「救急車を呼んでください」と言うと、会社は「会社の(労災)保険は使えないから、だめ」と言われた。同僚の車に乗ってまず近くの診療所に到着したが、治療はできなかった。さらに40分後にたどりついた市立病院に行くと、医師は「大丈夫、指は元通りになるよ。2、3カ月入院すれば、100%治る」と告げた。

翌日、経営者が、「労災はだめだ。治療費は払えない。そのけがはお前が悪いんだ。だから指を切れ。そうすれば安く済むし、早く退院できる。口外するな」と告げた。タリさんは親への仕送りなどを1晩考え、泣く泣く指の切断を決めた。

翌日、それを主治医に伝えると、「なぜ、ちゃんと治るのに切っちゃうの?」と尋ねてきた。主治医は、タリさんに切断手術の同意書にサインさせた。親指はタリさんのものではなくなった。それでも治療費は、弟ロイさんの給料から天引きされた。

兄弟は友人のつてで、外国人労働者支援団体「カラバオの会」の神成芳子さんと川崎市で1部始終を話した。労災保険は1切適用されていない労災隠し事案だった。
99年5月、労働基準監督署に労災手続きをすると、翌月認められ、休業補償の給付決定が出た。神成さんがそれを告げると、タリさんは言った。「どんなにたくさんのお金をもらったって、ぼくの指は帰って来ない。悔しい。何度も頼んだのに救急車を呼んでくれなかった」。神成さんは「何が救いになるのか」と自問した。

タリさんは「経営者が許せない」と裁判に訴える決意をした。
タリさんが偶然、超過滞在したとして入管法違反で逮捕されたのはそれから間もなくだった。神成さんの努力で障害認定が出た後、タリさんは強制送還された。

神成さんは「タリは無念を晴らせないままの帰国になった。このケースを思い出すたびに、のどの奥が何かで詰まる」と話す。
労基署は「労災隠しと言わざるを得ないケースだった」と、後に記者に話した。

旧労働省によると、99年の外国人労働者の労災事故は779件。しかし、支援団体の多くは「実際の労災事故は、はるかに多いはずだ。私たちの実感とかけ離れている」と話している。

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