毎日新聞社大阪本社 労災隠し取材班/(2004.11.15)web版 

労災隠しをはねかえし、補償交渉で和解

労災保険という制度を熟知している人は、むしろまれだ。そこで大きな役割を果たすべきなのが労働組合である、と多くの関係者が指摘している。次の事例は、労働組合の広範な支援で「労災隠し」をはねかえし、遺族に当然の補償が出た好例と言える。

熱中症で死んだ作業員

奈良県橿原市にある橿原神宮の屋根の上の作業をしていて、熱中症で死んだ32歳の作業員がいた。これは大手建設会社の仕事でだった。労働組合が作業員の労災申請に携わったが、現場の作業所長は「これは労災ではない」と言い張った。現場の気温は50度にもなるというのに熱中症との関係を否定しようとした。労災手続きをしても現場から一切書類があがってこない。典型的な労災隠しだった。

最終的には、労働基準監督署が労災を認定した。けがの補償は出たとは言え、死んだ作業員の家族にとっては大事な働き手を失ったのだから、労災保険による補償だけでは微々たるものだ。

労働組合が入って、補償交渉をした。建設会社側は亡くなった代償として3000万円を主張していたが、粘り強い交渉が実って5500万円で和解した。

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このケースは、むしろ異例と言えるだろう。

というのは、被災者やその遺族は、労災保険はもちろん、補償交渉がありうるということをほとんど知らない。だから、専門的な知識を身につけた支援者が必要だ。労災隠しの背景には、労働者を守るべき労組が何もやらないということもあるのだ。「企業防衛のために、1人を犠牲にしてしまう労組もある」と、ある”一流”企業の社員は言う。

労災隠しは、企業としてマイナスのものは何でも隠すというもので、自動車会社のリコール隠しと構造は同じだと思う。リコール隠しをするような企業の労災隠しの実態を調べたとすると、きっと、リコール隠しと同じ構図が浮かびあがってくるはずだ。

労災隠しがなくなるためには、やはりまず労働者が自分で声をあげないといけない。誰かが少しずつ風穴を開けないと、前に進まない。多くの遺族が泣き寝入りしてきた過労死の労災認定がされるようになった時もそうだった。

こうした行政のあり方を問う声が増えた結果、最近の行政訴訟では旧労働省関係の敗訴が多くなっている。地道な取り組みが実を結んできたということだと思う。

政府の調査で労災隠しが多発している建設業では、重層的な請負を認めている業界構造に多くの問題がある。建設業法は、下請けの立場がもっと強くなるようにするべきだ。大清水トンネル事故(1979年3月)では、16人が焼け死んだ。1億5000万円の機械を解体しなければならなかったが、素人の下請けがたった600万円で請け負い、火災になり中毒になって死んだ。元請けと下請けが対等に交渉できるようにすることが大切だと指摘する声が多い。

労災保険は請求主義の原則になっているので、請求しなくてもいい。基本的には、労働者が請求権を行使することになる。
しかし、本人が請求したくてもできないとしたら、労働行政はどう考えるべきだろうか。

運送会社関係の労災隠し情報も、複数寄せられた。近畿の運送会社の運転手は、次のように証言した。

労災を使うことはやめること、という運転手

最近、車と荷物を積み降ろしするホームの間に体がはさまって、足が動かなくなってしまったので、病院に行って仕事中の事故であることを説明しました。会社に報告の連絡をしたら、「とにかく帰って来い」と言われました。そして、治療を続けようとすると、「よその病院へ行け」と命令されました。

数年前も、肋骨を折りました。「遊んでいる時に骨折したことにしろ」と言われました。骨を折っても休むことはできませんでした。同僚の車の助手をさせられ続けました。

同僚が発送中に荷物を持っていて、こけて腰を傷めて、入院になりました。すると、「労災使うな」「労災使ったらクビや」と言われていました。気弱な彼は「腰痛がとれないし、やめます」と言って退職してしまいました。可哀相でした。

事故にあうと、運送会社のうちでは「使えんやつ」という雰囲気を持っていました。タフでなければならない。仕事ならなんでもする。宅配だけでなく、商品を運搬して4トンを運転して、配達して、一般家庭向けの小間物までやる。

私が知っている範囲で労災を使った人は、いずれもやめた人で、1人か2人。うちの会社で、労災を使うことはやめることを意味しています。クビになったら困るから、我慢する。交通事故では、労災を使わない。

それが、残念だが、私たちの”常識”です。この世の中には、労災を使いたくても、使えない人もいることを知ってほしいのです。

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情報を寄せた人は、どちらかというとタフそうだったが、訴えは切実だった。
私たちの取材では、こうした運送会社で働く運転手の声が労働行政に反映されているようには見えなかった。

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