毎日新聞社大阪本社 労災隠し取材班/(2004.11.15)web版

ゼネコンの内部事情取材

ゼネコンの元現場作業所監督に会って取材する機会があった。その人の証言は、労災隠しという業界の常識を赤裸々に示していた。

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建設現場というものはその場、その場で事業が組まれて、ゼネコンの受注をもとにさまざまな企業が集まってくる。建設現場に下請けの人が100人いるとすると、ゼネコンの監督は7~8人しかいない。実際に仕事をするのは下請け、孫請け、ひ孫請け、そしてさらにその下で請け負う人たちになる。

下請けからみると、ゼネコンの社員は神様のような存在だ。炎天下でもクーラーの効いた部屋にずっといるし、寒い時はストーブの効いた部屋で温かいコーヒーを飲んでいる。そしてたまに現場を回る。20代の社員であろうと、ゼネコンの社員であれば、自分の父親のような50代の建設業者に「監督さん」と呼ばれる。

現場は元請け・下請けを含めて、複雑な重層構造になっている。そのもとでは、ゼネコンに嫌われたら仕事をもらえなくなる。今は、不況で元請けと下請けとの間で金の取り合いになっていて、どちらも少しでもミスを犯さないようにしている。それも労災隠しの1つの背景になっている。

3次請け、4次請けとなると、作業員は直接の親方と大元請けの社名しか知らないことがほとんどだ。これは巨大な支配機構になっていて、自分の権利を主張することはとても難しい。

労災隠しなんていうのは簡単だ。ちょっとゼネコンの力を見せつけると、簡単に隠すことができる。下請けは、現場監督に「あそこの会社は言うことを聞かなくて困る」と思われることを極端に恐れる。

ゼネコンの現場監督は、毎朝の朝礼では各下請け業者を集めて、口をすっぱく「事故を起こすな」と繰り返す。こうした訓示は、「事故を防止しなければならない」というプレッシャーにもちろんなる。しかし、それ以上に、本当に事故が起きてしまった時に「えらいことをしてしまった。隠さなければ」と思わせる効果になっていく。

例えば、安全衛生週間の初日に労災を起こすと、ゼネコンの現場監督が「やってくれたね」と一言。それで、労災は隠れてしまう。何十億円、何百億円という仕事を発注する側と受注する側。力関係が圧倒的に違う。

現場で下請け業者から労災の報告があると、監督が相手の目をじっと見て、3回「労災?労災?労災?」と言う。するともう「労災」が忘れ去られたかのように誰も口を出さなくなる。

無事故80万時間や150万時間というのもあった。そうすると、労働大臣表彰などがある。ある時、目標80万時間の直前に事故が起きた。すると、監督が「60万時間無事故できたのにな」と空に向かって言う。労災の話は、いつのまにかなくなった。圧倒的に力関係が違うから、労災請求をしようとするほとんどの動きははねられてしまう。

現場では、事故を起こさないようにするというよりは、起こった労災を表に出さないようにするという方向に力が働いている。なぜなら、それの方が安上がりだからだ。

仮に労災保険を使うにしろ、本当に労災事故が発生した建設現場ではなく、「他の現場でやった」と、うそをつくことは当たり前だ。下請け会社の作業員が、自社の倉庫でけがをしたことにするパターンが多い。建設現場での労災は、それが下請けの作業員の事故でも、元請けがかけていた労災保険が適用されることになっているが、下請けの自社の倉庫ならば下請けの労災保険が適用され、元請けに「迷惑」をかけないことになる。

現場監督の教育で、まず、教えられた現場の原則は「事故を起こしても救急車を呼ぶな」というものだった。さすがに死亡事故は隠し通せないが、指の1本を落としたぐらいでは、救急車はまず呼ばない。なぜなら、119番して消防に伝えると、必ず警察に伝わり、さらにそれが新聞社に伝わるからだ。記事になれば、受注元に迷惑がかかる。

大きな事故を起こすと、非常に大きなマイナスになる。事故の大小の問題では、新聞に載るか載らないかが大切なのだ。文字の証拠が残らないテレビ報道は、あまり関係ない。新聞に載ると、まず指名競争入札に入れなくなる。

でも、ゼネコンの社員にとって最も重要なのは大きな事故を起こすと、自分や上司の出世に響くことだ。減給などの社内処分の対象にもなる。そうすると、自由に切り盛りできる面白い建設現場には出られなくなる。自分のところよりもさらに大手が主導するジョイントベンチャーに回されると、自分の好きなようにできず、仕事は面白くないものだ。出世街道から外れるということもある。

もちろん、以上のような仕組みが結果的に事故を減らしている面もある。今は特に、一時期よりも電気関係の感電事故が大幅に減った。相次ぐ事故のあとに、システムが改善されたからだ。建設現場というのは、結構、水で濡れていて、そこで電気を使うから感電事故が起きやすく、転落事故のきっかけも感電が多かった。

今では感電対策は改善された。床が抜けてしまうとか、2メートル程度の高さからの落下や脚立からの落下が多い。

事故があると、事務所に駆け込んで来るので、応急措置をする。そこで、けがが大きいかどうか判断する。大変だったら、下請けの事業所用の車で医療機関に連れて行く。もちろん、労災保険は使わない。治療費は、健康保険を使わずに現金で払うケースもある。

こちら側の自由がきくように、建設現場が決まると、あらかじめその周辺を見回して馴染みの救急病院などがないかと探す。馴染みというのは、「これは労災だから健康保険を使えない」などとやかましく言わずに健康保険扱いしてくれる従順な病院のことだ。

病院の方では作業着を着て汗をかいてけがをしているのだから、労災と分かるはずだが、そういった病院は慣れている。何も言わずに健康保険や自費払いで処理してくれる。

労災が起きて、労災の発生が外部に知られないように被災者本人への口封じにお金をつかますこともあるが、多くの場合は中間の下請けの「おじさん」を呼んで「ちゃんとやっとけ」とひとこと言う。「とび」「大工」「てきや」は「処理」に慣れているから、ゼネコンには一切迷惑をかけない。

特に中間の下請け組織は、事故、特に死亡があった時の家族への連絡、葬儀への出席、労災隠しの方法など、処理の仕方を心得ている。それができないと、ゼネコン側は「困った業者やな」となる。そうならないように「もうちょっとうまくやってくれない?」と圧力をかける。

くぎの踏み抜き程度のけがなんか、いくらでもある。「そんなもの」を労災扱いにするには、上司が判を押すために、いろいろな書類を現場監督が書かなければならない。今後の教訓として何に注意すべきかなど、報告書をまとめる決まりになっている。しかも、上司はなかなか判を押してくれない。労災を通そうとすると、自分の出世をかけて会社と交渉しなければならない。こうして、いくつもの要因が重なって、なかなか労災にできない構造になっている。

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