在宅勤務ないしはテレワークを問い直す~職場の安全衛生の立場から~
川本浩之
(神奈川労災職業病センター事務局長/全国安全センター運営委員)
はじめに
2017年、東京五輪の際の交通混雑緩和なども寄与するなどとして、開会式の日に当たる7月24日を「テレワークデイ」と称して政府も普及を試みた。が、率直言って反応は芳しくなかった。2018、2019年も夏に呼びかけが行われたが、やはりほとんど普及しなかった。それが今年になって、コロナ禍による在宅勤務が2月頃から急増し、4月の緊急事態宣言でさらに広がることとなった。実態報告から調査・研究、宣伝広告など、多種多様かつ大量の新聞報道を目にすることになる。「案外できるものだ」と実感した会社が、数値目標まで掲げて推進する一方で、さまざまな課題も明らかになった。
1 マイナス面ないし否定的評価
- 仕事とプライベートの境目があいまいになる
- 長時間労働につながる、実際になった
- 家ごとに通信環境が異なる
- 押印書類があって出勤せざるを得ない
- 取引先企業とセキュリティ上のシステムが異なるため面談せざるを得ない
- パソコンが足りない
- 社員間のコミュニケーション不足
- ケガが労災にならない(こともある)
- 対面営業ができないと難しい
- システムがパンクした
- セキュリティ対策が大変
- メールだけの指示では不安
- 派遣社員が契約上できない
- 部下が仕事をしているかどうかわからない
- ふだんいない父が家にいてストレスがたまる(主婦、娘などから)
- 彼氏がイライラして暴力的になった
- 中小、非正規は実施率が低い
- 隣の人に質問できない
- 休憩時も雑談ができない
- 子供がいて仕事にならないので深夜や早朝、週末に埋め合わせをする
- 仕事の生産性が落ちた
- さみしい(管理職)と気楽(部下)
- 喫煙量が増えた
- 面識のない相手とオンラインで話すのは困難
- 妻のストレスが高まった(家事育児の負担増)
- 企業の健康管理が困難
- オフィス街の飲食店の売り上げが低迷
- デジタルに不慣れな管理職がいる
- 自宅をオフィス化するための備品や光熱費の負担を強いられる
- オフィス保存の書類の確認、入手ができない
- 人事評価がしづらい
- オンライン会議やメールによるハラスメントが増加
- 家庭と仕事の空間と時間を切り離す必要がある
- 職場勤務に戻る際に「再開疲れ」が起きている
- 介護、家事と仕事のワークライフバランスではなくワークワークバランスでワークワークエンドレスに
- ビデオ会議は表情まではわかりにくい
- オンラインでセクハラに拍車がかかる
- 子供がうるさいと言われた
- 運動不足や食事の偏りが表面化
- 不安を感じる就活生や新入社員は多い
- 情報が流れにくい組織になりかねない
- 清掃や仕分けなど障害者が従事してきた間接業務がなくなる
- ウェブ面接でハラスメントも
- 在宅勤務ストレスの相談が増加
- 他国と比べても生産性が下がったとする割合が高い
- 離席時にチャット投稿を求められる
- 常時ウェブカメラの監視がある
- 社長100人アンケートで生産性向上は2割どまり、コミュニケーション不足は5割
- 小さい子どもがいる共働きやシングルの家庭では原則成り立たない(とくに母親は自分を責めてしまいがち)
- テレワークが可能な教育や収入も高い知的労働を担う層とできな現業労働者との差が広がる
- 日立化成など国内38社が不正アクセスを受け社外接続に必要な暗証番号が流出か(世界900社で被害)
- テレワークで4割が専用部屋無し(地域SNSピアッザなどの都心マンションに住む1000人への調査)
2 プラス面ないし肯定的評価
- 感染予防
- 通勤がなくて楽
- 休園、休校に対応できる
- ジョブ型雇用が進む
- 自由な時間が増えた
- 不必要な仕事や慣習の見直しにつながる
- 家族の絆が強まった
- セキュリティ対策需要が増加し関連企業が順調
- 妊婦の感染予防
- 不安や孤独を感じる人へのメンタルヘルス対策支援サービスが広がる
- 生産性向上
- 東京への集中を減らす
- 人間関係に悩みオフィスワークができないがテレワークなら大丈夫な人もいる
- 東京23区の経験者は、9割が継続したいとしており、満員電車に乗らないので済むという理由が最も多い
- 副業の促進
- 女性(日経の読者)の多くが働きやすくなった
- 筑波大の「働く人への心理支援開発研究センター」が企業17社を対象とした4343人から回答を得た調査で満足が8割を占めた。コミュニケーションの難しさを時間する回答も目立った。
3 対策、支援や波及効果
- 在宅勤務できない人に手当を支払う会社もある
- オンライン懇親会費を出す会社もある
- オフィスの光熱費や社内カフェ運営コストを社員に還元
- フェイスブックが社員に在宅勤務支援費として全社員に3月に1000ドル、8月にも1000ドル追加支給
- 成功のカギは信頼で、同僚間のコミュニケーションが重要。日本企業の低導入率は組織的課題があるから(*8/11日経若林直樹京大教授)
- 格安一律料金のシステム構築会社が盛況
- 対面コミュニケーションの重要性を再認識
- 業務プロセスの見直しが必要
- 社員を信用せず監視したり成果主義だけではやる気を損なう
- デジタル機器を使った営業手法を検討
- オンライン飲み会を週1回開催、1000円補助
- 職場近くへの引っ越し補助100万円、車購入補助金50万円
- 金融機関が中小企業のデジタル化支援サービス
- コールセンターを国内最大手がオペレーター1割3000人を在宅化
- 厚労省が在宅勤務ガイドラインを改定する(休日や深夜勤務容認を明確にするなど)
- オンライン会議の音響データから労働者のメンタル状況を解析するアプリがある
- 自己管理の方法を習得して、それでもダメなときは自覚的に仕事と無関係なことをするべきだ
- 管理されなくても成果が出したくなる行動様式を浸透させるのがよい
- 事務作業を在宅クラウドワーカーが代行
- 通勤手当を実費精算にする企業が出てきた(年金額が減ることも)
- うまくいっている会社はコロナ禍以前から準備を進めてきた
- 山梨県の自治体が移住を働きかけている
- ラジオ局が在宅勤務応援キャンペーンで仕事を邪魔しない選曲
- 報酬はより成果を反映した形にする
- 政府が中小のサイバーセキュリティ対策を支援
- 押印文化をなくすべきだ
- 職住接近を推奨し本社近くに住む社員に手当を支給
- カルビーは在宅勤務を含む柔軟な働き方を20年前から進めてきた
- 育児と在宅勤務両立支援の戸建てを相鉄不動産が建設
- ソフトバンクが月4000円支給
- リコーは在宅5割を維持
- パソナが仕事場として使えるホテルを紹介
- 労働時間管理の法規制の緩和を(日経)
- ホンダが通勤手当廃止、在宅勤務手当1日250円
- NTTグループが在宅勤務手当1日200円
- 労働時間と態度では評価できないので、管理職はよりこまめに仕事の進み具合をチェックする必要がある
- オランダでは2016年制定の法律で、勤続半年以上たてば働く場所と時間の変更を要請できる
- 在宅勤務者向けの健康管理クラウド型サービス
- 在宅かオフィスかではなく、その日の仕事内容に最適な場所を選ぶ、「アクティビティ・ベースド・ワーキング」が注目されている
- パワハラや情報漏えいなどテレワークのリスクに対応する保険が販売された
- ホテルなどがテレワーク用日帰りプランを販売
- 地方の別荘地を利用してもらう
- ワーケーションは準備が重要。会社のルールを確認し、仕事と休暇の時間配分をきちんと事前に決めるべきだ。
- 移住を検討してもらう
- カラオケ店がテレワーク用に賃貸
- テレワーク仕様のマンションの再開発
- 喫茶店やカフェが盛況
- 妊婦の4割が出勤を主とする働き方と言う調査結果
- 営業や開発などを在宅から通常出勤に戻す企業も
- 週2回テレビ会議をつなぎっぱなしにして気楽に会話する時間を設けた。勤務時間の1割前後だった部下との会話が5割ぐらいに高まり意思決定が早くなった。
- 在宅勤務から、やはりホワイトボードの前で同僚とアイディアを出し合うことが役立つとして出勤に戻す会社もある
- 産業医面談がオンラインの方が緊張感がない
- 間取り変更や住み替えを検討する人も多い(広告が激増)
- いろいろな企業が在宅勤務の数値目標、上限撤廃などを発表
- 入社即テレワークでも教育・人事評価する
- 導入しない企業への印象はよくない
- セキュリティ管理など関連企業の売り上げは伸びている
- 自宅の片付け業務のニーズが増えた
- オンラインでアパレル接客も
- 管理職の指導力が厳しく問われる
- 地方の空き家を宣伝
- テレワーク鬱の予防チームを立ち上げ
- テレワークビズを宣伝
- 地方の求人が増えている
- オンラインの雑談ルームを開設
- スペインはオンライン勤務の経費負担を雇用主に義務付ける法案を閣議決定
- 政府は東京の仕事で地方に移住した人に最大100万円交付する
- JR東日本、メトロ、東急などがエキナカなどのシェアオフィスを増やす
- デジタル会議用のテレビカメラなどが売れている
- 再生古紙を用いた組み立て式の書斎空間ユニットを発売
- 観光庁がワ―ケーション推進で企業と自治体をマッチングを始める
- 渋谷のオフィス離れが進み集中投資してきた東急には試練
- シェアオフィスが地方に拡大
- 人材大手アデコの調査で4~5月に民間企業の社員の61%はテレワークしなかった
- 間食する人が増えている
- 京阪電鉄がはしりの通勤ラッシュ対応の「多扉車」が引退する
- 換気機能などが付いたリビング用の多機能エアコンの人気が高まる
- 株式市場で住宅関連銘柄が値上がり
- 横浜でオフィスの解約増、入居希望減
- リコーが事務機離れで減収
- 自宅で株式取引する人が増えた
- SMBC日興証券は全従業員(1万人)がリモートワーク出来るようにサテライトオフィスを整備する。在宅勤務は自宅内スペースが限られるなど負担があったため。
- 人材サービス大手のパーソナルホールディングスが月額2000~4000円のテレワーク手当新設。
- 秋田県知事が全身等身大写真入りでリモートワークで秋田暮らしを呼びかける。企業向けアンケートも実施して受け入れ環境の整備を進める。
- オンラインで老け顔に気付く人が増えており化粧品業界が男性向け商品を工夫。
- 9/23~24の日経電子版アンケート調査(1万266件の回答)でテレワークで生産性が向上は31%で低下は26%と評価が分かれている。13.4%は未経験。
まとめ
4~6月ぐらいまでは、メリットとデメリットの具体例を紹介したり、アンケート調査の結果を報じるものが多かった。7月以降は、対応した商品や対策を報じるものが出始めて、8月以降は対策や支援策を紹介したり論じるものが中心になっている。
労働組合としては連合が、7月に連合がインターネット調査を実施して、長時間労働が増えていることなどを指摘。さらに議論が進められ、9月末に「テレワーク導入に向けた労働組合の取り組み方針」をまとめた。「実施の目的、対象者、実施の手続き、労働諸条件の変更事項などについて労使協議を行い、労使協定を締結した上で就業規則に規定する」とする。具体的には、情報セキュリティ対策、費用負担のルール、長時間労働の防止策や作業環境管理、健康管理の方策を検討すること、定期的にモニタリング調査などを行い、適時・適切に労使協議で改善することを求めている。
使用者側の方もいろいろな動きがあるが、日本経済新聞社が9月下旬に1万人規模の読者アンケートを実施。生産性については、変わらない42.2%、向上31%、低下26%と完全に評価が分かれている。記事全体では、生産性が下がるとする具体例を紹介。「商売は人と会うのが基本」(伊藤忠)、「テレワークで一部の仕事で生産性が下がることが判明した」(米金融最大手JPモルガン・チェース)、「企画に必要なアイディアは社員同士の会話の中から生まれることが多い」(ゲーム開発会社カヤック)。課題としては、やはり組織としてのコミュニケーション、私生活の切り替えをどのように確保するかである。そもそも業種として難しいものがあることとあわせて、中小と行政のデジタル化も大きな課題だとしている。
テレワーク分かれる評価
日本経済新聞 2020年10月7日
生産性「向上」31%「低下」26% 本社調査
職場の安全衛生の立場から
まず、今回のテレワークの広がりは、新型コロナウイルスの拡大にともなうものであり、あくまでも「緊急」避難的なものであったと考えるべきである。そもそも「安全で快適な職場」を提供し、管理する責任が使用者にあることは言うまでもない。感染防止のみならず、時間的身体的に通勤が楽になったことは共通のメリットとして語られることが多いのだが、そもそも、なぜ家の近くに職場がないのか。せっかく建てたマイホームと家族から離れて、なぜ単身赴任を余儀なくされてきたのか。
次に、テレワークと在宅勤務を一緒に議論するべきではない。つまり、サテライトオフィスのような仕事をすることを想定して整備された場所と、家族がいて、くつろぐことを目的とした「自宅」を一緒に考えることは決定的な誤りではないか。費用を出すとすれば、コンピューター機器以前に、まずは場所代を払うべきである。事務所として借りる場合と住居として借りる場合で、全く同じ部屋でも全く異なる家賃になるのは常識である。当然持ち家か賃貸か、一人暮らしか家族がいるかで、会社が負担、配慮する事柄はまるで違ってくるはずだ。
三つ目として、業種によって、仕事によってテレワークが向いているものと、難しいものとは明らかである。だからこそ、まずは、テレワークができるかできないか、やってみてどうだったのかをつぶさに実態調査すべきである。その中で、メリットとデメリット、希望や課題などをあげてもらう。それらを基にして労働組合として支援、対策について要求づくりに取り組むべきだ。妥協できないことは生産性云々ではなく、労働者の権利として、無理なテレワークや在宅勤務などは断固拒否すべきである。労働者のみならず、家族はもとより、ご近所(地域)にまで影響を及ぼすと言う意味からも、簡単ではない。例えば、作業内容だけ見ればテレワークが可能で夫が積極的に家事を担ってくれたという子育て中の女性労働者からですら、「子供に『お父さんが迎えに来てくれてうれしい。お母さんはイライラしていやだ』と言われた」とか「結局自分はほとんど仕事にならなかった」という声があがっていることは注目すべきである。こうした問題を解決するには、プライバシー保護の視点と共に、配偶者の勤務先との団体交渉権といった法的課題も生じる。まさに今こそ、労働組合、労働団体の力量、ご家族も含めた労働者との信頼関係が問われている。