原発被ばくで悪性リンパ腫(非ホジキンリンパ腫) 初めての労災認定

片岡明彦(関西労働者安全センター)

自庁取消しで業務上決定

本誌既報(2008年3月号6月号)の悪性リンパ腫で亡くなった故喜友名正さんのご遺族が、原因が原子力発電所などでの放射線被曝だとして労災請求していた問題で、2008年10月27日、淀川労働基準監督署は、以前の不支給決定を変更し業務上とする決定を行った。(稿末に東京新聞記事引用)
きわめて異例な展開の結果、放射線被曝による悪性リンパ腫が初めて労災として認められたもので、喜友名末子さんらご遺族の熱意とこれに応えて支援活動に取り組んだ「喜友名正さんの労災認定を支援する会」の努力が大きな成果を上げた。

白血病認定基準の3倍以上被ばく

正さんは、沖縄県内の家電メーカーに長年勤めたあと1997年に大阪の非破壊検査の孫請け会社に就職し、2004年4月まで大飯、高浜、美浜、伊方、敦賀、玄海の各原発、再処理工場などで仕事をした。
表のように、累積被曝線量は99.76mSv(通算6年4か月)にのぼった。

正さんが体調不良で退職したのは2004年1月。鼻の腫瘍で手術、6月には悪性リンパ腫と診断され、2005年3月に53歳の若さで亡くなった。
仕事のせいだとしか考えられなかった末子さんは同年10月、大阪・淀川労基署に労災請求したが約1年後の2006年9月、思いもよらない不支給決定通知を受け取ることになった。そして、末子さんが大阪労働局に審査請求して以降、喜友名さんの問題が長尾光明さんの労災認定を支援してきた市民団体の中に知られるようになり、2007年6月の厚生労働省交渉( 原子力資料情報室、ヒバク反対キャンペーンなど呼びかけ)では、不支給に至る調査がきわめて杜撰であったことを追及し、その結果、本来の調査手順である淀川労基署から本省への「りん伺」の上、再検討されることになった。

悪性リンパ腫は認定基準上の例示疾病でないため、「本省りん伺」 が行政内ルールになっているにもかかわらず、淀川労基署が独断と偏見で不支給としていたことが明らかとなったためだ。

ほどなく「喜友名正さんの労災認定を支援する会」が結成され、以後、厚労省交渉、署名活動が取り組まれた。2008年9月までに15万筆を超す署名が寄せられ厚労省に提出された。

正さんの件は、淀川労基署から大阪労働局経由で厚労省にあげられ(本省りん伺)、「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」の検討に付された。2007年11月22日に第1回が開催され、2008年10月3日の第5回会合で結論が出された

焦点は、悪性リンパ腫と放射線被ばくとの因果関係をどう考えるのか、労災認定をどのようになすべきか、だったわけだが、厚労省ホームページには、一般的な調査、検討結果が掲載されている。
「悪性リンパ腫、特に非ホジキンリンパ腫と放射線被ばくとの因果関係について」と題するその報告では、結論の部分で次のように記載されている。

II  疫学調査の結論
疫学調査結果をまとめると、非ホジキンリンパ腫と放射線被ばくとの関連は、以下のように結論づけることができる。
1  放射線被ばくと非ホジキンリンパ腫との関連を示唆した論文としては、
原爆被爆者を対象にした疫学調査(LSS(Life Span Study))
放射線診療を受けた患者を対象にした疫学調査
放射線作業者を対象にした疫学調査
などがある。一方、原爆被ばく、医療被ばく、職業被ばくに関する疫学調査結果においても放射線被ばくと非ホジキンリンパ腫の発生との有意な関連はないとする論文も存在し(Cardis E ら,200713)、Cardis E ら,199514) ほか)、疫学調査の結果は一致していない。
非ホジキンリンパ腫と放射線の関連を示唆した論文でも、放射線被ばくによる白血病のリスクに比べると非ホジキンリンパ腫のリスクは小さいとされている。

2  非ホジキンリンパ腫と放射線被ばくとの線量反応関係を明らかにした疫学調査は存在しない。

3  放射線治療患者の場合のように高線量の被ばくの場合で非ホジキンリンパ腫の誘発を示唆している論文も、放射線照射の対象になった原疾患や放射線治療と併用して行われた化学療法等に伴う免疫系の機能抑制が非ホジキンリンパ腫の発生に関連している可能性があることを示唆している。
疫学調査の結果から、1 Gy以下の放射線被ばくと、非ホジキンリンパ腫の発生との関係を肯定することも、否定することも難しい。しかし、仮に、両者の間に関係があるとしても、放射線被ばくとの関係が明らかであるとされている白血病(慢性リンパ性白血病を除く)に比べると、両者の関係性が弱いことは疫学調査の結果からは明らかである。

III  悪性リンパ腫、特に非ホジキンリンパ腫と放射線被ばくとの因果関係
疫学調査の検討からは、上記のとおり結論づけられるものであるが、労災認定における因果関係の判断に当たっては、以下のとおりとすることが妥当である。

1  悪性リンパ腫、特に非ホジキンリンパ腫は、一般的にリンパ性白血病の類縁の疾患として取り扱われており、両者は類縁疾患とみなすことができる。このことを踏まえると、悪性リンパ腫、特に非ホジキンリンパ腫については、認定基準(昭和51年11月8日付け基発第810号「電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準について」)において白血病の認定の基準として定められている放射線被ばく線量を参考として、判断を行うことが適当と考えられる。

2  統計的有意性を認めている原爆被爆者を対象にした疫学調査(LSS)では、非ホジキンリンパ腫に関して直線性の線量反応関係を仮定した上で、全白血病と非ホジキンリンパ腫の放射線のリスクは下表のとおりであるとされている。
このリスク比率によると、(1)非ホジキンリンパ腫とリンパ性白血病は類縁疾患ということができるが、放射線によるリスクは全白血病とは異なることが認められること、(2)非ホジキンリンパ腫では男性における過剰リスクについてのみ有意差が認められており、そのリスクは全白血病のリスクの1/5~1/6程度であることから、非ホジキンリンパ腫のリスクは、全白血病のおおむね1/5に相当するものと判断することが適当である。
なお、一定の因果関係を認めることができるとされるのは、非ホジキンリンパ腫であるので、悪性リンパ腫の労災認定に当たっては、病理診断等を総合的に、慎重に考慮した上で、判断する必要があることを付言する。




悪性リンパ腫、特に非ホジキンリンパ腫と放射線被ばくとの因果関係について

つまり、①疫学文献調査の結果からは因果関係を否定できない、②正さんの罹患していた悪性リンパ腫(非ホジキンリンパ腫)はリンパ性白血病の類縁疾患とみなせる、③非ホジキンリンパ腫のリスクは全白血病の約5分の1( 正さんの被曝量は白血病の認定基準の3倍以上)、とまとめることができるだろう。
完全な調査はどこまでいっても不可能であり、そのことでいたずらに結論を出さなかったり、否定したりするのではなく、現在あるデータで適切に判断した検討会の姿勢は評価できるものだ。

白血病の労災認定基準とは(【基発第810号 昭和51年11月8日】「電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準について」より)
「5 白血病
次に掲げる要件のいずれにも該当すること。
(1) 相当量の電離放射線に被ばくした事実があること。
(2) 被ばく開始後少なくとも1年を超える期間を経た後に発生した疾病であること。
(3) 骨髄性白血病又はリンパ性白血病であること。
<略>
5 白血病について
(1) 本文記の第2の5の(1)の「相当量」とは、業務により被ばくした線量の集積線量が次式で算出
される値以上の線量をいう。
0.5レム×(電離放射線被ばくを受ける業務に従事した年数)」
※0.5レム=5mSv(ミリシーベルト)

正さんの場合、累積被曝線量99.76mSv>5mSv(年)×6年4か月=31.67mSvとなり、白血病の認定レベルを優に超えているが、検討会の結論を踏まえると、認定にあたって、非ホジキンリンパ腫の場合の認定レベルを白血病と同一とみなしてはいないのではないかとも考えられるが、厚生労働省・労基署の判断がどうであったのかは今のところ不明である。
ただ、業務上と判断したのであるから、正さんの被曝線量は厚労省が考えた認定レベルを超えていたのであろう。

厚生労働省申し入れ

原発など原子力施設での被曝で労災認定されたガンの事例は、わかっている限りで、白血病5件、多発性骨髄腫1件、悪性リンパ腫1件である。労災かくしの実態があるとみるのが常識であるので、実際の発症例はさらに多いと考えられよう。

長尾さん、喜友名さんの労災認定を踏まえれば被曝労働者の健康管理と権利を守る対策として、まずは、

  1. 被曝労働を健康管理手帳の交付対象とすること、
  2. 多発性骨髄腫や悪性リンパ腫等の白血病類縁疾患を職業病リストに加えて認定基準上の例示疾病とすること

が求められる。
支援する会では、厚労省に対して2008年11月4日付けで、次の9項目の申し入れを行い、11月17日に福島みずほ参議院議員同席で交渉を行った。

申し入れ事項

  1. 喜友名さんの悪性リンパ腫労災認定とその経過を各地の労働局・労基署に伝えること。
    その際、①2004年の長尾光明さんの多発性骨髄腫に続き、白血病類縁疾患の悪性リンパ腫を労災認定したこと、②労基署はりん伺せずに不支給決定したが、不服申し立ての中で支援者から問題を指摘され、本省協議( 5回の検討会)を経て「自庁取り消し」となったこと、を明示すること。
  2. 原発被曝被曝労働者の労災申請に対して、今回のような労基署の独善的な扱いが繰り返されないよう通知・徹底すること。
  3. 今回の「りん伺なしの不支給決定」が行われた経過とその責任を明らかにすること。
  4. 申請から3年、審査請求から2年、多大な心労と労力に対して当事者に謝罪すること。
  5. 原発被曝労働者の実態を把握し、労災申請に親身に応じる等、申請が行いやすい環境を整えること。
  6. 喜友名さんの過酷な被曝労働の実態およびそれがもたらされた原因を明らかにし、原発被曝労働者の健康被害を防ぐための措置をとるよう事業者に指示すること。
  7. 認定基準の例示疾患に白血病類縁疾患を追加すること。
  8. 離職者に健康管理手帳を発行し、無償の健康診断など、健康管理を行うこと。
  9. 検討会の検討経過と検討内容を公開すること。

喜友名さんの労災認定を支援する会 (責任団体*:事務局)原水爆禁止日本国民会議、原子力資料情報室*、関西労働者安全センター、反原子力茨城共同行動、原発はごめんだ!ヒロシマ市民の会、ヒバク反対キャンペーン*

厚労省側は7.に関連して、「35条検討会を今年度内に開催する」と表明したものの、相変わらずの通り一遍の対応であり、8.についても、「線量限度を守っているので、大きな被害は出ない。手帳は必要ない。」と従来の考えを繰り返した。 今後とも関係団体と協力しながら地道に取り組んでいきたい。

悪性リンパ腫に労災 原発労働者 初認定へ
因果関係 厚労省認める方針


全国の原子力発電所や使用済み核燃料再処理工場で被ばくし、三年半前に悪性リンパ腫で亡くなった沖縄県うるま市の喜友名正さん=当時(53)について、厚生労働省の検討会は三日、悪性リンパ腫と放射線業務の因果関係を認める方針を固めた。

今後、検討会がまとめる報告書を踏まえ、大阪労働局が労災認定を決める。原発労働者の悪性リンパ腫での認定は初めて。
喜友名さんは、1997年に大阪市の放射線検査の孫請け会社に就職。全国各地の原子力発電所や再処理工場を転々とし、放射能漏れの検査をしていた。6年4ヶ月で被ばくした放射線量は約99.8ミリシーベルト。これは白血病の労災認定基準の3倍以上に当たる。健康診断で、被ばく線量が他の原発労働者平均の11倍に及んだこともあった。喜友名さんは2001年ごろ、頻繁に鼻血が出るようになり、04年に悪性リンパ腫と診断され、05年3月に亡くなった。
妻の末子さんが労災申請したが、大阪市の淀川労働基準監督署は06年9月、「対象疾患ではない」などと不支給に。支援者が厚労省に検討の必要性を訴え、昨年秋から検討会が開かれていた。
放射線を扱う業務での労災対象疾患は白血病や肺がん、骨肉腫などで、昨年末に多発性骨髄腫で亡くなった大阪市の長尾光明さん=当時(82)、04年1月に同病で初めて認定=ら対象疾患外の人は取り残されてきた。

<解説>白血病類縁疾患 救済に道
原発労働者の労災認定はこれまで白血病以外は、多発性骨髄腫で一例あるのみ。悪性リンパ腫で亡くなった喜友名正さんが労災認定される見通しになったことで、白血病の類縁疾患で苦しむ人の救済に大きく道が開ける可能性が高い。
放射線を扱う業務の労災認定で対象疾患となるのは、白血病は肺がん、骨肉腫など。白血病には認定基準があるが、それ以外の道は険しい。まして対象外疾患の喜友名さんの場合、「対象疾患でない」などの理由で不支給に。支援者らの働き掛けに押され、厚労省は検討会を開いた。
大阪市の長尾光明さんが多発性骨髄腫で労災認定され4年以上たつが、いまだに対象疾患にいれるかどうかの検討もされていない。また、長尾さんが東京電力に損害賠償を求めた一審判決は、労災認定された仕事と病気との因果関係ばかりか、病名まで否定する内容だった。
労働者が業務上疾患と立証することは至難の業であり、支援者らは一日も早く対象疾患に病名を加えることを訴えている。(特別報道部・片山夏子)

東京新聞 2008年10月4日

安全センター情報2009年3月号