初の放射線被曝による「多発性骨髄腫」の業務上認定:原子力発電所での補修作業

片岡明彦(関西労働者安全センター事務局)

富岡労基署が支給決定

既報(安全センター情報2003年11月号)の配管技術者・長尾光明氏(大阪市在住)が、「多発性骨髄腫を発症したのは原発内作業での放射線被曝が原因」として、富岡労働基準監督署(福島県)に労災請求していた件で、富岡労基署は2004年1月13日付けで業務上疾病として支給決定を行った。原発労働者については、職業がんでは白血病で5件が労災認定されているが、多発性骨髄腫では初めてのケースとなった。

業務上との結論そのものは妥当なものだったが、長尾氏側が労災請求の過程で提起した「福島第一原発におけるα核種汚染とそれによる内部被曝の可能性」については、事実上無視されたかたちとなった。事業主側である東芝(工事の元請会社)、その下請けの石川島播磨重工業(IHI)、その下請けで長尾氏の直接の雇用主である石川島建設プラント建設(IPC)、そして、主な被曝原因となった福島第一原子力発電所の所有者である東京電力の、本件についての責任問題は未解決である。また、現行の放射線作業従事者の健康管理対策の不備が、長尾氏の労災請求を遅延させた要因になったことも見過ごせない問題である。

2月14日、長尾労災認定報告集会が東京で行われた。集会には支援に集まった団体、個人を中心に関心を持つ人たちが参加し、今後、こうした課題に取り組んでいくことを確認している。
以下、本件労災認定と今後の課題について報告する。なお、本誌では2003年11月号でその時点までの報告、また、本稿にも登場する医学的因果関係についての村田三郎医師意見書(2004年1・2月号)、福島第一原発におけるα核種汚染による内部被曝の可能性のついての小山英之氏意見書(2004年3月号)を掲載しているので、適宜参照されたい。

因果関係認めた厚労省検討会

労災認定基準(昭和5ユ年11月8日付け基発第810号「電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準について」)に則って、長尾氏の労災請求を受理した富岡労基署は、厚生労働本省に業務上外について「りん伺」した。
本省は、りん伺を受けながら内部調整を行い、「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」を召集、2003年10月23日、11月20日、12月11日の3回開催し、業務上との結論を出した。 検討会結果をまとめた「請求人に係る電離放射線障害の業務上外に関する検討会報告書」中、検討結果の基礎とした文献レビュー (「多発性骨髄腫と放射線被ばくとの因果関係について」) のみを 2004年2月6日付で公表した。

※なお、 「請求人に係る電離放射線障害の業務上外に関する検討会報告書」 について情報公開法に基づく開示請求を行ったところ、全7頁のうち「放射線被ばくと多発性骨髄腫との関連について」(約1頁分)以外は墨塗りされた状態で開示された。

検討会は、多発性骨髄腫と放射線被ばくとの疫学的因果関係の検討を文献を収集して行い、その結果と長尾氏の病歴、職歴の個別検討をふまえて業務上外を判断した。
判断の核となった 「多発性骨髄腫と放射線被ばくとの因果関係について」は結論で次のように述べている。

III .結論
現在までに報告されている疫学調査の結果から、多発性骨髄腫と放射線被ばくとの間には以下の関係があると考えることが妥当である。
(1)原子力施設の作業者を対象にした疫学調査では、internal analysisにおいて、有意な線量反応関係が認められており、50mSv以上の被ばく群での死亡がこの関係に特に寄与している。
(2)40-45歳以上の年齢における放射線被ばくが多発性骨髄腫の発生により大きく寄与している。
(3)多発性骨髄腫の発症年齢は被ばく時年齢が高齢になるにしたがって高くなる。

多発性骨髄腫と放射線被ばくとの因果関係について」 電離放射線障害の業務上外に関する検討会

長尾氏の場合、
(1)被曝線量は70mSv
(2)放射線被曝したのは52歳からの4年3か月間
であり、この「結論」の条件に合致する。ただし、これらの点はすでに長尾氏側から提出された村田医師意見書などでまさに主張されていたことであった。
そして、他に有力な原因がみつからないことから、検討会は、「業務上」と結論づけたと考えられる。

因果関係認めたくない東京電力

長尾氏の被曝の8割以上を占める福島第一原発をかかえる東京電力は、労災認定を受けて、次のようなコメントを出した。

多発性骨髄腫に係わる労災認定について(メモ)
1.記事概要
○富岡労働基準監督署は、当社福島第一一原子力発竜所などで働き、退職後、多発性骨髄腫を発病した元プラント建設会社社員長尾光昭(ママ)さん(78才)に対して、労災認定していた。
○本人は、昭和52年から56年の問に、東電福島第一、ふげん、中電浜岡原子力発電所で働き、総量で約70ミリ・シーベルトの放射線を受けている。福島第原了力発電所では、2、3号機で働き、59.6ミリシーペルトを受けている。
○原子力発電所での作業中、長期被ばくした人から労災認定申請は、これまで長尾さんを含めて全1玉1で10件あり、1’1血病の5件が認定されているが、多発性骨髄腫での認定は全国ではじめて。

2,当社のスタンス
○別紙参照。
○なお、1/21の福島民報、民友では、「多発性骨髄腫にかかったのは、原子力発電所で放射線を受けたことが原因だったとして労災と認定した。」と報じているが、放射線作業従事者の労災認定は、発病した白血病が放射線の影響とわからない場合においても、労働者保護の観点から認定されるものであることから、認定されたことが放射線と発病の因果関係を認めたことではない。

3.参考
放射線に係わる疾病の認定基準
白血病については、労災として認定される要件は以下の3点。
(1)受けた放射線量が放射線作業に従事した期間の年平均が5ミリシーベルト以上。
(2)放射線作業に従事した後、1年以上経過後に発生していること。
(3)骨髄性の自血病またはリンパ性の白血病であること。
多発性骨髄腫については、白血病と異なり、これまで明確な基準がなかったが、厚生労働省が平成15年10月に「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」を設け、医学専門家の意見を踏まえて検討を行ってきた。

(別紙)
多発性骨髄腫に係わる労災認定に関する基本的スタンス
○当社の原子力発電所に従事された方が労災申請を行い、最近、労災認定を受けたことについては、新聞報道等で承知している。
○今回の労災認定については、厚生労働省が然るべき手順に則り、専門家の意見を踏まえてなされたものと考えている。当社としては、この判定にコメントする立場にない。
○労働者災害補償保険制度における電離放射線に係わる疾病の認定については、直接的な因果関係が明らかでなくても、労働者救済という観点に基づいて認定されることがあると理解している。
○当社の原了力発電所においては、作業者が受ける線量については厳童な管理を行い、法令に定められた線量限度を守ることはもとより、線量低減対策を積極的に取り人れ、できる限り作業員が受ける線量を低くするよう努めており、今後もこのような管理を徹底していく。
以上。

東京電力

因果関係を認めた厚労省検討会の業務上判断に対して、間接的な表現ながら「受け入れ難い」という主旨である。
コメント中にあるように、白血病の労災認定基準に関してはかねて、電力会社側、一部の「専門家」から、「労働者救済のための基準」「因果関係を認めたものではない」という主張なり宣伝が行われてきた。東電コメントはその延長線上のものである。

しかし、今回は、多発性骨髄腫と放射線被曝との疫学的(すなわち医学的)因果関係を検討した結果を長尾さんにあてはめた上での結論である点で、そうした従来の原子力事業者側の見解が当てはまらないことは明らかなのである。
この点は不十分性をもつ検討結果であるにもかかわらず非常に重要である。

東京電力、東芝などの無責任姿勢

長尾氏の労災認定に際して、東京電力はもちろん、東芝、IHI、IPC、という関係企業から長尾氏へのお詫びの言葉はない。東電コメントのごとく、因果関係を認めない、というのが彼らの基本姿勢とみられる。ひどい話である。
長尾氏は全造船機械労働組合神奈川地域分会(よこはまシティユニオン、以下ユニオン)に加入し、ユニオンでは労災請求中の昨年9月以来、東芝、IHI、IPCに対して、労災認定への協力、情報提供、団体交渉を申し人れてきたが、各社は判で押したようにほとんど同一の「ゼロ回答」「拒否回答」を行ってきた。ユニオンは労災認定を受け、たとえば東芝に対して次のように申し人れを行った。

抗議ならびに申し入れ書

当分会組合員長尾の原発労災問題に関する当労組の団体交渉要求に対して、貴社は、2003午10月31日付の回答書において、「必要があれば団体交渉に応じることについてやぶさかではございません」としながらも、組合員長尾を「雇用していたことがありません」ので、「団体交渉を受ける立場にはない」としている。さらに、2004年1月13日付けで組合員長尾の多発性骨髄腫について、富岡労働基準監督署が業務上決定したが、当分会の川本が田中氏に架電、確認したところ、「事実は新聞報道で承知しているが、そのことによって、対応を変えるつもりはない」とのことであった。
上記のような貴社の対応は、明らかな団体交渉拒否である。このような不当労働行為は到底認めがたいものであり、厳重に抗議する。同時に、以下の通り申し人れる。

  1. 最高裁判例においても明らかにされたとおり、直接の雇用主でなくても、実質的に労働条件を決定する者が、少なくともその事項に関して使用者として団体交渉応諾義務がある。組合員長尾の原発内被ばく労働については、当然当時の元請事業主である貴社が、その労働環境その他を決定、管理する立場にあったのであり、直ちに団体交渉に応じるべきである。以上をふまえて、団体交渉権に関する貴社の見解を明らかにすること。
  2. 上述のとおり、組合員長尾が、貴社の現場で就労したことが原因で発症した多発性骨髄腫は、労働基準監督署が職業病として認定した。このことについての、貴社の見解を明らかにすること。
  3. 貴社が富岡労働基準監督署に提出したとされる、組合員長尾の労災保険請求に関する「必要資料」や、組合員長尾が福島第一原発で就労していた当峙アルファ核種が放出さたという事実に関して、貴社が所有している資料、情報を全て当分会に提供すること。
  4. 上記1-3項目に関して、文書で明確に回答すること。

これに対し東芝は、2月18目に直接申し人れを受けると返答していたが、直前になって、「対応しない」と面会を拒否してきた。同日、東芝でユニオンの抗議行動が行われている。

東芝前抗議行動

今回の労災認定は東京電力や東芝等が言うような「恩恵的措置」ではない。それどころか、長尾さんは当然の権利として労災認定を受けたものの、時効で請求権の多くが消滅していたという不利益を余儀なくされている。

しかも、被曝原因には、最近、内部告発で露見した福島第一原発におけるプルトニウム汚染が関与していた可能性があるにもかかわらず、東電、東芝等の責任企業は情報開示を全くしようとせず、不法な団交拒否を行い、長尾氏への加害責任について「知らぬ存ぜぬ」を決め込もうとしているのである。
このようなことは断じて、許されることではない。

無視されるアルファ核種汚染と内部被曝

内部告発によって、長尾氏が就労した時期に福島第原発で燃料棒損傷が原因とみられるアルファ核種(プルトニウムなど)汚染が存在した。
長尾氏側は労災請求と併せて、この汚染が内部被曝をもたらしたことが推測され、実際は、放射線管理手帳に記録された70mSvをはるかにこえる被曝があったのではないかと主張した(小山英之氏意見書)。

残念ながら、検討会の検討結果やそれに基づく厚労省の「業務上」との結論は、この問題を「避けて」下されたとみられる。それは、検討会の議事概要からも椎測され、長尾氏の支援団体との交渉における厚労省担当者の発言等からも読み取れる。長尾氏側の指摘に基づき厚労省は東芝等に関連資料の提出を求めたらしいが、それに対する回答内容について明らかにすることを「職権調査の内容は明かせない」として拒否している。おそらく、中身のある資料は提出されていないのだろうと思われる。

もし.「アルファ核種汚染と内部被曝」が白日にもとに曝されることになれば、長尾氏の被曝と多発性骨髄腫発症に対する東電、東芝等の企業責任の重大性、悪質性が一層明らかになり、放射線被曝との因果関係もより強固なものであると認定されることになる。
さらに、当時、福島第一原発で放射線作業に従事した多数の労働者にかかわり、事は一層重人なものとなる。長尾氏は、就労当時、アルファ核種汚染の実態を全く知らされていなかったし、大多数の労働者も同様であった。信じられない犯罪的行為が行われていたのである。
長尾氏問題での責任回避、当時の犯罪的汚染隠し隠蔽の事実からの逃亡、これが企業側が事実をひた隠しにしようとする理由である。労働者の命と健康に対して責任のある厚労省が、「事実が確認できない」という逃げ腰であることも噴飯ものであるが、これを利用して各企業が責任逃れを図ることは許されない。

企業責任追及と健康管理対策改善

長尾氏労災認定を求める運動には多くの団体・個人が結集し、大きな力となった。2/14集会では今回の認定が大きな成果であるとともに、今後の課題もまた明確になったことが確認された。
第一に、言うまでもなく企業責任の追及である。労災認定されたことから目を背け、因果関係すら認めようとしない無責任企業群は徹底して批判されなければならない。ユニオンを中心とする運動が企業群を追いつめていくに違いない。アルファ核種汚染隠し問題は大きな焦点になるだろう。

放射線作業従事離職者に健康管理手帳を

第二に、放射線作業従事者、とりわけ離職者健康管理対策改善の問題である。とりあえずすぐにでもできることがある。労働安全衛生法における健康管理手帳(労働安全衛生法第67条)の交付対象(労働安全衛生法施行令第23条)に、放射線作業従事離職者を含めることである。

長尾氏の場合、放射線管理手帳に記録された限りではあるが、法定の線量限度内の被曝線量であった。検討会はその被曝線量を前提に多発性骨髄腫と被曝との因果関係を認めた。
つまり、線量限度内の被曝であっても発がんリスクが存在するということを公式に認めたという点が、今回の労災認定の見過ごせないポイントである。
健康管理手帳の交付対象として、昨年から新たに、じん肺管理区分「管理2」のじん肺有所見者が加えられた。これは、じん肺有所見者に肺がんリスクが確認されたためである。
このときの専門検討会ではじん肺有所見者の肺がんリスクは3倍程度と評価されている。

長尾氏の検討会の検討結果、疫学レビューをみると同様なリスクを認める内容となっていることがわかる。したがって、被曝線量の線引きをどうするかという問題はあるものの、少なくとも一定以上(たとえば50mSv)の被曝歴のある離職者に健康管理手帳を交付し健診サービス等の対象とするというのは検討されてしかるべき課題である。

現在、放射線量作業による被曝記録は、被ばく線量登録管埋制度によって放射線影響協会におかれた放射線従事者中嗅登録センターで一元的に管理されている。これは、原子力事業者を中心として運用されている制度で、協会と原子力事業者との契約に基づいて放射線管理データがやり取りされ、管理されている。そして放射線管理手帳制度によって放射線作業従事労働者に手帳が交付され、これがなければ、原子力発電所などで働くことができない。
長尾氏は放射線管理手帳を退職時にIPCから渡され、紛失することなく所持していたたため、被曝記録を容易に確認することができた。ところが、放射線管理手帳を本人や遺族が紛失していた場合、中央登録センターに開示を請求しても、センターは「原子力事業者との契約上、できない」として拒否してきたのである。

協会の担当者は、「来年4月に個人情報保護法が施行されるにあわせて、本人への情報提供は行うことを予定している。遺族等については、「第三者」ということになるので対象外になるが、情報提供を可能にするかどうかは、来年4月に間に合うように検討中である」としている。放射線管理データの取り扱いが原子力事業者サイドの機関で行われ、その中で、このデータに基づく疫学調査も大規模に行われているにもかかわらず、本人のデータを本人に教えないという不当な取り扱いがまかり通っているのである。
健康管理手帳の交付とともに、労働者をモルモット扱いしている今の被曝線量管理制度の欠陥を是正することもまた必要である。

多発性骨髄腫を職業病リストの例示疾病に

労災補償に関しては、長尾氏の認定を受けて、多発性骨髄腫を職業病リストの例示疾病に記載する必要がある。この点について、2月13目の厚労省交渉で職業病認定対策室の担当者は「職業病リストの検討する労働基準法施行規則第35条専門検討会での検討対象になる予定」と回答している。多発性骨髄腫を職業病リストの例示疾病に記載する必要がある。

原発等における安全衛生・労災問題

昨年5月の富岡労基署に対する交渉の中で、地元富岡町の双葉地方原発反対同盟から福島第一原発における健診記録偽造問題が報告され、労基署長らが驚く一幕があった。

石丸小四郎氏(右端:双葉地方原発反対同盟代表)の指摘に見入る富岡労基署長ら

東京電力等の多数の原発が、工事記録改ざんなどの不正発覚によって運転停止となり、その修理、点検が盛んに行われ、大量の労働者被曝を引き起こしている。また、東電柏崎・刈羽原発で放射性廃棄物が管理区域から持ち出され、一般廃棄物といっしょに焼却、埋設されるという信じがたい事実も露見している。
原発は、放射線被曝に関連した安全衛生上の大きな問題をかかえているといえよう。
同時に、原発職場は建設現場などと同様の電力会社、工事元請会社、多層の下請会社という典型的な多重構造である。労災隠しも相当存在していると予想される。
長尾氏の件をひとつの契機として、放射線作業に関連した問題だけではなく、より広く、原発職場の安全衛生、労災問題に取り組んでいくことが必要であろう。

安全センター情報2004年5月号記事改訂