特集①/労基法「改革」の動向と課題-労基法「改革」の動向と課題~安全・健康を守るために何が必要か(労働基準関係法制研究会報告書を中⼼に)森崎巌(元全労働省労働組合中央執行委員長)/2025.9.20 全国安全センター第36回総会記念講演

ご紹介にあずかりました森崎です。お招きいただいたことに感謝を申し上げます。また、安全センターの皆さんが日頃から働く者の立場、そして現場の視点から労働安全衛生行政に対して様々な指摘をいただいていることにも敬意を表したいと思います。
そして個人的にもセンターの皆さんには大変感謝しております。私は労働基準監督官という仕事をしてきましたが、監督官を志したのは、実はセンターの議長を長くされた井上浩先生の著書である『労働基準監督官日記』や『労働Gメン』、こういう著作を読ませていただいたことがきっかけの一つでした。そして任官後はセンターを通じて井上先生とも親しくさせていただき、長年にわたってご指導をいただいた。そういう意味でも井上先生並びにセンターの皆さんに感謝しています。
今日は「労基法『改革』の動向と課題」というテーマで1時間ほどお話をさせていただきます。
労基法「改革」
労働基準法が大きく変わろうとしています。労基法「改革」とも言われています。厚生労働省内には「40年ぶりの改革」と言う人がいるようです。しかし、5年前を思い出してください。「働き方改革」を掲げ、労働時間の上限規制の創設など労基法の大がかりな見直しが行われました。あのときは「70年ぶりの改革」だと言っていました。ずいぶんいい加減なものです。どうして先の「働き方改革」をそこまで等閑視するのでしょうか。なかったことのように話すのでしょうか。「働き方改革」はもちろん不十分な面はあったけれども、労働時間の絶対上限を設けるなどかなりの前進面もありました。今回の動きには、こういう前進面を揺り戻そう、あるいは風穴を開けようという狙いがあるのではないか、私はそう見ています。
労働基準法の基本構造
労働基準法の基本構造を一度、確認しておきたいと思います。
労働基準法の基本的な性格・役割として一番大事な点は「最低基準を定める」ということです。使用者が労働基準法が定めた基準を下回る労働条件を示し、これに労働者が合意したとしても、当該労働条件は無効とされ、労基法が定める基準まで引き上げられるということです。この性質は「片面的強行法規」と呼ばれています。
労働基準法1条2項を確認しておきましょう。
「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、むしろその向上を図るように努めなければならない」
労働者も使用者も、この最低基準を理由に労働条件を引き下げることは許されないし、むしろその向上に努めなければならない。最低基準を定めた上で労使双方によりよい労働条件の設定をうながす構造になっています。労働安全衛生法にも似たような条文があります。労働安全衛生法の方は「事業者は」最低基準を守り、その向上を図るようにしなければいけないとなっており、その後の条文で、労働者はそれに協力しなければならないとなっていますが、基本的な構造は労働安全衛生法も、そして最低賃金法なども一緒です。
また、労働基準法はこの最低基準の履行確保を図るために罰則を設けています。刑事罰です。しかも法違反に対し、労働基準監督官が刑事訴訟法に基づく司法警察官の職務を行うことができると定めています。そのため、労働基準監督官は時に、稀にと言うべきかもしれませんが、被疑者を逮捕したり、捜索・差押はわりと頻繁に行われていますが、そういう刑事手続を直接行います。
それから刑事手続だけでなく行政手続によって指導していく上でも、いくつかの履行確保措置が労働基準監督官の権限として定められており、事業場に対する臨検の権限や、資料を提出させる権限、あるいは尋問を行う権限などが監督官に付与されています。
今回の動きは、この労働基準法の基本的な構造、とくに最低基準としての性格を大きく変えていこうという狙いが垣間見えます。
これまでも「規制緩和」「規制改革」などと称して、個々の条文が定める規制を緩和していく動きはいろいろありましたが、前述の基本構造そのものを変えていくという動きが含まれている点は見逃せないし、侮れない。非常に重大な問題を抱えていると思います。
新しい時代の働き方に関する研究会報告書
きっかけとなった、起点となったのは「新しい時代の働き方に関する研究会」です。近年の法改正のプロセスを見ていくと、最初に有識者などによる研究会を立ち上げ、課題や方向性を報告書にまとめる。その後に公労使で構成される労働政策審議会で議論し、その結論をもって厚生労働省が法案化する。そして閣法として国会に提出するというプロセスをたどっています。
従って、このプロセスの最初のところにある、研究会の報告書がどのようになっていくかが、その後の法改正に向けたプロセスの中で非常に重要な意味を持ってくるわけです。したがって、ここにまず着目したいと思います。
「新しい時代の働き方に関する研究会」、関係者は「新時代研」と呼んでいるようですが、2023年10月20日に報告書が公表されています。
この報告書は労働基準局長(当時)に手渡されたのですが、受け取った局長はこういうコメントを残しています。
「この報告書を今後、法改正の指南書と言いますか、マニュアルと言いますか、そういったものと考えまして、まず労働基準法をどうしていくか、これを横に置いて見させていただきながら、いろいろ議論していきたい」
要するにこの報告書の方向性に大賛成。その線に沿った法改正に意欲を示していたことは確認しておきたいと思います。
なお、この研究会の前にも伏線としていくつかの研究会がありました。2013年に報告書をまとめた「集団的労使関係法制に関する研究会」、あるいは2022年に報告書をまとめた「これからの労働時間制度に関する検討会」。これらも新時代研と同じような方向性を打ち出していましたが、ここでは触れません。
問題点①-検討の出発点をどこにおいているか
さて、時間軸は前後しますが、新時代研を立ち上げるとき、挨拶に立った厚生労働省の労働基準局長(当時)は概ね次のような挨拶をしました。労働基準法は古くなった、人間で言えば75歳。従って、このへんで抜本的な見直しが必要であり、50年先を見通した新しい時代の指標となる改革の方向性を示してほしい。大風呂敷を広げたなと感じました。かつてないほどの抜本的見直しをしていきたいということです。そうだとしたら、研究会の構成にも問題意識を持たざるを得ません。座長の今野浩一郎さん(学習院大学名誉教授)は分かるとしても、大企業で人事・総務分野を統括されている方や、研究者としては、労働経済学や人事経済学などの専門家。さらに人事分野のコンサルティングを専門にしている方などです。こうした各分野の専門家の皆さんの意見は貴重ですが、労働基準法等の50年先を見通し、そして抜本的な見直しをしようというなら、出発点とすべきは「現場」であるべきではないでしょうか。労働者が働く現場で何が起きているのか、労働者がどんな困難に向き合っているのか、こういったところからスタートしないと、本当に必要な改革にはならないのではないか、そういうことを最初に指摘したいと思います。
問題点②-労使合意の「デロゲーション方式」を拡大
この研究会が一番言いたかったであろう点、それはイコール最大の問題点なのですが、いままでの最低基準方式をやめて、デロゲーション方式を原則にするということではないか。デロゲーションは聞き慣れない言葉です。規制の解除や適用除外という意味で使われており、後の研究会(労働基準関係法制研究会)における議論でもこの言葉が多用されています。
デロゲーション方式というのは、最初に基準値が設けられていますが、それを労使の合意のもとに、あるいは本人の選択のもとに引き下げることを認めます。もちろん健康確保ラインというものを設けることができますが、その近くまで引き下げることも可能というわけです。だから、最初のラインは最低基準でも何でもなくて、労使でいくらでもデロゲーション、つまり規制解除できるものとなる、こういう考え方が打ち出されたわけです。まさに抜本的改革と言えますが、これでいいのかということが問われてきます。
こうした構想は「守る」と「支える」という2つのキーワードで説明されています。健康確保ラインは「守る」、健康を害してまで働けとはさすがに言わない。けれども、労使の合意でデロゲーションする仕組みは、労働者の選択を「支える」ものとして重視する。ちょっと強引な言い回しですが、労働者の選択を妨げてはならず、むしろそれを積極的に「支える」というわけです。
問題点③-労働時間規制の目的は健康確保だけではない
こうした構想を打ち出したことの何が問題か。まず守るべきものは健康確保だけでいいのかということです。労働基準法の沿革を考えたときに、例えば労働時間法制はどう考えられてきたでしょうか。労働基準法は「8時間労働制」を定めていますが、これはメーデーの起源ともなったスローガン、8時間の労働、8時間の睡眠、そして8時間は私たちの自由な時間としよう、こうした考え方がベースにあります。そうだとしたら、労働時間規制は健康確保のためだけにあるのではなく、いわゆる生活時間と言いますか、ワーク・ライフ・バランスと言いますか、そういったものを守っていく、生活全体を守っていく、そういう意味も当然に含まれていると見るべきではないか、こういう指摘ができると思います。
実は厚生労働省自身が労働時間短縮の意義を5つにまとめたものがあります。その5つというのは、①創造的自由時間の確保、②家庭生活の充実、③社会参加の促進、④健康と創造性の確保、⑤勤労者の働きやすい環境づくりです(所定外労働時間削減要綱、2001年10月24日改定)。これを忘れてしまったのでしょうか。健康確保はもとより重要ですが、それだけでは全く不十分であることが指摘されています。裁量労働制の仕組みなどをこうした視点から見ると、労働時間そのものの規制を外していく一方、医師との面接指導等の措置を講じていく動きが広がっています。これは健康を守ればいいのではないかという狭い発想なのではないか、これをスタンダードにしようという狙いがみてとれます。
問題点④-労働者の選択は真に自発的なのか
もうひとつ、どうしても指摘しないといけないのは、労働者の選択を支えると言っているけれども、労働者の選択というのは本当に自発的なものなのかということが問わなければなりません。これはもう皆さんに言うまでもないことですが、労使の力関係というのは、そもそも対等ではありませんから、外形的に労働者が自発的に選択したもののように見えても、実はそう仕向けられた、強いられたというケースが実に多いわけです。私も労働基準監督署で相談を受けたときに、「退職願を書けと言われて、書きました」というような方をたくさん見てきました。こうして強いられて意思表示をさせられるケースは決してめずらしいことではないということが分かっていないのではないか。西谷敏先生(大阪市立大学名誉教授)が指摘していますが、「働き方改革」の焦点となった長時間労働や正規・非正規格差というのは、その対応を労使自治に任せてきたことから、生じた問題なのではないか。こうした現状に対して、労使自治を掲げながら、規制をさらに緩めるというのは本末転倒ではないか。まったくそのとおりだと思います。
問題点⑤-「シンプルでわかりやすく」と言うが
それから新時代研は、労働基準法を「シンプルでわかりやすく」するということを打ち出しています。たしかにわかりにくい条文が少なくありません。しかし、なぜ分かりにくくなったのかというと、大事な規制を取り払うのであれば、少なくともこのくらいの措置は講じてもらう必要があるだろうと、様々な規定が細かく置かれていったという経過なのです。一定の労働時間規制を外していくのであれば、せめて丁寧な導入プロセスや導入後のフォローアップが必要だろうと考えられてきたのです。複雑にしたくてしたわけじゃない。必要だから複雑にしているわけです。それをシンプルなほうがいいじゃないかとなくしてしまうことは危険なことです。
本当に必要なのは、シンプル化よりも明確化だろうと思います。いまの労働基準法は、不明確であるがゆえに規制力が乏しい条文が多くあります。例えば、年次有給休暇。使用者が年休の請求に対して一定の場合に時季変更権を行使することがあり得ますが、その要件は事業の正常な運営を妨げるかどうかです。これを労働基準監督官に直ちに判断しろと言われても、なかなか難しい。結果、グレーゾーンで時季変更権の行使がまかり通ってしまうということが起きてしまう。裁量労働制の要件である「業務の性質上、その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量に委ねる必要があるため、業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難」であるかどうかを判断するのも至難です。また、管理監督者とはどんな働き方をする人たちなのか。これも必ずしも明確ではないから、「名ばかり管理職」と言われるような運用が広がってしまう。本当に改革するのであれば明確化こそが求められていると思います。
新時代研報告書後の動向
日本経団連「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」
新時代研報告書が出てからわずか数ヶ月後、日本経団連が「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」を作成し、厚生労働省に提出しました(2024年1月17日)。これを受け取ったのは労働基準局長(当時)ですが、その際の局長のコメントが報じられていました。
「この日本経団連の提言は、新時代研の報告書の問題意識と重なる部分がある」
つまり、この日本経団連の提言もまた指南書のように扱われていくではないかという印象を受けます。
日本経団連提言の内容
日本経団連の提言ですが、労使自治を重視し、労使の一定のやりとりと合意を通じて、従来の規制、とくに労働時間規制のデロゲーションを促進していく、規制の解除を認めていくというのが大きな方向性なのですが、そのための条件としては、労使のコミュニケーションの在り方を整備していく必要があるとしており、この点で具体的な提案をしているところに新しさがあると見ています。
具体的な中身ですが、まず過半数労働組合のある職場では、当該労働組合の合意を得ることでデロゲーションを認めていく。一方、過半数労働組合のない職場では、複数の労働者代表が参画する「労使協創協議制」という仕組みを行政機関の認証のもとに創設し、そこで労使の合意が得られたならば、デロゲーションを認めていくというものです。
現在、過半数代表制度というものがありますが問題が非常に多い。過半数代表制度のもとでこれまで以上のデロゲーションを進めていくのはさすがにやりすぎだと、もう少し実効性のある労使コミュニケーションの仕組みがないものか、財界なりに考えたのが「労使協創協議制」なのでしょう。現行制度下の労使コミュニケーションの不備を補いつつ、全体としてはデロゲーションを拡大していくことをめざしていると言えると思います。
荒木尚志教授の講演
日本経団連の提言の1か月前に東京大学(当時)の荒木尚志先生が日本経団連で講演をしています。時間の関係で詳しくフォローできないのですが、日本経団連の提言には、その講演の中身がかなり反映されている印象を受けます。何が言いたいかというと、日本経団連の提言は財界のあからさまな要求をただ羅列したものとはいえない。著名な労働法学者の考え方と通ずるところがある。そういう意味で働く者の現実を明らかにしながら、しっかりと対応していく必要があることを指摘したいと思います。
労働基準関係法研究会報告書
法改正を視野に入れた検討
新時代研の報告書が出た後、次のステップとして新しい研究会が設けられました。「労働基準関係法制研究会」、これは「労基研」と呼ばれていますが、検討事項として、新時代研の検討を踏まえた法的論点の整理などが掲げられています。つまり法改正を視野に入れた議論が開始されたのです。構成員もガラっと変わりまして、労働法学者が中心となっています。第1回は2024年の1月。そこから16回にわたって検討が重ねられました。報告書はすでに2025年1月8日に公表されていますが、構成は、労働基準法制の構造的課題、総論的課題、それと労働時間規制。この3つくらいが柱になっています。
労働基準法制の構造的課題
「構造的課題」とは何か。これは前述のデロゲーション方式の原則化です。もう最低基準方式はやめて、デロゲーション方式に変更しようというわけです。こんなことがありました。2024年12月8日、研究会の議論を報告書のかたちでとりまとめていく時期でしたが、事務局が示した報告書(案)の中に、労働基準法の意義に関して次のような文章がありました。
「使用者と労働者の間に存する交渉力の格差を無視して契約自由の原則を貫徹することの不当性が認識される中において、契約自由の原則を部分的に修正し、労働者の保護を図るための方策として、制定されていった法律」
労働基準法は契約自由の原則を修正して労使の合意によっても排除できない最低基準を設けるところに意味があるという文章です。しかし、次の研究会で示された報告書(案)から、この部分が全文削除されてしまった。これを削除したということは、最低基準方式からデロゲーション方式に変えるというシグナルと受け止めざるを得ないのではないでしょうか。
西谷敏先生がこのデロゲーション方式をどう見ているか。今年2月の『労働法律旬報』(旬報社)に寄せられた文章では、デロゲーション方式を一概に否定しないと言っています。例えば、比較的高い水準に基準・原則を設定しておくことによって一般的な労働条件が引き上げられるという効果を持ちうる場合があると指摘しています。ただし、そこにはいくつかの条件が必要であって、一つは原則からの逸脱というものが稀であること。もう一つは最初の基準・原則からの逸脱についてどういう当事者が合意するかという点ですが、労働者の利益をしっかりと擁護できる、そういう実力を備えた団体だけがデロゲーションの当事者になり得るということを指摘しています。
ドイツにおいて労働協約によるデロゲーションが認められる根拠は、当該労働協約を締結する労働組合が十分強力であって、労働者の利益擁護が可能だからであると説明しています。そして、こうしたドイツの例に照らすならば、日本の過半数代表者はもちろん、企業内組合の多くもデロゲーションの当事者となる資格を備えているとは言えないのではないかと指摘しています。たいへん重要な指摘だと思います。デロゲーション方式への転換を日本で行う余地はほとんどないと言わなければなりません。
報告書では、デロゲーションという言葉が「法定基準を調整・代替」という言葉にすべて置き換えられていますが、報告書中15回も使われています。最低基準方式からデロゲーション方式への転換をいかに重視しているかが見えてきます。
労働基準関係法制の総論的課題
「総論的課題」というのは、労働基準法の多くの条文の中で使われている用語、例えば、「労働者」とは何か、「事業」とは何かという議論であり、様々な情勢変化の中で今日的な見直しが必要かどうかが議論されました。
労働者概念近傍へのアプローチ
「労働者」とは何かという点は非常に大事であり、労働基準法などがどの範囲で適用されるかを画する概念と言えます。ところが、この労働者とは何かを考えていくと結構難しい。皆さん、プロ野球選手は「労働者」でしょうか。日本プロ野球選手会という団体があって、日本野球機構や各球団と交渉したり、ストライキも実施できますから、労働者だろうと思います。でも、プロ野球の選手は試合が長引き延長戦になっても割増賃金は出ないようです。どうして労基法違反とされないのでしょうか。実は、労働者概念というのは一つではありません。労働組合法上の労働者と労働基準法の労働者は違うと考えられています。つまり、プロ野球選手は労働組合法上の労働者だけれども、労働基準法の労働者ではないということなのです。だから、こういうズレが生じるということです。
労基研では、労働基準法上の労働者の概念をどうするかが議論されました。というのも、現行の労働者概念の近傍に位置する就労者が増えているし、その就労実態には問題も多く、適切な保護を及ぼしていく必要が高まっていることが背景にあります。
例えば、個人事業主とか、一人親方とか、最近ではプラットフォームワーカーなども増えています。こうした人たちをどう保護するかについては、いくつかのアプローチが考えられます。
一つは実態に即した誤分類の解消です。労働者概念は維持した上で誤分類によって労働者ではないとして扱われている実態がないか、目を光らせきちんと是正指導していく、取り締まっていくアプローチです。実際、形式の上は請負契約を装っていながら、その就労実態を見ていくと労働契約である、つまり当該就労者は労働者であるという事例は少なくないと思っており、こうした問題の解消に一層注力していく必要があります。
もう一つは、今日的な状況をふまえて労働者概念自体を見直していく方法です。この点では、連合総研が公表した「働き方の多様化と法的保護のあり方~個人請負就業者とクラウドワーカーの就業実態から~」と題した『調査研究報告書』(2017年12月)があります。これによると、個人請負就業者とクラウドワーカーの就労実態の調査をふまえ、労働組合法上の労働者のところまで労働基準法の概念を拡大することを提起しています。もちろん一定の適用除外の措置なども組み合わせていくことが必要かもしれませんが、大事な指摘ではないかと思っています。
以上のほかにも、荒木尚志先生の基本書(『労働法』有斐閣)を見ていくと様々なアプローチがあり得ることを紹介しています。これも参考にしつつ、話しを進めていきます。
一つは、中間概念の導入です。例えば、「準労働者」といった考え方を導入して、一定の範囲の就労者に労働法の一部の保護を与えていくアプローチです。
もう一つは、特別規制アプローチと名付けられていますが、一定の範囲の就労者に対して特別の規制を用意して当該就労者に相応しい保護を与えるアプローチです。特別加入制度やフリーランス新法はこのカテゴリーに入ると考えます。
さらに、一定の範囲の就労者に対する相応しい措置をガイドライン等のソフトローで定め、行政機関の助言や指導などの強制的でない手法で保護を及ぼしていくアプローチもあり得るとしています。
フリーランス新法
フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が2024年11月から施行されています。従業員を雇用しない個人事業主や一人社長の保護を図るものです。やっと一歩踏み出した状態です。実際、同法の規定のうち労働局で所管しているのは、わずか4分野です。①募集情報を提供する時に正確かつ最新のものを提供しなければならない、②育児介護等と継続的業務委託に係る業務の両立支援に配慮しなければならない、③ハラスメント行為をなくしていくための措置を講じなければならない、④継続的業務委託を中途解除する場合には、原則として中途解除日の30日前までに予告しなければならないが、予告手当の制度はない。
つまり、労働者に比べて規制が少ない。例えば、違約金や損害賠償の予定の禁止(労働基準法)などは、フリーランスの人たちにとっても非常に重要ではないかと考えますが、措置されていない。また、最低賃金の規制(最低賃金法)もないし、解雇濫用法理や雇い止め法理(労働契約法)、こういうものも適用されていない。一方、労働時間規制、これはどこまでどのように及ぼすかはかなり議論があるでしょう。
なお、フリーランス新法というのは、労働者概念の近傍に位置する就労者に相応しい保護を及ぼすための措置であって、労働者概念それ自体を変えるものではありません。労働者概念の再構築をどう考えるかについては、労基研の報告書の指摘に沿って、すでに後述の研究会が立ち上げられており、議論が始まっています。
それと同時にプラットフォームワーカーといった特定の就労者について、労働者性の判断基準をより明確にしていくための指標等を整備していくことが考えられないか、それによって予見可能性を高めることはできないかについても検討が必要と報告書は指摘しています。
労働基準法における「労働者」研究会
2025年5月2日に岩村正彦先生を座長とし、「労働基準法における『労働者』に関する研究会」が設けられています。この研究会ですが、水町勇一郎先生も加わっています。「働き方改革」をずっとリードされてきた方ですが、水町先生は別の研究会(雇用類似の働き方に係る論点整理に関する検討会)の中で、労働者概念をめぐる世界的な潮流(使用従属性に加えて経済的従属性も重視)を指摘した上でその方向への見直しに前向きな発言もあったことから、研究会の議論がそうした方向に向かうことを期待し、注目したいと思います。
「事業・事業場」
総論的概念に関して、労基研では「事業・事業場」についても議論がありましたが、これは原則維持の方向性が報告書に書かれていますので省略します。
労使コミュニケーション①-過半数代表者
総論的な問題として、もう1つ掲げられているのが「労使コミュニケーション」です。具体的には、過半数代表者です。過半数労働組合が職場にない場合、過半数代表者には、三六協定の当事者となったり、就業規則の作成・変更時に意見を述べたりする役割があります。しかし、過半数代表者の選出方法に問題があったり、職場意見の集約や表明に必要な知識や経験が不足しているなど、期待される役割が十全に発揮されていないのではないかというのが労基研の構成員の共通認識であり、私も同じ認識です。以前、労働基準監督署の窓口業務に就いていたことがあります。社会保険労務士の方が三六協定届を提出するために来署した。協定届は100社分ぐらいあったと思いますが、協定の当事者はすべて過半数代表者(個人)、しかもその中身が全部一緒。形式要件はすべて整っていますが、こうした状況を見ると、過半数代表者が使用者と対等に話し合って決めた協定内容なのか、あるいは過半数代表者は公正に選ばれたのだろうかという疑問が生じてきます。ですから、過半数代表者のあり方に労基研が着目したこと自体、評価したいと思います。そして報告書では、過半数代表者の担い手が確保できない、あるいは十分に機能していない、さらには締結した労使協定について監視する仕組みがないなど、いくつもの課題を指摘しながら抜本的な見直しを提起しています。
注目したいのは、過半数代表者の役割について新しいものを付加しようとしているように見える点です。具体的に見ていくと、①過半数代表者は締結する労使協定の内容や意見聴取する内容について確認し、②事業場の労働者の賛否や、使用者に伝えるべき意見を集約し、③それを使用者に伝えるとともに労使協定を締結したり、意見表明を行う役割を担うことになるとしています。現在は、過半数代表者に選出された者が労働者一人ひとりの賛否や意見を集約する権限や義務(公正代表義務)はありません。過半数代表者を再定義しようとしているのではないでしょうか。こうした再定義が職場にどのような影響をもたらすか、慎重に見極める必要があると思います。
一方、過半数代表者の活動を支えるため、使用者による一定の情報提供や便宜供与、あるいは外部からの支援や紛争解決制度の新設なども必要になってくると指摘しています。また、関連してこうも言っています。便宜供与や情報提供に関わっては、過半数代表者に提供するならば、過半数労働組合にも提供すべきである。そのとおりだと思いますが、過半数労働組合に情報提供すべきであれば、少数労働組合にも提供すべきと言うべきでしょう。
そして今回、見逃せない点は、今回のような過半数代表者のあり方を大きく見直す目的が一体どこにあるのかということです。デロゲーションを進めるために、過半数代表制度を整備していくのだとしたら、そもそも目的が共有できない。この点はしっかりと確認していく必要があると思います。
労使コミュニケーション②-従業員代表制
今回の報告書の中では、従業員代表制にも少しふれています。従業員代表制というのはドイツやフランス、韓国などで先行例があるのですが、労働組合の有無を問わず、労働者全体を代表する組織を設け、経営参画なども含めた労使のコミュニケーションを活性化していく仕組みです。当然、その組織は労働組合ではないですから、いろいろ便宜供与を受けたり、あるいは専従者に賃金を支払ったりすることもできるわけです。ドイツやフランス、韓国の例を聞くと、労働組合と役割分担をしながら、それぞれがうまく機能しているという話しも聞いています。だから、日本でも検討すべきという意見は少なくないのですが、この従業員代表制というのは企業ごとに作るわけです。そうすると日本の労働組合の多くは企業ごとにできているから、そこで役割がバッティングしてくるのではないか。そうすると、両方がうまく回っていくようになるのか、あるいは労働組合不要論のようなものが出てくるのか、日本の現状にてらして慎重な検討が必要だと思います。今回の研究会報告書でも踏み込んだ記述はありませんが、個人的には労働組合活性化の糸口になる可能性もあるのではないかと考えており、その条件を探っていく検討は続けていく必要があると思います。
労働時間規制
残された時間で労働時間規制についてふれます。労基研は労働時間規制の各論についても議論を深めてきました。
これまでお話しした労働者概念の問題や労使コミュニケーションの大枠に関する問題などは、さらに学術的な検討を加えなければいけない課題とされており、すぐに法案化という話しにはならないと思います。しかし、これからお話しする労働時間規制の見直しは、次の通常国会での法改正も視野に入ったものであることをまず指摘したいと思います。
上限規制
上限規制ですが、私は今回の動きは「働き方改革」の揺り戻しではないかと見ていますが、報告書では「働き方改革」で新たに設けられた現在の上限規制、すなわち単月100時間、複数月平均80時間などの上限規制についてもっと短くすべき、引き下げるべきという意見もありましたが、結局、まだ社会的合意がないなどとして現状維持の立場となっています。だから、これを逆に緩和するという主張は、もともと研究会にはなかったのですが、労働政策審議会の議論が始まる中で使用者側から緩和を求める意見が出てきています。これは「働きたい改革」などと呼ばれており、労使の合意があれば、あるいは本人が同意すれば上限を超えた労働も許容すべきという主張です。
「働きたい改革」は、先の参議院選挙の公約でも掲げられていました。自民党は「『働きたい改革』の推進」、公明党は「もう少し働ける社会へルールの見直し」、参政党は「もっと働きたいのに働けない『働き方改革』の見直し」をそれぞれ掲げていました。労政審(労働条件分科会)でも上限規制による「やりがい喪失」を指摘する意見が出ていましたが、他の委員からヨーロッパは日本よりも労働時間が短いが、やりがい喪失が生じているのかという疑問の意見も上がりました。ここへ来て、上限規制の緩和や裁量労働制の拡大といった論点が急浮上しており、労基研の報告書とは違った方向へ動き出していることを指摘したいと思います。
企業内外への情報開示
労働時間規制に関わっては、企業内外への情報開示が有効ではないかと指摘されています。これは「ハードローからソフトロー」という文脈の中で議論されることもありますが、ハードローをやめてソフトローにするというのではなく、ハードローをしっかり機能させた上で、情報開示などのソフトローを追加で措置していくことは必ずしも悪くはないのではないか思います。
テレワークを対象とした新たなみなし労働時間制度
労基研の報告書は、テレワークを対象とした新たなみなし労働時間制を導入することを提起していますが、これには日本労働弁護団も強く反対しています。私もおかしいと思います。もともと、みなし労働時間制というのは事業場外労働のみなし労働時間制にしても、裁量労働制にしても、労働時間の算定が困難だから、あるいは労働時間の配分決定を当該の労働者に委ねなければならない性質の仕事だから、労働時間をみなすことを認めているわけです。しかし、テレワークであること自体でそのような性格を認め得るでしょうか。この点では、新時代研の報告書が指摘しているのですが、「情報通信機器の発達により、今や事業場外の活動についても相当程度、労働時間は把握できる」としています。そうであるなら、労働時間は把握できるし、把握すべきではないでしょうか。労働時間を把握できるのに労働時間をみなしてしまうという、全く新しいものが導入されようとしている点で警戒すべき動きです。
週44時間の特例措置
法定労働時間を週44時間とする特例措置にも言及がありましたが、これは段階的に解消していくことで労使が合意している数少ない部分の一つです。
管理監督者に対する健康・福祉確保措置
管理監督者に関する健康・福祉確保措置についてです。管理監督者というのは労働時間規制の大部分、深夜業の割増賃金や年次有給休暇を除く部分が適用除外ですけれども、健康・福祉措置というものが具体的に定められていません。同じように一定の要件のもとで労働時間規制が適用除外となる高度プロフェッショナル制とか、あるいは三六協定の特別条項を結んだ場合には、健康・福祉確保措置が必要だとされています。こうしたアンバランスが指摘されており、管理監督者についても健康・福祉確保措置を定めていく方向性が示されています。
問題は何を義務づけるかです。現状の健康・福祉確保措置ですが、医師の面接指導や相談窓口の設置などいろいろあります。相談窓口の設置と言っても、管理監督者ですから誰と相談するのがよいのか、よく考えてみる必要があるでしょう。中身が大事だと思います。
休憩
休憩に関する規制ですが、ご存じのように6時間を超えたら45分、8時間を超えたら1時間の休憩を与えなければなりません。しかし、その後はどんなに勤務が長くなっても休憩を与える具体的な基準がない。この点では、労基研でも一定の基準で休憩を与えることを義務づけていくべきではないかという議論もありましたが、報告書は「休憩を取るよりも、その分、業務を終わらせて帰りたいと考えている労働者もいると考えられる」などと述べて法改正の必要はないという結論を導いています。
しかし、変形労働時間制のもとですと、例えば一回の勤務が14時間といった働き方も実際に存在するわけです。そうだとすると、一定の時間を超えるごとに45分以上の休憩を与えていくなどの措置は義務づけておくべきではないでしょうか。
休日
労働基準法が定める休日制度は4週4休制です。ですから、4週の最初に休日を4日与え、次の4週の最後に4日の休日取らせると、休日労働なしでも48日間の連続勤務が可能となってしまいます。報告書は原則として「三六協定に休日労働の条項を設けた場合も含め」「13日を超える連続勤務をさせてはならない」とすることを提起しています。連続14勤務の禁止です。本来なら連続7勤務の禁止をめざすべきであり、不十分と言えますが、一歩前進であることは確かであり、ぜひ法改正まで結びつけていきたい部分です。
勤務間インターバル制度
勤務間インターバル制度は、現状では努力義務ですが、段階的に規制力を上げてく方向性が示されています。その際の様々な考え方やアイディアが議論されたものの、具体的な措置は今後の検討に委ねられています。
年次有給休暇
年次有給休暇については、有給休暇の日数というよりも有給休暇の賃金に関する問題が提起されています。現在、年次有給休暇の賃金ですが次の3つの算出方法が用意されています。
① 労働基準法12条の平均賃金
② 所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
③ 労使協定により、健康保険法上の標準報酬月額の30分の1に相当する額
これはコロナ禍で露呈したのですが、年休の賃金を上記①で算出すると、所定勤務日数の少ない人は、ものすごく低い年休賃金になってしまいます。ここに労基研の構成員の方々が気づいていただいて、通常の賃金に一本化したらいいのではないかと報告書に載せていただきました。これはぜひ実現してもらいたい。
それから、年休を取得したことによる不利益取扱いの禁止ですが、現在は附則136条に不利益取扱いを「しないようにしなければならない」という努力義務の言い回しとなっています。これはしっかりと罰則を設けるべきだと思います。
副業・兼業-労働時間の通算と割増賃金の発生
1労働日の中で行われる副業・兼業については現在、労働時間を通算しなければなりませんし、そしてその通算した時間に基づいて割増賃金を支払うことが必要です。例えば、異なる事業場で5時間、5時間と働き、通算して10時間になったら、後の事業場の最後の2時間について割増賃金が発生します。
労基研の議論では、ヨーロッパの国々では通算した労働時間が法定労働時間を超えたとしても割増賃金が発生しないとされていることや、複雑な制度運用が日々求められることなどを指摘した上で、労働者の健康確保のために労働時間の通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては通算を要しないとする方向が提起されています。
割増賃金を要しないとする部分に関しては、すでに日本労働弁護団が反対の意見書が公表しています。割増賃金制度の趣旨は、長時間労働の抑制と補償ですが、こうした趣旨をもつ制度をなくすことで何が起きるかをよく考えなければなりません。
一方、健康確保のための労働時間の通算は残すとしています。つまり、上限規制を適用する場合、例えば、A事業場、B事業場、C事業場の3カ所で勤務しているなら、これらの労働時間を通算することが必要となります。そうであるならば、A事業場ではB・C事業場における労働時間を把握しなければ、上限規制を超えないよう労働時間管理ができません。逆に言えば、こうした労働時間管理を行うのですから、これ以上働かせたら割増賃金が発生するかどうかのタイミングも分かるわけです。そのことを知っていて労働を命じるのですから、割増賃金も従来通り支払うべきではないでしょうか。
報告書が記した今後の方向と労政審での議論
報告書が示した様々な事項ですが、大きく2つに分類しながら今後の対応方向を示しています。
具体的には、「早期に取り組むべきとした事項」(労働時間規制、過半数代表者の運用など)と「中長期的に検討を進めるべきとした事項」(基本構造、労働者概念、従業代表制など)という2つの区分が示されています。それぞれの動きを注視して、どこに危険な部分があるのか、それぞれの職場や地域で学習、宣伝していくことが大事になるだろうと思います。
そして、「早期に取り組むべきとした事項」のいくつかは、来年の通常国会での法改正を進めていく可能性もあり、そのことを視野に現在、労働政策審議会労働条件分科会で議論が重ねられています。一方、「中長期的に検討を進めるべきとした事項」は引き続いて専門的な議論を新たな研究会を立ち上げるなどして行うことになるでしょう。
加えて見逃せないと思うのは、労働政策審議会労働条件分科会では、労基研の報告書でふれていなかった課題も議論の俎上に上っている点です。一つは「働きたい改革」などと称して、上限規制自体を見直す議論です。この間の審議会の資料を見てみますと、新たにヒアリング調査やアンケート調査を実施して職場の実態と労使のニーズを明らかにしていくとしています。例えば、上限規制を超えて働きたいか、働かせたいかといった項目が入ってくるのでしょう。質問の仕方によっては実態とニーズをミスリードしかねないと感じています。
加えてもう一つ、浮上してきているのが裁量労働制の見直しです。近年も裁量労働制については見直しを重ねていることから、労働者側の委員は反発しています。
ここでは、裁量労働制の拡大が必要とする根拠として、令和4年のアンケートの結果が持ち出されています。
これは裁量労働制で働いている人に働き方の「満足度」を聞いているのですが、裁量労働制を導入している人たちの多くが「満足している」(満足+やや満足で8割)と答えています。なぜ満足しているのかを少し考えてみると、おそらく自由に労働時間を決めることができる点や仕事の進め方に大きな裁量がある点が好まれているのではないかと思います。しかし、自由に労働時間を決めることができるとか、仕事の進め方に大きな裁量があるというのは、裁量労働制を導入した結果ではなく、導入するための要件です。つまり、これらの回答をした人たちは、裁量労働制を導入する前から、働き方の「満足度」が高かった可能性が大きいのです。では、裁量労働制を導入したことによる結果は何か、それは割増賃金を払わなくてもよい、あるいはみなした労働時間の分の割増賃金を払えばよいということです。従って、裁量労働制の導入に伴って生じた「満足度」の変化を尋ねたいのであれば、割増賃金が払われなくなった、あるいは一定時間分の割増賃金しか払われなくなったことについて、あなたは満足ですかと尋ねるべきなのです。
使用者側の委員は、執拗に裁量労働制の導入を求めています。労使の合意、あるいは本人の同意を条件に裁量労働制の拡大に道を開くことが目下の最大の狙いなのではないでしょうか。こうした構想は、デロゲーション方式の先取りとも言え、その後に様々な規制のデロゲーションを可能にすることをめざしているのではないでしょうか。
労働行政運営上の問題点
まとめますと、いま労働政策審議会労働条件分科会の議論が重ねられており、その結果をふまえて来年の通常国会に関連法案が提出されようとしています。当面のターゲットは、労働時間規制であって、労基研の報告書になかった上限規制の緩和や裁量労働制の拡大まで盛り込まれてくる可能性があるということです。
しかし、私たちが求めるのは、やはり安全と健康が確保された働き方・暮らし方なのであって、こうした視点から、本当に必要な改革とは何かを積極的に打ち出していくことが必要なのではないでしょうか。本当に必要な改革は、規制緩和でもデロゲーションでもない。例えば、上限規制に関してはいわゆる「過労死ライン」のままでよいはずがない。現行の規制からさらに10時間、20時間と引き下げていく、労働時間規制は強化していく方向が切実に求められていると思います。その意味でも、現行の上限規制に設けられた適用除外や猶予措置も速やかに廃止していく、あるいは廃止する事業場を積極的に支援していくことが重要なのではないでしょうか。
それから、労働法制の話しをしてきましたが、労働行政の運営に関わっても課題を共有したいと思います。
一つは、皆さんはお気づきだと思いますが、労働基準行政では安全衛生分野の専門職員である技官の採用をもう10年以上前から停止しています。そのため、労働基準監督官が監督行政と安全衛生行政の両方に従事することになっているのですが、こうしたやり方ですと、安全衛生行政に必要な経験や専門性を十分に培えないし、維持していくことも困難になると感じています。技官の採用を再開すべきです。
一方、労災補償行政では大幅な人員減が生じています。「働き方改革」などを通じて労働基準監督行政の拡充が一定程度図られましたが、その余波を受けたのが労災補償行政であったと思います。実際、労災補償行政に従事する職員はたいへん疲弊しています。先日も精神障害事案の調査を担当する若い職員に何件ぐらいの未決事案を担当しているのか尋ねたところ「40件ほど」という答えです。あまりの過酷さに驚かされました。労働行政の体制を確保するということは、あるべき労働法制の確立とともに重要な課題として共有していただけたら有難いと思います。
たいへん雑駁な報告ですが、皆さんとの質疑の中で互いの理解を更に深められたらと思っています。ご静聴ありがとうございました。
(文責・編集部)
安全センター情報2026年1・2月号

