第119回~第121回労災保険部会における委員の主なご意見-2025.10.22 第122回労災保険部会配布資料

目次

1 適用関係

(1) 家事使用人に係る論点について

・ 論点①関係(仮に労働基準法が家事使用人に適用される場合に、私家庭の私人が災害補償責任を負うこと及び労災保険法を強制適用することについて)

<労働者代表委員の意見>
  • 家事使用人について強制適用の対象とし、労災保険法の保護を受けられるようにすることが重要である。家事使用人といっても住み込み型は減っており一般労働者と変わらない働き方となっていることや、調査でも約15%が業務中のけがや病気を経験されていることを踏まえると、業務災害時の保護の必要性は高いにも関わらず、補償されていないのは問題であり、見直しが必要。
  • 労働基準法に関する議論の必要性はあるが、労災保険部会として積極的に労災保険制度の適用の対象としていく姿勢を見せていくことが重要。
  • 家事使用人も労災保険の強制適用の対象にすべき。家事使用人は一般労働者と同じ仕事をしていて働き方も近いにもかかわらず、保険料を自身で負担して仕事の災害リスクに備えているという現状は合理的とは言えない。
<使用者代表委員の意見>

○ 制度を知らずに特別加入していない人もいる。仮に強制適用すべきとの結論になったとしても、施行までに一定の期間を要することから、その間に補償を受けられるよう、現行制度の周知・広報に注力すべき。

・ 論点②関係(家事使用人に対する労災保険法等の適用に当たっての運用上の課題について)

<労働者代表委員の意見>
  • 私家庭の事務負担が大きいという理由で適用除外を続けるというのは道理が立たず、労働保険事務組合等の仕組みも活用して前向きな制度設計を行っていくべき。
  • 特別加入制度を知らない人もいるなか、十分な救済の道がなかなかないというのが現状と思われるため、家事使用人に労災保険を強制適用することに賛成。一方で、実際の運用に当たっては、適用の事務や災害発生現場の現認者の問題などが様々あると思われる。対象になっても実際に給付が受けられないということがないよう、慎重に運用すべき。
<使用者代表委員の意見>

○ 仮に私家庭の私人に労災保険法等を適用した場合、運用面の課題は多岐に渡る。私家庭の私人による保険関係成立の届出や保険料の申告・納付のような事業主の責任や手続だけでなく、例えば「事業が開始された時点」はいつなのかなど技術的な課題の整理も必要。併せて、家事使用人のニーズや、職業紹介所や労働保険事務組合の活動実績を踏まえ、各種手続をサポートする仕組みを検討することも一案。

(2) 暫定任意適用事業に係る論点について

・ 論点①関係(暫定任意適用とされている農林水産事業について、労災保険法を強制適用することについて)

<労働者代表委員の意見>
  • 労災保険制度はすべての労働者に等しく適用し、補償されるべきであることから、暫定任意適用事業は廃止し、強制適用していくべき。暫定任意適用事業存置の理由としていた農林水産業の労働実態は、今や現代化してきている。農林水産業を魅力あるものにしていくためには、安心して働くことができる環境作りが必要であり、その観点で労災保険の強制適用をはかっていくことが重要。
  • 関係者周知や事務負担軽減などは検討する必要はあるが、強制適用をはかっていくという前提に立った上で、前向きな方向で課題をクリアしていくべき。
  • 強制適用が必要である。既に強制適用である建設業では従事者減少の対策として、国交省と厚労省で社会保険未加入対策を業界も労働者も零細事業主も含めて対応してきた。こうしたことから、関係省庁との連携は大切である。
<使用者代表委員の意見>
  • どのような職場で働く労働者であっても、業務上の傷病に関し平等に労災保険給付が受けられるように、暫定任意適用事業を見直し、強制適用していくことに賛同。セーフティーネット担保され、労働者が安全安心に働ける環境が整備されれば、地方において特に重要な農林水産業の持続可能性を高める効果も期待できる。強制適用に当たっては、農業の実態把握の他、労働保険の事務手続きを円滑に実施できる環境整備が重要。
<公益代表委員の意見>
  • 暫定任意適用事業を見直し、強制適用することに賛成。強制適用に当たり、農林水産省との連携や、農林水産事業者の理解や事業者の把握、保険料徴収上の課題を具体的に検証していくことが必要。農林水産業界の団体の方からご意見を伺う機会をいただければと思う。また、今般の見直しで強制適用になるのは小規模事業であり、丁寧な周知や徴収に係る実務を適切に実施するための準備期間が十分に必要と考える。

・ 論点②関係(全面的に強制適用する場合に留意すべき点について)

<労働者代表委員の意見>
  • 建設業でも手間の貸し借りはあったが、これをなくし、しっかり労働契約を交わして近代化してきた。現行の制度でも処遇改善の方策はあるので検討をしていただきたい。

(3) 特別加入制度に係る論点について

・ 論点①関係(特別加入団体の承認や取消しの要件を法令上明記すること及び承認の取消し等に先だって段階的な手続を設けることについて)

<労働者代表委員の意見>
  • 特別加入団体の承認や取消しの要件を法令上明記することに賛成。
  • 特別加入団体数は4000超あるが、誇大広告や加入者へのサポートが不十分な団体もあると聞いていることから、現在通知に留まっている承認取消し要件を法令に明記することによって、厚生労働省から指導監督を行うことで特別加入制度の健全化と発展に繋がる。
  • 承認の取消しに先立って段階的な手続を踏むことを否定するものではないが、事案によっては即時取消しもありうるのではないか。特別加入者が、団体の承認取消しによって突如無保険になったり、納めた保険料や手数料の払戻しが受けられなかったりといった不利益を被らないよう、法令化とセットで労働局のフォローアップの仕組みも検討いただきたい。
  • 特定フリーランス事業に係る特別加入団体の事務所要件については、安易に緩和すべきではなかった。一義的には対面相談ができるようにという目的で事務所要件を設けていたが、副次的には全国に相談窓口を設置できる事務体制と能力を担保するという面もあったと考えている。まずは特定フリーランス事業を含めた承認取消し要件を法律や省令に格上げした上で、議論のプロセスを担保しつつ、事務所要件については見直しを図っていくべきではないか。
<使用者代表委員の意見>
  • 特別加入団体の承認や取消しの要件を法令上明記することと、承認の取消し等に先立って、段階的な手続を設けることの双方に賛成。団体の要件や手続を法令上明確化することで、団体の適格性の確保につながる。
  • 特定フリーランス事業の特別加入団体のヒアリングについて、部会における指摘事項がどのように反映されているか不透明であり、団体ごとに説明の粒度や充実度にばらつきがある。ヒアリングの実効性を高めるため、労働局長の承認前にヒアリングを実施するとともに、各団体の説明事項を統一すべき。
  • ここ2年間で約60~70の特別加入団体がなくなっている。保険料を払っても、団体が解散してしまったせいで補償されないケースがありうるため、解散理由は確認するとともに、他団体への移行も促すべき。
  • 特定フリーランス事業に係る特別加入団体の事務所要件に係る通達の記載について、団体の窓口要件は、対面相談を希望する者に適時適切に対応できれば良く、物理的なスペースの確保の必須化は過剰な対応と考えられるため、厚生労働省の解釈の明確化は理解できる。

・ 論点②関係(特別加入団体に災害防止措置を求めること及びそれに当たって法令的根拠を設けることについて)

<労働者代表委員の意見>
  • 災害防止措置に関わる役割や要件について、法令上の根拠を設けるべき。特別加入団体には労災保険法施行規則第46条の23第2項で災害防止措置が義務づけられているところ、この履行状況を確認し、監督指導を行うためにも報告義務を課すべき。
  • ○ 特別加入団体の役割について、加入者の審査を行う義務を法令に明記する必要がある。特定フリーランス事業の特別加入団体において、加入者として疑義がある職種の者が含まれている事例も見受けられ、加入時審査の重要性や課題が認識される。特別加入団体の要件や役割を法令へ格上げするに際して、特別加入団体の責務として加入時の審査を適切・厳格に行うべき旨を明記すべき。
  • ○ これまで建設業では、事務組合に係る取組として、第二種特別加入者の疾病や怪我等のデータの厚生労働省への提示なども行ってきており、こうしたことも踏まえると特別加入団体の役割は大きい。今日的な状況を踏まえれば災害防止措置の法令化は必要だと考えるが、特別加入団体が歴史的に果たしてきた役割にも配慮しつつ、特別加入団体を有効に機能させる施策を検討して欲しい。
  • 特定フリーランス事業の団体承認要件を厳格化する必要があるのではないか。また、ヒアリングでの説明について団体ごとにばらつきがあるので、事務所設置状況や手数料等、必須のヒアリング事項は明確化したほうがよい。加えて、災害防止教育をしっかりと行える体制についても要件を設定すべきであり、災害防止教育に当たっては団体加入者の属性に応じた教育も視野に入れていかなければならない。
<使用者代表委員の意見>
  • 特定フリーランス事業に係る特別加入団体以外の団体にも、災害防止措置に関わる役割や要件を求めるとともに、法令的根拠を求めることに賛成。安衛法改正により個人事業主も安全衛生対策の対象となったことや、省令で特別加入団体に災害防止措置を定めることを求めていることからも、特別加入団体の承認要件として、特定フリーランス以外の業種の全ての特別加入団体について、災害防止教育と厚生労働省への結果報告を含めることが適切。
  • 特別加入団体の災害防止措置に関わる役割や要件を法令に設け、一定の質を担保すべきであり、それが加入者へのサービス向上にも寄与する。新規の団体については、その承認やヒアリング内容の確認はしっかりと実施していくべき。

2 給付関係

(1) 遺族(補償)等年金に係る論点について

・ 論点①関係(遺族(補償)等年金における夫と妻の支給要件の差の解消について)

<労働者代表委員の意見>
  • 現行の遺族(補償)等年金の支給要件は、夫が仕事、妻が家事・育児をする家族形態を前提に作られたものと考えているが、共働き世帯が大多数となり制度設計の前提が完全に崩れている。ジェンダー平等の観点を踏まえても、夫婦間の支給要件の違いを解消することが当然である。解消の方法としては、夫のみに設けられている要件を撤廃するのが適当ではないか。
<使用者代表委員の意見>
  • 支給要件の夫と妻の差を解消することは社会通念から言えば当然のことである。夫に課せられた要件を解消するという考え方も理解するが、労災保険という国の財源を使う以上、安易な考えで判断するのはいかがかと思っている。当時は男が独立して生計を維持できるという判断があったが、この考え方を維持するならば、(夫に課せられた要件を解消する場合)男性に生計を維持する能力がなくなったと捉えられかねない。この時の判断を変えるのなら考え方を整理しなおす必要があり、変えないのであれば「妻の要件を夫に合わせる」ことも検討に値するのではないか。
  • 遺族(補償)等年金創設から半世紀以上が経過し、夫が単独で家計を担う世帯よりも共働き世帯が大幅に上回るようになった。研究会では、創設当時と現在とのデータ比較で、女性は独力で生計を維持できるように思われるという見方も示されていた。中間報告書が指摘するように、「夫と妻との支給要件に差を設けることに合理的理由を見いだすことは困難」と考えられ、その解消を図る方向性に異論は無い。ただし、それに当たり、夫の支給要件を撤廃するという結論を単純に導くのは適切ではない。労災保険制度を取り巻く環境は変化しており、その変化を適切に捉えた見直しが求められる。遺族(補償)等年金の今日における趣旨・目的に照らし、学識経験者の議論の蓄積を踏まえて判断していくのが本来ではないか。

・ 論点②関係(給付期間について)

<労働者代表委員の意見>
  • 現行の長期給付については、遺族(補償)等年金の目的である「被扶養利益の喪失の補填」をどのように考えるかということに直結すると考えており、短期間で結論が出るものではない。まずは夫婦間の要件の差を是正することに注力すべき。
<使用者代表委員の意見>
  • 遺族厚生年金では60歳未満の遺族に対し原則5年間の有期給付とする大幅な見直しがあった。こうした見直しも踏まえて、遺族(補償)等年金の長期給付の妥当性を検討すべき時期が来ていると考える。中間報告書でも、遺族(補償)等年金制度の役割や全体的な在り方について見直し、引き続き議論を行うべきであると結論づけている。
  • 長期給付を含め、給付の拡大をすることについては、財源も考慮する必要がある。現在の遺族(補償)等年金の支給決定件数はあくまでも現行の規定に基づき認定された労働者に係る支給決定件数であり、規定が改正されたときにどのように変化するのか、試算して考えていくべき。

・ 論点③関係(特別加算について)

<労働者代表委員の意見>
  • 昭和45年の特別加算創設当時は「高齢の妻は働くことが難しい」という事情が説明されていたが、女性の就労促進やジェンダー平等が進んでいる現代において妻のみに加算を設けることは合理性が無いと考える。また、高齢の妻以外にも障害のある遺族や子供のみの場合の生活困窮度は高いと考えられ、政策的に適切なのか疑問である。今回の見直しでは夫と妻の格差解消に留まらず、対象範囲を拡大する方向で見直していくべき。
<使用者代表委員の意見>
  • 現在では、昭和45年の制度創設時の考え方は妥当せず、妻のみの加算を設ける合理性は失われている。JILPTの調査報告書では、アメリカ・ドイツ・フランス・イギリスの4カ国において特別加算に相当する制度はなく、こうした状況を踏まえると、特別加算制度は廃止が妥当である。

・ その他の意見

<労働者代表委員の意見>
  • 民法では同性婚が認められておらず、それに伴い同性パートナーに遺族(補償)等年金の受給権が発生していない。しかし、性自認や性的指向に係る社会の取組みは進んでおり、昨年「犯罪被害者遺族給付金の対象に同性パートナーが該当し得る」とした最高裁判決もあった。労災保険単体で検討することは難しいと思うが、遺族(補償)等年金の同性パートナーへの支給に向けた検討は進めていくべきではないか。

(2) 遅発性疾病に係る労災保険給付の給付基礎日額に係る論点について

・ 論点①関係(有害業務に従事した最終の事業場を退職した後、別の事業場で有害業務以外の業務に就業中に発症した場合における給付基礎日額について)

<労働者代表委員の意見>
  • 発症時賃金を原則とし、発症時賃金がばく露時賃金より低くなる場合はばく露時賃金を用いる方向で見直すべき。年齢や勤続年数に応じて賃金上昇する形態が一般的である中で、疾病を発症した50代の賃金は疾病の原因となる有害作業に従事していた20代の賃金より高くなることが多く、それにもかかわらず20代の賃金で給付基礎日額が算定されるのは労働者に酷であり、見直すことが妥当。
  • アスベストの疾患はばく露から発症までの期間が通常30~40年とされているが、ばく露から10年で発症し、亡くなった者もいると聞いている。発症までの期間に個人差があり、こうした実態に即してしっかり給付が受けられるようにするべき。また、ばく露から発症までの期間における働き方は多様であり、発症まで長期にわたるケースもあることを加味すると、その被災労働者の生活保障ができる仕組みとすべきである。加えて、今後もアスベストを含有した建物の工事でアスベストにばく露する可能性があることを踏まえると、アスベスト疾患の発症の危険はまだあるものと考えられ、給付基礎日額についてきちんと対応するべき。
<使用者代表委員の意見>
  • ば く露時より発症時の賃金が高くなった場合に、給付基礎日額の算定に発症時賃金を用いるのは、労災保険給付が生活保障であるという立場に立てば理解できる。しかし、その立場に立ったとき、ばく露時より発症時の賃金が低くなった場合に敢えてばく露時賃金を使うのは、同じ生活保障の考え方から説明することが困難。国の制度として公の財源を使うのだから、考え方を整理した上で制度運用をしていくべき。
  • 給付基礎日額の算定に当たり、発症時賃金を原則とする場合、中間報告書に記載の通り、被災労働者が有害作業に従事した最終事業場に対するメリット制の適用に際しては、ばく露時賃金を基礎とした給付のみを加味するべき。

・ 論点②関係(有害業務に従事した事業場を退職した後、就業していない期間に発症した場合における給付基礎日額について)

<労働者代表委員の意見>
  • 退職後の発症の取扱について、詳細な検討が必要。発症時にたまたま無職で収入がないからといって数十年前の賃金をベースに算定すると十分な補償を受けられない可能性が高い。そもそも給付基礎日額は、原則として労働基準法第12条の平均賃金に相当する額とされているところ、同法第12条第8項で平均賃金を算定できない場合は、「厚生労働大臣の定めるところによる」と定められている。この条文に基づき発出されている通達では、「離職時の賃金額が不明なときは、同種業務に従事している労働者の賃金から推認する」という方法が示されている。この通達の考えに照らせば、ばく露時賃金と推認される発症時賃金を比較し高い方を取るという方法も考えられるのではないか。

(3) 消滅時効に係る論点について

・ 論点①関係(災害補償請求権及び労災保険給付請求権に係る消滅時効期間の見直しの要否について)

・ 論点②関係(消滅時効期間を見直す場合の方策について)

<労働者代表委員の意見>
  • 平成29年の民法改正で一般債権の消滅時効が原則5年とされた一方で、災害補償請求権と労災保険給付請求権は2年に据え置きとなった。対等な市民相互間を規律する民法よりも短いという労災保険給付請求権の消滅時効の課題は、早期に解決すべきであり、5年に延長することが当然である。
  • 労災事案の中には、年月を経てから周囲のアドバイスにより自身の傷病が労災請求の対象だと気づくパターンもあるのではないか。令和2年改正法案審議における質疑にあるとおり、精神障害などの場合は、すぐに請求をするのは困難なケースもあり、2年での請求権消滅は不合理ではないか。
  • 2021年の労働基準法改正までは災害補償請求権と賃金請求権の消滅時効期間は同一であったにもかかわらず、賃金請求権は5年、当面は3年と改正された。元々同じ時効期間だった制度に差を設ける合理性はなく、早期に5年にすべき。
  • 中間報告書の「被害者の早期の権利実現の観点から見直しは不要」という意見は理解しがたい。そもそも時効により労災保険給付の債務履行を免れ、利益を受けるのは国であり、逆に権利を喪失して不利益を被るのは被災労働者と遺族である。国の利益のために被災労働者と遺族が不利益を被らないといけないということは理解しがたく、請求権の早期消滅は被災労働者の早期の権利実現につながらない。
  • 労働者の中には労災保険制度の存在を知らない者や、傷病に対する業務起因性の認識がない者もおり、更に労働者が亡くなった場合に、遺族が死亡原因は私的なものと思い込んでいるケースも耳にする。その中で請求権を早期に消滅させることは妥当ではなく、消滅時効を5年に延長すべきである。
<使用者代表委員の意見>
  • 令和2年改正法案審議の政府答弁のとおり、業務起因性の立証は時間の経過とともに困難になる。早期に権利を確定させて被災労働者の救済を図る必要性や、早期の労災保険請求を通じた事業主の安全衛生対策、再発防止対策の促進の必要性は今も妥当する。また、労働政策審議会の建議では「消滅時効の見直しにあたり、他の労働保険・社会保険と一体的に検討するべき」とされていることや、研究会で労災保険制度特有の事情の有無も含め統一的な意見を得るには至っていないことを踏まえ、消滅時効期間の延長ありきではない十分な議論が必要。なお、事業主の手続漏れ、請求人の制度の不知・誤解等が時効期間を徒過した理由の上位となっていることから、事業主・労働者など関係者に対する現行制度の一層の周知・広報に注力いただきたい。仮に消滅時効期間を見直すのであれば、相応のエビデンスの存在が前提となるべき。
  • 時効期間徒過件数は時効期間を知らない方が請求してきた案件をまとめているものである。時効期間を正しく理解している方はそもそも請求しておらず、その人数についてデータで示すことは難しいかもしれないが、そういう者がいることを認識した上で議論していくべき。データを見る限りは、制度の周知徹底のほうが重要とも思える。

・ 論点③関係(他の社会保険と異なる労災保険特有の事情について)

<労働者代表委員の意見>
  • 他の社会保険とは異なり労災保険には保険証が無い。労働者は自身が労災保険制度の適用対象であるか明確に意識しておらず、遺族が認識しているかも分からない。労働者性が曖昧な者が労災事故に遭い、自身が労災保険給付の対象であることに直ちに気づかないケースも考えられる。こうした状況を考慮すると、早期の消滅には合理性が無く、5年に延長することが当然である。
  • 労災保険と他の社会保険とは支給要件の明確さに違いがある。厚生年金は年齢、健康保険は病気やけが、雇用保険は失業という外形的な事実で支給の有無が判断されるため、被保険者は保険給付を受けられるか否かの予測が比較的容易である。これに対し、労災保険は業務遂行性・業務起因性の観点があり外形的な事実だけでは容易に判断できない。また、労災保険は請求により不利益な扱いを受けるのではないかという危惧から請求をためらうという被災労働者の心理面の課題があり、この点は他の社会保険にはない。こうした労災保険制度の特性に照らすと、保険給付の請求期間を他の社会保険制度と揃える必要はなく、むしろ他の保険制度より時効期間を長くすることが妥当である。
<使用者代表委員の意見>
  • 社会保険制度が様々ある中で、制度によって消滅時効期間が異なることのデメリットもあるのではないか。制度の周知不足や被災者の心理的な課題については、労使が労災保険の申請を躊躇する必要はない旨を周知して解決する方が望ましく、保険制度ごとに異なる時効期間を国民が正しく理解することのほうが社会的コストが大きいのではないか。

(4) 社会復帰促進等事業に係る論点について

・ 論点①関係(特別支給金等の処分性を認めることについて)

<労働者代表委員の意見>
  • 給付的な社会復帰促進等事業で処分性が認められていないのは特別支給金及び一酸化炭素中毒措置法に基づく介護料支給費のみであり、被災労働者が審査請求をできないのは不合理である。処分性を認め、被災労働者に審査請求の機会を保障すべき。

・論点②関係(給付的な社復事業の不服申し立てを労働保険審査官及び労働保険審査会法の対象とすることについて)

<労働者代表委員の意見>
  • 審査請求の手続きについて、被災労働者に二重の負担を強いるべきではなく、社会復帰促進等事業の審査請求も労働保険審査官及び労働保険審査会法の対象とすべき。ただし、これに伴い労働保険審査会等の負担が増えることも予想されるため、体制整備も必要。

3 徴収等関係

(1) メリット制に係る論点について

・ 論点①関係(メリット制の意義・効果について)

<労働者代表委員の意見>
  • メリット制については、今日的にその役割を果たしているのか効果検証を行った上で、制度としての在り方を検討する必要がある。この点、研究会で検証は一定程度行われたが、十分とは言えない。例えばプラスでメリット適用されている事業場では一定効果があると思われる一方で、マイナスでメリット適用されている事業場ではその効果が判然としない。また、労災かくしにつながっていないということの検証も不十分。そうした中で「メリット制は存続させ、適切に運用することが適当」と結論づけることは時期尚早である。改めて、災害防止効果や労災かくし等の動機について詳細な分析を行った上で、メリット制の現行の増減率や適用の要件、更には制度の是非も含め、根源的な検討を行う必要があるのではないか。
<使用者代表委員の意見>
  • 研究会で示されたメリット制の検証結果について、事業主の負担の公平を図ること、事業主の自主的な災害防止努力を促進することについて一定の効果を裏付けるものと認識している。労災かくしの動機に係る調査結果についても、メリット制が労災かくしにつながるという仮説を証明するものではないと考えている。中間報告書の結論に従い、メリット制を適切に運用し、存続させるべき。
  • メリット制は今後も必要である。労災保険は保険事業であり、リスクに見合う保険料が原則であるべき。日本の民間保険においても、メリット制の導入で、事故の発生を抑止している効果が出ている。諸外国においても同様のものが見られるところ、諸外国の労災保険においてメリット制のようなものがあるか整理いただきたい。
  • 企業の安全対策は、メリット制があるからではなく、あくまで働く仲間が業務上の怪我はあってはならないという動機で行われている。現実的には企業ごとに労災保険給付額の多寡があることから、これを保険額にも反映させるべき。労災かくしを助長する懸念についても、自社で起きた労災事故における聞き取り調査の中でメリット制への影響を言及する事例は一例もいなかった。
  • 労側委員の指摘する「マイナスでメリット適用されている事業場ではその効果が判然としない」については、資料中に記載のとおりと考える。
  • メリット制が労災かくしを助長しているという指摘について、そのエビデンスをお示しいただきたい。仮に合理的根拠があるとしても、労災かくしの動機に係る調査を見ると、発注を受けられなくなることの懸念などが労災かくしにつながっていることが伺われる。労災かくしは刑事事件として書類送検され、公共工事で指名停止にもつながりうるということを改めて周知徹底すべき。企業にとり甚大なレピュテーションリスクにもなる。

・論点②関係(有害業務に従事した事業場を退職した後、別の事業場で発症した場合における給付基礎日額について、疾病の発症原因となった有害業務への従事が行われた最終事業場に対するメリット制の適用について)

<使用者代表委員の意見>
  • 仮に、原則として発症時賃金を用いるとした場合、研究会報告書のとおり、有害業務への従事が行われた最終事業場に対するメリット制の適用において、被災労働者のばく露時賃金を基礎とした給付のみを加味すべき。
  • 被災者保護とは別の観点であり、研究会の結論のとおりであるべき。

(2) 労災保険給付が及ぼす徴収手続の課題に係る論点について

・ 論点①関係(労災保険給付の支給決定(不支給決定)の事実を、事業主に対して情報提供することについて)

<労働者代表委員の意見>
  • 事業主に対する情報提供は慎重であるべき。職場で業務災害が発生した場合は、再発防止措置を取るのは使用者として当然の責務であり、労災保険給付の支給の有無にかかわるものではない。
  • 労災保険給付の支給決定事実を事業主に情報提供するとなると、事業主はメリット制適用で保険料が上がることを見据えて「将来の保険料が上がるのは労災認定されたせいだ」として、被災労働者や遺族、更には被災労働者に協力する資料提供者や証言者などに不当なプレッシャーを与えることが懸念される。「手続保障」と引き換えにこうしたことが横行しては、労災申請の委縮にもつながりかねない。こうしたことは委員に配付された各団体意見書でも指摘されていることからも、情報提供は慎重であるべき。
  • 怪我の場合はすぐに分かるが、疾病の場合はすぐに分からず、どのような労働環境で働いていたかなどの情報が重要。被災労働者への影響に配慮していくべきと考える。
<使用者代表委員の意見>
  • 労災保険の支給、不支給の情報は労働災害の再発防止に必要な情報であり、保険料を事業主が全て負担していることからすると、労働者に通知されている情報と同じ情報を同じタイミングで全事業主に通知すべき。
  • 輸送や作業の現場は、労働災害の頻度や強度が高く、安全対策の早期の反映、他の労働者への情報提供の観点で、意義や期待される効果が大きい。
  • 労災保険料を100%負担している当事者の立場からすれば、支給、不支給の情報を企業に情報提供するべき。個人情報への配慮は必要であるものの、請求の段階で企業が情報を知っている以上は、結果の通知の有無によって企業側が何かすると言うことは考えにくい。また、企業から被害者家族への補償手続面でも、支給状況を事務的に照会しなければならず、心が痛む。
  • 事業主は災害防止の努力が必要であるが、そのためには災害の内容を知ることが重要。個人情報への配慮は必要であるが、全ての事業主に情報が提供されることが必要である。また不当な圧力が生じるとの意見も、仮に圧力をかけようとするのであれば、労災請求への証明や監督署の調査の際に事業主が把握した段階で同様の事態の発生が想定され、支給、不支給の決定の通知を契機として生じるものではないと考える。むしろ早期の災害発生防止を促すという観点で、事業主には情報提供されるべきではないか。
  • 請求人の求めに応じて監督署が処分理由を説明していると聞くが、類似の業務災害に係る再発防止の観点から、事業主にも同様の機会を設けていただきたい。個人情報や機微情報に関して、傷病名等については要配慮個人情報であり、行政も取扱いに留意すべきものであると考えられるものの、事業主の証明や監督署の調査からすると、労災保険請求の事実を事業主は一般的に把握している。事業主は労災給付に係る証明や調査協力義務があること、保険料に影響があることに加えて、類似の災害の再発防止努力も求められる。このような中、労災保険給付の障害等級や傷病等級に関する情報を含めて提供されることが適当。情報提供範囲を過度に狭めたり、手続きを複雑にしないようにすることが重要。

・ 論点②関係(メリット制の適用を受ける事業主に対して、労災保険率の算定の基礎となった労災保険給付に関する情報を提供することについて)

<労働者代表委員の意見>
  • メリット制適用事業主に、労災保険給付に関する情報を伝えることは問題が大きく、「提供すべき」とする研究会の結論には賛同できない。あんしん財団最高裁判決でいう「手続き保障」は、不服申立て又は取消訴訟の際に、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張できるという機会の保障を言っているのであって、事業主に労働保険料増額の根拠を伝えるべきということを言っているわけではない。行政不服審査や訴訟手続きが始まってから国が必要な情報を開示すればよく、保険給付の決定時に情報提供する必要はない。「手続き保障」という観点で事業主に労災保険給付の情報を提供することはデメリットが大きい。
  • 労側としては情報提供自体に反対であり、情報提供の範囲については踏み込まないが、労災保険給付の支給決定情報には病歴、障害と言った労働者にとってはセンシティブな情報が含まれていることから、こうした情報を事業主に提供するとなると、労災請求をためらってしまうことにもつながる。また、ハラスメントなど、同僚の証言が重要な労災請求もあるが、情報提供されれば報復や不利益をおそれ、協力しなくなる可能性も考えられる。これらからすれば、算定根拠情報の事業主への情報提供はされるべきではない。事業主には、労災保険給付情報の提供如何にかかわらず、安心して働ける職場環境づくりを行っていただきたい。
  • メリット制適用事業主に伝達すべき情報は、「労災保険率決定通知書」に示されている現行の情報で十分ではないか。そもそも労働者に通知される労災保険給付の決定情報の内容は「業務に起因する疾病と認められないため支給決定しません」といった程度。そのような状況であるにもかかわらず、「手続き保障」という観点から事業主に保険給付に関する情報提供を充実させる必要があるとは思えない。仮に労災保険給付に係る算定情報を提供すれば、自身の労災請求によって事業主に経済的不利益を与えたことが可視化され、被災労働者の労災請求の委縮につながる。限定的な情報であったとしても伝えるべきではない。なお、労災保険給付の決定情報があろうとなかろうと、事業主は災害防止体制を構築しなければならない。現行の情報提供で十分ではないか。
<使用者代表委員の意見>
  • メリット制で労災保険率の算定の基礎となった労災保険給付に関する情報が提供されないのは、保険料の負担者としては是認し難い。認定決定に係る事業主の手続保障の観点からも重要な要素であり、この点からも事業主に対して情報提供が必要。メリット収支率の計算式を含め、計算式を明らかにしていただきたいと考える。
  • メリット制の影響を受ける企業側の立場として、当然にして情報提供はされるべきである。企業側としては、料率の増減結果のみを通告され、これを受け入れて対応させられるのは納得しがたい。
  • 事業主に対する支給不支給の事実、保険給付に関する情報、メリット制の適用を受ける事業主に対しては収支率の計算式を含めて、事業主の手続保証の観点からも、請求人に通知される情報と同じものを同じタイミングで教えていただきたい。
  • 労災保険の支給、不支給決定の段階に至る前から、事業主は災害の再発防止努力が必要である。情報が適切なタイミングで知らされることで、労災防止の観点からも事業主がより重要に受け止めることとなる。特にメリット制適用事業主については、メリット制に影響が出るのは3年後であるところ、もっと早い段階から通知されることが、災害防止の観点から必要。個人情報には配慮が必要だが、事業主も様々情報提供していることからすると、そこも配慮した形で情報提供いただきたい。

安全センター情報2025年12月号