【特集】アジアにおけるアスベスト禁止 2024/地域・国レベルの進展から禁止に向けて勢いをつける-ABAN南アジア・東南アジア会議を開催

古谷杉郎

アジア・アスベスト禁止ネットワーク(ABAN)コーディネーター

国際開発金融機関の方針

アジア開発銀行(ADB)にアスベスト関連プロジェクトに対する融資中止方針を確立させるキャンペーンについては、2019年10月27日に韓国・ソウルで開催されたアジア・アスベスト禁止ネットワーク(ABAN)会議で取り上げられ、結果的にコロナ禍のために中止(9月にオンライン開催)されたものの、2020年5月に仁川で開催される予定だったADB第53回総会に向けて働きかけていこうと話された。
オーストラリアで先行してキャンペーンが開始され、2019年12月19日にオーストラリアABCラジオ(Pacific Beat)が、「ADBは、来年からアスベストを伴う新たな製品に対する融資を『控える[refrain]』と語った」と報じた。筆者が直接ADB駐日代表事務所に問い合わせると、オーストラリア事務所がABCに送った以下のコメントが提供された。
「アジア開発銀行(ADB)は2009年以降、固着されていない[unbonded]アスベスト繊維の製造、取引、使用に対するADBの融資を明示的に禁止しています。しかし、アスベスト含有量が20%未満の固着されたアスベストセメントシートの購入及び使用は認められてきました。これは、一般的な産業界の基準及び安全指針に沿ったものでした。これらの製品の潜在的リスクへの懸念が高まっていることを踏まえて、ADBは現在、これに対処するための措置を講じつつあります。2020年以降、ADBはアスベストの存在が含まれるいかなる新規プロジェクトへの融資も控える予定です。この変更[update]は、ADBセーフガードポリシーステートメントの次のレビューにおいて反映される予定です。」
この情報はただちに関係者で共有されるとともに、ADBに対する働きかけが継続された。
世界銀行グループはすでにその2007年4月の「環境・健康・安全[EHS]一般ガイドライン」で、「新たな建物・建設において、または改築・改修活動における新たな材料としてアスベスト含有物質は回避されなければならない」等と明記するとともに、2009年5月には、「グッドプラクティスノート:アスベスト:労働・公衆衛生上の問題」(2009年7月号参照)も発行している。
欧州復興開発銀行(EBRD)は、2014年5月の「環境・社会ポリシー(ESP7)」の別表1「EBRD環境・社会除外リスト」で、「知りながら直接的または間接的に融資することのない」プロジェクトのひとつとして、「固着されていないアスベスト繊維またはアスベスト含有製品の製造、使用または貿易」を掲げていた。これが、2019年4月の「環境・社会ポリシー」別表1「EBRD環境・社会除外リスト」では、「アスベスト繊維、及び意図的に添加されたこれらの繊維を含有する物品・混合物の製造、上市及び使用」に改訂された。この文言は、化学物質の登録、評価、認可及び制限(REACH)に関する 欧州議会及び理事会の規則(EC)No.1907/2006別表XVIIを改訂する2016年6月22日の委員会規則(EC)2016/1005にそろえたものである。2024年のレビューでも、アスベスト関連の文言に変更はないようだ。
ちなみにオーストラリア国際開発庁(Australian Aid)は、2019年6月に外務貿易省(DFAT)スタッフのための「アスベストリスク管理に関する環境・社会セーフガードポリシー」を策定している。
これらに対して、ADBの2009年7月の「セーフガードポリシーステートメント(SPS)」の別表5「ADB禁止投資活動リスト」は、「融資の対象にふさわしくない」活動のひとつとして、「固着されていないアスベスト繊維の製造、取引または使用」を掲げ、脚注で「これは、アスベスト含有量が20%未満の固着されたアスベストセメントシートの購入及び使用には適用しない」としていた。
また、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の2016年2月の「環境・社会フレームワーク(ESF)」の「環境・社会除外リスト」も「知りながら融資することのない」プロジェクトのひとつとして、「固着されていないアスベスト繊維の製造、取引または使用」を掲げ、脚注で「これは、アスベスト含有量が20%未満の固着されたアスベストセメントシートの購入及び使用には適用しない」としていた。

アジアインフラ投資銀行が原則禁止

結果的にADBよりもAIIBによる改訂の方が早くなった。スイスのSolidar Suisseから改訂に向けたコンサルテーションの情報がもたらされ、またそこを通じた意見表明等が行われた。AIIBは2021年5月21日に「AIIBは環境・社会基準へのコミットメントを強化」と題した発表を行い、今回のESF改訂における主な変更のひとつは「生物多様性を保護し、AIIB融資プロジェクトからアスベストを排除する文言の強化」であるとした(2022年4月号参照)。具体的には、除外リストの文言が「固着されているかどうかにかかわらず、アスベスト繊維の製造、取引または使用」と改訂され、脚注の文言も以下のように改訂された。
「特別な状況において、顧客が固着されたアスベストの使用から代替物質への移行を可能にするために必要である場合には、銀行は、使用される物質のアスベスト含有量が20%未満であることを条件として、合理的な移行期間について顧客と合意することができる。アスベストの処分を伴うプロジェクトは、そのような処分に対して適切なアスベスト管理計画が採用されることを条件として、禁止されない。」

アジア開発銀行(ADB)も禁止

ADBの初期の改訂作業は内部的なものだった。2020年5月にADBの独立評価部(IED)がSPSの企業評価を完了し、ポリシー及び関連するビジネスプロセス・実施要件の改訂を勧告。同年10月にADBは、SPSレビュー・更新(SPRU)プロセスのために部局間運営委員会と11の技術的ワーキンググループを設置。SPRUプロセスは、他の国際開発金融機関(MDBs)のアーキテクチャモデル及び要件との比較分析から開始され、(1)ステークホルダー関与計画案の周知と協議、(2)SPSの実施から得られた教訓に関するステークフォルダーからのフィードバック、(3)①ビジョン、②環境・社会ポリシー、③環境・社会基準(ESSs)、④禁止投資活動リストからなる新しい「環境・社会フレームワーク(ESF)」の第1次草案の提案とフィードバックという、3段階のステークホルダー関与計画に基づいて実施された。
この間にADBは、2022年3月に「アスベストの管理[Managemrnt and Control]のためのグッドプラクティスガイダンス:職場と地域社会をアスベスト曝露リスクから守る」も発行した。
第3段階の協議は、2023年9月7日に公開され、当初の予定では2024年1月31日まで、実際には延長されて5月6日まで書面による意見を募集した。9月27日には、ESFの第2次案が示され、③の次に④融資形態と製品に関する要件が追加された。そして、11月22日に理事会で承認されて、「ADBはプロジェクトの社会・環境保護を強化する新たな枠組みを公表」と発表された。「ESFは、2025年1月から導入され、ADBとその加盟国が新しい枠組みを実施するための能力を強化するのを支援する長期的な能力支援プログラムとともに実施される予定」とされた。
新しい「ADB禁止投資活動リスト」は、「融資の対象にふさわしくない」活動のひとつとして、「アスベスト繊維の製造、取引または使用」を掲げ、脚注で「これは、適切なアスベスト管理計画が採用されることを条件として、アスベストの処分を伴うプロジェクトには適用しない」とした。
この部分は、第1次草案から変更されていない。筆者ら個人としても意見を提出したが、6月14日にABANとして以下のような書簡を送った。
「われわれは、最近近行われた協議を受けて、この機会に、アスベスト被害者、消費者、労働組合組織、建設、運輸、電力、製造、繊維、衣料などの分野でアスベストに曝露した労働者を代表する市民社会グループのネットワークとして、草案の枠組みに、今後の銀行の投資からアスベスト含有物質をすべて禁止することを盛り込んだことを称賛する。この動きは、アジアの多くの将来の労働者の命を救うことになるだろう。
世界のアスベスト消費量は45年前のピーク時から75%減少しているが、現在も年間130万トンが消費されており、そのほぼすべてがアジア向けに取引されていることを指摘する。
人々が曝露しなければ、すべてのアスベスト疾患は回避可能であることに留意し、職場でのアスベスト曝露による現在の世界的な死亡者数は年間209,000人から260,000人であることを指摘する。
ポリシーにおいては、アスベスト含有物質中のアスベストの許容量または許容率は参照すべきではないことを再度表明する。
2024年後半に開催される理事会でフレームワークを最終決定する際には、アスベストに対してゼロトレランスを徹底するようADBに強く求める。
ADBがすでに実施しているグッドプラクティス作業と資料を称賛する。
禁止決定の明確化のため、①(viii)アスベスト繊維の製造、取引または使用の後に「固着されているかどうかにかかわらず」という文言を追加すること、②脚注12の「アスベストの処分」の[アスベストの]後に「含有物質」という文言を追加することを提案する。
この決定は、ADBの投資プロジェクトに関わる労働者にとって、地域の環境及び消費者にとって重要なセーフガードである」。
各国のアスベスト産業からは反対の意見が多数提出された模様である。そのことは、ESFのなかでも次のようにふれられている。「市民社会組織(CSO)と労働組合は、ADBがアスベストの生産と使用の全面禁止を支持し、SPSの禁止投資活動リスト中の固着されたアスベストについての現行の許容を撤廃するよう強く推奨した。しかし、産業界の代表は、アスベストの禁止は正当化できず、蛇紋岩(クリソタイル)アスベストなどの特定のアスベスト含有物質の継続的使用を認めるべきだと主張した」。

インド太平洋経済枠組み(IPEF)

繫栄のためのインド太平洋経済枠組み(IPEF)は、アメリカのバイデン大統領の呼びかけにより経済分野の協力を深める目的で2022年5月に発足した新しい経済圏構想であり、オーストラリア、ブルネイ、フィジー、インド、インドネシア、日本、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、韓国、シンガポール、タイ、米国及びベトナムの合計14か国が参加している。①貿易、②サプライチェーン、③クリーン経済、及び、④公正な経済、の4つの柱[Pillar]及び柱横断的な事項について取り扱う閣僚級の協議体設置のためのIPEF協定について交渉対象とする合意がなされ、2023年5月のIPEF閣僚級会合で柱2として交渉が進んでいたサプライチェーン協定の交渉の実質妥結が発表され、同年11月にIPEFサプライチェーン協定の署名が行われたほか、クリーン経済協定(柱3)、公正な経済協定(柱4)及びIPEF協定の実質妥結が発表され、2024年2月24日にサプライチェーン協定の発効、上述の他の協定も2024年中にすべて署名・発効という経過をたどっている(日本は公正な経済協定は未締結)。
主としてオーストラリア政府の主導により、このIPEFサプライチェーン協定定(柱2)のセクションB「一層強固なIPEFサプライチェーンの構築」の第2条「IPEFサプライチェーンの強化のための協力」に、次の項目が含められた。
「12 締約国は、アスベスト関連疾患を予防し、及びIPEFサプライチェーンにおいてアスベストよりも安全な代替製品の利用を促進するため、技術援助及び能力開発を提供するよう協力する意図を有する[intend to]。」
これは、オーストラリア政府の動きは、オーストラリア公正貿易投資ネットワーク(AFTINET)やオーストラリア労働組合評議会(ACTU)らの働きかけを受けたもので、アスベスト禁止に向けた文言が追求されたものの、反対があってこのようなかたちになったと伝えられている。また、公正な経済協定(柱4)にも同様の文言を入れることもめざされたが、実現しなかった。アメリカのトランプ大統領はIPEFを破棄する意向を示しているものの、オーストラリア政府は、IPEF締約国におけるアスベストプロジェクトを支援することを決定していて、2025年以降の具体的取り組みをAPHEDAに委嘱している。

ASEAN労働組合会議の声明

アセアン労働組合協議会(ATUC)は2024年8月29日にラオス・ビエンチャンで、「ASEAN(東南アジア諸国連合)における労働組合のエンパワーメント:移住労働者のための結束力と回復力の強化」をテーマにした会議を開催した。ここでは「労働者を保護するためのアスベスト禁止」も取り上げられ、会議の声明で以下のようにふれられた。
「ATUC、各国の労働組合、及びその他の関係者は、APHEDAと協力して『Asbestos, Not Here, Not Anywhere』キャンペーンを地域的なイニシアティブに拡大し、アスベストを禁止し、アスベストへの曝露に関連した職業上の危険から移民労働者を含むすべての労働者を保護する。
行動計画:
・ ATUCは、アスベスト禁止のためにASEANに提出する戦略について話し合い、合意するために、すべての構成団体及びリーダーによる会議を開催する。
・ アスベストリスクに関する情報を広め、地域全体で意識向上キャンペーンを推進する。
・ アスベストを禁止する法律を起草し、実施するために、各国政府と協力する。
・ 地域貿易・投資協定にアスベスト禁止条項を盛り込むよう働きかける。」
ATUCは、ASEAN加盟10か国-カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、東ティモール-の労働組合で構成されている。
国際労働組合総連合・アジア太平洋地域組織(ITUC-AP)は3回目になるアスベスト会議を企画し、2024年11月18-19日マレーシア・クアラルンプールでの開催がいったんは決まったものの、直前になって延期され2025年に開催される予定である。
ITUC-APには、東アジア5か国・地域(日本、韓国、モンゴル、香港、台湾)、東南アジア7か国(インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、マレーシア、ミャンマー)、南アジア6か国(バングラデシュ、スリランカ、パキスタン、インド、ネパール、モルディブ)、太平洋8か国(オーストラリア、ニュージーランド、キリバス、トンガ、バヌアツ、フィジー等の島嶼国)及び中東9か国の労働組合が加盟している。

ASEAN民衆フォーラム

2024年9月19~21日には東ティモ-ル・ディリで、ASEAN市民社会会議[Civil Society Conferen-ce]/ASEAN民衆フォーラム[People Forum](AC
SC/APF 2024
)が開催され(https://acsc-apf.org/)、9月20日に「東南アジアにおける労働安全衛生とアスベストを禁止するためのキャンペーン」をテーマにしたワークショップが組織された。ここでは、東ティモ-ル労働組合連合(KSTL)、インドネシア労働安全衛生地域ネットワークイニシアティブ(LION)、カンボジア食品サービス労働組合連合(CFSWF)、APHEDAアスベストキャンペーン・コーディネーターらが報告を行って、ASEANレベルでの取り組みの強化が話し合われた。
ACSC/APFでアスベスト問題が取り上げられたのは初めてだと思われる。

ナウルがアスベスト禁止

2024年5月にタイ・バンコクで開催したABAN会議には、太平洋地域環境計画事務局(SPREP)PacWastePlusプログラム廃棄物プロジェクト技術専門官のランス・リッチマンも参加して、EUが(その後オーストラリアも)支援するアスベストプロジェクトについて紹介してくれた。プロジェクトの対象には、アスベストの評価・廃棄等だけでなく、アスベストを禁止する法令の起草・執行も含まれ、バンコクでは以下のような状況が報告されていた。

  • ツバル:ツバル政府諮問委員会文書-アスベスト輸入禁止-起草の完了
  • バヌアツ:2014年[法律]第24号廃棄物管理法改正のためのアスベスト含有物質禁止起草指示の完了
  • パプアニューギニア:アスベスト含有物質禁止規制改正のための入札契約、重点研究文書及び文言草案の完了
  • トンガ:入札契約、アスベスト含有物質禁止規制改正のための入札契約、重点研究文書及び文言草案の完了、並びに政府機関及び実業界との協議

2024年末にランスが知らせてくれた最新状況は以下のとおりである。

  • ナウルが、アスベストの輸入を禁止するとともに、承認済みのアスベスト管理実施基準(AMCOP)のための法的強制力のある規制を策定
  • トンガは、アスベスト管理実施基準(AMCOP)を採用/承認し、アスベスト禁止に関する協議が進行中
  • ニウエキリバスパプアニューギニア向けの国別AMCOP草案
  • ナウルソロモン諸島キリバスでは、建築基準法にアスベスト除去管理計画及びアスベスト除去を必要とする建築物の解体その他の作業のための「安全作業方法声明書」の作成を義務づける条項が盛り込まれている。バヌアツ、ツバル、キリバスの建築基準法は、AMCOP草案を参照するように更新中。

ナウルのアスベスト禁止は、2014年関税法に基づく2024年10月11日付け関税(輸入禁止)令(官報第437号)によって実施され、すべての種類のアスベスト、それらを含有する混合物、廃棄物やアスベスト含有土壌を含めたアスベスト含有物質の輸入が禁止された。また、販売・使用・再使用の禁止、及び「アスベスト管理実施基準(AMCOP)」の実効性を確保するために、2024年10月30日付けで「環境管理及び気候変動(アスベスト管理)規則」も制定された(官報第454号)。太平洋島嶼国で初めてのアスベスト禁止導入である。
2024年には、ついにアメリカが3月に、またモルドヴァがやはり10月にアスベストを禁止している。

カンボジアの2025年禁止表明

一方、2023年5月以降、カンボジアでは労働職業訓練大臣が、2025年にアスベストの使用を禁止したい意向を繰り返し表明している。
労働職業訓練省(MOLVT)ほか13の省、労使団体からなるワーキンググループによって、2019年6月に最初のナショナル・アスベスト・プロファイル(NAP)が策定された。これに対して、国際クリソタイル協会(ICA)が2019年10月に、APHEDAのアスベスト禁止キャンペーンによる情報にたぶらかされたものと非難する書簡を保健省に送るなど圧力がかけられたが、MOLVTはひるまず、2022年10月には第2次NAPが策定された。2023年7月5日に策定された2023~27年を対象期間とする「第3次労働安全衛生マスタープラン」でもたびたびアスベストに言及し、戦略①「国際基準に沿った一貫した法的及び方針枠組みと効果的な施行」の11項目のひとつに、「すべての種類のアスベスト及びアスベスト含有製品の法的禁止、アスベスト代替品の使用の促進、アスベスト除去の安全な手順に関する義務的規則の策定、アスベスト関連疾患(ARD)のハイリスク労働者の健康サーベイランス、ARDの職業病リストへの追加」等が含まれていた。
カンボジア・アスベスト禁止ネットワーク(CamBAN)、とりわけその中心である建設林業労働組合(BWTUC)などは精力的に禁止の実現を支持・促進するキャンペーンを展開している(BWTUCのFacebook等を参照していただきたい)。

インドネシア最高裁での勝利

MDBsやIPEF、ASEAN等の地域レベルにおける進展や太平洋島嶼国の動向等を睨みながら、カンボジアの禁止を確実なものにするとともに、さらに数か国で禁止への動きを具体化したいというのが、2024年のABANの基本的方針だった。
2024年3月にインドネシアからさらに嬉しいニュースがもたらされた。
2023年12月27日にインドネシアの友人たちは、この訴訟のために作った非政府消費者保護団体(LPKSM)Yasa Nata Budiを通じて(代表者はディッチ、アジャット、レオ)、商業大臣を被告として、最高裁に対して、インドネシア語のラベルの使用または記入を必要とする物品の決定に関する2021年商業大臣規則第25号の司法審査を請求した(訴訟番号No. 6/HUM/2024)。
原告らの主な主張は、インドネシア国内で販売される危険有害な物品は危険有害性について知らされていなければならず、アスベスト/クリソタイルはまさにそれが適用されなければならない一方、2021年商業大臣規則第25号は十分な情報を要求しておらず、アスベスト/クリソタイルを対象にしてもいないということだったようである。
これに対してインドネシア最高裁は2024年3月19日に、以下の決定を下した。

  • 請求人らによる司法審査に対して助成金申請の対象となる権利を与え、
  • 規則は、それより上位の商業に関する2014年法律第7号と相反すると宣言し、
  • 商業大臣に、2021年商業大臣規則第25号を撤廃するよう命じる。

この最高裁決定の法的影響は、商業省が、インドネシアで販売されるすべてのアスベスト含有製品がインドネシア語で使用上の注意と有害性情報を含んだ警告ラベル表示がされているように規則を改正しなければならないことを意味した。
請求人らが商業省に速やかに新たなラベル表示規則を策定するよう求める一方で、5月31日には、ジャカルタ特別州保健局が、最高裁決定を受けて、住民への健康リスクを理由に住宅におけるアスベストの使用禁止を宣言したというニュースももたらされた(2024年7月号参照)。

アスベスト産業からの反撃

ところが、7月18日、繊維セメント製造業者協会(FICMA)が、LPKSM Yasa Nata BudiとYasa Nata Budi財団、その代表者ディッチ、アジャット、レオ、さらにインドネシア・アスベスト禁止ネットワーク(InaBAN)及び商業省を被告とする民事訴訟を中央ジャカルタ地方裁判所に提起したのである。
FICMAは以下のことを求めていると言う。

  • 原告の訴えを全面的に認めること。
  • クリソタイル/白石綿は、依然として必要であり、使用することはできると宣言すること。
  • クリソタイルは、無害な化学物質であり、「国際貿易の対象となる特定の有害な化学物質及び駆除剤についての事前のかつ情報に基づく同意の手続」に関する2013年法律第10号(ロッテルダム条約批准)によって保護されていると宣言すること。
  • インドネシア語のラベルの使用または記入を必要とする物品の決定に関する2021年商業大臣規則第25号を、適切かつ2013年法律第10号及びインドネシアも締約国であるロッテルダム条約の締約国間の合意に従ったものであると宣言すること。
  • クリソタイルに関するものである限り、InaBANが所有するニュース及び/またはウエブサイトを撤回及び/または削除するよう宣告すること。
  • 商業省を除く被告人に対して、3つの全国紙及び2つのテレビ局に対して謝罪するよう命じること。
  • 商業省を除く被告人に対して、ソーシャルメディア及びその他のメディアにおけるクリソタイルに関連したすべてのニュースを削除及び/または撤回するよう命じること。
  • 商業省を除く被告人に対して、「機会喪失」として毎月1%、約7985億ルピアを、連帯してまた別々に原告に対して支払う責任があると宣告すること(79.9億ルピア=約7600万円)。

FICMAは、ロッテルダム条約が事前のかつ情報に基づく同意(PIC)手続が必要な有害化学物質等のリストに含めていないことをもって、クリソタイルは無害=安全というのが国際的コンセンサスであるかのように主張し、さらに、ロッテルダム条約を批准した国内法等によってクリソタイルは保護されているとまで主張を広げている。加えて、これに基づいてFICMAはクリソタイルへの投資を拡張してきたのであり、製造/使用が禁止されればインドネシアの37,100人の職が失われるとも主張している。

国際機関のポジション表明

ロッテルダム条約がPICリストへのクリソタイルの搭載に失敗しているのは、ひとえに全会一致を必要とする議事規則のゆえであり、一握りの反対国が妨害してきたからにほかならない。
同条約事務局は国連環境計画(UNEP)と国連食糧農業機関(FAO)であるが、UNEPは2024年2月6日、2022年3月の第5回国連環境総会(UNEA)の要請に応えて2024年2月の第6回UNEAに対して、「製品と環境中のアスベスト汚染物質に対処するための選択肢」と題した文書を提出した(2024年6月号参照)。
5つの選択肢が提示され、選択肢1は「全ての種類のアスベストの使用を中止し、ライフサイクル全体にわたってアスベストのリスクを管理することによって、アスベスト関連疾患の根絶を強化するための法的枠組みと法的メカニズムを強化する」ことであり、これは「基本的柱」となるもので、他の選択肢は「この基盤の上に、より安全な代替品の探求、既存アスベストに対する証拠に基づいた戦略の採用、知識の創生とアクセスの重視といった実際的な措置を提供するもの」、提案された「諸措置を実施するための全体的な能力を強化する」ものであり、「これらの選択肢を組み合わせることで、アスベストに関連する諸課題に効果的に取り組むための、相乗的かつ相互支援的な戦略を形成する」としている。
UNEPはこれに基づいて、「アスベスト」専用ページを開設した。

国際機関のポジションは、「アスベスト関連疾患を根絶するためのもっとも効果的な方法はすべての種類のアスベストの使用をやめること」で統一されており、それ以外の「国際的コンセンサス」を導き出すことは不可能である。本稿の最初で紹介した、国際開発金融機関(MDBs)におけるアスベスト関連プロジェクトへの融資禁止方針も加えることができる。さらに、古い話になるが、2001年3月12日の世界貿易機関(WTO)紛争解決機関の決定(WT/DS135/AB/R)「欧州共同体-アスベスト及びアスベスト含有製品に影響を与える措置」も追加したい。
https://www.wto.org/english/tratop_e/dispu_e/cases_e/ds135_e.htm
この決定は、「クリソタイルなどの発がん物質を含有する物質の輸入及び使用を禁止する加盟国の権利」を明確に求めるとともに、「クリソタイルは確立された発がん物質であり、安全な閾値は存在せず、管理使用は国による禁止に対する効果的な代替策ではない」と言明している。
以上は、筆者らがABANの会議等で繰り返し紹介・確認している情報であるが、これらも総動員して、ジャカルタの地方裁判所に決して誤った判断を出させないよう確保しなければならない。

ABANは最新情報を共有

アジア・アスベスト禁止ネットワーク(ABAN)は2023年5月7日に、タイ・バンコクでABAN会議を開催した。2021年9月はオンライン開催だったので、リアル開催は2019年10月の韓国・ソウル以来4年ぶりだった(2023年11月号参照)。
以降、隔月でオンライン会議を開催するとともに、それに合わせて最新情報を要約した「ABAN Update」を作成し、情報共有を強化している。
また、以前からアジア各国におけるアスベスト及びアスベスト関連疾患に関する国際的に入手可能な情報の共有・更新に努めていたが、2024年には、随時データが更新されているUN comtradeデータベースや毎年データが更新されるアメリカ連邦地質調査所(USGS)の「Mineral Yearbook」(2024年は10月21日に更新)に加えて、2024年5月18日に4年ぶりに世界疾病負荷推計(GBD)が更新され(GBD2021)、また、国際がん研究機関(IARC)が2024年2月1日に、「2022年におけるがん負荷推計(Globocan2022)」と「2022年から2050年までのがん負荷の将来予測」を公表した。ABANは早速これらの新しいデータを取り入れた「アジアにおけるアスベスト及びアスベスト関連疾患」基本データをまとめて、キャンペーンに活用している(2025年1・2月号参照)。
2024年には、南アジアと東南アジアのサブリージョナルレベルでの会議開催が計画された。

ABAN南アジア会議

2024年3月3日 ABAN南アジア会議(スリランカ・コロンボ)

ABANは2024年3月3日に、スリランカ・コロンボでABAN南アジア会議を開催した。3月4-5日の労災公害被害者の権利のためのアジア・ネットワーク(ANROEV)南アジア会議の前日に設定されたものだった。会議のプログラムは以下のとおり。

① オープニング・セッション-地元主催団体である環境正義センター(CEJ)ディレナ・パスラゴダ事務局長による開会あいさつの後、筆者がABANを代表して基調報告、インドOSH-MCSのアシッシュ・ミタル医師が「アスベスト関連疾患」に関するレクチャーを行った。

② スリランカ・セッション-CEJのパスラゴダ事務局長とチャラニによる「スリランカにおけるアスベスト禁止に向けて」及び労働衛生専門家であるアセニ医師による「スリランカにおけるアスベスト関連疾患:ギャップと提案」

③ カントリー・アップデート・セッション

  • ネパール(公衆衛生環境開発センター(CEPHED))
  • インド(エンビロニクス・トラスト、全国労働組合会議(INTUC)、国際建設林業労連(BWI)、民衆調査訓練センター(PTRC))
  • バングラデシュ(バングラデシュ・アスベスト禁止ネットワーク(BBAN)/労働安全衛生環境財団(OSHEF))
  • パキスタン(労働教育財団(LEF))
  • モルディブ(モルディブ労働組合会議(MTUC))

④ 特別セッション-BBAN/バングラデシュ自由労働組合会議(BFTUC)のレポンによる「労働組合の関心:そのキャンペーンと役割」及び韓国石綿追放運動ネットワーク(BANKO)/アジア環境保健市民センター(ACCEH)のエヨンによる「環境団体の関心:そのキャンペーンと役割」

⑤ 戦略討論
モルディブからは初めての参加。韓国のエヨンはCEJと協力してスリランカでアスベストを含有している可能性のありそうな製品等を収集して分析のために持ち帰った。また、エヨンからの呼びかけに応えてバングラデシュの参加者も同様の製品等を持ち寄った。

ロシアに禁止つぶされたスリランカ

スリランカは因縁のある国である。
2015年に大統領になったシリセーナ大統領が同年8月に、2018年からアスベストを禁止する意向を発表。スリランカのアスベスト産業(繊維セメント製品製造業協会(FCPMA))が海外からの支援も受けて猛烈に反対キャンペーンを繰り広げたにもかかわらず、2017年7月に、2018年1月1日からアスベストの使用・輸入を管理するとともに、2024年1月1日までにアスベスト関連製品を禁止するための実行計画を策定すると閣議決定した。
2016年11月にコロンボで初めてBWIの支援を受けて全国労働組合会議(NTUF)が「アスベスト製品仕様の禁止を促進する」と銘打ったワークショップを開催して、筆者も招かれた。2017年9月にネパール・カトマンドゥで開催されたABAN南アジア会議にスリランカ代表も参加し、2018年7月にABAN南アジア会議をスリランカ・ネゴンボで開催する計画が進められていた。
ところが2017年末になってロシアが突然、スリランカから輸入された紅茶に害虫がみつかったとして紅茶の輸入禁止措置をとった。当初からスリランカのメディアも、これがアスベスト禁止をやめさせるための恫喝であると報じていたが、スリランカ政府は結局禁止決定を棚上げにせざるを得なかった(公式には「延期」ということになっているようだ)。
ABANはアスベスト禁止国際書記局や国際労働組合総連合(ITUC)、BWI等々とともに、「世界の労働組合・健康ネットワークはロシアによるスリランカのアスベスト禁止決定に対する経済的脅迫を非難する」というプレスリリースを発表した(以上の経過については、2016年4月号2017年3月号2018年3月号等参照)。
このためスリランカは、2010~23年の間の世界第9位のアスベスト消費国、2023年単年でも世界第9位で、アスベストセメント製品の輸出国でもある。

ステークホルダーの議論を促進

2024年7月30日 ステークホルダー・ラウンドテーブル・ディスカッション(スリランカ・コロンボ)

今回、経済危機が深化するなかで経済的脅迫を打ち破ることはさらに困難になっている一方で、心ある専門家を含めたスリランカの在野の関係者だけでなく政府関係者にもアスベスト禁止の意向が維持されていることを確認できた。
韓国の分析では31サンプル中14がアスベストを含有していることが確認され、ある中古ブレーキライニングでは30%、もろくなったセメント屋根板では15%など、含有量も高かった。この結果を共有するとともにスリランカでの今後の対応を議論するためのステークホルダー・ラウンドテーブル・ディスカッションが7月30日にコロンボで開催され、韓国からエヨン、日本から筆者、ネパールからCEPHEDのラムがオンライン参加した(上の写真)。CEJ、NTUF、アセニ医師のほかはばひろい関係者が参加して様々なアイデアが出された。南アジアですでにネパールが原則禁止を実現できたという情報も関係者を鼓舞した。

このイベントの記事が9月8日に大きく報道された(写真左)。さらに9月21日には、「アスベスト:静かな脅威/スリランカはもはや無視できない」という見出しの英文記事も掲載された(写真右)。
スリランカにおけるはばひろい関係者によるネットワークの再構築につながることを期待している。

バングラデシュでも記者会見

2024年4月15日 BBAN/OSHEFの記者会見(バングラデシュ・ダッカ)

韓国での分析ではバングラデシュのサンプルでもアスベスト含有が確認された。
バングラデシュ・アスベスト禁止ネットワーク(BBAN)と労働安全衛生環境財団(OSHEF)は、4月15日に記者会見を開いて結果を発表した(上の写真)。これは、Daily Sun、Business Post、New Age等の英字紙を含めてひろく報道された。
さらに、Business Insiderが、5月21日にはOSHEF副議長のモルシェドの、また5月31日には、記者会見にも同席したバングラデシュ健康科学大学労働環境保健学部のファルキー教授のインタビュー記事を各々、「アスベスト使用による国の年間収益は26億タカに上る」、「アスベストを使う場合には健康ルールを維持しなければならない」という見出しで掲載した。見出し同様に質問内容もアスベスト産業寄りの気配もあるが、両者は明確にアスベスト禁止の必要性を訴えている。
バングラデシュは、2010~23年の間の世界第12位のアスベスト消費国で、増加傾向にあるようにみえ、2023年単年では世界第6位になっている。
環境省がアスベスト輸入・使用に関する国の方針を確立することを提案し、2021年12月に関係省会議が開催されて、方針起草のための小委員会設置が確認されているようだが、具体的な進展がみられていない。産業省などは禁止反対の立場を表明しているようだ。代表的なアスベスト企業として、アンワル(Anwar)セメントシートがある。

その他の南アジア諸国

南アジアはもうひとつ、2010~23年の間でも2023年単年でもアスベスト消費量世界第1位のインドをかかえている。インドもバングラデシュと同様に消費量が増加傾向にあるようにみえる。アスベスト・セメント製品製造業協会(ACPMA)は、スリランカと同名の繊維セメント製品製品製造業協会(FCPMA)に改称している。
様々な団体がアスベスト問題に取り組み、ヘルスキャンプを通じて継続的に被害者が確認されて被害者団体の動きもあるのだが、インド・アスベスト禁止ネットワーク(IBAN)がネットワークとしてうまく機能しないようになっているのが、非常に残念である。
パキスタンでは、アスベスト禁止の声を挙げること自体が容易ではない状況が続いている。代表的なアスベスト企業として、ダデックス(Dadex)エターニト・リミテッドがある。
他の国にもう取り組みを広げたいという声はかねてからあって、例えば、2016年9月にインド・デリーで開催された第3回国際労働環境衛生会議(ICOEH)でアスベスト・セッションが開催されたとき(筆者も参加)には、ブータンの政府関係者も多数参加していた。2019年11月にブータンの消費者保護事務所がアスベスト禁止の意向を発表したという未確認情報があるものの、実施されてはいない。
今回、モルディブから初めての参加があった。2004年のインド洋大津波の後にWHOが廃棄物処理に関して警告を発したことを記憶している向きもあるようだが、これまで議論されたことはない。

中皮腫等情報は着実に増加

一方、今回あらためて調べてみると、南アジアにおける中皮腫等に関する情報がかつてとは比較にならないほど増えていることもわかった。
インドでは、2024年1月に発行された「インドにおけるアスベスト曝露を評価するための全国がん登録における中皮腫症例の分析」という論文が、情報公開法を活用して、2012年から2022/23年に83の病院から2,213例の中皮腫が報告されていることを確認した。また、同じ筆者らによる2023年12月の「インドのがん記録管理の現状とインドにおけるアスベスト曝露を評価するための中皮腫症例の研究」は、2012~2016年にがん登録に報告された中皮腫が54例なのに対して、前述の情報で同期間に確認された中皮腫報告は1,126例で、21%の病院しかがん登録に報告していなかったことも明らかにしている。
2023年3月に全国がん管理計画(保健省)が公表した「2020年スリランカにおけるがん発症・死亡率データ」は、13件の中皮腫を報告している。
2020年にネパール健康研究評議会が公表した「2018年カトマンドゥ渓谷におけるがん発症・死亡率」も、1件の中皮腫を報告している。
症例報告では、以前からパキスタン北西部で多数の中皮腫症例が報告されており、インドでは家庭内・環境曝露によると思われる中皮腫症例、バングラデシュでは2017年に最初の石綿肺症例(船舶解撤労働者)が報告されている。

ABAN東南アジア会議

2024年11月21日 ABAN東南アジア会議の参加者(マレーシア・クアラルンプール

ABANは2024年11月19-20日に、マレーシア・クアラルンプールで、「東南アジアにおけるアスベスト禁止の勢いを加速させる」をテーマに掲げ、ABAN東南アジア会議を開催した。前述のとおり、11月18-19日に予定されていたITUC-AP第3回アスベスト会議は直前になって延期されてしまったが、ABAN東南アジア会議は予定どおり開催した。会議のプログラムは以下のとおり。

① カントリー・アップデート・セッション(1日目)

  • インドネシア(インドネシア・アスベスト(禁止ネットワーク(InaBAN)/労働安全衛生ネットワーク地域イニシアティブ(LION)
  • カンボジア(カンボジア・アスベスト禁止ネットワーク(CamBAN))
  • タイ(タイ・アスベスト禁止ネットワーク(TBAN)/タイ労働環境関連患者ネットワーク(WEPT))
  • ラオス(健康促進労働安全協会(HPLSA))
  • ベトナム(ベトナム・アスベスト関連疾患根絶グループ(VEDRA))
  • 東ティモール(東ティモール労働組合連合(KSTL))

② オープニング・セッション-地元主催団体のひとつである安全衛生助言委員会(HASAC)のジャヤバラン医師による開会あいさつの後、筆者がABANを代表して基調報告、APHEDAのアスベスト関連疾患根絶キャンペーン・コーディネーターのフィリップが「最近の進展」をまとめて報告した。

③ マレーシア・セッション-「マレーシアにおけるアスベスト禁止の実現」をテーマに、HASACのジャヤバラン医師、ペナン消費者協会(CAP、もうひとつの地元主催団体)リサーチオフィサーのマゲスワリ、電子産業労働組合のブルーノによるパネル及びオープンフロア・ディスカッション

④ カントリー・アップデート・サマリー-筆者による前日の報告・議論の要約

⑤ 被害者の声-インドネシアからサムスリ

⑥ パネルディスカッション①「機会」-APHEDAのフィリップをモデレーターに、BWIアジア太平洋事務所のドン、アスベスト粉じん疾患研究所(ADDRI、オーストラリア)国際プロジェクトマネージャーのシェーン、CamBAN/カンボジア労働組合連盟(CATU)のモラがパネリスト

⑦ パネルディスカッション②「挑戦」-BWIアジア太平洋事務所のドンをモデレーターに、InaBAN/LIONのレオ、VEDRAのアン、APHEDAのフィリップ、スリランカから参加の医師がパネリスト

⑧ 戦略討論-国別小グループ討論及び全体討論(写真)

2024年11月21日 ABAN東南アジア会議戦略討論(マレーシア・クアラルンプール)

マレーシア/フィリピン 再度機運を

マレーシアにおけるアスベスト禁止の取り組みの歴史は長く、ペナン消費者協会(CAP)が主導して(HASACのジャヤバラン医師はCAPの医学アドバイザーだった)はばひろい関係者が賛同した。実際、人的資源省労働安全衛生局(DOSH)はそのホームページ上で、筆者の知る限り2011年以降「アスベスト禁止提案」というページを維持している。2014年にDOSHはアスベスト禁止の可否に関するパブリックコンサルテーションを開始したものの、うやむやになったままである。一方で、アスベスト消費量は確実に減少している。他方で、マレーシア全国がん登録報告の2007~11年版及び2012~16年版によると、各々の期間に41件及び50件、合計91件の中皮腫も報告されている。アスベスト産業による禁止妨害が奏功してきた面もあるものの(南太平洋アスベスト協会(SPAA)という業界団体があった)、政治的優先課題でなくなってしまってきているという面が否めない。
そのようなマレーシアにとっては、これまでに紹介した最近の進展に加えて、西側先進国の最後としてついにアメリカが2024年3月にアスベスト禁止に踏み切ったことも、いま動かないと禁止実現の機会を失ってしまうかもしれないという危機感を抱かせた。
CAPはあらためて2024年7月22日に政府に対して、「アスベストの即時全面禁止を求める覚書」を提出した。これに対するDOSHからの回答は、覚書に記載された勧告が様々な管轄及び規制に関わるものであることを確認し、要請について検討・調整・決定を行うために、天然資源環境省が調整役を務める、新たに設立された国家有害化学物質管理委員会に回付したというものだった。CAPほかの関係者は早速この委員会と連絡を開始している。
ABAN東南アジア会議としても、「マレーシアにおいてアスベストを禁止する速やかな行動を求める」プレスリリースを発表した。
今回、フィリピンからの参加予定者が家族の病気のため来れなくなってしまったのだが、フィリピンも似たような状況にあると言ってよい。
アスベスト禁止の取り組みの歴史があり、アスベスト消費量は少なくとも増加しておらず、アスベスト関連疾患に関する一定の国内情報もある。フィリピンクリソタイル産業協会(ACIP)という業界団体があったが、最近は存在感がない。アスベスト禁止が政治課題化していないためということかもしれない。
両国ともにアスベストを禁止していておかしくないのだが、自然にそうなる可能性もまたない。どちらもIPEF加盟国であることも含めて、当面の動きがきわめて重要であろう。

インドネシア 裁判逆手に禁止へ

今回、繊維セメント製造業者協会(FICMA)から訴えられている当事者の一人であるインドネシアのレオから、直接話を聞くことができた。インドネシアからは石綿肺被害者のサムスリも参加して、「被害者の声」を届けてくれた。
個人名を挙げられて巨額の損害賠償をもとめられている事態は、間違いなく大きな脅威である。しかし、レオだけでなく、アスベスト被害者やその他の関係者も一丸となって、道理のない攻撃を打ち破るだけでなく、この機会を逆手にとって、よりはばひろい政策転換に向けた大衆運動に、そして、インドネシアにおけるアスベスト禁止の実現につなげたいという野心を語ってくれた。
ABAN東南アジア会議は、「インドネシアのアスベスト産業の攻撃に直面している非政府消費者保護団体(LPKSM)Yasa Nata Budi及びYasa Nata Budi財団、InaBANメンバーに対する支援の声明」を採択した。全文を掲載する。

「われわれ、東南アジア8か国から、2024年11月19-20日にクアラルンプールで開催されたABAN東南アジア会議に出席した参加者は、今年、アスベスト含有物質への健康警告ラベル表示を求める訴訟でインドネシア最高裁で勝訴をかちとったものの、アスベスト産業から巨額の損害賠償訴訟に直面しているインドネシア・アスベスト禁止ネットワーク(InaBAN)の加盟組織及び個人を全面的に支援することを宣言する。
最高裁に勝訴裁判を提起した組織及び個人に対して、最高裁の決定に怒ったアスベスト製造業者から、莫大な損害賠償を求める訴訟が起こされている。
アスベストは歴史上もっとも致命的な産業殺人者であり、他の地域では使用が禁止されているか、または広範囲に使用されていないため、次世代の被害者はアジア市場に現われることになる。
インドネシアは世界第3位の輸入国であり、東南アジアでは最大の輸入国である。
われわれは、最高裁で勝訴した消費者保護団体に巨額の損害賠償を要求するという、消費者保護団体に対する繊維セメント製造業者協会(FICMA)の行動を遺憾に思う。
われわれは、この産業界による訴訟は、正当な法的証拠や裏付けのある科学的な証拠に基づくものではないと確信している。これは、既得権益層による批判や規制を阻止するための典型的なスラップ訴訟である。
WHOとILOによれば、肺がんや中皮腫などのアスベスト関連疾患により、毎年209,000人以上の労働者が命を落としている。われわれは、東南アジアのすべての国に対し、アスベストの輸入と使用を可能な限り早く禁止するよう呼びかける。」

インドネシアでは2024年12月18日に、LIONとLPKSM Yasa Nata Budiがセミナーを開いた。ハザーズ・マガジン誌も事件を紹介するとともに、インドネシアの関係者に対する寄付を呼びかけている(https://www.hazards.org/workingworld/asbestos
pushers.htm
)。下の写真中のQRコードから寄付が可能なので、ぜひご協力いただきたい。

2024年12月18日 FICMAによる訴訟を議論したインドネシア・ジャカルタでのセミナー

カンボジア/ラオス もう一歩

カンボジアからの報告は、前述した近年の進展を再確認するものだった。2023年策定の「第3次労働安全衛生マスタープラン」には、具体的に以下のようなアスベストに関連した優先計画が含まれている。

  • 禁止・制限される有害物質リストの施行に関する命令の改正(2026年まで)
  • 建設材料・機器へのアスベストの使用を禁止する関連法的文書の策定(2024年)
  • 労働安全衛生法草案へのアスベストの管理に関連した節/条項の追加(2023~2024年)
  • アスベストに起因する疾患を確認して、職業病リストに含めるための研究(2023~2027年)
  • アスベストに関する訓練及び注意喚起の継続(2023~2027年)
  • 4月28日の安全衛生世界の日におけるアスベスト・キャンペーン
  • ソーシャルメディア及びマスメディアにおける共有(2023~2027年)

CamBAN関係者からは、「仮に2025年中が難しかったとしても2026年にはアスベスト禁止を実現したい」と語られた。また、CamBAN自体をOSHネットワークに「拡大」する意向も示された。
ラオスではすでに、アスベスト関連疾患の根絶に関するナショナル・ストラテジック・プラン(NSPEARD、2018~2030年)及びナショナル・アクション・プラン(NAPEARD、2018~2022年)が策定されており、2024年9月にはカンボジアと同じく第2次NAP(ナショナル・アスベスト・プロファイル)が策定され、第2次NAPEARD(2025~2029年)を策定中と報告された。ラオス労働組合連盟(LFTU)が、NAPEARDを策定・実施するためのアスベスト委員会を設立したほか、医療関係者に対するアスベスト関連疾患診断トレーニングなど、実施関係者の能力強化が図られている。しかし、COVID-19の影響で諸々の動きが遅れたり、クリソタイル情報センター(CIC)ベトナム事務所等からの働きかけの影響等もあって、アスベスト禁止実現の目標時期を設定できていない。
また、LaoBANを、健康促進労働安全協会(HPLSA)として正式に登録したと報告された。アスベスト禁止ネットワーク(BAN)はほとんどの国で「非登録団体」であり、ラオスではこれを前進ととらえている。CamBANの意向もこれにならったものだろう。

ベトナム/タイ 困難続くが

他方、ベトナムからは、VNBANとしてはもはや存在できなくなったために、ベトナム・アスベスト関連疾患根絶グループ(VEDRA)と改称したと報告された。ベトナムではこれまで、「屋根材製造におけるアスベストの使用をやめるためのロードマップ」策定をめぐって攻防が繰り広げられてきたが、(ロシア等からの支援を受けた)ベトナム屋根材協会(VNRA)の圧力が強くなり、それを政策課題とすること自体が困難になりつつあるようだ。
ベトナムは、2010~2023年の間の世界第7位のアスベスト消費国。2019年にかけては減少傾向にあるようにみえたが、以降やや盛り返し、2023年単年では世界第8位である。
タイでは、2019年12月の第12回全国保健総会で再び改訂決議「タイのアスベスト禁止措置」が採択されてからいくらかの進展はあったものの、まだ禁止の実現はみえていない。専門家が主導していたTBANの機能が弱まっているなかで、2023年5月にABAN会議がバンコクで開催されて、再活性化が期待された。この間、タイ労働環境関連患者ネットワーク(WEPT)や各地の労働組合による草の根の取り組みが進められたことが報告された。
タイも、2010~2023年の間の世界第8位のアスベスト消費国。2006年にかけて減少、少し持ち直した後、2021年にかけて再び減少、2022、2023年やや増加で、2023年単年では世界第7位である。

東ティモール初参加

前述、2024年8月のATUC会議の声明や9月の東ティモ-ル・ディリでのACSC/APF 2024等を受けて、今回、東ティモール労働組合連合(KSTL)から初めての参加があった。新しい課題だがしっかり取り組んでいきたいと決意が表明された。
太平洋と諸国として初めてナウルがアスベストを禁止し、それに続く動きもあることから、SPREP/PacWastePlusプログラムとの連携を追求することも強く進めたところである。

中国の輸出増加に懸念

中国は、アスベスト生産国であるとともに、輸入もしていて、2010~2023年の間、及び2023年単年でも、世界第2位である。輸出はこれまで目立っていなかったが、2022年5万トン、2023年11万トン強と急増。
中国発展ネットワークが9月23日に気になる記事を掲載している。青海省海西モンゴル・チベット族自治州万雅鎮にあるアスベスト生産企業の経営改革を賛美する記事なのだが、1958年設立の国有企業で長らく国内アスベスト市場の半分以上を占めてきたが、新建材に押され、自らの適応力も不足して徐々に衰退し、一時は倒産の危機に瀕したという。2019年末に混合所有権改革を包括的に推進することを決めて民営化し、民間企業の市場敏感性とコスト意識が徹底されるようになって、製品の品質が向上するとともに、年間生産量と販売量も増加していった。そして、改革前は国際市場で存在感をもっていなかったが、いまやベトナムやミャンマーなどから注文をますます受けているという。改革に踏み切った理由のひとつも、国際市場でも大きな需要があることが判明したことだとしている。中国政府の政策としてというよりも、民間企業の努力と戦略によって輸入が増加しているということだろうか。引き続き注視していきたい。

マレーシアが禁止を検討

年が明けて早々の1月11日、マレーシアから嬉しいニュースがもたらされた。
ニック・ナズミ・ニック・アーマド天然資源・環境持続性大臣が、「政府は、健康への有害な影響が懸念されているにもかかわらず、国内で広く使用されているアスベストを全面的に停止するという提案をレビューしている」と語ったというものである。環境局で検討中で、「既存の法令・政策にギャップがあれば、改善する必要がある」と述べたという。
これは、「地球を救う:マレーシアと世界の気候及び環境に関する教訓」という表題の大臣の著書の発表会の席上でのメディアとのやり取りである。
これに対して早速、1月14日にHASACとCAPは記者会見を開き、これもメディアに報じられている。
HASACのジャヤバラン医師は、CAPは2001年からすべての種類のアスベスト禁止を求めており、政府がずっと依然に禁止措置をとらなかったことを批判した。
CAPのマゲスワリは、政府当局者は昨年12月にCAPに、マレーシアでまだアスベストを使用している企業は一社だけだと知らせたと紹介し、政府が禁止すれば撤退するだろうと話した。
糠喜びは禁物だが、マレーシアは、2025年のASEAN議長国であり、IPEF加盟国でもある。マレーシアにおけるアスベスト禁止を確実なものにできれば、今回紹介したADB、AIIB、IPEF、ATUC、ITUC-AP、ACSC/APF2024などの地域的な進展に「さらに勢いをつける」展開を構想することも可能になるかもしれない。カンボジア、インドネシア、その他の国の動向も含めて、注目していただきたい。

安全センター情報2025年3月号