長時間労働曝露とうつ病/WHO/ILO●共同推計には証拠不十分

本誌2023年11月号の下の記事で欧州労働組合研究所(ETUI)が今年8月に公表した『欧州連合における審理釈迦的労働曝露に起因する心血管疾患及びうつ病の割合及び負荷』を紹介した。この記事の表1に示されるように、多くの心理社会的リスク要因への曝露と健康影響のペアを扱っていて興味深い。

他方、本誌が何度か紹介してきた『傷病の労働関連負荷に関するWHO/ILO共同推計』では、長時間労働への職業曝露による虚血性心疾患及び脳卒中のみが取り上げられているが、下の2021年8月号掲載の記事に示されている相対リスクをみると、脳卒中については「1.35」でETUI(上記の表1)と同じだが、虚血性心疾患については「1.17」で、ETUIの「1.13」よりも高い数字を採用している。

また、2021年12月号の下の記事中の表2にあるように、「長時間労働への職業曝露の抑うつ障害に対する影響」について「系統的レビュー中」とされていた。

この結果が2021年10月に公表されているが、結論は以下のとおりだった。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S016041021002543?via%3Dihub
「結論:われわれは、人のデータから得られた既存の証拠を、うつ病の有病率、発症率及び死亡率に対する、週41-48、48-54及び55時間以上の3つの曝露範疇すべてについて、『有害性について不十分な証拠』と判定した。利用可能な証拠は、曝露の影響を評価するには不十分である。現時点では、長時間労働への曝露に起因するうつ病の負荷について推計を作成することは、証拠に基づいていないと思われる。むしろ、現在の証拠の限界に対処するために、長時間労働とうつ病のリスクとの関連を検討する研究が必要である。」

2021年6月号掲載の下の記事も参照してもらいたいが、WHO/ILO共同推計にはまだ、「長時間労働への職業曝露の抑うつ障害に対する影響」は含まれないことになる。

他方、今年7月に公表された精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書では相対リスク等への言及は一切ないが、2001年11月公表の脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会報告書では、2未満の相対リスクないしオッズ比を「低い」とする記述が随所に見られる。石綿による疾病の認定基準に関する検討会は、2006年報告書で「寄与危険度割合の考え方に基づき、イギリス雇用年金省の機関である IIAC(労働傷害諮問会)の見解等を踏まえつつ、石綿のばく露による肺がんの発症リスク(相対リスク)が2倍以上ある場合に、石綿に起因するものとみなす考え方を採用」、2012年報告書も「石綿のばく露による肺がんの発症リスク(相対リスク)が2倍以上ある場合に石綿に起因するものとみなす考え方については、今後も維持することが妥当であると考える」としている。
労働関連負荷に関する研究が進展するなかで、その成果を安全衛生と労災補償の両面で一層活用していく努力が求められている

安全センター情報2023年11月号