画像で身体性機能障害否定/東京●障害等級変更認めない判決

運送会社のトラック運転手だったAさんは、2012年7月、仕事中に荷台から転落し、頭部を負傷しました。意識を失い、気づいたときは救急病院の病室でした。Aさんは脳室内出血を発症しており、MRI検査で脳梁漁部に小さな脳挫傷が確認されました。脳室内の出血が消滅したとされ9日目で退院。1か月後に自宅近くの整形外科クリニックにかかり「頚椎捻挫、左第8肋骨骨折、右方鎖関節捻挫」と診断され、リハビリ治療に通いました。また、脳神経外科クリニックで頭部のMRI検査を受けましたが、異状なく、「外傷性頭頚部症候群、頚椎ヘルニア」と診断されました。
川崎南労働基準監督署は、Aさんの脳室内出血の療養は認定しましたが、退院後の療養については災害との因果関係はないと判断し、不支給処分としました。その後の審査誇求、再審査請求も棄却されたのです。
Aさんは頭痛、めまい、痺れ、頚の痛み、ひん尿に苦しんでいました。転落後に救急搬送された病院のカルテの記録をみると、意識消失があったことがわかりました。
当時、亀戸ひまわり診療所で大勢の脳損傷の患者さんを診療していた石橋徹医師(故人)の診察を受けてもらいました。石橋医師は、丹念な診察と神経学的検査の結果から、Aさんの障害は、外傷性脳損傷(TBI)と診断しました。WHOの定義に照らして、Aさんには受傷時に意識喪失があり、かつ初診時の昏睡尺度(GCS)も意識障害が残存していることから、軽度外傷性脳損傷(MTBI)に該当しています。また、脳損傷による運動器障害(不全四肢麻癖)、感覚障害(全身の知覚鈍麻)、脳神経障害(三叉神経麻痺、顔面神経麻痺等)、自律神経系障害(神経因性膀胱)の身体性機能障害が認められました。
Aさんは、石橋医姉の診断をもとに障害補償請求を行いました。2016年10月、高次脳機能障害として9級の7の2の障害等級が認定されましたが、画像所見がないとして、身体性機能障害は認められませんでした。
厚生労働省は平成15年、精神・神経の障害に関する専門検討会で報告書をまとめ、同年に「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準」(平成15年基準)を策定し、通達を出しています(基発0908002号)。
平成15年基準では、脳の器質的損傷に基づく精神障害については高次脳機能障害として位置づけ、脳損傷による身体性機能障害については、麻痺に着目し、麻痺の範囲及びその程度により障害等級を認定することとし、全体像としてこれらを総合的に判断することを求めています。
さらに厚生労働省は、平成15年基準を補足する通達「画像所見が認められない高次脳機能燈害に係る障害(補償)給付請求事案の報告について」(基労補発0618第1号)平成25年6月に出し、「研究において、画像所見が認められない場合であっても障害等級第14級を超える障害が残る可能性が示されたことを踏まえ、MRI、CT等の薗像所見が認められない高次脳機能障害を含む障害(補償)給付請求事案については、本省で個別に判断すること」として、画像所見がなくとも脳の器質的障害があることを認め、画像所見に偏重することを戒めています。
Aさんには石橋医師の診断により四肢麻痺が残り、専門医による尿流動態検査によって神経因性膀胱の確定診断も受けています。画像所見が認められないからといって、高次脳機能障害を認めて身体性機能障害を否定するのは医学的にみてもきわめて不合理な判断です。
2019年11月、Aさんは、高次機能障害は7級、身体性機能障害は5級、総合して障害等級第3級3相当として、川崎南労基暑の処分決定の取り消しを求めて東京地裁に提訴しました。東京中央法律事務所の淵上隆先生、服部咲先生に弁護団をお願いし、軽度外傷性脳損傷友の会に支援していただぎました。
裁判では、安田耕作先生に、尿流動態検査に基づき、排尿に関する神経の障害の部位について、脊髄より上位の障害で認められる尿流動態所見・神経整理学的異常所見であり、頚椎椎間板ヘルニアでは起こりえないとの意見書を、また、渡辺靖之先生には外傷性脳損傷による四肢麻痔は、受傷後にはすぐには発現せず遅れて発症することがあるとの意見書、文献を提出していただきました。
2023年2月17日、東京地裁で裁判長は原告請求を棄却するとの判決を言い渡しました。残念ながら原告の主張が認められませんでした。
判決では、身体性機能障害を認めるには脳の器質的病変を示す画像所見がエビデンスとしでなければならないと述べ、さらにAさんの高次機能障害について、被告が提出した文献から、「MTBIの長期経過には2通りあり、大部分は経過良好群で数日から3か月以内に症状が消失するが、一部は多彩な自覚症が3か月ないし1年以上遷延し、いわゆる脳震盪後症候群に相当するとされる。(中略)要因は未確定だがMTBIそのものは要因ではなく、受傷前パーソナリティ・ストレス・意欲低下・疼痛などの外傷以外の要因を徹底的に調べることが今後の研究で重要と指摘されている」と引用し、「原告の主張の症状は脳震盪後症候群の症例に合致するものであるが、その原因はMTBIではない旨説明されている。したがって原告の前記主張には理由がない。」と判示しています。Aさんを「脳震盪後症状」であると決めつけたのは、MTBIを否定するものであり、到底認めるわけにはいきません。
しかし、控訴は断念せざるを得ませんでした。判決言い渡しの法廷にAさんの姿はありませんでした。Aさんは昨年11月、ご自宅のアパートで息を引き取られていたのです。享年64歳でした。
今年3月、ご親族とともにAさんが眠るお墓を訪ねました。判決文を備えて勝訴を確信していたAさんに朗報を伝えることができなかったことをお詫びし、ご冥福を祈りました。
判決を聞く前に旅立ったAさんの無念の思いを忘れることなく、MTBI被災者が抱える困難な問題に取り組んでいかなければならないとの思いを強くしました。

文・問合せ:東京労働安全衛生センター

安全センター情報2023年11月号