両手関節腱鞘炎を一転認定/神奈川●ベトナム人技能実習生の職業病

ベトナム人女性のBさんは、2019年当時、23歳。技能実習生として来日し、神奈川県内にある大手コンビニ総菜の製造工場で働きはじめた。
最初は日勤で餃子製造やコールスローサラダを混ぜる作業などを行っていたが、2020年2月から生野菜の計量、カット、野菜の積み上げ作業などを、夜勤(時間をずらしての早・中・遅番)で行うようになった。
Bさんの担当は大根のカット処理だった。出勤すると、まずその日の処理量を確認し、1階の野菜置き場にある大根の入った大型カートを引っ張ってエレベーターに載せ、作業フロアの3階まで移動する。
大根は皮むき機、そして千切りのカッティングマシンにかける。Bさんは、皮むき機にかける前の大根を、立った状態で1本ずつ左手に持ち、手首を回して大根の両端を入れ替えながら、右手の包丁で根と葉元の切り落とす作業を繰り返す。端を切った大根の皮を機械でむき、カゴに17kgずつ計り詰め、カゴ5つごとを台車1台に積み上げ、千切りのカッティングマシンまで押して移動。カットマシンで千切りにする。Bさんが一晩で行う大根の処理量は台車12~16台分(カゴ60~80箱:1~1.5t弱)にも及んだ。
2020年10月頃、まず左手首が、さらに右手首が痛むようになった。11月には痛みで仕事を休まなければならないようになった。
2021年1月、整形外科を受診して「両手関節腱鞘炎」と診断されたBさんは、仕事が原因としか思えないと労災請求を行ったものの、2021年11月に不支給決定が届いた。労災補償も受けられないという現実に、Bさんは打ちのめされた。審査請求で結論を覆すのは難しいと関かされたBさんは、やむなく年明けの帰国を決めた。しかし、帰国準備をしながらも「本当にこれであきらめなければならないのか」と知人を通じて労働組合と東京労働安全衛生センターに相談。そして、ベトナムに帰国するBさんの代理人として当センターの内田が審査請求を行うことになった。

上肢障害には、以下のようなややこしい認定基準が定められている。

① 同一事業場における同種の労働者と比較しておおむね10%業務量が増加し、その状態が発症3か月程度にわたる場合
② 業務量が一定せず、例えば次のイ又は口に該当するような状態が発症前3か月程度継続している場合
イ 業務量が1か月の平均で通常の範囲内であっても、1日の業務量が通常の業務量のおおむね20%以上増加し、その状態が1か月のうち10日程度認められるもの
ロ 業務量が1日の平均では通常の範囲内であっても、1日の労働時間の3分の1程度にわたって業務量が通常の業務量のおおむね20%以上増加し、その状態が1か月のうち10日程度認められるもの。

所轄の労働基準監督署は、Bさんの症状出現以前の労働時間を、彼女と一緒に働いていた同僚の実習生たちと比較したが10%程度の超過などは認められなかったこと、また、該当期間の事業場全体での野菜の取扱量が増えるなどの事実は認められず、むしろ減少気味であったとして、発症前に「過重な業務」に従事したものとは認められないとした。これに対して代理人からは、あらためてBさんの手首を使った苛酷な繰り返し作業の詳細をまとめ、来日以来仕事漬けの毎日で、仕事以外に手首を痛める理由など考えられないというBさんの切なる訴えとともに、審査官に再検討を求めた。

担当した審査官は、認定基準①で、監督署が労働時間数を比較したBさんの同僚たちが「同種の労働者」として適切であり、かつ労働時間の差異も認められなかったことを確認。そのうえで、認定基準における②のイまたはロの要件に当たるか否かを再検討した。
審査官は、認定基準にいう「遥常の業務量」を「当該事業場における所定労働時間における所定の業務をいう」ものであり、「請求人の働く工場での1日の所定労働時間は8時間である」とし、「1日の業務量が通常の業務量のおおむね20%以上増加する」とは、1日当たりの労働時間として8時間×1.2倍の9時間36分を超える場合が該当するとした。そして、発症直前3か月間で9時間36分を超える労働時間の日が常に月の15日以上あるBさんの業務状況を確認。これにより、「②イ 業務量が1か月の平均で通常の範囲内であっても1日の業務量が通常の業務量のおおむね20%以上増加し、その状態が1か月のうち10日程度認められる」とし、監督署の不支給判断を取り消すと決定した。

正直、これまで経験してきた上肢障害のケースでは、②の「業務量」を成果物の数量増減(生産品数、食数、集客数など)で判断されるケースばかりだったため、今回の決定書の決定内容を読んで大いに驚いた。

しかし、Bさんの業務のほとんどが上肢に係る作業と前提すると、所定労働時間=「通常」の基礎とし、その20%以上の労働時間超過を「過重」と考えるのは理にかなっている。今後の相談ケースでも活かせる解釈だと感じている。
また今回の検証で、Bさんとその同僚である技能実習生たちとの間で労働時間の差異はなかったという事実は、読み替えれば、同僚の人たちも所定労働時間を20%以上上回る過重な労働状況にあったということである。
Bさんの働いていたこの工場では、一昨年にも餃子製造担当の技能実習生AさんがTFCC(三角線維軟骨複合体)損傷で労災認定を受けている。
Aさん、Bさんの認定経験を、今後の技能実習生のサポートに活かしたいと思う。

文・問合せ:東京労働安全衛生センター

安全センター情報2024年6月号