ベトナム人技能実習生の職業病「左手関節TFCC損傷(三角線維軟骨複合体損傷)」で労災認定/神奈川●コンビニ販売用餃子の製造作業

ベトナム人技能実習生Aさん(女性・当時25歳)が、神奈川県内の大手コンピニエンスストア販売用の総菜製造工場で働き始めたのは2017年12月のことだった。同期ベトナム技能実習生12名がチームで餃子製造を担当した。

餃子製造工程は3つに分かれていた。

まず、小麦粉と水などをブレンダー(攪拌機)に投入。こね上げた餃子の皮のたねを9キロの棒状に分けて別の機械に入れ、肉だねを皮に包んだ形に仕上げるまでの「成形」。次に、「焼き」。そして最後に、「パック詰めと発送」である。チームメンバーはこの3工程に分かれて仕事をする。工場では1日17,000~25,000パック、少ない日も15,000パックほどを製造する。入社当初の勤務は8時~16時(休憩1時間)。さらに1日に4~6時間、少ない時期でも1日1~2時間程度の残業があった。日勤・夜勤それぞれに数人の日本人作業者もいたが、重い小麦粉や水などの手運びを繰り返す「成形」を担当するのは技能実習生だけだった。作業の前準備、後片付けもベトナム人実習生の仕事だった。仕事はハードで2年もたたないうちに、2人の仲間が帰国した。チームは10名になったが、仕事量は変わらず人員補充もなかった。

2019年夏、Aさんたち実習生チームは、3交代制で働くように命じられた。

3~4人ごとに①5:00~14:00(11~12時休憩1時間)②11:00~20:00(14~15時休憩1時間)③13:00~23:00(15~16時休憩l時間)の3交代制勤務である。Aさんたちは会社の借り上げアパートの部屋にチームメンバー5~6人で共同生活をしていた。3交代制になったため、同室の同僚が、それぞれ出勤時間が異なることになった。疲れて帰宅しで布団に入っても、勤務時間がずれた同僚の出入りや生活音やらで熟睡できず、日々の疲労自復が難しくなっていた。

「手が疲れるのは仕方がない」とAさんも思っていた。なかでも辛かったのは餃子の成形工程。ブレンダー(攪拌機)の投入口は、Aさんの胸のあたりの高さにあった。5リットルの水、10キロの各種小麦粉袋などを掲げあげ、材料の底を支えながら角度を傾けて投入口に注ぎ込むが、この時、袋等の底を支える左手首は荷の重みで90度に屈曲したまま保持しなければならない。こねあがった餃子皮のたねの入った機械下部の重い引き出しを左手首で引き出したり、たねを9キロごとに分けて成型機械に入れる。当初2名で行っていたこの作業をチーム人数が2名減ってしまった後は、1人で行わなければならないこともしばしばあった。Aさんと仲間たちは、不規則な勤務、過重な労働について何度か会社に改善を求めたが、結局何も変わらなかった。

3交代制になって1年が経過した2020年7月頃、以前にも増して両手首の痛みが強くなった。とくに物を持ち上げ、運搬の繰り返し作業に左手首が痛み、仕事を終わって帰宅した後も違和感が取れなかったた。市販の湿布薬などを使ってみたもののよくならず、10月には、左手首(小指側)にコリッとした固まりがあることに気が付いた。同僚の手首と見比べて「なんだろう?」と話していたが、だんだん固まりは大きくなっていき、触ると弾力と痛みを感じるようになった。

3年の実習終了が迫った11月のある日、左の小指が腫れあがり、左手首が前後に曲げることもできなくなる痛みが出た。Aさんは、自力で整形外科のクリニックを受診。スマートフォンのアブリを使つて「手が痛い」と医師に訴えた。当初医師の診断は「ガングリオン」だった。コロナ禍もあり帰国が先延ばしとなる中で、Aさんは監理団体に労災の相談をしたが、実習生である期間が終了していることを「理由」に「自分で会社と話しなさい」と言われた。
そこで、「労災申請をしたい」と課長に頼むと、「技能実習期間が終わっているから労災にはできない」、「健康保険でなら治るまで通訳をつけて面倒見てやる」などと言って、まったく労災申請の手続きを進めてくれない。Aさんは、痛みに耐えて仕事をしながら、「労災の審査に時間がかかっても日本で治療したい」と訴え続けた。

2021年1月末、痛みのためについに仕事を休むことを連絡したAさんに、会社からの連絡は「休んでいる間は傷病手当金の手続きができる」とだけで、労災に関する説明はなかった。困ったAさんは、同じ工場の友人の紹介でカトリック教会のベトナム人神父に相談し、手の専門医のいるクリニックへの受診に付き添ってもらった。診断は「左手関節TFCC損傷(三角線維軟骨複合体損傷)※」とされ、医師は、「仕事によるものだと考えられるので労災申請すべきだ」と言ってくれた。

その後、神父さんの協力を得ながら、Aさんは労働組合に加入。会社との団体交渉を経て、労災申請し、昨年10月末、Aさんは念願の労災認定を受けることができた。

損傷した左手首の三角繊維軟骨複合体を縫い合わせる手術も受けた。執刀した医師の話によれば、彼女の三角線維軟骨複合体は、すでにひどい擦り切れ様で、何とか残りをかき集めて縫い合わせたものの、術後もしびれ・疼痛が残る状態になってしまった。

今後、左手首に不安を抱えつつ、Aさんは帰国に向け、障害補償請求の手続きを行う予定である。過重な作業負担でAさんが受けた被害について、会社に謝罪と補償を求めていかなければと思う。

文/問合せ:東京労働安全衛生センター

※TFCC(三角繊維軟骨複合体):手首の尺側(小指側)の靭帯と軟骨の複合組織。主に以下の2つの機能がある。
① 手をついたり小指側へ傾けた時に衝撃を受け止める。
② 手のひらを下や上に向ける運動(回内・回外運動)時に橈骨と尺骨(遠位橈尺関節)を安定させる。

安全センター情報2022年6月号