台湾・RCA第二陣地裁判決と一陣差し戻し審高裁判決:2019/12/27&2020/3/6
ANROVE2019ソウル会議関連 2020/05
第二陣地裁判決の原告側弁護団による解説
2019年12月27日に台北地方裁判所は、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(RCA)台湾とその親会社に対する元労働者第二陣の訴訟に対する判決を言い渡した。労働者の第一陣がその訴訟のなかで2005年以降かちとった進歩的な法的先例を確認したことに加えて、裁判所は少なくとも2つの重要な点について進歩した。集団的損害についてグループに対する総計額を与えたこと、及び、有毒物質に曝露したもののまだ重大な身体疾患を診断されていない元労働者が被った真の危害を認めたことである。以下は本判決の簡単な要約である。
以前の訴訟
ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(RCA)は、多数の被害者と重度に汚染された土地を残したまま、1992年にその台湾の工場を閉鎖した。桃園県元RCA労働者関懐協会(RCA自救協会としても知られる)として組織された被害者は、2つの集団訴訟を起こした。ひとつ[第一陣]は2005年、もうひとつ[第二陣]は2015年に開始された。
2018年8月16日に最高裁判所は、主として死亡した労働者の相続人(グループA原告)と重大な病気を診断された元労働者(グループB)である、第一陣訴訟に参加した508人の労働者のうち262人について、下級審による決定を確定した。主として明白な病気のないグループC労働者とその病気がRCAにおける汚染に関連したものと確認されていないグループB労働者である、246人の原告は高等裁判所における再審理のために差し戻された。高等裁判所における最終弁論は2019年12月5日に行われ、判決は2020年3月6日に申し渡される予定である(本稿の末項に報告)。
原告1,120人の第二陣は、台北地方裁判所がRCA労働者第一陣勝訴の判決を下したのち2015年に集団訴訟を提訴した。2019年12月27日に台北地方裁判所は、集団訴訟として第二陣のうち1,115人の原告に有利な判決を下し、総額2.333億台湾ドル[約85億円]を認めた。
2019年判決のハイライト
Q1. 補償総額はいくらか?
A1.
被告三社-RCA(台湾)、テクノカラー(フランス)とトムソン・コンシューマー・エレクトロニクス(バミューダ)は、連帯して、また個別に、原告らに対し補償として年利5%をつけて2.333憶台湾ドルの責任があるとされた。
原告ゼネラル・エレクトリック・カンパニー(アメリカ)は、1989年1月以降、RCA台湾の制御会社ではなくなった。それゆえ、他の三被告会社と連帯して、また個別に、補償として年利5%をつけて2.285億台湾ドルの責任を負う。
総額責任としても知られる、連帯及び個別責任は、いずれかひとつの被告会社による賠償金の支払いは、他の被告会社の責任の総額から差し引かれることを意味する。被告四社が実際にどのように総支払い額を分割するか、決定するのは彼らである。
Q2. 「集団的損害の総計額」とは何か?
A2.
裁判所は、個々の原告に与えられる損害額を特定していない。代わりに台北地方裁判所は民事訴訟法第44条の1を引用して、全原告の指定するものとしてのRCA自救協会に対して総計額を裁定している。この総計額が個々の原告の間でどのように分配されるかは、会員の間の合意にしたがって同協会の決定にまかされている。
Q3. 原告各グループに認められた額は?
A3.
- グループA原告:82人の死亡労働者の相続人:4億9,200万台湾ドル[約18億円、1人当たりで割ると約2,154万円]
- グループB1:240人のがんまたは他の重大な病気の元労働者:9億6,000万台湾ドル[約35.3億円、1人当たりで割ると約1,470万円]
- グループB2:106人のそれ以外の病気の労働者:2億1,200万台湾ドル[約7.8億円、1人当たりで割ると約736万円]
- グループC:639人のまだ重大な病気の診断されていない元労働者:6億3,900万台湾ドル[約23.5億円、1人当たりで割ると約368万円]
Q4. 補償の理由は?
A4.
- 台湾におけるRCAの操業中にその工場は、合計数31種類の化学物質を使用した、または労働環境中に存在したことが確認された。そのうち少なくとも22種類は人体に病気を起こすものとして知られている。会社は他者を保護するための法律に繰り返し違反し、吸入、経口摂取や皮膚接触を通じて労働者を有害な化学物質に曝露させた。工場現場の土壌中に残る有害化学物質の濃度は、工場閉鎖から何年も経っているにもかかわらずなお安全基準を超えている。
- 科学的調査研究は、RCA桃園工場の下流域に住む住民のがんその他の病気の健康リスクがアメリカ環境保護庁の許容基準を超えていることを発見した。また、労働者が負う健康リスクは、RCAの有害化学物質により密接な接触のゆえに、住民が負うものよりも大きいはずである。
- グループA及びB原告が罹患した疾病はこうした様々な化学物質への複合曝露と関連しており、グループAの労働者はその結果死亡した。
- グループC原告はまだ重大な病気の診断はされていないものの、彼らはトリクロロエチレンなどの遺伝毒性物質に長期間曝露させられ、、それは防御メカニズムの層を逃れ、遺伝子変異を引き起こし、DNA配列の完全性に対する「微小」な損害を引き起こすかもしれず、損傷したDNAは完全には修復されないかもしれない。以前の曝露のために、生理学的機能の完全性が損傷しており、労働者とその子世代の健康問題のリスクを高め、不健康な否定的な感情を引き起こし、健康への権利も侵害される。
- RCA台湾はその操業期間中少なくとも毎年一回、工場作業現場の有機溶剤濃度レベルの測定を実施し、親会社に記録を返した。しかしRCAは訴訟の全期間を通じて、かかる証拠を提出しなかった。代わりに同社はずっと証拠を隠してきた可能性がある。組み合わさって企業に有利な系統的バイアスを生み出してきた、会社と労働者の間の資力、情報へのアクセス、専門的知識や能力の大幅な格差を踏まえれば、公平のために原告の立証責任は軽減されるべきである。裁判所は、原告が因果関係の「合理的可能性」を証明すれば足りるとした。
- 一定の化学物質は一定の病気を引き起こす要因であり、また、そのような関係を示す、国際がん研究機関(IARC)、アメリカ環境保護庁(USEPA)、アメリカ疾病管理センター(CDC)などの科学的機関による報告書がある限り、かかる物質とかかる疾病との間には一般的な因果関係があると推定できる。
Q5. RCA台湾以外の会社になぜ責任があるのか?
A5.
- トムソン(バミューダ)は常にRCA台湾の制御会社であった。GEが1988年12月31日にトムソンSA(後にテクニカラーに名称変更)に消費者向け電子機器事業を譲渡する前は、GEはRCA社を制御していた。また、GEは同社を取得後はRCAのすべての権利と責任を引き受けるべきである。テクニカラーはトムソン(バミューダ)の株の99.5%を間接的に保有していたことから、それもRCA社を制御している。
- 長年にわたり、RCAの取締役会議長、取締役及び監査人はほとんどが外国人であった。同社の株主総会や取締役会はほぼアメリカ、フランス、シンガポール、その他の場所で開催された。GEとテクニカラーが、トムソン(バミューダ)を通じて、RCA台湾を完全に制御していたと認められる。
- その消費者向け電子機器部門をトムソンSAに譲渡する前、GEはコンサルタント会社に委託して、デューデリジェンス・プロセスの一部として環境を調査した。この契約のときに二社はそれゆえに汚染問題に認識しているか、または認識すべき立場にあった。しかし、両者ともこの情報を開示せず、労働者を汚染された環境にさらに曝露させ続けた。
- 工場敷地内の地下水井戸第3号と第5号は1990年にはまだ普通に機能していた。しかし、1996年の環境検査時には、どちらも隠され、埋められた。このことは、RCAの汚染の意図的隠滅の証拠である。
- RCAとその親会社は汚染問題が公けに明らかにされた後、外国投資条例に違反して、1988年7月から1989年11月の間に資本削減という名目で1憶5千万米ドル以上、また1998年7月からを2001年12月の間に1憶米ドル以上の送金の隠ぺい工作を行った。したがって、2002年に原告が訴訟の目的のためにRCA台湾の資産の仮差押えの申し立てを行ったときに、同社は台湾の銀行口座に数百万台湾ドルしか残していなかった。これは明らかに、債務を逃れることを目的とした、悪意のある資産の移転である。それゆえ、「企業のベールを突き刺す[法人格否認]」の法的原則にしたがって、GE、トムソン(バミューダ)とテクニカラーは連帯して損害に対して責任を負うべきである。
Q6. なぜ裁判官は被告が主張した消滅時効を退けたのか?
A6. 公益と公正のために時効(処方期限または原告が被告に対して提訴する期限)を適用せよとする被告の主張は権利の乱用とみなされるべきであり、法的効果をもたない。
- この訴訟で被告は持続的かつ違法に長期間有毒であり続ける化学物質で環境を汚染し、労働者に多くの病気を引き起こした。労働者は、情報がRCAとその親会社に管理されていたために、そのような危険な化学物質に曝露していることを知らなかった。
- 化学物質への曝露によって労働者が被った損害は非常に特別である。因果関係は、疫学などの科学的調査研究を通じて入手されるデータによってしか確立することができない。それゆえ、労働者は期限内に自らの権利を行使するものと期待されるべきではない。
- RCAは、その労働者に対する注意義務を無視しただけでなく、可能性のある危害を彼らに知らせることを怠り、それを知った後に関連する証拠を隠蔽し、資本の削減や資産の海外移転によって悪意のある債務逃れさえ行った。RCAは、その工場で使用された化学物質のリスト、それらがどれだけ使用されたか、どのように廃棄されたか、どれだけの期間使用されたかに関する情報を提供したことがない。これは、労働者に関する疫学的調査が因果関係を判定するのに十分なデータを得られない結果につながり、また訴訟を提起する被害者の能力を妨げた。
Q7. 5人の原告が裁判所によって退けられたのはなぜか?
A7. 2人のグループA労働者は、彼らが罹患した病気がRCAにおける化学物質曝露と関連していることを証明できなかった。1人は、RCAにおける雇用の証拠を示せなかった。1人のグループB2労働者は、RCAに11日間しか雇用されていなかった。1人のグループC労働者は、6日間雇用されただけだった。裁判所は、彼らの健康被害がRCA工場で使用された化学物質と関連していると認めることはできないと考えた。
台北地方裁判所によるプレスリリース
https://www.judicial.gov.tw/tw/cp-1888-139194-6cf4d-1.html
ポール・ジョバン・陳信行・林宜平氏による
第一陣差し戻し審高裁判決の速報的解説
闘いには上り下りがある。昨年12月は上り坂で、地方裁判所は第二陣1,100人の原告に対して素晴らしい判決を下した。しかし今日[2020年3月6日]は明らかに下り坂だった。
今朝11時、2018年の最高裁判所の決定により再審理のために高裁に差し戻された[第一陣のうちの]246人の原告に対する台湾高等裁判所の判決があった。裁判所で裁判長は判決の主文を読み上げた。彼女の声はかろうじて聞こえる程度だった。その文章は重要なポイントをはっきりさせるのではなく、まだ手渡されていない付属文書を参照してばかりいたため、その場にいた弁護士らも理解できなかった。判決に関する10頁のプレスリリースを入手するのに午後5時まで待たなければならなかった。内容は非常にがっかりさせるものだった。
RCAとその親企業による補償を認められたのは24人の原告だけだった。これは死亡した10人の元労働者の親たち(グループA原告)で、合計1,470万台湾ドル[約5,150万円](1家族平均147万台湾ドル)認められた。加えて、がんまたは重大な病気をもつ(グループB原告)14人の原告が合計4,000万台湾ドルを受け取る(1人平均280万ドル[約980万円])。
しかし、大多数の原告の訴訟はたんに却下された。これは、がんまたは他の重大な病気をまだ診断されてはいないが、RCAで働いている間に明らかに多くの有害化学物質に曝露した者たちである(グループC原告)。2018年8月の判決で最高裁判所は、彼らの場合は補償の適格性について法が要求する程度に危害が生じていることを証明するのに十分な証拠を欠いているとした。それゆえ最高裁は、さらに証拠を検討して、実際の損害の存在がより強固に確立できるようにするために、彼らの訴訟を下級審に差し戻したのだった。
これは原告側弁護士にとって大きな挑戦だった。差し戻し審において数人の優れた専門家が、所見による専門家意見や法廷における証言を通じて、なぜ様々な化学物質のカクテル[混合]がDNAに影響を及ぼし、不可逆的な結果をもたらし、がんまたは他の重篤な病気のリスクを著しく増大させるのか、たくさんの証拠を提出した。これら原告の多くは(繰り返される流産など)心的外傷体験や、(卵巣嚢胞など)様々な健康問題を経験している。しかし高等裁判所の裁判官は、今日のプレスリリース中の以下の2パラグラフをもって、彼らの訴訟を却下してしまった。
2. まだ明らかな病気に罹患していないグループCの場合、彼らが提出した証拠は、どのような細胞機能が影響を受け、サブ細胞レベルの染色体にどのような損傷が起こったか、どのような種類の変化がDNA配列の完全性を破壊して組織や器官の損傷、代謝異常、機能不全や病理変化、もしくは病気やがんのリスクの増加につながったのかを正確に示す客観的医学的判断の根拠があることを証明するのに十分ではなかった。それゆえがんその他の病気についてリスクが実際に上昇させられたとしても、原告の身体と健康に対する危害はまだ生じていない。したがっていかなる補償もあらかじめ先に認めることはできない。
台湾高等裁判所によるプレスリリース
3. また、確認されたグループA及びB原告が罹患したもの以外の病気に罹患し、かつ、曝露期間が短すぎるグループCの労働者については、RCA自救協会によって提出された証拠は、これらの労働者が罹患した病気が、彼らのRCAでの雇用期間中の化学物質への曝露によって引き起こされたことを証明するのに十分でない。係争中の化学物質との間に何らかの因果関係を認めることは困難である。
https://www.judicial.gov.tw/tw/cp-1888-178109-854f0-1.html
われわれはまだ判決全文を受け取っておらず、現時点ではこうした決定に至るの裁判官が使った理由付けがわかっていない。われわれは次のステップについて原告や弁護士らと徹底的に話し合う予定であるが、再び最高裁判所に上訴する可能性がもっとも高そうである。