「産業医制度の在り方に関する検討会報告書」受け省令改正へ-産業医制度の改善進むか?●厚生労働省
産業医って何する人?
「産業医」とは何をする人?という質問にどう答えるか。たぶん人によりかなりの差があるだろう。大きな工場で働いている人、営業職で外回りの仕事に毎日を費やしている人、小さな町工場で働いている、あるいは市役所で働く公務員、答えはバラバラになるのではないだろうか。
辞書でひくと「職場で労働者の健康管理に当たる医師」(大辞林第三版)と出てくるが、大工場なら常勤のお医者さんがいてその人が産業医というわけだが、中小企業なら近隣の病院長などが非常勤で務めていたりして普通に働いている労働者には知られていないかもしれない。法令通りに月1回以上開かれる衛生委員会に産業医が出席していたら、少なくとも衛生委員になっていたらわかるけれど、実際には名前だけ届け出ている産業医だったりすると、総務の担当者以外は誰も知らなかったりする。
小規模な事業場なら法律上産業医の義務付けがないので、いないのが普通だし、事務的な仕事が主な業種の事業場なら、かなり規模が大きくても活動が意識さえされていない場合も多い。
というわけで、ひとくちに産業医といっても、所属する職場の業種や規模によって、そのイメージはずいぶんと食い違うのだ。
ところが職場の状況はというと、長時間労働による健康障害が問題になって、医師による面接指導実施が法律に位置づけられたのが2005年、一昨年12月からは、メンタルヘルス対策の強化として、ストレスチェック制度が創設され、医師の職務として健康保持のための措置や高ストレス者に対する面接指導が新たに加わった。産業医制度は、活動の実態そのものにいろいろな課題を抱えているにも関わらず、職場の側からのニーズが高まり、ここ10年余りのあいだに仕事がずいぶん増えたことになる。
このような状況にあって厚生労働省は、2015年9月に「産業医制度の在り方に関する検討会」を設置し、昨年12月に制度改正を方向付けるべく報告書をまとめた。
ここでは報告書の内容にふれ、現在の産業医制度の課題を考えてみたい。
増えた産業医の職務
産業医の職務は、次の事項で医学的専門知識を必要とするものとされている(労働安全衛生規則第14条第1項)。
- 健康診断及びその結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること。
- 時間外労働が月に100時間を超え疲労の蓄積が認められる労働者に対する面接指導等の措置に関すること。
- ストレスチェックの実施と高ストレス者への面接指導とその結果に基づく措置等に関すること。
- 作業環境の維持管理に関すること。
- 作業の管理に関すること。
- 1~5の他、労働者の健康管理に関すること。
- 健康教育、健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること。
- 衛生教育に関すること。
- 労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること。
「労働衛生の3管理」は、作業環境管理、作業管理、健康管理の3つというのは、労働安全衛生の教科書に出てくるが、1と4と5がそのことで、かつてはそれに教育と原因調査を含めたのが産業医の職務だった。そこへ過重労働対策とメンタルヘルス対策の追加により、2と3が加わったということになる。
産業医はそのほかに、「少なくとも毎月1回作業場を巡視し、作業方法又は衛生状態に有害のおそれがあるときは、ただちに労働者の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない」(安衛則第15条第1項)とされている。
また、産業医は衛生委員会の委員でもあるので、月1回以上開催される衛生委員会に出席をするのが原則ということになる。
産業医の選任は常時労働者数50人以上で義務付けられており、1,000人以上(一定の有害業務では500人以上)で専属でなければならず、3,000人以上では2人以上選任することとされている。
以上のことから、一般的なケースを想定すると、労働者数50人を超えた中小規模の事業場であれば、産業医は近くの医療機関の医師に嘱託で就いてもらい、月に一度の衛生委員会への出席と職場巡視をして、そこに長時間労働者の面接指導、ストレスチェックの実施への関わりと面接指導とそれに伴う措置を行うということになる。
結局は事業場の姿勢と産業医スキルの兼ね合い?
いつもは自らの医療機関で日常の診療をこなしながら、月に1回若しくは数回受け持ちの事業場に出向いて、産業医活動をするというのは、その医師の経験、一般的な医学知識と産業保健にかかわるスキルの多寡によりかなり差が出ることが想像できる。そこに加えて、何より事業主が産業保健や安全衛生を経営の中にどう位置付けているかという決定的な要素が加わるので、結果としての産業医活動は、大きな差が出てくることとなる。
今回の報告書では、産業医活動の現状について、検討会で行われた事例報告とそれをめぐる議論が行われ、そこから得られた方向性を結論として列挙するというかたちをとっている。
結論の要約は次のとおり。
- 長時間労働者の健康管理が的確に行われるよう、長時間労働者に関する情報を産業医に提供することを義務付け。
- 健診の異常所見者について、就業上の措置等に関する意見具申が適切に行われるよう、労働者の業務内容に関する情報を産業医等に提供することを義務付け。
- 健康診断や面接指導に加え、治療と職業生活の両立支援対策も産業医の重要な職務として明確に位置付け。
- 事業者から産業医へ一定の情報が提供される場合について、産業医による職場巡視の頻度を変更可能とする。
- 事業場の状況(規模、業種、業務内容等)に応じて、産業医、看護職、衛生管理者等の産業保健チームにより対応することが重要であり、具体的に取組方法等を示すこと。
この中で注目されるのは、事業者から産業医へ一定の情報提供がある場合について、職場巡視の頻度を一律月に1回としているのを隔月等にすることができるようにするとしていることである。何か職場巡視を軽視するかのようにも読み取れる可能性があるが、検討会での議論はそうでもない。報告書での記述は、次のようなものだ。
「過重労働による健康障害の防止、メンタルヘルス対策等も重要となっており、また、嘱託産業医を中心により効率的かつ効果的な職務の実施が求められている中、これらの対策に関して必要な措置を講じるための情報収集の手段として、職場巡視とそれ以外の手段を組み合わせることも有効と考えられる。」
そして、衛生管理者による週1回の職場巡視の結果や一定の情報が産業医に提供され、事業者の同意を条件として、隔月の職場巡視も可能とするものとしている。
情報少ない50人未満対策
また、検討会では、50人未満の小規模事業場の産業保健支援策についても、テーマとされていた。
低調なまま推移している地域産業保健センターの活動については、様々な小規模事業場の取り組み事例がありながらも、それらが集積されて次の活動に活かされるという作業がないことについても指摘がなされていた。
いまの地域産業保健センターの主な業務として一般に認識されているのは、産業医のいない小規模事業場での長時間労働者への医師による面接指導を行うことに加え、ストレスチェック制度実施後は、高ストレス者への面接指導も業務のひとつとされている。しかし、長時間労働者もさることながら、職場の高ストレス状況を抱える労働者に対し、その事業場の産業医でもなく、もちろん職場巡視もしたことのない地産保の医師が、事業者に対してどのようにアドバイスできるのかという矛盾を抱えたままの活動であることも報告された。
小規模事業場の産業保健について、出てきた議論で注目されるのは、50人以上に比べて産業保健に関する情報収集が少なすぎることが指摘されたことだ。過重労働による労災認定は、大手企業に限った話ではなく、むしろ産業医の手の及ばない50人未満事業場で起きていることが多いのだから、この点は深刻だ。そもそも事業場規模別の過重労働による労災認定データさえ、整えられていないことが問題といえるのではなかろうか。
そもそも過労死の労災認定を経験した立場から言えば、労働時間の捕捉さえできていない職種や小規模事業場では、産業医の手が及んでいないという事実関係があるのであって、この点を抜きに産業保健制度の抜本的な改正はなかなか進まないのではないだろうか。
ただ、検討会で紹介されたフランスの労働医制度が、事業場規模に関係なくすべての労働者に手が及ぶ制度となっていることは、大いに参考になると考えられる。
効果のある産業保健制度へ
産業医制度をめぐる議論は、これまでも各種の検討会で繰り返されてきたところだ。産業保健をめぐる意識は徐々に向上してきているのは確かだし、かつてに比べたら産業医という言葉もマイナー度は少なくなったともいえる。しかし、職場の労働者の現状は、非正規労働者、請負構造、働き方の変化などますます複雑化し、産業保健施策の行き届き方が問題となってきている。今回の報告は、現状についてのレビューの意味合いも大きく、これからのさらなる改正への議論こそが必要といえる。
産業医制度の在り方に関する検討会報告書・参考資料 2016年12月
これを踏まえた労働安全衛生規則等の改正は、2017年6月1日施行
記事:関西労働者安全センター(西野方庸)
安全センター情報2017年5月号