トラック運転手の適応障害に労災認定。精神障害既往歴ありでも認定/静岡
記事/問合せ:名古屋労災職業病研究会
傷病手当打ち切りで、退職か復職かの苦境
静岡ふれあいユニオンの小津満夫さんから40代の女性トラックドライバーのAさんについて相談を受けたのは2018年9月末だった。相談の内容は、ユニオン組合員のAさんが、勤めている運送会社の同僚からのパワハラが原因で2017年2月に自律神経失調症と不安障害を発症してしまった。療養中にもかかわらず9月に傷病手当を打ち切られてしまい、会社からは退職か ドライバー 復職かを迫られている。病は治っておらず、復帰は難しい状態で、司能ならば労災保険の請求をしたいというものだった。小澤さんからは、Aさんが自身の受けたパワハラの内容を時系列にまとめた手書きの書面がファックスされてきた。
10月初旬、静岡市内のユニオン事務所でAさんとの面談を行った。Aさんとの面談で、Aさんが運送会社でのパワハラにより自律神経失調症と不安障害を発症する前から、過去に交際していた男からの暴力が原因で発症したPTSDなどの治療のため、自宅近くのメンタルクリニックに通院していたことがわかった。Aさんによると同僚からのパワハラを受けることになった運送会社に入社する2016年6月前にはすでに仕事に差しさわりのない状態になっていたということだった。
Aさんは、高校を卒業して免許証を取得してからずっとドライパーの仕事を続けてきた。
Aさんが受けたパワハラ
Aさんは、2016年6月に静岡県内に事業所を置く、関東地方の運送会社に主に飲料などを配送するトラックドライバーとして入社した。入社後、6月1日から同月28日までX1運転手の助手として同乗した。X1運転手が始終電話で他の同僚と話をしていたため、Aさんが運転をしていた。X1運転手からは一切指示がでず、トイレに行ったり、食事をしたりする時間もない日が続き、ついには尿取りパットをして仕事に行き、運転中に用を足す、屈辱的な状況に置かれたということだった。Aさんはこの助手期間中に尿道結石で救急車を呼ぶことがあり、その後、膀胱炎で通院した。
Aさんはこの頃、営業所長に勤務中に食事をしてはいけないのかと聞いたところ、1人で乗務すれば食事ができるようになると言われるのみだった。
2016年7月より1人で乗務するようになったが、X2という入社10年の運転手より乗車中に電話をかけられ、1日中業務とは関係ないこと、会社や同僚の悪口を聞かされることがはじまった。
X1がAさんに仕事を教えないことから、X2の仲間に入れられることになった。X2からの電話はAさんだけでなく、他の新人運転手、X3、X4、X5もAさんと同時に多者電話につながれ、仕事中にX2より同じことを聞かされていた。X2の恒常的な長時間電話はAさんの休職まで続いたが、X2が怒りやすい性格だったため電話を受け続けるしかなかった。集中力のいる運転中に電話に出ることを強要され続けていた。
2017年1月には、X2に関する悪評判が社内に広まったことから本社部長による事情聴取がX2本人と他の関係者に行われた。X2は社内で悪評判が広まったことをAさんの責任と一方的に決めつけ、本社、営業所などへのX2への悪評判を撤回することと、謝罪をAさんに求めるようになった。仕事中にAさんがX2からの電話に出ないと「謝れ、白か黒しかないんだよ。女のくせに目にあまる」などと毎日のように怒鳴られた。営業所長に相談をしたものの取り合ってもらえず、本社組合副委員長に相談しても取り合ってもらえなかった。
トラックの故障がAさんとX4にあるなどと噂を流されることがあったり、帰社して日報を提出するにも事務所に入れない日もあったりした。
2017年2月23日、行きつけのメンタルクリニックで自律神経失調症と診断され、3月より精神障害のため会社を休むことになったが、X2からの電話、メールを拒否し続けていたところ、仲間のX3がAさんの自宅にきたので警察を呼ぶこともあった。その後もX2がAさんの自宅の近所を歩いていたことがあったり、4月にAさんの母親宛てにX2よりかわいい女性など業務と関係のないおかしな手紙が届いたり、7月にはX2より内容証明郵便が届いたりした。
これらの出来事はAさんが受けたパワハラの一部に過ぎないが、面談の最中、「とにかく1日中電話され話をされるのがたまらなかった。そのことにより精神がやられてしまった」と言っていたことが印象に残った。筆者は留学後、英語を生かして働こうと商社に入社したが、輸入飼料の仕入れ担当者をしていた頃、緊急配送が必要なときは自身で4トントラックを運転し、長野や群馬、栃木などまで行っていた経験があり、集中を要する大型トラックを運転しながら1日中電話をすることはずいぶん神経をすり減らすことだろうなと想像した。
長時間労働
Aさんとの面談の後、ユニオンの小澤さんとAさんの労働時間について検証した。さいわい、Aさんの運転日報は、運送会社と静岡ふれあいユニオンとの団体交渉により入手されていた。
Aさんが自律神経失調症等の診断を受ける前6か月間の時間外労働時間数を、会社から入手した運転日報をもとに診断日の平成29年2月23日を起点として30日ごとに算出すると以下のようになった。算出にあたって、運転日報上の休憩時間は除外したが、待機時間については労働時間と考えることから除外しなかった。
8月28日~9月26日(30日間)
128時間79分
9月27日~10月26日(30日間)
132時間17分
10月27日~11月25日(30日間)
138時間17分
11月26日~12月25日(30日間)
134時間6分
12月26日~1月24日(30日間)
105時間89分
1月25日~2月23日(30日間)
90時間13分
Aさんが自律神経失調症等の診断を受ける直前の1月25日から2月23日までの30日間の時間外労働時間数については90時間13分であるものの、その他の5か月間(8月28日から1月24日)については毎月100時間以上の時間外労働時聞があり、この状況は、心理的負荷による精神障害の認定基準の「業務による心理的負荷評価表」で示されている「出来事」としての長時間労働に該当し、心理的負荷の強度は「強」と評価することができることから、精神障害の労災認定要件を満たしていることがわかった。
Aさんは、2016年11月、12月の繁忙期に1日23時間労働を超えることもあり、本社配車室ヘ16時間労働、8時間休憩勤務を要求したものの、会社は「組合員ですか」と言うのみで対応してくれなかった。
長時間労働で労災認定が取れそうなことがわかったが、Aさんには精神障害の既往歴があり、その評価がどうなるか心配だったが、意見書を作成して島田労働基準監督署に労災請求することにした。
労災認定
2019年7月にAさんの労災が島田労基署により認定された。
労基署の調査官が作成した調査復命書を見ると、2017年2月23日に適応障害が発症したことが認められ、発症直前の3か月間の時間外労働時間が100時間を超え、業務内容もその程度の労働時間を要するものと認められた。また、2016年10月頃より同僚労働者より継続してセクシャルハラスメントを受け、加えて、2017年2月頃より同僚労働者から嫌がらせを受けていたことが認めらた。2016年11月に軽微な輸送事故があったことも認められた。
発症直前の3か月間の時間外労働時間が100時間を超えることについての出来事の心理的負荷の強度は「強」、2016年10月頃より同僚労働者より継続してセクシャルハラスメントを受けていたことについての出来事の心理的負荷強度は「中」、2017年2月頃より同僚労働者から嫌がらせを受けていたことについての出来事の心理的負荷強度は「中」、2016年11月の軽微な輸送事故についての出来事の心理的負荷強度は「弱」とされ、発症直前の時間外労働時間によって労災認定されたことがわかった。
精神障害の既往歴については、Aさんが運送会社に入社する前、5か月間のメンタルクリニックの診療録より、以前の精神障害は寛解状態に至っていたと判断され、よって、運送会社での業務上の出来事さえなければ、Aさんは適応障害を発症せず寛解状態を維持していた可能性が高いという判断だった。
なお、認定した時間外労働時間数については、労基署のほうが当初の筆者らの検証より長いこともわかった。労基署が認定したAさんの時間外労働時間数は以下のとおりだった。
発症前1か月 112時間
発症前2か月 128時間
発症前3か月 163時間
発症前4か月 149時間
発症前5か月 154時間
発症前6か月 159時間
安全センター情報2020年8月号