30年前の労災事故時の右膝前十字靱帯断裂の再発認定(右膝変形性関節症)。労基署、記録廃棄理由に不支給も杜撰調査判明し審査請求で認定/東京

記事/問合せ:東京労働安全衛生センター

Tさん(57歳・男性)がセンターに相談の電話をかけてきたのは、2018年7月のことだった。「右膝の怪我について再発申請を労基署に出したが、不支給決定を受けた。どうしたらよいか」とのことだった。

Tさんは、もともと東京の多摩地域で、ファーストフード・チェーン店(A社)の社員として働いていた。1989年、Tさんは勤務先の店内でメンテナンス作業中に転落事故に遭い、右膝の前十字靭帯を断裂。近くのT病院に入院して靭帯の移植手術を受けた。当然ながら労災として認定され治療を行った。その後もA社で働き続けていたTさんだったが、2017年頃から右膝に再び痛みが出はじめ、右膝の変形性膝関節症と診断された。そして、症状が悪化したため、2018年3月には患部の手術に踏み切った。

Tさんは2018年4月に、今回の変形性膝関節症は30年前の靭帯断裂が原因であるとの現在の主治医の意見をもとに、労基署に再発の申請を行った。しかし、労基署の判断は、再発と認めない不支給決定だった。

不支給決定の根拠は、第1に、Tさんの30年前の怪我(靭帯断裂)について、厚生労働省に労災に関する資料が残っておらず(労災記録の保存年限を過ぎている)、労災として認定されていたかどうか確認できないこと。第2に、靭帯断裂と現在の変形性膝関節症との医学的な因果関係を認めることができないこと、だった。

Tさんと相談し、私たちは東京労災保険審査官に対する審査請求に踏み切った。そして、30年前の怪我について、労災認定されていたことを証明する証拠を探した。Tさん自身の調査により、当時の主治医と連絡が取れ、「T病院に勤務していたときに、A社の店舗で転落事故を起こして靭帯断裂になった男性を手術した」 との証言を得ることができた。

さらに、事故当時に同じ店舗で働いていた元同僚とも連絡が取れ、「店舗での転落事故で靭帯断裂になり、労災で入院したTさんの見舞いにT病院に行った」との証言を得た。そして、その元同僚を通じて、当時の店長だった男性とも連絡が取れ、同様の証言を審査官にしてもらうことができた。

30年前の怪我と現在の変形性膝関節症との医学的な因果関係については、現在の主治医にあらためて意見書を依頼した。主治医は、「前十字靭帯断裂から再建した靭帯が、その後、不全状態となり、現在の変形性膝関節症につながった」 と医学的な因果関係を明確に認める主旨の意見書を新たに書いてくれた。

東京労働局での口頭意見陳述では、労基署に対して直接質問を行い、その調査の不備を追及した。Tさんは、労基署に30年前の主治医の名前を伝えていたが、労基署はこの主治医への調査を行っていなかった。また、A社への調査についても、人事業務を担当する外部業者への調査だけで、A社への直接の調査は行われていなかった。その結果、労基署はわずか3か月の調査で不支給決定を出していた。

そもそも、Tさんの30年前の労災記録が残っていないのは、厚生労働省が決めた文書保存期聞を過ぎたので記録を廃棄したという、労基署の一方的な都合によるものである。Tさんには過失や責任はない。労基署は、そうした事情を踏まえて、普段以上に慎重かつ丁寧に調査すべきなのに、ずさんな調査しかせずに、30年前の怪我は労災かどうか確認できないとして不支給決定者出していたのである。

最終的に私たちは、Tさんが収集した新たな証言(30年前の主治医や元同僚)や現在の主治医の新たな意見書などの新証拠をそろえ、Tさんの変形性膝関節症は再発として認定される要件を満たしていることを論証する意見書を、審査官に提出した。
この意見書の提出から待つこと約半年。2020年2月下旬に、審査官の決定が出た。決定内容は不支給決定を取り消し、変形性膝関節症について再発として労災認定するというものだった。

審査官は、30年前の靭帯断裂について、負傷した時期を特定するのは困難としつつも、新たな証言を踏まえて、店舗でのメンテナンス作業中の事故で負傷した労災であると判断した。そして、現在の変形性膝関節症についても、主治医の意見や東京労働局の地方労災医員(鑑定医)の意見などを踏まえ、加齢による膝関節症ではなく30年前の負傷が原因のものであるとして、医学的な因果関係を認めた。

こうして最初の再発申請から約2年かかって、ようやくTさんの変形性膝関節症は労災として認定された。いま、Tさんは労災として治療を続けながら、職場復帰に向けて会社側と協議している。

労基署がもっと丁寧に調査をしていたら、Tさんが労災認定を求めて2年も苦労することはなかったと思う。労基暑に対して、労災被災者の迅速な救済という労災保険法の主旨に沿った取り組みを、あらためて強く求めていきたいと思う。

安全センター情報2020年8月号