アーンドラ・プラデシュ州政府の調査が安全と大規模汚染を無視したLGの無謀な製造を明かす-責任は親企業に拡張されるべき(2020年7月9日)
目次
主な調査結果
アーンドラ・プラデシュ州政府は、2020年5月のLG惨事を調査するためにハイパワ-委員会(HPC)を設置した。HPCは2020年7月6日に4千頁の最終報告書を公表した。この要約は、以下の調査結果を含めた329頁の主要報告書のなかで示された、LGに関連した措置と勧告に主な焦点を置いている。
- LG惨事は、工場から200メートルのところに所在する住宅地域に、約800トンのスチレンを漏えいした-世界最大の漏えい事故だった。
- HPCは、「過失のゆえにインドの施設に適用されてきた厳しくない基準が、結果的にこの災害につながった」と指摘して、韓国とインドにおけるLGの事業の間のダブルスタンダードの可能性を提起した。
- LGのスチレン漏えいは、重大な水質と土壌の汚染を引き起こした。周辺地域の井戸の「もっとも汚染されていない」水源でも、WHOガイドラインの87倍高いレベルのスチレンに汚染されていた。Narava Kota Reservoirの「もっとも汚染されていない」サンプルでも、カナダの農地基準を千倍以上違反していた。
- スチレンを漏えいしたタンク(M6)は、50年以上前に作られたもので、有毒化学物質ではなく蒸留酒を貯蔵するために設計されたものだった。HPCは、「M6タンクは、スチレンの保管のためにはあらゆる点で設計が劣っていた」と指摘している。
- LGは、2019年12月に政府の許可を得ることなしにM6タンクを改造したことを認めており、それが漏えいの可能性を高めるとともに、委員会の見解によれば、「惨事の種をまいた」。
- LGは、重要なスチレンタンクの冷却システムを午前8時から午後5時の間だけ、手作業で稼働させていただけだった。HPCは、「非科学的、ヒューマンエラーにつながりやすく、プロセスの安全に関して容認できない」と言って、この慣行を批判している。
- HPCは、「LGポリマーズはいかなるプロセス安全管理システムももっていない」と言って、LGを非難した。委員会は、「LGポリマーズによる緊急時の対応は不適切だった」と結論づけた。
- LGは、地域社会に対して、致死的な漏えいについて警告しなかっただけでなく、いかなる救助・避難活動もしなかった。「通常の慎重さのある合理的な者であれば、近隣住民の生命を救うために緊急サイレンを鳴らしただろう」。
- HPCは、LGは「事故によって引き起こされた損害の補償に絶対的に責任がある」と指摘した。汚染者負担原則と予防原則により、損害に対する絶対責任は、汚染の被害者を補償するだけでなく、事故によって生じた環境の悪化を回復する費用にも拡張される。
- HPC調査結果から導き出されるべき対応には、以下が含まれる。①惨事に対する責任には親会社のLG化学が含まれ、②包括的な健康監視と補償が適用されるべきであり、また、③厳格な環境モニタリングとクリーンアップが実施されるべきである。
はじめに
2020年5月7日早朝インド・ヴィシャ-カパトナムの、韓国のLG化学が所有するポリスチレン製造工場LGポリマーズが、近隣の住宅地域に大量の有毒スチレンガスを漏えいし、12人を殺し、数百人を病院に送るとともに、約2万人の不安な避難を引き起こした。政府当局者は汚染の懸念から、住民に対して、地下水を利用したり、この地域でとれた食物を食べないよう警告した。
CCTV(監視カメラ)の映像は、ガスの厚い雲と、逃げ出そうとして崩れ落ちる人々を映していた。恐ろしいビデオ映像や写真が犠牲者や必死の避難場面をとらえていた。
2020年5月8日、アーンドラ・プラデシュ州政府は、LG惨事を調査するために、9人の委員からなるハイパワ-委員会(HPC)を招集した。州はHPCに以下の付託事項を割り当てた。
- 会社がすべての安全プロトコルを遵守していたかどうか検証することを含め、漏えいの原因
- もし何かあれば、周辺の住民に対するガス漏えいの長期影響があるかどうかの調査
- ヴィシャーカパトナムにおけるガス漏えいに関して何らかの過失があった場合に、政府が施設に対してとるべき提案される対策の勧告
- 将来このような災害を防止するために、安全監督を含め、産業諸部門がとるべき措置の提案
- 同様の工場に対する何らかの観察や提案があれば、それらも報告書に含めること
この要約は、HPC報告書全体をカバーするものではなく、その代わりに、LGに直接関連した4つの主要領域-①無謀な製造慣行、②無責任な管理、③不適切な緊急時対応、④規制違反と責任-に焦点をあてている。
無謀な製造慣行
HPCの調査は、LGが、時代遅れの機器、監視の欠如、誤った基準や規制の違反を含め、危険な慣行の長いリストをもっていたことを明らかにした。
- 古いタンク:漏えいしたスチレンタンク(M6)はもともと有毒化学物質ではなく、蒸留酒を貯蔵するために設計されたものだった。このタンクは、50年以上前に作られたもので-設計寿命を超えており、機械的完全性について評価されたことは一度もなかった。報告書は、「およそ50年も前に作られたタンクに有害化学物質を貯蔵するのはきわめてリスキーな判断である」と指摘した。
- 監督を受けていないタンク:LGは、スチレン貯蔵タンクが最後に清掃されたのが2015年だったことを認めており、それがスチレンの重合の触媒となり漏えいさせることのできる汚染物質の蓄積につながった可能性がある。それに対して、工業基準は、清掃、監督、及びポリスチレンの蓄積を防止するために貯蔵タンクの2年ごとのコーティングを勧告している。LGは、委員会が「とても気になる」と表現した、スチレンガスを漏えいさせたひびがM6タンクの一部にあったことを認めている。
- タンクに用いられた劣った物質:LGのタンクは、裏地付炭素鋼ではなく軟鋼で作られていたことから、工業基準に違反していた。電気設置を提供するためのケイ酸亜鉛ライニングによるコーティングもされていなかった。HPC報告書は、「M6タンクは、スチレンの保管のためにはあらゆる点で設計が劣っていた」と指摘している。
- スチレンガス回収システムの欠如:スチレンタンクの工業基準には、スチレンガスが漏えいしないようにするための回収・封じ込めシステムが含まれる。LGのタンクは、それらの安全システムをもっていなかった。
- 政府の許可なしの改造:LGは、2019年12月に政府の許可を得ることなしにM6タンクを改造したことを認めた。同社は、それは「配管の変更だけだった…」から許可は必要なかったと主張した。HPCは、それが上部ではなくタンクの底の冷却されたスチレンのなかに管を通したものだったことから、この改造は効果的な冷却を弱体化させたと指摘して、これを「決定的に間違った評価」と呼んだ。これはスチレン漏えいの可能性を高めるとともに、委員会の見解によれば、「惨事の種をまいた」。
- 不十分な温度監視:工業基準は、タンクの様々な場所4~5か所での温度調査を求めている。それに対して、M6タンクは、タンクの底1か所での温度調査しかなく、タンクの中心や上部での温度の危険な上昇の可能性を操作者がわからないようになっていた。
- 間違った温度基準:LGは、その標準手順がスチレンの温度を35℃以下に保つことであったことを認めた。HPCは、これは「いかなる文献によっても支持されておらず」、スチレンの漏えいまたは爆発の可能性の増大のゆえに、最高温度25℃を要求している工業ガイドラインに違反している。
- 温度警報の欠如:HPCは、漏えいまたは爆発する前に予防対策の必要性を知らせることのできる温度警報を、M6タンクがもっていなかったことを見出した。
- 冷却システムの間違った稼働:LGは、重要なスチレンタンクの冷却システムを、午前8時から午後5時の間のみ、手作業で稼働させていただけだった。HPCは、「非科学的、ヒューマンエラーにつながりやすく、プロセスの安全に関して容認できない」と言って、この慣行を厳しく批判した。委員会は、「気温がほとんど20℃から36℃の間という、ヴィシャーカパトナムのような場所では、タンクのすべてのレベルで温度を20℃以下に確保するために、継続的に冷却システムを稼働させることが不可欠である」と指摘した。HPCがLGにこの危険な慣行を韓国の製造設備でも用いているのか聞いたところ、同社は答えなかった。HPCは、自動冷却システムの欠如が「ヒューマンエラーと反応性ハザードの開始を許し、有毒ガスの雲の漏えいにつながった」と述べた。
- 間違った抑制剤監視手順:スチレンが重合して漏えいするのを防ぐために、スチレン貯蔵タンクにはTBC(p-第三-ブチルカテコール)が追加される。標準的工業基準には、毎日タンクの上部と底部でのTBCレベルの監視と必要なレベル調整が含まれる。それに対して、LGは、4日に一度、M6タンクの底でしかTBCレベルを監視していなかった。
- 抑制剤の追加の欠如:LGは、スチレンはすでにTBCが追加されて来ているから必要がなかったと主張して、スチレンタンクにTBCを追加していないことを認めた。HPCは、この慣行が上述した操作の誤りと結びついて、操業をスチレン漏えいから著しく脆弱にした、と同社を批判した。
- 手持ちの抑制剤備蓄の欠如:TBCは、スチレンの漏えいにつながる暴走タンク状態が生じた場合に必要だが、調査結果は、5月6-7日にLGが工場にTBCの在庫をもっていなかったことを示した。インド国家災害管理局は5月8日に工場にTBCを空輸しなければならなかった。
- 溶存酸素監視の欠如:スチレンの重合とスチレンの漏えいまたは爆発の可能性を抑止するためには、酸素とTBCの両方が必要である。しかし、LGは、そのいかなるタンクにも溶存酸素監視システムをもたず、HPCは、この慣行を「容認できない」と呼んだ。
- 間違ったポリマー含有量基準:スチレンが貯蔵タンクの中で重合しないよう確保することが決定的に重要である。委員会による質問のもとで、LGは、ポリスチレンについての彼らの最大汚染限界が1,000ppmだったことを認めた。同社は後にその回答を500ppmに変更した。しかし、HPCは、どちらの基準も、いかなるガイドラインによっても指示されていないと指摘した。より問題なのは、LGがポリマー汚染を、安全測定としてではなく品質測定とみなしていたことである。HPCは、プロセス安全にとっては500ppm基準のほうが相対的に適切だろうと指摘した。
- タンク混合の欠如:HPCは、タンクに混合手順を通常行っていなかったと指摘した。この過失は、通常の製造を中断させたCOVID-19ロックダウン期間中にとりわけ重要になった。HPCは、混合はタンク内での局所加熱を最小化するとともに、均一な涼しい温度を維持するのに役立つと指摘した。
- ロックダウン状況への調整の欠如:COVID-19ロックダウン期間中、LGは、アイドリング状態の影響を考慮することなしに、ただ標準的操業手順に従い続けただけだった。HPCは、これを「無責任」と呼んだ。
要約してHPCは、LG惨事は「劣ったタンクの設計、不適切な冷凍・冷却システム、循環・混合システムの欠如、不適切な測定パラメーター、不十分な安全プロトコル、不十分な安全意識、不適切なリスクアセスメントと対応、不十分なプロセス安全管理システム、管理のゆるみ、従業員の不十分な知識、とりわけアイドル状態での貯蔵中の、スチレンの化学特性に関する不十分な知識」によって引き起こされたと結論づけた。
無責任な管理
政府による調査は、インドのLG施設における驚くべきビジネス管理の欠如を明らかにした。HPCは率直に言った。「LGポリマーズのトップ、中間及びシフト管理者には知識と能力が不足していた」。例えば、同社の化学技術的焦点にもかかわらず、大部分の監督者は資格をもった技術者ではなかった。委員会は、技術的な「意思決定の経験と能力が、スチレンのような有害化学物質の処理中の重要な問題に対処するうえで重要である」と指摘して、この慣行を批判した。
LGポリマーズは委員会に、26人の化学技術者を含む従業員のリストを提出した。しかし、報告書は、そのうちの17人(65%)は訓練生で、「必要な経験をほとんどもっていなかった」と指摘している。ほかの5人の技術者はスチレン・プラントの操業に限られた経験しかもっていなかった。HPCは(技術者の1人として挙げられた)技術的アドバイザーにスチレン漏えいの原因に関する意見の提出を求めたが、回答は「彼らの調査チームはまだ原因をみつけていない」というものだった。
この管理の過失の責任は最終的に親企業にある。LG化学は、その完全子会社が標準的な工業慣行と法令の要求事項にしたがって行動するのを確保することに責任を負っている。
LG管理者は:
- 「事業の再開にあたって、すべての労働者の健康と安全を確保するために、情報、指示、訓練及び監督を提供・確保することに失敗した」。
- 「プラント・システムを労働者の健康へのリスクなしに安全であるよう提供・維持することに失敗した」。
- 事業再開前に、何らかの潜在的ハザーズを確認するための再開前安全レビューを行わなかった。
- 緊急時の手順を含めた全社的な安全訓練プログラムを実施するすることに失敗した。
- 資格のある安全担当者や臨床医を雇用しなかった。
- 工場指導・労働研究所総局(DGFASLI)によるスチレン取り扱いの資格をもった監督者をもっていなかった。これは工場法セクション41-C(b)違反である。
- 有害化学物質製造・保管・輸入規則の規則10によって要求されている安全報告書を作成していなかった。
- 労働安全衛生局(DISH)によって承認されたオンサイト緊急時計画をもっておらず、また、計画は、スチレン漏えいの可能性を無視していた。委員会は、LGの計画は「緊急事態のシナリオのひとつとして貯蔵タンクからの有毒ガスの雲の漏えいを捕らえておらず、いかなる手順・基準も用意されず、工場の既存のオンサイト緊急時計画に示されてもいなかった」と指摘した。
- スタッフにオンサイト緊急時計画に関する訓練をしておらず、それは「オンサイト緊急時計画プロセスの全体をだめにした」。
- それが設置され、蒸留酒貯蔵タンクからスチレンを貯蔵するものに変更される前に、M6タンクについて、要求されているリスクアセスメントを提出していなかった。
- 別の主要なスチレンタンク、M5についても、要求されているリスクアセスメントを提出していなかった。
- (上述したように)政府による許可・承認を得ることなしに、スチレン漏えいのリスクを高めるやり方で、M6タンクを改造した。
要約してHPCは、LGは工場法とアーンドラ・プラデシュ州工場規則に違反したと結論づけた。簡単に述べてHPCは、「LGポリマーズはいかなるプロセス安全管理システムももっていない」と宣言した。これは、LG化学に対する検討が不十分であり、自らの労働者の安全衛生と操業している国・地域に対する親企業の無視を説明している。
不適切な緊急時対応
LGの無謀な製造慣行と無責任な管理は、無秩序で致命的な結果をもたらした。政府による調査結果は、「LGポリマーズによる緊急時の対応は不適切だった」と結論づけた。
役に立たない緊急時計画:LGの緊急時計画は、スチレンガス漏えいではなく、火災その他の災害緊急時のためだけに用意されていたために、役に立たなかった。結果的に、火災がなかったにもかかわらず、同社関係者らは、火災緊急時の対応を行った。HPCは、同社は緊急時計画においてスチレンの有害な特性を無視したと指摘して、LGを批判した。
一般の人々への注意喚起の欠如:LGは、一般の人々を緊急事態の場合に準備させるための、地域社会における緊急時注意喚起または模擬訓練を実施していなかった。その結果が、死亡、傷害、そして無秩序な避難だった。
警報の遅れ:LGの夜勤責任者は委員会に、スチレンの雲が急速に拡散したために、従業員はタンクから300メートルより近寄れなかったと話した。この理由の一部は、同社がスチレンの検知器を2,200ppm-非常に高いレベルに設定していたからである。HPCは、従業員や地域社会がもっと早く警告されるようにするために、スチレン検出器は100ppmに設定されるべきであったと指摘した。
従業員の混乱:スチレンの大量漏えいの間、ほとんどのLG従業員はパニックに陥り、夜勤責任者は半錯乱状態だった。LGは、緊急事態に対処するために管理者がすぐに工場に到着したと主張したが、HPCは警察に、漏えい開始から数時間後の-午前5時前にLG関係者が到着していなかったことを確認した。調査結果は、「同社が効果的な対策を講じなかったために、暴走重合が24時間近く続いた」ことを示した。
地域社会への警報の欠如:LG工場には5つの緊急サイレンがあったが、地域社会に有毒ガスの漏えいを警告するために、同社はそれらのひとつも鳴らさなかった。あるLG管理者は、彼が工場に到着するまでに、人々が有毒雲から逃げようとしているのを見て、緊急事態がすでに宣言されていて、緊急サイレンを鳴らす必要はないと思い込んだと述べた。委員会は率直に、「通常の慎重さのある合理的な者であれば、近隣住民の生命を救うために緊急サイレンを鳴らしただろう」と結論づけた。
地域政府に対する責任の放棄:その有毒化学物質が近隣社会を汚染しはじめたことから、LGは「敷地外緊急時管理の一部としての彼らの責任を回避」し、すべての責任を地域政府に押し付けた、実際に工場の15人のLG従業員全員が「影響を受けた住民の援助をしようともせずに、事故現場から逃げ去った」。同社は、影響を受けた人々の避難または輸送を手配しなかった。代わりにボランティアが地元の警察官、消防局、その他政府機関とともに、近隣地域の2万の人々を避難させる救援活動に取り組んだ。住民らは、政府によって除染措置が実施された後、2020年5月11日に戻ることを許された。政府当局者はさらに人々に、床、窓や家庭用品の衛生措置についても知らせた。
講じられなかった重度軽減措置:HPCは、スチレン漏えいを速やかに低減させるために、LGは様々な措置を講じることができたと指摘した。それらには、抑制剤として機能し得る利用可能な化学物質のタンクへの注入やポンプを使ったそれらの循環が含まれた。委員会は、LGは「急速な重合を阻むために、スチレンに関する利用可能な具体的情報に加えて、彼らの基本的な技術的知見を活用しなかった」と指摘した。そうした措置が講じられなかったために、有毒なスチレンの漏えいが何時間も続いた。
要約して政府による調査結果は、「緊急時計画の全面機能停止があった」と結論づけた。LG化学は、その完全子会社であるLGポリマーズが、関連する法律を遵守するとともに、その操業の結果生じるあらゆる緊急事態に適切に備えているよう確保する義務がある。
有害な影響
LGの大規模スチレン漏えいは、様々なかたちで人間の健康と環境に影響を与えた。
人間の死亡と病気:LG惨事は、12人の死亡と585人の傷害を含め、深刻な短期人間健康影響を引き起こした。HPCは、多くの人々が意識不明または半意識不明に陥り、呼吸困難その他の健康問題をもったと指摘した。2万近い人々が-会社からの援助なしに、すべて政府の監督下で-惨事の間避難した。LGが惨事に関連したすべての費用を支払うべきであるけれども、アーンドラ・プラデシュ州が、死亡者の家族、治療を必要とする人々、影響を受けた村民及び所有する動物が死亡した人々に対する補償を進めた。こうした支払いは、LG化学によってアーンドラ・プラデシュ州政府に払い戻されるべきである。
長期人間健康影響:スチレンはおそらく人間に対する発がん物質であり、胎盤を通過し、様々な有害な影響をもっている。HPCは、アーンドラ・プラデシュ大学のリーダーシップのもとで、スチレン漏えいによって入院した585人の人々の健康監視を実施するための、県長官による計画に留意している。この監視はLG化学によって支払われるべきであり、また、当初入院しなかった人々においてさえ、何年も後に潜在影響が生じるかもしれないことから、地域全体に拡張されるべきである。
HPCは、スチレン曝露の長期影響がインド医学研究評議会(ICMR)によって調査研究されるべきであると提案している。しかし、この種の調査研究で機関を選択する場合には、ボパール惨事から学んだ教訓を考慮することが有用だろう。ボパールのサバイバー団体は、「有益な医学研究を実施するというその約束を果たしていない」ことについてICMRを非難してきた。2019年にICMRは、1984年のボパール惨事で暴露した女性に生まれた子供が先天性欠損症をもつ可能性が高かったことを見出した研究の発行を妨害した。ICMRは、この研究は設計が不十分で決定的ではないと結論づけた。しかし、ボパールの住民らは、この研究は2年以上にわたる連続した3回にわたる会議で承認され、ICMRの常設機関のひとつである国立環境衛生研究所(NIREH)によって行われたものだと指摘している。
動物の死亡:他の短期影響には、2020年5月7~9日の間における34匹の動物の死亡が含まれる。政府は農民に対して、生き残った動物のミルクを廃棄し、動物にスチレンに曝露したものは食べさせないよう助言した。HPCは、動物における長期影響も評価される必要があると結論づけた。
台無しにされた作物:園芸局は、LGプラント周辺半径5キロメートル以内における作物の50%の損害を報告し、農民は、消費には安全でないから作物を販売せずに、廃棄するよう助言された。
水質汚染:水の汚染の懸念から、6千帯以上が移動水タンカーによって消毒されるとともに、地域社会に飲料水の代替源が提供された。政府諸機関は共同で近隣の水源のスチレン汚染について試料採取を行った。結果は別表に示すとおりである。
HPC報告書は、レベルが9mg/L未満であることからデータは心配するものではないと示唆している。しかし、データは著しいスチレン水質汚染を示している。US EPAの飲料水最大汚染レベルまたはWHOガイドラインの双方を満たしたデータはなかった。Narava Kota貯水池では、スチレンのレベルはWHOガイドラインの188倍高かった。LGL工場近くに所在する貯水池は1.74ppmまたはWHOガイドラインの87倍高いスチレンに汚染されていた。G Appa Raoの家で測定された最低のスチレン・レベルでさえ、WHOガイドラインよりも9倍高かった。こうした結果は、LG化学によって支払われるべき、厳格な健康防護基準を用いた広域モニタリングや清掃の引き金となるべきである。
土壌汚染:政府諸機関は共同で、いくつかの地点における土壌中のスチレン汚染の試料採取を行った。結果は別表に示すとおりである。
データは、土壌中の総スチレン汚染を示している。工場のM6タンク近くで採取された試料でカナダのガイドラインを満たしたものはない。LGのタンク近くで採取したひとつの試料は、工業施設におけるスチレン汚染についてのカナダ閣僚評議会ガイドラインを11.9倍上回った。貯水池近くで採取した試料は農業ガイドラインよりも1,090~12,151倍高かった。G Appa Raoの住宅は、農業基準を7,313~14,278倍上回った。こうした結果は、LG化学によって支払われるべき、厳格な健康防護基準を用いた広域モニタリングやクリーンアップの引き金となるべきである。
規制違反と責任
委員会は、大規模スチレン漏えいの前及び間におけるLGの慣行をレビューして-そのほとんどが管理を原因とする-21の企業の失敗のリストを列挙した。これらには上述した、不十分なメンテナンス・設計、一貫性のないまたは足りない監視手順、現場抑制剤の欠如、従業員の能力の欠如、ポリマー含有量急増の無視や、いったんスチレンが漏えいしはじめてからのサイレンによる地域社会への警告の失敗が含まれた。
度重なる要請にもかかわらずLGは、インド以外の国の施設における標準的スチレン貯蔵慣行に関する何らかの文書を提供しなかった。PCは、「過失のゆえにインドの施設に適用されてきた厳しくない基準が、結果的にこの災害につながった」と指摘して、韓国とインドにおけるLGの事業の間のダブルスタンダードの可能性を提起した。
HPCはまた、LGはコスト削減を推し進めるとともに、「資格をもち技術のある者を雇わないようにしていた」ように思われると指摘した。例えば、彼らが受けた訓練がその肩書を正当化しないにもかかわらず、人々が技術者として指名されていた。HPCは、「能力をもち資格のある雇用者を欠く責任は直接経営陣にある」と指摘して、この状況に対する責任を直接企業に負わせた。
刑事責任:警察はインドのLG関係者に対する刑事訴訟を登録し、これまでに280人の証人を調べている。HPCは、警察が迅速に調査に着手して、必要な行動をとるよう勧告した。1日後、警察は12人のLG関係者を惨事に関連して逮捕した。社長兼CEOのSunkey Jeong(韓国人)、技術部長D S Kim(韓国人)、運営部長PPC Mohan Rao、スチレン監視の責任者K Srinivas Kiran Kumar、製造チームリーダーRaju Satyanarayana、技術者C Chandra Shekar、K Gowri Shankara Ramu、K Chakrapani、操作者M Rajesh、夜間運営担当者P Balaji、担当保安係S Atchyut及び担当保安係(夜間)K Venkata Narasimha Patnaikである。具体的嫌疑には以下が含まれた。セクション304第2部(殺人に相当しない過失殺人)、278(大気の健康有害化)、284(有毒物質に関する過失行為)、285(火災または燃焼に関する過失行為)、337(生命または個人の安全を危険にさらす行為による損害の発生)、及び338(生命または他者の安全を危険にさらす行為による重大な損害の発生)である。
工場法、有害化学物質の製造・保管・輸入規則及び化学物質災害(緊急時計画・準備・対応)規則の18の違反:こうした違反には、安全でリスクのない作業環境の提供・維持・監視の失敗、劣悪なタンク設計、訓練計画の欠如、従業員の不十分な知識、必要とされる温度の非維持、不適切なタンク[温度]測定、タンク内の混合の欠如、M6タンクへのTBCの未追加、溶存酸素の測定の欠如、ポリマー含有量の急増、公式な事業再開前安全レビューの欠如、プロセス安全管理またはシステム変更管理の未実施、緊急時におけるスチレン移動用バッファータンクの欠如、スチレン貯蔵タンクへのハザード情報ラベル表示の欠如、労働安全衛生局によって承認された資格のある臨床医の欠如、緊急時計画のスチレン漏えいシナリオの未考慮、オフサイト緊急時計画の未遵守、及び重大事故により影響を受ける可能性のある人々への情報の未伝達、が含まれた。
環境(保護)法違反:この法律は、「規定されているようにかかる手順に従い、またかかる防護措置を遵守した後を除いて、いかなる者も有害物質を取り扱い、また取り扱わされてはならない」と言っている。また、同法は、基準を超える何らかの環境汚染物質の放出があった場合にとられるべき対策を提供している。それに対して、LGは、大量のスチレンを漏えいして、人間と動物の生命の損失をもたらした。HPCは環境・森林・気候省に対して、LGの違反を検討して必要な行動をとるよう促した。委員会はまた、工場局やアーンドラ・プラデシュ州公害防止委員会などの他の規制機関も本法違反に対応した行動をとるかもしれないことを指摘した。
大気(予防・汚染防止)法違反:この法律によれば、工場を操業する者は誰も、州が設定した基準を超える大気汚染物質を放出、または放出を許してはならない。HPCは、LGはこの法律を遵守することに失敗し、アーンドラ・プラデシュ州公害防止委員会は「この遵守の失敗を検討」して、必要な行動をとらなければならないと指摘した。
水質(予防・汚染防止)法違反:この法律は、何らかの基準を超える何らかの有毒、有害または汚染物質の、何らかの水流、井戸または下水道若しくは土壌への汚染を禁止している。HPCは、LGは「大量のスチレンを水源に放出して、下水、水源や地下水源の汚染を引き起こしたが、それはLGポリマーズの重大な過失であり、飲料水の水源を含む水質汚染につながった」と指摘した。委員会はアーンドラ・プラデシュ州公害防止委員会に対して、こうした違反に対する行動をとるよう促した。
LG化学に対して絶対責任が適用されるべき
企業事故を取り扱うなかで2種類の責任原則が浮かび上がってきた。厳格責任[strict liability]と絶対責任[absolute liability]である。厳格責任は企業に責任を負わせ、補償を要求するが、一定の抜け穴が存在する。それには、とりわけ他人または自然災害によって引き起こされた事故が含まれる。それに対して、絶対責任は、地域社会にいかなる危害も引き起こさない義務を企業に課す。危害が引き起こされた場合には、いかなる例外も企業によって用いられることはできず、責任を確立するのに事故の原因は必要としない。換言すれば、あらゆる合理的な用心を講じてきたのだから責任を軽減すべきだと企業が主張することはできない。1990年にインド最高裁判所は、Charan Lal Sahu対インド連邦のボパール惨事関連訴訟において、絶対責任を用いることを支持した。LG災害においては、LGポリマーズ(インド)とLG化学(韓国)の双方に対して、とりわけ幹部の起訴、補償、医療費、健康監視や復旧を含め、絶対責任が全面的に適用されるべきである。
HPCは、こうした先例となる責任訴訟事例を指摘して、「予防原則のもとでLGポリマーズも引き起こされた損害の救済に責任がある。予防原則はさらに、汚染の発生者また環境に損害を引き起こしているLGポリーマーズが立証責任を負うという要求事項につながる」と明確に述べた。HPCはまた、同社に関して問題がどのように進むべきかについてもはっきりと述べた。「したがって、それは事故によって引き起こされた損害の補償に絶対的に責任がある。汚染者負担原則と予防原則により、損害に対する絶対責任は、汚染の被害者を補償するだけでなく、事故によって生じた環境の悪化を回復する費用にも拡張される」。
2017年のシカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネスのある研究は、汚染における企業の意思決定を検討して、解決策としていくつかの抑止メカニズムを提案した。LG惨事(及び他のすべての化学産業の汚染・事故)に対する主な教訓は、社内の各管理者に責任を割り振ることである。外国企業の場合、それには国内子会社はもちろん、親会社の経営陣も含めるべきである。同研究は、アメリカにおけるこの慣行の先例は、①最高経営責任者と最高財務責任者が企業の諸報告を証明しなければならない金融の世界、及び、②連邦大気汚染防止法のもとで規制当局への情報提供に責任を負う者が、情報が虚偽である場合には懲役の対象になることである。
1984年のユニオンカーバイド・ボパール惨事も、親企業に責任を負わせることについて、重要な教訓を提供している。ダウ・ケミカルは1999年にユニオンカーバイドを購入したが、ボパール惨事からもたらされる同社の責任は買っていないと主張した。しかし、ダウの子会社であるユニオンカーバイドは犯罪容疑でインドで求められ、アメリカの投資家はダウがボパール事件における潜在的責任を開示しなかったことに懸念を表明した。ダウ・ケミカルは汚染現場のクリーンアップを拒否し、惨事はいまもなお続いている。最近のLG惨事では、LGポリマーズは-世界で上位10に入る巨大化学企業のひとつ-LG化学の子会社である。事故に係る責任と刑事訴追には、LGポリマーズ(インド)とLG化学(韓国)の経営陣が含まれるべきである。
HPC調査結果から導き出されるべき主要な対応
HPCの調査結果・報告書からいくつかの主要な対応が導き出されるべきである
1. 惨事に対する責任には親会社のLG化学が含まれるべきである。
HPC報告書には、親会社であるLG化学がほとんど欠けている。しかし、ボパール惨事から学ぶべきであり、また、今回の事件に適用すべき主要な教訓のひとつは、親企業の責任の重要性である(上述を参照)。LGポリマーズの所有者としてLG化学も、安全操業の広範囲にわたる失敗、無責任な管理、不適切な緊急時対応、規制の違反、被害者の保障、長期的な健康監視・医療に責任を負う。加えてHPCは、「過失のゆえにインドの施設に適用されてきた厳しくない基準が、結果的にこの災害につながった」と指摘して、韓国とインドにおけるLGの事業の間のダブルスタンダードの可能性を提起した。LG化学経営陣の責任と刑事訴追は確立された法的原則に一致しており、このパターンのまずい企業行動を変えるために必要である。
2.包括的な健康監視と補償が適用されるべきである。
スチレンはおそらく人間に対する発がん物質であり、胎盤を通過し、様々な有害影響をもっている。漏洩の規模と曝露した人々の膨大な数を考慮すれば、がんその他の健康影響の長い潜伏期間のゆえに、LG化学によって支払われるべき、長期的で確固とした健康監視プログラムが確立されるべきである。例えば、スチレンに曝露したプラスチック労働者のある大規模研究は、約15年間の潜伏期間をもつ急性骨髄性白血病のリスクの増大を見出している。HPCは、スチレン曝露の長期影響がインド医学研究評議会(ICMR)によって調査研究されるべきであると提案している。この種の調査研究で機関を選択する場合には、ボパール惨事から学んだ教訓を考慮することが有用だろう。最後に、補償目的のためのLG惨事との関連性を確立する基準は、人々に有利に設計されるべきである。6月8日に58歳男性、6月1日に45歳男性及び5月29日に73歳女性[訳注:5月26日65歳という情報もあり]を含め、すでに惨事と関係していると申し立てられている3件の最近の死亡事例がある。3人全員の家族が補償されるべきである。これまではアーンドラ・プラデシュ州が補償を支払ってきたが、これらすべての費用は、LG化学によって州政府に払いも出されるべきである。
3.厳格な環境モニタリングとクリーンアップが実施されるべきである。
HPC報告書は、LGの大量スチレン放出によって引き起こされた水質・土壌汚染の重大性を軽視する傾向がある。しかし、地域内の井戸の汚染がもっとも少ない水源でさえ、WHOガイドラインの87倍高いレベルのスチレンに汚染されていた。LG工場のM6タンク近くで採取された土壌試料のスチレン・レベルはすべてカナダのガイドラインを満たしていなかった。Narava Kota貯水池から採取したもっとも汚染の少ない土壌資料は、農地用のカナダ・ガイドラインを千倍以上違反していた。環境曝露と公衆衛生の間の強い関連性は、LG化学によって支払われるべき、健康防護基準を用いた広域モニタリングや厳格なクリーンアップを正当化するものである。
ジョー・ディガンジ
IPEN(国際汚染物質廃絶ネットワーク)
上級科学技術アドバイザー
出典 https://ipen.org/documents/ipen-summary-hpc-report-lg-chem-toxic-styrene-release
報告書本文・資料は、https://www.ap.gov.in/wp-content/uploads/2020/07/The-High-Power-Commitee-Report.pdf、及び、https://www.ap.gov.in/?page_id=43744、にあるというが、インド国外からはダウンロードできないようである。
報告書の結論部分だけ、日本語訳を別途紹介している。
バイザッグ(インド)ガス漏えい災害タイムテーブルも参照されたい。