職業性胆管がん事件(校正印刷会社SANYO-CYP)(2013年夏)SANYO-CYP社17名すべて労災認定 S社に強制捜査、国内外学術団体も対応へ

片岡明彦(関西労働者安全センター事務局次長)

はじめに

SANYO-CYP社(大阪市中央区、以下S社)での胆管がん多発発覚に端を発した職業性胆管がん事件について、3月14日、厚生労働省の「印刷事業場で発生した胆管がんの業務上外に関する検討会」(以下、検討会)は、S社の事案について業務上と判断するとともに、原因物質とみられるジクロロメタン(DCM)、1,2-ジクロロプロパン(1,2-DCP)について、「高濃度、長期間」の曝露と胆管がん発症との因果関係を基本的に認める結論をまとめた。

これを踏まえ厚生労働省は、S社の17労災請求事案を皮切りとする60件以上の業務上外を判断する作業に入った。

1,2-DCPの大幅規制強化、1,2-DCPとDCM(第二種有機溶剤)、加えてそれ以外の揮発性の高い物質を「洗浄又は払拭の業務等」に使用するときの曝露低減対策を通達した(同前)。

今後、業務上外判断の動向が注目されるとともに、胆管がん事件発覚以降の厚生労働省の調査でも明らかになった「杜撰きわまりない有機溶剤使用の現場状況」が改善に向かうのか、未規制化学物質による被害が防止できる体制に改善されていくのかが焦点だ。

学会や海外においても「新たな職業病」として関心が深まっている。
日本産業衛生学会は、5月の総会で、1,2-DCPや洗浄剤を使用するオフセット印刷工程についての発がん分類や1,2-DCPの許容濃度を提案した。
S社は、同社被害者がはじめて労災認定された3月27日の翌日の記者会見で「謝罪」を表明した。ほどなく4月2日、大阪労働局がS社本社の家宅捜索を行った。
この間、S社の胆管がん患者と遺族は互いに連絡をとりあい、4月7日に「SANYO-CYP胆管がん被害者の会」を結成した。被害者の会は同社に話し合いを求め、4月21日、はじめての話し合いの席上、山村直悳社長は被害者に頭を下げて「謝罪」し、「労災補償とは別に補償を行いたい」と述べた。会社がどのように「責任」を果たしていくのかが注目される。

職業性胆管がん事件の経緯を稿末の表3に掲載した。

労災請求は印刷業68件、他13件

胆管がんの労災請求状況は、2013年4月末時点で表1のとおり(厚生労働省発表)。

ただし、S社17件のうち40代の労災請求者1名が今年1月に死亡されている。したがって、S社の胆管がん死亡者は8名、療養中は9名。検討会は、3月14日(第5回)に16名、5月21日(第6回)に1名について業務上と判断、所轄の大阪中央労基署は順次、支給決定を行った。(表2参照。写真は、17人目の労災認定の野内豊伸さん。)

検討会は、印刷業について51件、それ以外13件の請求事案について順次検討し、業務上外を判断するとしている。5月21日(第6回)では宮城の事業場の2件ほか1件も検討されたが、結論はもちこしとなった。第7回は、6月13日に開催予定。

胆管がん労災/「なぜ放置」会社に怒り/遺族「理由知りたい」

胆管がんを発症した大阪市の校正印刷会社「SANYOlCYP」元従業員ら16人の労災が27日認定された。申請者の一人で、従業員だった失(当時41歳)を9年前に亡くした同市内の女性(51)は、「認定はうれしい。でも、会社はいったいどう考えているのか」と、これまで、自分たちの疑問に何一つ答えていない同社への憤りを募らせた。

夫は、同社に勤めていた1996年に発症した。手術を受けて一時は回復。その後も、別の会社に転職して働いたが、2004年1月に再発し、翌月亡くなった。女性は、中高生の子供3人と、残された。
このとき、胆管がんで亡くなる従業員はすでに出ていたが、女性はそのことも知らされず、労災など考えもしなかった。パートで働き、長女が高校を中退して就職し、助けてくれた。
その長女が昨夏、男の子を産んだ。目のぱっちりした初孫だ。長女が、「ほら、おじいちゃんやで」と、仏壇の前で、孫に写真を見せる。夫が元気なら、どんな顔で抱いただろうかと思うと悔しくてたまらない。
労災を申請したのは、こうなった理由を知りたかったからだ。「夫はなぜ死んだのか。次々と人が亡くなったのに、なぜほったらかしにしたのか」
会社側はこれまで代理人弁護士が昨年7月に記者会見を開いたきり。認定を受け、28日に記者会見を開く、としているが、家族にはまだ何の説明もない。
元従業員で、現在抗がん剤治療を受けている本田真吾さん(31)はこの日朝、大阪労働局からの電話で労災決定を知った。「今後の治療費のことなどを考えると、ほっとしました」と話した。病気で働けず、補償を求めたいと思っているが、その前提として「会社の責任について、まず聞きたい」と訴えた。

‘労災申請者を支援してきた関西労働者安全センター(大阪市)の片岡明彦事務局次長は、「これで被害と加害の関係が明確になった。化学物質の取り扱いをきちんとしていれば、これだけの被害は出ていないはずだ。会社は責任を自覚し、被害者に対応してもらいたい」と指摘した。
同社以外の印刷会社で働いた人たちからの労災申請も47件にのぼるが、会社の廃業などで事実確認が難航しそうなケースもある。
昨年8月に申請した三重県の男性(49)は名古屋市の印刷会社で1984~95年に働き、ジクロロメタン入りの洗浄液を使用。2007年に胆管がんと診断された。会社はすでに廃業している。「自分の場合は潜伏期闇も長い。ちゃんと認定を受けられるだろうか」と不安をのぞかせた。

読売新聞夕刊 2013年3月27日

課題残す厚生労働省の対応

3月14日、検討会は報告書をまとめ、曝露防止対策、労災保険級にかかる時効の適用について通達等を出した。本誌5月号に全文を掲載しているので詳細はそちらを参照されたいが、これらの対応についての問題点を述べる。

まず、労災保険適用にかかる時効の取り扱いについて。
今回、問題となった「DCMまたは1,2-DCPの曝露を受けたことにより胆管がんを発症した労働者に関する労災保険給付請求権の消滅時効については」、報告書が公表された2013年3月14日まで「進行しない」とする通知が出された。
労災保険給付にかかる請求権の消滅時効は、療養補償給付が療養をした日の翌日から、休業補償給付が休業した日の翌日からそれぞれ2年、葬祭料が死亡日の翌日から2年、遺族補償給付が死亡日の翌日から5年、と労災保険法に定められている。
今回のケースは、原因物質と胆管がんとの因果関係が一般には明らかでなかったために、3月14日までは労災補償を請求する「権利を行使することができなかった」と解釈して、すべての請求権について、時効は、3月15日から進行することになった。
この取り扱いにもとづいて、S社の被害者は時効とされていた部分の請求にとりかかっているが、カルテ保存の義務的保存期間が5年であることなど、請求のための資料の確保に問題が生じる可能性があるとみられる。

問題なのは、今回はいわば「特殊ケース」として救済処理されることになった(前例もあった)という点だ。

職業がんのように曝露から発症まで長期間になる場合は、時効事案がどうしても発生してしまうことがかねてから問題になっていた。石綿関連がんはその典型だ。石綿関連疾患の時効事案がクボタショック後に多数発覚したことに対しては、現在は、期限を決めて、石綿救済法で対応している。

そして、今回の「胆管がん」での時効事案多発。

時効になってしまうケースは、「因果関係が知られていない場合」(胆管がん)、「発症時点で曝露原因を想定するのが難しい場合」(石綿関連がん)で実際多発しているのであるから、労災保険法を改正するなどして時効の取り扱いを抜本的に改め、被災労働者と家族の権利保護を図るべきである。その意味で、今回の厚生労働省の措置はきわめて不十分である。

因果関係が知られていない疾病で労働基準監督署に被災者が請求に行ったとしよう。そこで「死亡後5年がすでに経過していること」が判明すれば、請求に至らない、事実上門前払いとなる状況は、いまも続いているというわけだ。未知の問題の原因究明を阻害するという見方もできるだろう。

どうする未規制物質への対応

S社は、1,2-DCPは未規制物質であったので安全だと思っていたということを強調している。

一方、第二種有機溶剤であるDCMを成分とする洗浄剤を使用していたことは元従業員の複数証言などから明らかであるが、この点については、「ほとんど資料がないのでほとんどの期間において使っていたかどうかわからない」と述べ続けている。

S社の職場環境対策(換気、測定、保護具、健康診断など)は創業以来まったくとられてこなかった、というのは会社も認める事実なので、つまりは、その言い訳や責任逃れの説明を続けているというわけだ。

こうした合法的に職場環境対策をサボタージュすることを許しているのが、有機溶剤中毒防止規則等を核とする、規制対象物質を定めて対策を法定する制度そのものだ。
そうした制度的欠陥を、S社の体質を触媒として、最悪の形で露呈させたのが、今回の胆管がん事件にほかならない。

法律で規制されていない=安全な物質である、という「手前勝手な解釈」に基づく行動はごく普通の企業行動だろう。
鼻をつく異臭にむせてしまう有機溶剤を使用させながら、法律で規制されていないから何らの対策もとらなくていいのだ、ということがまかり通ってきたし、これからも、これは、法律的に許されることに変わりはない。

厚生労働省は、膨大な数の未規制化学物質のリスク評価とそれに基づく対応を加速させるとしているが、法制度の中に「未規制物質であっても、安全だという証拠がない限りは、対策をとらなければならない」とする条項をつくるべきである。

そうしなければ、胆管がん事件と同種の事件が起こる可能性が残ることは明白である。
3月14日、厚生労働省は、今後の化学物質の管理の強化について、次のような方針を明らかにしている。

これまでの一斉点検、通信調査等の取り組みに加え、以下の取組を強化します。
ア 迅速な法令の整備
1,2-ジクロロプロパンについて、早急に、曝露の実態を踏まえた必要な曝露防止措置を検討し、速やかに特定化学物質障害予防規則等を改正し、曝露防止措置を義務化。(夏までに必要な曝露防止措置の結論、法令改正は10月頃公布、1月施行を予定)
イ 化学物質の曝露防止の指導
法令改正を待たずに、1,2-ジクロロプロパンの使用を原則として控えるよう指導。洗浄等の業務に用いる他の化学物質についても、安全データシート(SDS)を入手し物質の性質を踏まえた曝露防止措置をとることを指導するとともに、SDSを入手できない化学物質については、洗浄剤として使用するのが望ましくない旨指導。
ウ 現行法令の遵守の徹底
ジクロロメタンについては、現行の有機溶剤中毒予防規則による曝露防止措置の遵守を徹底
上記イの内容に対応する内容が、3月14日付けで出された厚生労働省の通達の一部に記載されている。
(4) 危険有害性が不明の化学物質への対応
化学物質の譲渡・提供に当たり労働安全衛生法第57条の2及び労働安全衛生規則第24条の15に基づくSDSの交付を受けることができない化学物質については、国内外で使用実績が少ないために研究が十分に行われず、危険有害性情報が不足している場合もあるため、洗浄剤として使用するのは望ましくないこと。やむを得ず洗浄又は払拭の業務に使用させる場合は、危険有害性が高いものとみなし、1の(3)のア、イ、ウ、オ及びカに規定する措置を講ずるとともに、労働者に有効な呼吸用保護具を使用させることにより曝露を防止すること。」(厚生労働省労働基準局長「洗浄又は払拭の業務等における化学物質の曝露防止対策について」2013.3.14基発0314第1号)

ここでいう『1の(3)のア、イ、ウ、オ及びカに規定する措置』とは、ア 雇入れ時等の教育、イ 作業指揮者の選任、ウ 発散抑制措置、オ 作業の記録、カ 保護手袋の使用を指す。

ところが、S社が使用していた1,2-DCPを成分とする洗浄剤にはMSDSがつけられていた。そこには、アメリカのACGIHの許容濃度は始めから記載されていたし、有害性情報もあった。
しかし、現在、S社の言い分は、国内法規である有機溶剤中毒防止規則等の対象とはなっていなかった、というものだ。

今回の通達のこうした記載内容で労働者の健康を守ることができるとは思えないし、この内容でさえ、法規ではない「通達」の片隅に書かれているだけだ。
未規制物質への、もっと適切で理にかなった対応が求められている。

S社「おわび会見」と強制捜査

3月28日の夕方、労災認定を受けてS社は、山村悳唯代表取締役、山村健司取締役、代理人弁護士3名によるマスコミに対する記者会見を行い、今回の件について道義的責任にもとづく「おわび」と被害者への説明や労災補償とは別に補償を検討することを表明した。

胆管がん「危険認識せず」/発覚10ヶ月 社長が初の謝罪

従業員ら17人が胆管がんを発症し、うち8人が死亡した大阪市中央区の印刷会社「SANYO-CYP(サンヨーシーワイピー)」の山村悳唯社長(66)が28日、初めて記者会見し、謝罪した。昨年5月の問題発覚から10カ月。患者や遺族に補償する考えを示したが、遺族からは「命は帰ってこない」と怒りの声が上がった。

山村社長は冒頭で深々と頭を下げ、「心よりお見舞いし、亡くなった方のご冥福を祈り、ご遺族にお悔やみ申し上げたい」と用意した文章を読み上げた。
社長会見が開かれなかった理由を問われ、「因果関係がわからず、労基署が調べている中で、何を話していいものか。表に出てこられなかった」と釈明した。
健康被害が広がった原因について、「分からない。私自身、本当におびえている。(作業場が)危険だという認識は本当になかった」と頭を下げた。
この問題をめぐって、同社で働いた16人について27日付で労災が認定された。2月に30代男性が17人目として労災請求し、近く認定される見通し。厚労省の專門家検討会は16人について、1、2ジクロロプロパンを高濃度で長い間吸い込んだことで発症した蓋然性が極めて高いと結論づけた。

会見 主なやりとり

山村社長ど同席した次男山村健司専務(35)の会見での主なやりとりは以下の通り。
 山村社長 従業員の方が多数胆管がんを発症したことを申し訳なかったと思っています。ご遺族に誠実に対応いたします。
 ー1990年代に出ていた従業員の健康障害への会社の対応は。
 健司専務 胆管がんという病名で発病された方は2003年11月が初めて。2人目が04年7月。2入目が出た時点で調査し、溶剤の成分(1,2-ジクロロプロパン)が国の規制に該当しないこと、発がん性の知見がないことを確認じた。06年に溶剤を変えた。
 ー規制のあるジクロロメタンを使つていた時期に必要な対策を取っていない。法令違反だったと思わないか。
 健司専務 (溶剤の中身は)納入業者にゆだねていたので、わかっていなかった。今のようにMSDS(製品安全データシート)が配布され、(有機溶剤の)知識があれば、(対策としで)やらなければならないことがあった……。後悔しています。
 ー昨年、法律が定める産業医などを置いておらず国から是正勧告を受けた。
 健司専務 01年8月以降、労働安全衛生法の対象の企業になった。産業医は義務だと認識じていなかった。
 ー90年代後半、体調を崩した従業員が社長に直接訴えたと聞く。
 山村社長 記憶にない。古くて思い出せない。
 ーなぜここまで被害が広がつたと考えでいるか。
 山村社長 地下が危険な場所という認識は本当になかった。

「命をなんやと」遺族・元従業員ら

「謝罪や補償は当然。遅い。従業員の命をなんやと思ってるんや」
SANYO社の会見を受け、遺族らが大阪市で開いた会見葱、2000年に31歳の夫を亡くした女性(40)は憤りを隠さなかった。
夫は1996年に退社するまで8年間、SANYO社に勤務。3年後、胆管がんを発症した。
「自分をオヤジだと思え」「西日本一の空調や」
幼い頃、実父を亡くした夫は、そんな社長の言葉を信じていた。闘病中も「社長に会いたい」と言い続け、逝った。労災を請求したのは「真実を明らかに」という思いからだった。
だが、社長は会見で、責任にっいて明言は避けた。地下室での作業環境が危険という認識もなかったとした。女牲は「有機溶剤という危険な物質を使っていて、認識がなかったで通るのか」と語気を強めた。
先月労災を請求した元従業員の野内豊伸さん(43)は「発覚から約1年経つのに、何に問題があったのか言えないのか。国の調査頼みでなく、第三者に調査してもらう方法もあつたはずだ」と話す。「裁判を起こしてでも真相が知りたい」
原因が分からず「おびえている」と社長が言つだことに対し、退職6年後に胆管がんを発症した元従業員の本田真吾さん(31)は「被害者は僕らだ」と反論した。

朝日新聞 2013年3月29日

だが、被害者側からはまずは被害者に対して説明と謝罪をするべきではないかという声が上がったのは当然だった。4月2日、大阪労働局はS社に対する強制捜査に踏み切り、家宅捜索を行った。労働安全衛生法違反容疑で立件するとみられている。

胆管がん/印刷会社 適切換気せず/ジクロロメタン使用認める

印刷会社の従業員ちに胆管がんの発症が相次いでいる問題で、健康被害の防止措置を怠ったとして、大阪労働局が労働安全衛生法違反容疑で家宅捜索した大阪市中央区の校正印刷会社「サンヨー・シーワィピー」が、法規制対象となる化学物質「ジクロロメタン」の換気方法について適切な措置を行っていなかったことが分かった。
暴露防止措置が義務づけられているジクロロメタンをめぐっては、複数の社員が使用を証言していたが、同社側は「使用歴は不明」とし続けてきた。しかし先とくゆき月末になって、山村徳唯社長(66)が初めて使用を認めていた。
厚労省検討会の報告書によると、ジクロロメタンは平成3年から8年にかけ、もうーつの化学物質「1、2ジクロロプロパン」と併用して使われていた。ジクロロメタンを使う際は労働安全衛生法に基づく規則で「局所排気装置」の設置が義務づけられているが、設置していなかった。
一方1、2ジクロロプロパンは義務づけられていない。
同検討会は、2つの化学物質は高い濃度で長期間浴びると胆管がんが発症すると推測。同社は、少なくとも平成8年1月と2月に使用した記録があることを明らかにした上で「発がん性の認識はなかったが、事実を重く受け止める」と説明した。
同社でジクロロメタンが使われた期間は、1、・2ジクロロプロパンに比べて短く、吸引したのも11人全員ではないことなどから、検討会は原因物質と認めるに至っていない。
山村社長は「納入業者に委ねていたので、液剤の中身に何が入っていたか把握できていなかった。後悔している」と釈明している。

元従業員「徹底的な真相究明を

大阪市中央区の校正印刷会社「サンヨー・シーワィピー」の強制捜査を受け、発症した元従業員や支援者らは2日午後、大阪市で記者会見を開いた。
胆管がんを発症し、労災申請中の元従業員、野内豊伸さん(34)は「社長ら取締役と中間管理職の間で、安全対策についてどういうやりとりがあったのかを解明してほしい」と話した。同日午前には、家宅捜索中の同社本社にもかけつけた野内さんは「僕の体はもう元には戻らない。これ以上の死者や発症者を出さないように徹底的な真相究明を」と注文を付けた。
患者や遺族を支援している関西労働者安全センターの片岡明彦事務局次長は「法的規制がない化学物質に対する無力な現状を変えない限り、同じような問題が再び起こる。労働者が職場の改善に関われるよう、当局は法改正も検討すべきだ」と指摘した。

産経新聞 2013年4月3日

S社の17名が労災認定される状況を受けて(1名は5月に認定)、互いに連絡をとっていた患者、家族が4月7日に「SANYO-CYP胆管がん被害者の会」(以下、被害者の会)を結成した。事務局は関西労働者安全センターに置かれることになった。

4月21日には、被害者の会と会社とのはじめての話し合いが行われた。
会社からは、山村社長夫妻、取締役の二人の息子が出席し、被害者に対して頭を下げた。
山村社長は「謝罪」という言葉を使ったが、被害者からは会社の責任認識について厳しい質問がぶつけられた。被害者が納得できる回答はなされなかった。
話し合いでは会社側から説明資料が配付され、山村社長の長男がこれを朗読した。そのあと被害者全員がこれまでのことや質問、意見を述べた。2時間余りで会合は終わった。いま2回目の話し合いが予定されている。

産衛学会許容濃度委員会の提案

日本産業衛生学会許容濃度委員会は、今回の事態を受けて、これまで許容濃度さえなかった1,2-DCPについて、発がん分類や許容濃度について議論を行った結果、提案をまとめ、5月14日の総会(松山市)で承認された。

  • 1,2-DCPの許容濃度(8時間平均)を1ppmとする。
  • 1,2-DCPについて発がん性を「第2群A」(ヒトに対しておそらく発がん性がある。証拠が比較的十分な物質で、疫学研究からの証拠が限定的であるが、動物実験からの証拠が十分である)に分類する。
  • 「化学物質を含む洗浄剤を使うオフセット印刷工程」の発がん性を「第1群」(ヒトに対して発がん性がある)に分類する。

いずれも欧米にさきがけた提案内容となっており、今後、海外へも波及していくと考えられる。
6月18-20日にオランダで行われる第23回産業衛生疫学会議で、熊谷信二准教授が報告を行うことになっている。
同会議では、北欧の職業がんデータベースの検討から、印刷従事者男性に肝内胆管がんの有意なリスクがみられたとの報告も行われるとのことだ。

表3 職業性胆管がん事件の経緯

年/月/日出来事
2010/021969年生のG、胆管がんで死亡(在職:1994~2004、発症:2009)。(Gの発症より前に、すでに8名発症。Gよりあとに8名発症)
2011/03/16京都ユニオンを経由して、関西労働者安全センターにGの件などで相談あり。
2011/04Gの労災請求受理(時効中断処理)(大阪中央労働基準監督署)
2011/12熊谷信二産業医大准教授、2012年5月産衛学会に「胆管がん5名」の発表抄録提出
2012/03/073名(F、G、②)の労災請求などのため面談申し入れをSANYO-CYP社に送付
2012/03/14SANYO-CYP社顧問弁護士から通知、面談拒否。S社、事業主証明事実上拒否(その後、在職者を含めすべて証明拒否)
2012/03/303名の労災請求提出(大阪中央労基署)
2012/05/07熊谷准教授、大阪労働局・大阪中央労基署担当者に調査状況詳細説明(大阪中央労基署)
2012/05/18NHKニュースウォッチ9のトップニュースで報道
2012/05/19毎日新聞報道、夕刊から各紙報道
2012/05/21厚生労働省安全衛生部長「印刷業における化学物質による健康障害防止対策について」(2012.5.21基安発0521第1号、同第2号)
2012/05/31日本産業衛生学会で熊谷准教授「オフセット校正印刷労働者に多発している肝内・肝外胆管癌」報告
2012/06/12厚生労働省安全衛生部計画課「胆管がんに関する相談状況について」(東京、宮城各労働局管内で各胆管癌の発症、死亡事案の相談あり)
2012/06/13厚生労働省労働基準局「印刷事業場における胆管がんの発生について」(S社からさらに労働者3名の胆管がんの請求)
2012/06/25厚生労働省安全衛生部計画課「胆管がんに関する労災請求について」(宮城県内の事業場で2名(30歳代男性、40歳代男性)の労災請求
2012/07/10厚生労働省安全衛生部計画課「胆管がんに関する一斉点検結果の取りまとめ等について」(全国561事業場の一斉点検のとりまとめ結果、S社や宮城の労災請求事業場の調査業況など)
2012/07/12(社)日本印刷産業連合会が労働衛生協議会設置、初会合
2012/07/18全印総連が小宮山厚生労働大臣に要請書
2012/07/19S社4遺族、時効事案を一斉労災請求(大阪中央労基署)
2012/07/20連合が厚生労働省に「胆管がんに対する労働安全衛生対策に関する要請」
2012/07/23厚生労働省安全衛生部長「印刷業等の洗浄作業における有機塩素系洗浄剤のばく露低減化のための予防的取組について」(2012.7.23基安発0723第1号)
2012/07/25厚生労働省安全衛生部計画課「胆管がん発症に関する各種取組み状況について」(全国約16,000事業場の通信調査実施、大阪市大圓藤教授疫学調査グループによる疫学調査実施など)
2012/07/31S社顧問弁護士が記者会見、被害者側も記者会見-熊谷、本田真吾(在職中に肝機能異常で退職)が会社見解を「ウソ」と批判
2012/08/03圓藤教授、久保教授らの市大グループが記者会見。疫学調査、日本胆道学会による症例調査を実施、8/7から市大病院で胆管がん外来開設
2012/08/28厚生労働省職業病認定対策室「胆管がんの労災認定に関する検討会の開催について」(「印刷事業場で発生した胆管がんの業務上外に関する検討会」の設置)
2012/08/29オフセット印刷従事歴のある40歳代男性が名古屋西労基署に労災請求(表2の3番、名古屋労災職業病研究会が支援)
2012/08/31労働安全衛生総合研究所「大阪府の印刷工場における疾病災害調査報告書A-2012-2」公表(5/28、6/7,6/30,7/1(模擬実験)に現場調査実施)
2012/09/05厚生労働省安全衛生部計画課「印刷業に対する有機溶剤中毒予防規則等に関する通信調査の結果(速報)等について」(全国全数通信調査の速報、労災請求事案を除く胆管がん相談事案22件、胆管がん相談窓口相談状況)労災請求件数が印刷業での胆管がん労災請求件数34件、それ以外2件と公表、うちS社は12件(9月4日現在)
2012/09/06厚生労働省印刷事業場で発生した胆管がんの業務上外に関する検討会第1回
2012/09/21日本胆道学会(東京)緊急企画で熊谷報告「リスク2900倍」
2012/09熊谷「オフセット校正印刷会社における肝内・肝外胆管癌に関する調査中間報告書」公表、厚生労働省業務上外検討会に提出
2012/10/12厚生労働省安全衛生部化学物質対策課「印刷業に対する有機溶剤中毒予防規則等に関する通信調査の結果(最終版)」(全国全数通信調査の最終報告(回答47労働局7105事業場、集団説明会の開催状況、胆管がん労災請求45件(うち遺族請求29件)、S社は13件に)新たな11人は男性10人と女性1人、女性を含む6人は死亡、年齢別では30代1人、40代2人、50代2人、60代6人-30代の男性はS社の従業員
2012/11/01厚生労働省胆管がん業務上外検討会第2回 胆管がん:新たに7人が労災申請計52人に・大阪市の校正印刷会社S社の従業員らに胆管がんの発症が相次いだ問題で、厚生労働省は1日、新たに印刷業関連で7人が労災申請し、計52人(うち死亡32人)になったことを明らかにした。(毎日新聞2012/11/1)厚生労働省によると、新たに申請した7人はいずれも男性。年齢別では30代1人、40代2人、50代2人(うち死亡1人)、60代2人(いずれも死亡)。このうち30代と40代の計2人がS社の従業員だった。この日は専門家による検討会も開催され、原因物質や今後の課題などについて協議した。(共同)
2012/11/18SANYO-CYP胆管がん被害者の会会合第1回
2012/12/11厚生労働省胆管がん業務上外検討会第3回 印刷会社の従業員らに胆管がんの発症が相次いでいる問題で、厚生労働省は11日、印刷業に従事して胆管がんを発症したとして、新たに4人の労災請求があったことを明らかにした。これにより、労災請求は計56人(うち35人が死亡)となった。新たに請求された4人のうち1人は、胆管がんが多発した大阪市の校正印刷会社S社の30代の男性従業員。他の3人は、60代2人、70代1人で、いずれも遺族からの請求だった。(産経)
2012/12/16「胆管がん多発事件はどうして起こったか」シンポジウム(エル大阪)主催:全国安全センター・関西労働者安全センター ※衆議院選挙投票日
2013/01/01(産経新聞)印刷会社の元従業員らが相次いで胆管がんを発症した問題で、厚生労働省は、大阪市の印刷会社に勤務した3人について、発症と業務の因果関係があったとして労災認定する方針を固めた。
2013/01/27被害者の会会合第2回
2013/01/31厚生労働省胆管がん業務上外検討会第4回
2013/02/20胆管がん16人認定厚生労働省方針(朝日)
2013/03/14厚生労働省胆管がん業務上外検討会第5回 厚生労働省業務上外検討会報告書 ジクロロメタン・1,2-ジクロロプロパンの2物質が原因推定、SANYO-CYP社は1,2ジクロロプロパンの高濃度・長期間ばく露原因、時効適用は除外(発症時から)
2013/03/27SANYO-CYP社16名分の労災決定、支給決定通知書発送(大阪中央署)
2013/03/28SANYO-CYP社が記者会見(顧問弁護士のみ)
2013/04/02SANYO-CYP社に対して家宅捜索
2013/04/04SANYO-CYP社・山村健司取締役から関西労働者安全センターに入電
2013/04/07被害者の会会合第3回
2013/04/21被害者の会とSANYO-CYP社との話し合い第1回
2013/04/22被害者の会結成で記者会見
2013/05/10がんサポート誌取材(野内、本田が対応)
2013/05/12被害者の会会合第4回
2013/05/14日本産業衛生学会総会、許容濃度委員会の提案を了承。・1,2-DCPの許容濃度(8時間平均)を1ppmとする。・1,2-DCPについて発がん性を「第2群A」(ヒトに対しておそらく発がん性がある。証拠が比較的十分な物質で、疫学研究からの証拠が限定的であるが、動物実験からの証拠が十分である)に分類する。・「化学物質を含む洗浄剤を使うオフセット印刷工程」の発がん性を「第1群」(ヒトに対して発がん性がある)に分類する。
2013/05/21厚生労働省胆管がん業務上外検討会第6回 野内豊伸氏を業務上判断(SANYO-CYP社17人目)
2013/06/13厚生労働省胆管がん業務上外検討会第7回 宮城の2件、愛知の1件業務上判断。1件は業務外。<ただし、印刷業請求事案。※以後の本表の記載についても、すべて印刷業の請求事案について> 愛知の1件は、ジクロロメタン単独ばく露(12年)で初。
2013/06/16被害者の会とSANYO-CYP社との話し合い第2回
2013/07/28被害者の会とSANYO-CYP社との話し合い第3回(胆管がん発症した管理職2名が出席)
2013/08/01厚生労働省胆管がん業務上外検討会第8回 北海道の1件を業務上判断(1,2-DCP1985年から11年間ばく露)、2件を業務外、4件を継続検討
2013/09/01被害者の会会合第5回
2013/09/03厚生労働省胆管がん業務上外検討会第9回 大阪の1件を業務上判断、3件を業務外
2013/09/26大阪労働局がS社と社長を労働安全衛生法違反(産業医未選任、衛生管理者未選任、衛生委員会未設置)で大阪地検に書類送検
2013/10/01厚生労働省胆管がん業務上外検討会第10回 福岡の2件を業務上判断、3件を業務外
2013/10/06Iの遺族と面談-以後、被害者の会に参加
2013/10/20被害者の会とSANYO-CYP社との話し合い第4回
2013/10/29「胆管がん問題を踏まえた化学物質管理のあり方に関する専門家検討会」報告書
2013/11/19厚生労働省胆管がん業務上外検討会第11回 埼玉の1件を業務上判断、3件を業務外
2013/12/01被害者の会とSANYO-CYP社との話し合い第5回
2013/12/17厚生労働省胆管がん業務上外検討会第12回 青森の1件を業務上判断、3件を業務外
2014/01/23被害者の会とSANYO-CYP社との話し合い第6回
2014/01/23厚生労働省胆管がん業務上外検討会第13回 北海道の1件、愛知の1件を業務上判断、3件を業務外
2014/02/27被害者の会とSANYO-CYP社との話し合い第7回
2014/03/04厚生労働省胆管がん業務上外検討会第14回 大阪の1件を業務上判断(ひょうご労働安全衛生センターが支援)、4件を業務外
2014/04/15厚生労働省胆管がん業務上外検討会第15回 静岡の1件を業務上判断、2件を業務外
2014/05日本産業衛生学会、1,2-DCPについて発がん性を「第1群」に分類
2014/06/10厚生労働省胆管がん業務上外検討会第16回 愛知の2件を業務上判断(同一企業であるが、別事業場)、2件業務外
2014/06国際がん研究機関(IARC)の化学物質評価会合(第110回、熊谷教授ら日本人5名参加)で、1,2-ジクロロプロパンについて、グループ3からグループ1に引き上げと結論。速報が、ランセット・オンコロジー電子版2014/7/11号に掲載。ジクロロメタンは、グループ2Bからグループ2Aに引き上げ。
2014/06/25改正労働安全衛生法(化学物質のリスクアセスメント義務づけ等)が交付-2016年6月までに施行予定
2014/07/24厚生労働省胆管がん業務上外検討会第17回 京都の1件を業務上判断、2件業務外
2014/09/11厚生労働省胆管がん業務上外検討会第18回 東京の1件を業務上判断、3件を業務外
2014/10/16大阪区検がS社と山村社長を労働安全衛生法違反で大阪簡裁に略式起訴(10/21、両者は各50万円の罰金支払い)
2014/10/22被害者の会、SANYO-CYP社が和解合意について記者会見(9/25付合意成立)
2014/12/02厚生労働省胆管がん業務上外検討会第19回 福岡の1件を業務上判断、4件を業務外
2018/032017年度末における全国の胆管がん労災請求件数が累計で104件、労災認定件数は42件になった。SANYO-CYP社のおける発症者が新たに1名(労災請求)、計19名に。
2019/032018年度末における全国の胆管がん労災請求件数が累計で110件、労災認定件数は45件になった。
2019/04/23SANYO-CYP社のおける発症者(死亡)が新たに1名判明し計20名に。
2019/06/29国立がん研究センター東病院と大阪市大病院で職業関連性胆管がん患者を対象とするオプジーボの医師主導治験を開始されるとの発表。職業性胆管がん患者のがん細胞の遺伝子変異の特徴からオプジーボ投与奏効可能性高いとの判断に基づく。
2019/07SANYO-CYP社の元労働者で2018年に申請した1名が労災認定され、認定者は合計19名となった。

安全センター情報2013年7月号