職業性胆管がん事件(校正印刷会社SANYO-CYP)(2014秋-2):印刷業35件労災認定/1,2-ジクロロプロパン国際がん研究機関(IARC)発がん分類グループ1

片岡明彦
関西労働者安全センター事務局次長/SANYO-CYP胆管がん被害者の会事務局長)

印刷業で35件業務上認定

厚生労働省は、胆管がん労災請求事案はすべて本省りん伺として、その業務上外判断を「印刷事業場で発生した胆管がんの業務上外に関する検討会」(以下、検討会)で行ってきた。2014年12月2日の第19回検討会までに、35件が業務上と判断された。

検討会は、SANYO-CYP社の17件目の業務上判断を第6回(2013年5月21日)で行った後、他の事業場事案の判断を行ってきた。第7回(2013年6月13日)から検討会で業務上とされた事案を表2(厚生労働省発表資料による)にまとめた。大半が1,2-ジクロロプロパンが曝露原因とされたが、17件中3件はジクロロメタンが曝露原因となっている。

表2の3番は名古屋労災職業病研究会が、12番は以下の事案で、ひょうご労働安全衛生センターが支援した。

ちなみに、S社については、1996年までに就労期間にある場合は、ジクロロメタン、1,2-ジクロロプロパンの両方が使用されていたため双方に曝露しており、これ以降に就労が開始されている場合は1,2-ジクロロプロパンのみに曝露したとみられている。表1の17名の曝露原因はこの二通りに分かれる。

業務上判断まで相当長期にわたっていることが懸念されるところで、厚生労働省には、被災労働者の立場に立った調査、判断を求めたい。
2014年12月2日時点で厚生労働省が明らかにした胆管がんの労災請求・補償状況は、表3ないし5のとおりである。

労災請求が複数あった事業場は、S社のほかに北海道、宮城、福岡に各1、計4事業場となっている。
厚生労働省は、このように一定の情報開示を行っている。
しかしながら、職業性胆管がんは新しい問題であることや廃業した零細印刷業者もあることから、被災労働者と家族の権利保護の見地に立って、労災認定事業場の名称、使用薬剤の商品名など、もっと詳しい情報開示を、厚生労働省は実施するべきだと考える。

1,2-ジクロロプロパンがIARC発がん性分類グループ1に

国際がん研究機関(IARC)は、今回の日本の胆管がん事件を契機として、1,2-ジクロロプロパンの発がん分類をグループ3からグループ1に一気に引き上げた。ジクロロメタンについてもグループ2Bからグループ2Aに引き上げた(2014年6月)。
6月にフランスのリヨンで開かれた第110回評価会合での議論の結果決まった。日本からは熊谷信二教授、厚生労働省関係者など5名も参加する「異例の会合」だったという(「国際がん研究機関IARCの化学物質発がん評価会合に出席して日本の職業性胆管がん事案を国際社会の教訓に」搆健一、労働の科学vol69, No.7, 2014)。

IARCの発がん分類は
グループ1 :ヒトに対して発がん性がある
グループ2A :ヒトに対しておそらく発がん性がある
グループ2B :ヒトに対して発がん性を示す可能性がある
グループ3 :ヒトに対する発がん性については分類できない
グループ4 :ヒトに対しておそらく発がん性はない
となっている。
これまでは、1999年の第70回評価会合(1999年)の結果、1,2-ジクロロプロパンはグループ3、ジクロロメタンはグループ2Bに分類されていた。

今回の評価会合の結果、1,2-ジクロロプロパンは、熊谷教授らの疫学研究結果が「ヒトでの十分な証拠:胆管がん」と判断され、グループ1と結論づけられた。IARCの判断は、科学的な因果関係とは、基本的に、疫学的因果関係であるという当然の原則に基づく。ジクロロメタンも、新たな証拠に基づいてグループ2Aと引き上げられた。

結果については詳細な評価書が刊行される予定だが、すでに結果速報論文としてランセット・オンコロジー電子版2014/7/11号に掲載されている(以下、抄録等)。

IARC第110回発がん評価会合の対象物質と分類結果1、2ージクロロプロパン、ジクロロメタンなど


一方、国内の発がん性分類の指針を作成している日本産業衛生学会は、今年の総会で1,2-ジクロロプロパンを第1群に分類した。そして現在、第2群Bであったジクロロメタンの再評価が行われており、来年の総会で評価の変更が行われるのではないかとみられる。

今後の課題

SANYO-CYP社から発覚した職業性胆管がん事件に遭遇し「なぜこれほどまでに被害が拡大するまで手がつけられなかったのか?」という疑問を誰もがもった。

しかし、労働基準監督署の監督官や作業環境測定や健診を専門とするいわば労働安全衛生のプロたちは、起こるべくして起こったと考えたのではないだろうか。

爆発的に種類が増加する化学物質に対して、労働者の健康を守るべき法規制は「危険な物質を指定し、分類し、レベルに応じた規制措置を行う」という旧態依然としたシステムだった。

規制する側もされる側も「規制されていない『安全な』物質を使いましょう」「はい、わかりました」ということを漫然と、あるいは、安全コストを重視する目的意識をもって、実行してきた。それが、労働安全衛生のプロの基本行動だった。

胆管がん事件は、その実態と規制のあり方の不適合を証明したものであった。すぐ、こういうことに気づいたはずだ。そして、いままさに、この構造的問題点に、メスが本当に入ったのかが問われている。

たとえば、今回の事件発覚までの過程において、S社や現場労働者が労働基準監督署に相談に行っていれば、この事態が防げたかといえば、その可能性は低かったという推測が一定の説得力をもっている。

なぜなら、監督官は「いま、会社で使用している物質のリストを出せ」と言い、リストを規制対象物質と見比べ、合致するものがないなら、自分のする仕事はない、と判断し、「あぶないものはないですね~」と言うからだ。そう言われて、普通の会社や労働者は何ができただろう。
だからといって、会社や規制する側の労働基準監督署が免罪されるかといえば、そうではない。

有機溶剤というものは、一般的に言って、規制対象物質になっていないとしても、人体には有害性をもつ。たとえば、S社の作業場内は刺激臭が立ちこめていて、労働者がときに吐き気をもよおすような現場だった。そのような職場を労働者の「慣れ」に乗じて、放置するとすれば、それはやはり、経営者としては大きな問題がある。快適な職場づくりは、経営者の責任だ。

S社は1996年まで、有機溶剤中毒防止規則の第2種有機溶剤たるジクロロメタンの入った溶剤を大量に使用していた。したがって、その時点で法律遵守が励行できていれば、今回の事件は起こらなかったし、したがって、SANYO-CYP社の胆管がん多発は発生せず、ひいては、1,2-ジクロロプロパンの発がん性はいまだに明らかにならなかった可能性もあった。SANYO-CYP社の被害者にとっては、その方がどんなにかよかったか。

事件発覚当初、厚生労働省が実施した全国の印刷業に対するアンケート調査によって労働安全衛生法の違反率が驚くべき高さであることが明らかとなった。まさに、この実態が職業性胆管がん事件の温床であった。いま、その違反率は改善されたのかどうか、まずこの点を厚生労働省は明らかにしなければならない。

大阪労働局は、S社を労働安全衛生法違反により大阪地検に対して書類送検するにあたって「厳重処分の意見を付した」という。これに対して、検察は略式起訴し、産業医未選任などでは、通常あり得ない罰金が科せられ、「厳重処分」となった。

「厳重処分の意見を付した」というが、大阪労働局つまりは労働行政として、産業医、衛生委員会、衛生管理者の重要性を認識し直し、今後は、これまで形式犯として行政指導ですますことを生業(なりわい)としてきたやり方を、根本的に改めるというのでなければ、それはスタンドプレーに過ぎない。さて、そこはどうなったのだろうか。

今回の厳重処分は、職場の安全衛生管理システムの価値を見直す契機ともいえるのではないだろうか。
つまり、労働安全衛生法に規定された職場の安全衛生管理システムが実は、被害を防止するバックアップシステムでもあるという点が強調されるべきなのではないか。

S社の事件に即して言えば、現場労働者の訴え、意見を尊重し、反映し、より安全で快適な職場づくりができるような安全衛生体制が構築されていれば、有害性が未知であろうが既知であろうが、曝露レベルは異常な高さにならなかっただろう可能性があるし、規制法が要求する水準を超えて原因の追究が進められた可能性も高かったと思う。

多くの有害性未知の化学物質が使用される現実への対処はむろん必要で、その端緒は開かれつつあるだろう。しかし、個々の危険性チェックを待つまでもなく、職場の健康と安全は守られなければならない。一部の行政通達には盛り込まれたが、危険性情報がないものは危険だとみなすという原則を確立することが重要である。また、既存の法制度を有効に機能させるためにどうするのか、厳罰化なのか、監督マニュアルの改善なのか、監督官の増員なのか、労働者への情報開示の強化なのか…。

法律の遵守徹底。これはまず、真剣にやらなければならないことだと思う。悲惨なほど高い印刷業における法違反率は、いま改善されたのかどうか?
やはり、最後に厚生労働省にもう一度うかがいたい。

安全センター情報2014年12月号の記事を加筆修正