災害防止努力と公平性を前提に疾病特性、紛争防止等加味して整理~メリット制廃止は回避?情報提供等も議論【労災保険制度の在り方に関する研究会】
前号に続き、2025年5月30日の第6回労災保険制度の在り方に関する研究会に示された「前回研究会における委員ご発言の概要」を紹介する。
※https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_46695.html
第5回研究会(2025年4月4日)
1. メリット制
論点① メリット制は今日でも意義・効果があるといえるか。
○今回のデータについては、厳密には更に精緻なデータが必要であり、条件についても指摘すべき点はあるが、メリット保険料率の変化が労災の抑止に一定効果があることを可視化できているものと思料。なお、全体的にメリット制の効果があるのではないかということは分かったが、様々な側面があることに留意が必要。
○労災保険制度は無過失責任主義で、使用者に過失があって災害防止行動を取りやすい災害と、使用者に過失はなく災害防止行動を取りにくい災害があることに留意が必要。使用者の過失によって生じる災害については、メリット制による災害防止効果が出ているとしてメリット制を維持するのが良いと思う。保険にはモラルハザードが伴うので、メリットなしに保険によって業務災害に関する費用を分散できるようになると、事業主の災害防止の意識を低下させる。労働契約では生命や身体の危険を労働者が負うので、災害補償のコストを保険によって分散できるようになってしまうと、労働者により過重労働をさせたり、安全衛生のコストをかけないで事業運営したりすることが、ライバル企業に差を付ける事業経営となる恐れがある。
○労災保険は無過失責任であり、事業主が予防しようのない業務災害も給付の対象に含むが、問題となっているのが労働者の生命や身体という重大な法益であることを鑑みると、個別事業主が予防可能な労災かどうかに関わらず、同種の他の事業場よりも業務災害発生が著しい事業場は、そうでない事業場よりも高コストで競争の観点から不利な事業運営を強いられてしかるべき。現行、メリット制を通じて競争原理に晒され事業の妥当性が試される形になっている。これもまたメリット制の機能と思料。直接的な災害防止効果にとらわれず、広い視野で検討を。
○メリット増減率の状況について、同種の事業であっても災害発生状況は多様。メリット増減率の遷移について、発生状況のばらつきが年度毎の偶然の変動ではなく、個々の事業場に固有の状況を一定程度反映しているものと思われる。この前提に立てば、メリット制を無くしてしまうと、同種の事業では、災害防止できている企業から災害防止できていない企業への利益の再分配(経済的な利益の移転)となってしまう。それは労災保険に内在する論理からは正当化されないし、産業施策の観点からもこのような再分配は要請されていない。個々の事業主の負担の具体的な公平性を図るという趣旨の関係ではメリット制の果たす役割は未だ軽視すべきではない。
○メリット増減率の遷移については、必ずしも固定化されていないとのことだったが、前年+40%から翌年+40%の事業所は6割強あり、プラスでメリット制が適用されていても増減率が変わらない事業場もある。これらの事業場はどのような状況にあるのか、長期的には検証が必要ではないか。
○メリット制の目的は事業主の負担の公平性、災害防止努力の推進があるが、それぞれ一定程度達成されていると思われる。
○脳疾患を発症した事例等はメリット制を創設した当初には想定されていなかったのではないかと思う。実際の業務上の労災も事業主の過失があったかどうかはっきりと分かれるものではない。事業場内で生じた災害については完全に無過失であるものを切り出すことは不可能であり、また切り出す必要もないのではないか。メリット制で災害防止努力の目的が達成されているか、災害防止に効果あるかについては、メリット制を維持する限度で一定言えれば良いのではないか。災害防止はメリット制だけで達成するものではない。
○今回の検証で、プラスのメリットが適用されている事業場について一定効果が示され、また、メリット制の適用事業場数は少ないが、労働者数で言えば広い範囲をカバーできている点も重要。その上で以下4点留保が必要と考える。
・ 現状8割の事業場にマイナスのメリットが適用されている状況が、必ずしもメリットの効果であるとは言えない。
・ メリット制が有する効果は、業種や疾病の類型や事業場の規模で様々と思われる(事業場の規模は今回の検証結果から小規模事業場が除かれている趣旨からも言える。)。災害予防の意識や努力が効果を上げやすいケースとそうでないケースがあり、メリット制が効果を持ちやすい業種や災害類型があるものと思料。
・ 事業主が努力をしていても避けられない労災については、努力しても大きな災害が起きた場合には大きな保険料負担が発生するので、使用者の努力に影響は及ぼさない。
・ メリット制は労災隠しを誘引すると指摘があるが、こうした弊害はデータで示しにくく、費用対効果など政策決定に使われるデータで考慮されにくい。メリット制に伴う事実上の負担、被災労働者遺族へのネガティブな負担には配慮が必要。
○ひとたび死亡などの事故が生じると保険料がかなり高くなることが分かった。これはプラスにもマイナスにも事業主の行動に影響を与える(マイナスの影響は労災隠しなど)。今回色々と示してもらったが、事業主の行動に与えるプラスの影響がどれだけのものか評価することは難しい。
○過去のメリット制には災害防止効果があったかもしれないが、現代においては企業の災害防止努力は既に頂点に達していて今日のメリット制の役割は終わっているのではないか。メリット制を無くしてもマイナス40%の企業が急に災害防止努力を怠ることはないと思われる。有期事業にメリットが適用拡大された当時の労災は事故性で分かりやすくインセンティブがあったかもしれないが、今は脳心・精神など労働者側の問題もあり、そこまでメリット制の対象とすることは疑問もある。メリット制は今日においては役割を終えたものとして廃止し、労災発生防止については労災保険の外の社復事業とか監督行政の徹底とかの役割で対応するのも選択肢としてあるのではないか。
≪現時点における議論の確認≫
◎複数の留保はつくが、メリット制が災害防止に関して一定効果があるという意見が多い一方で、その評価は難しいという意見もあった。
◎メリット制の適用対象を広げてもいいという意見と維持すべきという意見の両方が出た。
【論点②】メリット制の算定対象は妥当か。
【高齢者や外国人への給付の取扱いに関するご意見】
○外国人については、国籍でひとくくりに区別してしまうことは様々な外国人がいることを踏まえると適切でないと思われる。入国後間もなく危険な産業に従事している又は文化や言語の問題があって災害が生じている外国人がいるものと理解。
○外国人、高齢者は言語面や体力面で脆弱性があるが、これらの従業員を就労させるのであれば、事業主はこれらの従業員の特性に適した災害防止努力をとるべきなので、これらのグループを適用対象から除く理由はないものと思われる。
○一方で、事業主が外国人を雇うことは任意だが、高齢者や障害者は国で雇用促進している。過去の判例(平成22年名古屋高裁判決)では、脳心臓疾患の基準については身体障害者本人を基準にして労災認定すべきと言われている。障害者については、労災が認められやすいのに、事業主は重い負担を負う可能性があるし、精神障害者が基礎疾病を悪化させて精神障害を生じたときにも同じ懸念がある。雇用政策との整合性を取ってメリット制で何らかの対応は取れるのではないか。
○メリット制から、特定の疾病や特定の対象者を除くのは、事業主の災害防止行動から漏れることから慎重になるべき。
○脆弱性のある対象者について雇い控えが起きかねないという点については、問題となっているのは労働者の生命や身体という重大な法益であり、同じレベルでは論じられないのではないか。メリット制が無ければ、災害予防行動をとらない方が良いとう歪んだインセンティブが生じかねない。メリット制がなくなったからと言って災害防止措置がなくなることはないという指摘もあるかもしれないが、労災隠しがある以上は事業主の中にコストを意識している者もいるということであり、コストのかかる予防措置は取られなくなってしまう恐れがある。
○災害防止行動に対する弊害を取り除ける方に制度設計をすべきではないか。被災率が高い人を積極採用すると、保険料率が高くなりがちでコストがかかるという指摘については難しい部分はあるが、業務災害を防止し、生命侵害、傷病を避けるということの重要性は看過しえない。これらの者を雇っても保険料率に影響がないというアプローチをするよりは、業務災害を発生させないというアプローチが重要(安全衛生の向上、労働条件の改善を図る制度設計、被災率の高い主体に適した仕事を選択できるマッチングなど)。これらの雇用の問題をメリット制に持ち込んで良いのかは疑問。
○高齢者・外国人はダイバーシティマネジメントの観点から、メリット制の算定の対象外とすべきではないと考えている。労働力人口の減少を受けて、これらの人材や障害者、育児介護を担う労働者を、金銭も時間も負担もかかることを当然の前提として活用することとしている。これらの人達について、労災保険料の負担軽減を図るのではなく、使用者責任をしっかり果たして、活躍してもらうことが適切。
○雇い控えの問題は、労災保険が対象とするところではなく、雇用政策の問題であって、雇用保険や、社復事業などを活用する話ではないか。その方が雇用情勢に対応した柔軟な対応ができると思われる。
○高齢者や障害者などの脆弱性の強い労働者をメリット制の算定対象から外すことは検討すべき。一定の脆弱性を持ちながら国の雇用政策で就労促進されている人たちについては、災害が生じた場合には可能な限り労災保険給付が行われることが望ましいが、これらの者を雇用した使用者に結果的に重い保険料負担をさせることは公平性を欠くように思われる。他方、外国人は、外国籍であるということをもって特別な脆弱性は考えにくく、障害者や高齢者とは違って特別な取り扱いは不要と思料。
○メリット制はあくまで一部の一定規模の事業を対象にしたものであり、これら事業場について、災害防止の一定の効果が得られやすいという観点から、多くの予防促進政策的手段の一つとして行われているもの。したがってメリット制がなくなったからと言って予防努力が必要ではないということにはならない。高齢者や障害者については、ガイドラインの策定や各種事業を通じて対応などは既に対応しており、これらを強化していくことが、メリット制の適用から外すこととは理論的には矛盾しない。日本では過失責任については、労災認定と同時に民事の賠償もできる。使用者の安全配慮義務は近年厳格に捉えられることにも配慮が必要。
○高齢者は加齢にともない労災が増えるが、外国人については在留資格等も様々で一律に議論できない。特定疾病を対象外とする論理は、ある面では高齢者にも当てはまり、ある面では当てはまらない。高齢者に対する安全配慮は重要で、インセンティブとなるメリット制を外してもいいのかという点はありつつ、高齢者の脆弱性をふまえると、政府で高齢者雇用を推し進めているのに政策的な整合性の説明が付くのかという疑問はある。
○メリット制があるからといってどれだけ高齢者の雇い控えが起こっているかは定かではないが、その上で雇う側にとってどう見えるのかという観点は重要であることから、高齢者をメリット制の算定対象から外すことは課題があると思うが、災害リスクが高くなる高齢者を他の労働者と同じように算定するのは適切かという問題はあるため、折衷案として高齢者についてはメリット制の算定についていくらか割り引いて計算してもよいのではないか。なお、障害者の話もあったが、これ以上メリット制を厳しくすべきではない。
【脳心・精神疾患に係る給付の取扱いに関するご意見】
○メリット制に効果があって、これを維持すべきという前提に立つのであるなら、事業主が従事させた業務との相当因果関係があるものについては適用を外す理由はないと考える。算定対象外の特定疾病は日雇いなどの転々労働者のように、最後に就労した事業場との因果関係をもって特定の事業主に災害補償責任を負わせられないものに限定している。令和2年改正の複数業務要因災害についてメリットの算定対象から除いているのも同じ趣旨という認識。したがって疾病と特定の事業場の業務との間で相当因果関係があるときには算定対象から除くことは正当化できない。
○メリット制から、特定の疾病や特定の対象者を除くのは、事業主の災害防止行動から漏れることから慎重になるべき。
○脆弱性のある対象者について雇い控えが起きかねないという点については、問題となっているのは労働者の生命や身体という重大な法益であり、同じレベルでは論じられないのではないか。メリット制が無ければ、災害予防行動をとらない方が良いという歪んだインセンティブが生じかねない。メリット制がなくなったからと言って災害防止措置がなくなることはないという指摘もあるかもしれないが、労災隠しがある以上は事業主の中にコストを意識している者もいるということであり、コストのかかる予防措置は取られなくなってしまう恐れがある。
○結論としては脳心・精神をメリットの算定対象から外すべきではない。個体要因、私生活事情が発症に寄与しているというものはメリット制の関係で重視すべきではない。脳心・精神疾患以外の典型的な職業病でも業務外の要因との競合はあり得る。その上で業務起因性が肯定される傷病の範囲を確定して、災害補償に関する使用者の責任を基礎とした事業主の負担による保険給付を行っている。このように理解すると、特に個体要因や私生活の影響があるからといって脳心・精神疾患だけをメリット制の算定対象から除くことの理由にはならないと思われる。
○メリット制の効果については多くの留保を設けて理解すべきことや、メリット制の弊害も踏まえると、メリット制の算定対象は予防効果を上げやすいもの、公平性の観点から問題が小さいものに限定して議論していくべきと考える。これは今までの特定疾病のような事業場の業務起因性の特定とはまた異なった観点からの議論をしていくべきものと考えている。
○脳心・精神は発生機序が複雑で認定基準も日々複雑化しており、これに伴い使用者に求められる災害防止の具体的内容は複雑化している。認定基準に同一労働者の基準はありつつも、実際の認定や裁判所の判断では労働者の個別事情が考慮される傾向にある。これらを踏まえると事業主が予防努力をしていても、結果として労災として認定される疾病は生じ得るし、メリット制の適用が必ずしも公平性や、災害の予防促進に資さないケースも生じているのではないか。推察に過ぎないが、これらの疾患へのメリット制の適用が、紛争の対象になりやすいのではないか。
○脳心・精神疾患の労災認定については、業務上外の線引きや認定にかけることができるコストにも限界がある。業務上と行政で判断しても、ある程度微妙なものも含まれてしまうことがあり、これは制度として許容されているものと思料。そういったものは個別の事業主ではなく、事業主全体でコストを引き受け、メリット制の算定対象から外すのが公平にかなうと思われる。
○脳心・精神疾患をメリット制の算定対象から外すことにより災害防止努力への影響があるという指摘があるが、精神障害の判断は民事訴訟と近接している。たとえメリット制が外れたからといって、この民事訴訟を考えれば、急に過重労働を避けるための行動をとらなくなるとは考えづらい。業務上の判断は微妙な部分もあり既に行政訴訟・民事訴訟ともに多くの訴訟が出ている。保険給付が行われた結果、保険料の認定決定の段階で保健給付の支給決定が妥当ではないと争うことが増えることを想定すれば、紛争防止の観点から算定除外としても良いのではないか。
○業務遂行に関して高度な裁量を持つ労働者が増えると、事業主が加重労働の防止に関与する余地が縮小する。メリット制の趣旨からすると、これらの疾患をメリット制に反映させることは自主的な災害防止の努力を促進しようというメリット制の趣旨とは整合しないという主張に結びつく。「災害補償の責任に関する理解・立場によっては」という留保はつくが、個々の事業主の負担の具体的公平性を図るためには算定対象にすべきではないという主張もあると考える。もっとも、過重労働の予防に対する事業主の役割は未だに大きいものがあると思料するので、これらの疾患をメリット制の算定対象から外すべきではないと思料。他方で中長期的視課題としては、働き方の多様化の進展を注視しつつ、このような観点からメリット制と脳心・精神の関係は検討していく意義はあるものと思料。
○メリット制について、労災の種類によっては抑止努力ができるものとそうでないものがあるのではという指摘はその通りと考える。一方で抑止しやすい労災と、そうでない労災があるというのは、事業所が直面する労災リスクの観点からすれば業種毎に異なる。したがって、大前提として、保険料率が業種毎に適切に定められていることが重要。メリット制の在り方の議論をする際には、業種毎の保険料率が適切かという議論と合わせて検討すべき。
≪現時点における議論の確認≫
◎メリット制の算定対象の扱いについては、多くの留保をつけつつもメリット制に災害防止の効果があるという出発点、あるいは評価が難しいという出発点によってスタンスが異なる。また、留保の内容も様々で、多くの違った立場が表明された。
◎災害防止努力、公平性の二つのキーワードを前提として、雇用促進の問題、疾病の特性の問題、紛争防止の問題、保険料率の問題などの観点を加味して整理していただく。
2. 労災保険給付が及ぼす徴収手続の課題
【論点①】メリット制の適用を受ける事業主に対して、労災保険率の算定の基礎となった労災保険給付に関する情報を提供すべきか。
○論点①については、保険料の申告・納付をした後ではなく、もっと早い段階で情報提供をすべき。事業主が被災労働者の保険給付の情報を得ることによる懸念は聞くが、保険の原則として保険料を負担する事業主には情報を提供すべきで、懸念されるような問題が出ないような制度設計をすべき。
○論点①について、使用者の保険料負担は労基法の災害補償責任を基礎としている。災害補償責任は、どの労働者についてどのような災害・損害が発生したかの事実に基づく。責任の確実な履行を担保する労災保険の保険料を負担する使用者にとって、保険料の前提となる事実を知ることは重要。被災労働者自身の健康状態や療養内容を使用者に知られたくないという気持ちは理解しつつも、保険料額のベースとなる「労働者」、「災害」、「傷病」、「給付額」などの情報については使用者への提供が正当化されるのではないか。
○論点①については、あんしん財団の最高裁判決は、使用者の原告適格を否定するに当たって、保険料認定処分を巡る使用者の手続保障が図られることを明示的に言及しているところ、個人情報保護はあるが、メリット制の適用を受ける事業主への十分な手続保障の担保として情報を提供することは重要。
○論点①に関して、あんしん財団事件はメリットの算定根拠となった支給決定の支給要件非該当性を主張できるとしているが、そのためには算定の根拠となった支給決定が特定できないといけない。遅くとも労災保険率決定通知書の送付の時点で保険料がなぜ増減したのかがわかる情報が事業主に提供されるべき。どこまで情報を出すかについては、企業の規模などによっては労働者個人を特定出来るという懸念はあるが、事業主は元々労災申請時に請求書の作成や監督署の調査に協力しており、申請自体は把握している。保険給付の額についても、支払う賃金に基づいて算定されているところ、被災労働者に心理的なハードルはあるかもしれないが、こうした情報を事業主に知らせることに自体は問題ないのではないか。
○論点①については、事業主にとっての手続保障という観点から一定の情報を開示すべきだが、業務災害の情報は、病歴、障害、犯罪の被害を受けた事実など含む可能性があるので慎重に扱うべき。労働者にとっては意図的に労災の情報を隠している場合もある。事業主につまびらかになってしまうと労災申請への忌避行動が出かねない。
○なお、手続き上、事業主に労災申請の事実が知られるタイミングはあるという指摘があったが、事業主の証明は簡便なものになっており、また労働者のプライバシーに配慮している面もあるのではないか。
【論点②】支給決定(不支給決定)の事実を事業主に伝えることについてどのように考えるか。
○論点②も、保険の仕組みからすれば保険料を負担する事業主に保険給付の情報を伝えるべきであり、また、早期の災害防止という重要な観点からもできるだけ早く事業主に伝えるべき。
○論点②については、使用者の災害補償責任を基礎として、保険料負担が根拠付けられている前提からすれば、保険給付の支給・不支給決定についても使用者に教えることは合理性が認められる。また、支給・不支給決定と保険料額の決定との間に時間的な隔たりがあるので、支給・不支給決定のタイミングで使用者に提供しても良いのではないか。
○論点②についても、労災予防という観点から、事業主に支給・不支給の情報が行くのは重要。メリット制の適用を争うときには、支給決定から時間が空いてしまうので、支給決定のタイミングで使用者に情報提供がされることは手続保障の観点からも適切。一方で、使用者に情報提供がされ、将来のメリット制の不服申立を見据えて事業主から被災労働者や遺族にコンタクトをとったり、被災労働者に協力する資料提供者や証言者などに接触したり、関係者にとって追加的な負担が生じる懸念はある。一般的に、使用者への手続保障の充実は重要でありつつも、不服申立が増えていき、それに向けて使用者が様々なアクションを起こすことにより、これから生じる被災者や関係者などへの事実上の負担は別途考慮すべき。
○論点②について、現行、支給決定が保険料率に反映されるのは2年後であり、不服申立をするまでに支給決定からタイムラグがある。これが支給決定時に事業主に情報提供されれば、事業主にとっては必要な準備ができる。一方で不服申し立てを見据えた事業主からの労働者や遺族にかかるプレッシャーについては配慮が必要と思料。災害防止のインセンティブとしても事業主に早めに知らされることには意味がある。
○論点②については、メリット制の適用事業であるか否かにかかわらず、事業主の全体に支給決定があったかどうかくらいの事実については情報提供すべきではないか。事業の種類別に異なる保険料率は、かつて業種別メリット制と呼ばれ、公平と予防の観点から導入された。同種事業の業務災害を抑制すべく、各事業は災害防止の努力を求められている。どのような予防を取るかは、業災害の内容を知ることが出発点、個人情報配慮の限界がありつつも、災害発生の有無程度は事業主に承知してもらうべき。
≪現時点における議論の確認≫
◎論点①も論点②も、使用者にとっての手続保障としての重要性が強調されると情報提供すべきというのはある一方で、障害など微妙な病歴、障害を隠している場合には配慮が必要。
◎論点②については、災害防止努力をいち早く始めるためにも、支給決定不支給決定を早く伝えることは重要だが、これが不服申立に関係して、事業主からの被災労働者や遺族への接触など事実上の負担をかけかねない可能性がある点については要検討。
第6回労災保険制度の在り方に関する研究会は2025年5月30日に開催され、ここに紹介した「第5回研究会における委員のご発言の概要」のほか、資料「労災保険制度の在り方について(給付・適用・徴収等の個別論点のうち議論を深めていただきたい点)」が配布されて議論が行われた。後者で、「さらに御議論いただきたい論点」(論点①④)または「御議論を踏まえた新たな論点」(論点②③⑤⑥)として示されたのは、以下のとおりである。
【論点1】 遺族(補償)等年金の支給要件について
・ これまでの御議論では、制度の趣旨、生計維持要件の考え方について様々な御意見をいただいたが、上記御意見のいずれを採った場合でも支給要件について夫と妻で区別する理由は見当たらないと考えてよいか。
【論点2】 遺族(補償)等年金の特別加算の在り方について
・ 遺族が妻のみだった場合、妻以外の遺族が1人だった場合と異なり特別加算を行うことについて、制度創設時の考え方(※)は現在でも妥当と言えるか。
※特別加算創設時(昭和45年)の考え方
これは、若年の妻の場合には身軽なため就労が可能であって年金以外にも相当程度の所得が期待されるのに対し、高齢・廃失の妻は、就労の機会が困難をの度を深めるので、その妻という特別の身分に着目し、その生活の安定に資するためにとくにこのような加算を行うこととしたもので、諸外国においても同様の制度を認めている例がかなりみうけられる…(略)…。(稲葉哲「労災保険の変遷と展望」昭和62年3月 p256~257)
・ 遺族が一人だった場合、実態として9割以上が女性でありかつそのほとんどが55歳以上であることから、特別加算されないケース(夫、子ども等)はむしろ極めて少数。あえて給付水準を低く設定する合理的理由はあるか。
【論点3】 労災保険給付、災害補償請求権の消滅時効について
・ 時間の経過による証拠の散逸のおそれや被災者の早期の社会復帰の要請について、時効の規定のみに「背負わせる」必要はないのではないか。
・ 一定の疾病等については、必ずしも労災として「当然に認知」できるものではないのではないか。また、労災給付を請求する権限行使が常に「容易」であると言えるのか。
・ 請求手続き自体が負荷になるケース等について、仮に何らかの手当を行う場合、具体的にどのような方法が考え得るのか。
・ 同様の消滅時効期間(2年)を定める他の労働保険・社会保険制度との関係をどう考えるのか。労災保険・災害補償に特有の理由がある場合には、異なる取扱いをしてはならないのか。
【論点4】 遅発性疾病等に係る給付基礎日額の算定方法について
・ 【ケース①の場合】 労災保険法第8条第1項に規定する「疾病の発生が確定した日」を算定の原則とすることについてどう考えるか。ただし、発症した日を基準日として算定した平均賃金にそうとする額が、最終ばく露事業場(C)を離職した日を基準日として算定した平均地銀に相当する額に満たない場合は、最終ばく露事業場(C)を離職した日を基準日として算定した平均賃金に相当する金額とすることについて、どう考えるか。
・ 【ケース②の場合】 被災者に生じた稼得能力の喪失をどう捉えるかについて、中長期的な議論が必要であるところ、当面は現状通り、発症した日において就業していない場合には、最終ばく露事業場を離職した日を基準日として算定した平均賃金に相当する額を給付基礎日額とすることを基本にすることについて、どう考えるか。
【論点5】 特別加入団体について
・ これまでの御議論では、特別加入団体の役割等について様々なご意見をいただいたところであるが、そもそも特別加入団体の承認に当たり満たすべき要件については下記のものが通知で定められているのみであり、法令上、団体の性質が明らかとなっていないが適切なのか。また、団体の承認取消要件についても定められていないが、問題ないのか。
※「労働者災害補償保険法の一部を改正する法律第条の規定の施行について」昭和40年11月1日付け基発第1454号[内容省略]
・ また、労働安全衛生法の改正も踏まえ、特別加入団体についても災害防止努力を促進する必要はないのか。
【論点6】 メリット制について
・ メリット増減率が+40%の状態が続く事業に対して、どう対応していくのか。
・ いわゆる「労災かくし」につながるとの意見があるが、どう評価するべきか。
※令和5年(1月1日~12月31日)にいわゆる労災かくし(労働安全衛生法第100条違反)で送検した事業者(103事業者)について、労災かくしの動機を都道府県労働局に対して調査した結果が示され、「元請けへの影響や企業イメージの低下を懸念したものが多く挙げられた一方、メリット制を理由とした事例はなかった」とされている。
・ 特定の疾病や労働者群の取扱いについて御議論があったが、他に検討すべきものはあるか。
安全センター情報2025年7月号