精神障害労災認定基準専門検討会:精神障害の長期療養者に関する意見書/2023年1月30日/全国労働安全衛生センター連絡会議・同メンタルヘルス・ハラスメント対策局

私たち全国労働安全衛生センター連絡会議は、労働者の立場に立って、長年にわたり労働災害や職業病に関する相談・支援にあたってきた団体や個人の全国ネットワークです。

現在開催されている「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」について、長年、被災労働者の支援に取り組んできた立場から、以下の通り意見を申し述べます。

1  第10回の論点「4、療養、治ゆおよび再発」について

① 論点資料1の1-14(14ページ)、「A2」の長期療養者の社会復帰についての論点において、精神障害の長期療養者が増加しているとして「療養期間の目安について、あらかじめ被災労働者や主治医に示しておくことが重要」との提案が書かれています。特に、「うつ病の経過は、6か月~2年続く」「適応障害の症状の持続は通常6か月」「遷延性抑うつ反応については持続は2年を超えない」などの点を示すことが可能か、などの提案が書かれています。
当連絡会議が長年にわたり数多くの労災被災者を支援してきた経験からしますと、ハラスメントを原因として発症した被災者は、単に長時間労働での発症よりも、療養が長引く方が多い傾向にあることが明らかです。ハラスメントと関連した場所や特定の年格好・性別の人物、あるいは物などが症状を誘発する状況が長期にわたって続き、10年~20年経っても症状が継続する方も少なくありません。
さらに、現在の制度では、主治医の診断とは異なる病名や発症時期であると判断した労災専門委員の意見に基づいて、支給決定をしていることも少なくない(しかも、専門医員は一度も本人の診察をしていない)という事実があります。この現状を踏まえると、労災認定で判断した傷病名のみで給付期間の目安を決めることは、現場の医療機関の診断と異なる傷病名によって療養期間を制約しかねない危険があり、被災者にとっても医療機関にとっても治療の妨げでしかありません。
このように、単に傷病名に基づいて一律に療養期間の目安を設けるのは、長期療養者の個々の実態から乖離しており、もっと慎重に考えるべきです。当連絡会議としては、今回の提案に強く反対いたします。

② また、同じく「A2」において「療養開始から1年6か月~3年経過した時点で、症状固定の有無等に係る医学的判断を求める必要がある。」との提案も書かれています。
現在でも、療養開始から1年半後と、その後は1年ごとに主治医診断書の提出等があり、療養状況のチェックがされています。療養状況の確認としてはそれで充分と考えます。
この提案が実行されれば、主治医は示された一定の期間しか保険治療は認められないと受け止め、頻繁に診断書を求めれば症状固定への圧力と感じるでしょう。さらに、頻繁な書類作成は、医師だけでなく、療養中の被災者にも大きな負担となります。長期療養者は書類作成など事務的作業に介助が必要な場合も少なくありません。
今回の提案は、被災者が安心して療養できる環境を妨げ、労災の不当な早期打ち切りを誘発するだけでなく、場合によっては治療の中断、さらには被災者の自死を招く危険性すらあります。当連絡会議としては、安易かつ早期に症状固定の医学的判断を主治医に求めようとする今回の提案に、強く反対いたします。

③ 同じく「A2」において記載されている、長期療養者の「社会復帰を推進する体制整備が重要」という指摘については、症状固定後の被災者の状況について充分な現状把握をした上での対策が必要です。
現在、精神障害の障害等級では非器質性の精神障害については、9級の7の2「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」が一番重い等級で、障害補償は一時金で給付基礎日額の391日分です。症状固定され、障害等級9級の一時金を受けとった後、その被災者は働くことができるでしょうか。
例えば、「事業場が大企業でリハビリ就労にも取り組み、たとえ一日に数時間、週に2-3日しか働けないとしても職場で受け入れる」というような幸運な被災者はほんの一握りです。ほとんどの事業場は、受け入れようにも配置できる部署がなかったり、短時間しか働けない人を雇用できるほど資力が無かったりという状況であり、職場復帰が困難な状況に直面している長期療養者の方がはるかに多いのです。精神障害を持つ方の就労支援施設、作業所などもすべての人が受け入れられるわけではなく、適切な支援を受けられない場合の方が多いのが現実です。労災(障害補償)の一時金が尽きれば生活保護を受給するしかなくなる被災者もいます。現在、精神障害で長期療養している1,000人以上の被災者が労災補償を打ち切られれば、そのうちの数百人から1,000人以上の人が生活保護を受給せざるを得ない状況になる可能性もあります。本来、業務が原因であり労災保険によって補償をするべき被災労働者であるのに、生活保護制度がその受け皿になるのはきわめておかしな話です。
長期療養者の社会復帰を考える上で、「障害等級」の見直しと「職場復帰」制度の充実は、必要かつ最重要です。その点について何ら具体的な検討のないまま、療養期間の目安を示す、あるいは症状固定の医学的判断を主治医に求めるといった提案が先行するのは、長期療養者の療養や補償、そして命そのものを根底から危うくする議論であると言わざるを得ません。
第10回の論点資料では「被災労働者の社会復帰支援に関しては、認定基準の問題とは別途、検討を深めていくことが必要ではないか」とも記載されています。しかし、本来であれば、療養期間の目安などという軽率な議論を提案する前に、まず社会復帰支援について調査・検討を尽くし必要な政策を実施していくことこそ、厚労省の職務です。今回の議論は、基本的な検討の順番からして完全に誤っています。
そもそも、今回の専門検討会の主たる検討事項は、「パワーハラスメント対策の法制化を踏まえた認定基準の検討」および「精神障害に関する最新の医学的知見等を踏まえた認定基準の検討」です(専門検討会開催要綱)。第9回までの議論において、長期療養者の状況について十分な知見の収集や検討などは行われていません。丁寧かつ慎重な分析・検討なしに、唐突にこのような提案がなされ議論が進むことそのものがきわめて不適切な検討会の運営です。
当連絡会議としては、専門検討会が本来任務とする認定基準の議論に立ち返ること、そして、安易に長期療養者に関する議論を進めないよう、強く求めるものです。

※第10回検討会の論点資料
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_29878.html

以上

安全センター情報2023年5月号