【特集2 心理社会的リスク:高まる危機】バーンアウト(燃え尽き症候群):いつになったら正式な認定を期待できるのか?/アラン・ブロエ 欧州労働組合研究所(ETUI)

否認されてきた「バーンアウト」

一般的には職業的疲労の代名詞として使われるバーンアウトだが、欧州では、2か国を除いて、いまだに職業病として認識されていない。患者の数は年々増え続けている。この否認は、いつになったら本格的な予防につながるのだろうか。

2022年1月、ストロマエは、欧州のテレビ番組で最大の視聴者数をほこるフランスのチャンネル1の午後8時のニュース番組にゲスト出演した。インタビューの途中でこのベルギー人歌手は、新しいアルバムからの未発表曲を即興で演奏して、視聴者を驚かせた。その心にしみるリフレインを歌ったのだ。

「自殺を考えたこともある、 そしてそれを誇りに思わない。
ときどきあなたは、それが唯一の方法だと感じることがある。
こうしたすべてが私を地獄に突き落とす。」

カニエ・ウェスト、ブリトニー・スピアーズ、ジャスティン・ビーバー、リアーナ、アンジェリーナ・ジョリーといった他の多くの世界的スターと同様、ストロマエもバーンアウトに苦しんでいた。

彼の歌は、日々労働者を数週間、数か月、あるいは数年間も職場から遠ざけてしまう、この病気の壊滅的な影響の証言である。この歌はまた、どのような職業も免れないという事実を強調している。最近もエリート・スポーツ選手がその犠牲になっている。彼らの前任者たちは、「精神的疲労」や「フォームや体力の欠如」を口にしたかもしれないが、今日のチャンピオン・アスリートたちはもはやメンタル面の不調を口にすることを恥じることはなくなった。テニスの大坂なおみ、水泳のマイケル・フェルプス、体操のシモーネ・バイルズなどは、東京オリンピックの総合競技で優勝候補に挙げられていたが、まさかの辞退を表明した。あるときは嗚咽し、次の瞬間には微笑んだ彼女は、自分にとって正しいことをし、メンタルヘルスに集中しなければならなかったと説明した。

しかし、バーンアウトは有名人だけのものではない。

欧州レベルでの関連データは乏しいが、誰もがバーンアウトに苦しむ人を知っているか、または知っていたという状況であるから、この問題はもはや見過ごすことはできない。この問題の大きさを理解するには、バーンアウトの予防を専門とする、ルーヴァン・カトリック大学(ベルギー)からのスピンオフであるブライト・リンクが行った研究を見ればよい。約5千人の労働者を対象に実施されたこの研究では、対象者の18%が疲労困憊のリスクを抱えていることが明らかになった。その原因は、2つの心理社会的リスク要因である相反する指示及び加重の仕事量に起因していた。

ストレッサーのインパクト

職業リスクを予防するには、まずそれを特定しなければならない。

とくに労働者自身がそのようなリスクを否定している場合、これは容易なことではないが、科学者たちは今日バーンアウト現象についてコンセンサスに達している。バーンアウトは、心理的、認知的、身体的な極度の疲労状態であり、労働及びとりわけ労働者のコミットメントのレベルに関連していると考えられている。RPBO(ポスト・バーンアウトの専門家ネットワーク)の創設者であり、著書『バーンアウト後の人生の再構築』の著者であるサビーヌ・バタイユが説明するように、最終的に、無価値感やプロとしての誠実さに疑問が投げかけられたとき、彼らは苦悩に満ちた「名誉のバッジ」のようにバーンアウトに耐えることになる。

それが仕事の要求とそれに対処するのに必要な資源との不均衡の結果であることを考えれば、バーンアウトが職業病として認められるのは当然である。

いずれにせよ、これが2019年5月下旬に世界のメディアが「WHOがバーンアウトを疾病と認定」という見出しで掲載した際に暗示された一般的な結論である。世界保健機関(WHO)は、その戦略を定めるジュネーブでの年次総会で、国際疾病分類(ICD)リスト-健康診断の世界的基準-にバーンアウトを含めた。しかし、バーンアウトとその課題をめぐる混乱を強調するように、WHOは24時間も経たないうちに、次のような明確な見解を発表した。「バーンアウトは職業的現象として[…]含められたもので、医学的症状としては分類されない」。議論は終わったのか?完全に終わってはいない。なぜなら、WHOは実際にバーンアウトを「うまく管理されなかった慢性的職場ストレスから生じる症候群」として概念化いるからである。生理的プロセスとしてのストレスに関する研究は、人間の身体は、短期的にはプレッシャーを管理できるが、ストレッサーへの長期的または反復的曝露に直面すると苦戦することを明らかにしている。欧州労働組合研究所(ETUI)の研究者ピエール・ブラステギによると、このことは、労働環境の側面がストレッサーとして作用する可能性があることから、心理社会的リスクを予防することの重要性を浮き彫りにしている。

立証の責任

イタリアとラトビアを除けば、欧州のバーンアウト被害者は以下のことを証明しなければならない。

ヨーロッパにおけるバーンアウトの被害者は、補償を請求しようとしたら、彼らの病気の業務起因性を証明しなければならない。例えばフランスでは、バーンアウト患者は、職業病認定委員会に出頭し、永久的な部分労働能力損失(少なくとも25%)と、遂行した労働と経験した症状との因果関係を証明しなければならない。したがって、立証責任は労働者にあるが-使用者の権限に属する-労働の組織が、バーンアウトの主な原因であると考えられているのである。しかし、このような手続は長期に及びストレスも大きいため、あえてそのような道を進もうとする被害者はほとんどいない。

さらに、バーンアウトの原因は労働場環境だけでなく、被害者のパーソナリティにもあるとする説を読んだり聞いたりするのが日常茶飯事である。いくつかの個人的要因が多少は影響していることは認めざるを得ないが、バーンアウトの被害者はみな、その病気の発症には労働環境が大きく、決定的な責任を負っていると説明するだろう。「個人のプライベートな問題ではない」と、アイントホーフェン工科大学の教授であり、この分野の国際的な第一人者であるエヴァンゲリア・デメロウティ教授は断言する。「プライベートな問題であれば、積極性を少なくさせることはあっても、職務上の義務を果たす能力がなくなるわけではない」。バーンアウトは、たんなるパフォーマンスの低下とは異なり、しばしば労働者を深い憂鬱に陥れる、突然のメルトダウンとして経験される。

説明責任の問題は 職業リスクに関連する課題の核心にある。

著書『職業リスク:思いやりのある協力的な労働アレンジメントを育むことができるか?』のなかでアルノー・ミアス教授は、ある種の過酷な仕事が精査されるようになると、個人的なアプローチを展開して、個人のライフスタイル(食習慣、アルコール依存、タバコ依存など)に注目する傾向があると説明する。筋骨格系疾患では、一般的にその人の生理的体質、つまり遺伝的体質に注目する傾向がある。同様に、心理社会的なリスクは「心理学的に排除」され、個人に責任を負わせようとする。

労働者の福利を気遣うというみせかけのもとで使用者がこうした労働者を放置していることは、結局は労働環境や組織が問題にされることがないことを意味しており、そのような状況にある企業は労働条件を改善する機会を逸することになる。

管理職の影響

では、どうすれば職場に蔓延するバーンアウトを根絶できるのか?

欧州議会に労働安全衛生に関する報告書を提出し、ストラスブールでの本会議で政治的立場を超えて同僚議員の圧倒的な賛同を得た、デンマークのマリアンヌ・ヴィンド欧州議会議員はまさにその疑問が取り上げた。彼女の主張は、「商業ダイバーになりたければ、ライセンスが必要」だというものだ。しかし、チームを管理し、労働における福利を監督することに関しては、特別な資格が必要ない。バーンアウトをなくしたいと思うのであれば、管理職を訓練する必要がある」。エヴァンゲリア・デメロウティも同じ考えだ。彼女は、「管理職への昇進には、自動的にリーダーシップのトレーニングが伴わなければならない」と感じている。

社会学者で作家のサビーヌ・バタイユは、彼女の国フランスでは現在管理職が研修を受けていると主張し、将来的にはバーンアウトの被害者が管理職になるだろうとさえ予測している。「下層レベルだけでなく、中間レベルのスタッフ、管理職の間でも、あらゆるレベルで苦しみが起こっている」。彼女は取締役会の役割に疑問を呈している。「しかし、キャリアの個人主義化、『静かに辞めていく』こと、技術開発を予測できなかったことによるスキルの欠如を見るたびに、労働者への配慮に関して、企業は何を待っているのだろうかと思うようになる…とくに、心理社会的リスクの予防に1ユーロ投資すれば、健康状態の改善と労働生産性の向上というかたちで4ユーロの見返りがあることがわかっている」。

認知に向けた機運の高まり

欧州労働安全衛生機関(EU-OSHA)が実施した調査によると、欧州の使用主10人のうち9人が、労働安全衛生に配慮する主な理由として法令遵守を挙げている。したがって、短期的・中期的には、バーンアウトを職業病と認めることが、労働者を保護し、職場における予防メカニズムを強化し、スキルやコミットメントの面で信じられないような浪費に終止符を打つことができる唯一の方策であると思われる。

この決定は、心理社会的リスクに関する欧州指令のかたちをとる可能性がある。

[2022年]9月初めに欧州委員会のウルスラ・ファン・デア・ライエン委員長は、長時間に及んだ一般教書演説の中で、欧州の未来に関する会議の成果に大いに触発されたと述べながら、2023年のメンタルヘルスに関するイニシアティブを発表した。「彼女[欧州委員会委員長]が解決策を求めているかどうかはわからないが、少なくともそれについて話すことはいいことだ!」と、マリアンヌ・ヴィンドはほのかな警戒心を示しながらコメントした。

その2週間後の2022年9月28日、WHOと国際労働機関(ILO)という2大国際機関が、まさにこのテーマについてそれぞれの立場を表明した。

「いまこそ、労働がメンタルヘルスに及ぼす有害な影響に焦点を当てる時である」と、ガイ・ライダーILO事務局長と並んだ、WHO事務局長のテドロス・アダノム・ゲブレイエソス博士は述べた。この認識は遅きに失したかもしれないが、エヴァンゲリア・デメロウティは、新たな人材の確保に苦労している企業のボスにもそれを認めている。「これは使用者に、労働者をもっと大切にさせるはずだ」と、この著名な専門家は述べる。「とりわけ、前向きな話し合いや定期的なフィードバックが、コミットメントやパフォーマンス、創造性に影響を与えることは、誰もが理解していることである。われわれ、科学者、政治家、労働組合活動家は、解決策を明確にし、労働者が優秀で健康でいられるような保護的な社会環境を作ることを視野に入れ、ポジティブな物語を採用することが重要である」。

https://www.etui.org/sites/default/files/2023-01/HM26_Burnout%20when%20can%20we%20expect%20a%20formal%20recognition_2023.pdf

Hazards Magazine誌も、Number 163(July-September 2023)で「バーンアウト」の特集をしている。
https://www.hazards.org/mentalhealth/burntout.htm

安全センター情報2024年1・2月号