ILO:労働における有害な化学物質への曝露と結果としての健康影響:グローバルレビュー(2021.5.7) 知見の概要:職場大気汚染
▶職業曝露と考えられることはあまりないものの、職場における大気汚染は、作業施設の屋内であっても、屋外作業の間であっても、様々な急性及び慢性の健康影響を引き起こす可能性があり、また、予防することが可能である。
▶大気汚染の推計でもっとも一般的な汚染物質は、微小粒子状物質(PM2.5)やコース粒子状物質(PM10)、オゾン、二酸化窒素(NO2)、二酸化硫黄(SO2)などがある。特定の健康問題に重要な役割を果たし、大気汚染の推計ではあまり考慮されない、その他の大気汚染物質としては、ベンゼン、ホルムアルデヒド、一酸化炭素などがある。
▶大気汚染、粒子状物質、ディーゼル排気ガスは、IARCによってヒトに対する発がん性として分類されている(グループ1)。大気汚染はまた、心血管系及び呼吸器系疾患などの様々な器官系とも関連している。
▶世界では、12億人超の労働者が、労働時間の大半を屋外で過ごしており、屋外大気汚染への曝露のリスクにさらされている。WHOは、毎年86万人の死亡が大気汚染物質への職業曝露によるものと推計しているが、職場大気汚染による健康影響の実際の大きさは、はるかに大きいものと思われる。
▶大気汚染による健康影響は、女性と男性では異なるかもしれず、おそらく生物学的要因とジェンダーに関連した要因の作用によるものと思われる。
主要な曝露業種:全部門
主要な健康影響: がん(肺)、呼吸器系疾患、心血管系疾患
職業曝露の世界負荷:12億人超
労働関連健康影響:年間86万人超の死亡
曝露
すべての経済部門とサプライチェーンの全体を通じて、労働者は、通勤時から職場で働いているときまで、常に大気汚染に曝露している。世界的に少なくとも12億人の労働者が、その労働時間の大半を屋外で働いている。屋外労働者の方が、交通混雑や産業によって発生する大気汚染のレベルが高い地域の屋外労働者の方について、より高いレベルの曝露が観察されている。曝露のレベルは一般的に、低中所得諸国(LMICs)の巨大都市や工業地域で相対的に高い。COVID-19に関連したロックダウンの後に、中国やその他の国で観察された劇的な大気汚染の減少は、いかに産業活動や通勤が大気汚染とそれに関連した死亡に影響を与えているかを明らかに示した。
屋内大気汚染への職業曝露も労働者にとって大きなリスクである。屋内大気汚染は、化学物質、ガス、ヒューム、エアロゾル、粒子やその他の物質によって引き起こされる可能性がある。それはとりわけ、燃焼、洗浄や内燃などのプロセスを含む部門でとくに多い。換気が十分に行われていない場合には、屋外大気汚染物質の濃度が高くなり、労働者が有害なレベルの曝露を受ける可能性が高くなる。
2016年に世界の人口の91%が、WHOの大気環境基準を満たさない場所で生活し、また働いていた。世界には33億人以上の労働者がいることを考慮すると、30億人もの労働者が空気の質がWHO基準を下回る場所で働いていた可能性がある。
健康影響
がん
大気汚染は、IARCによってヒトに対する発がん性として分類されている(グループ1)。IARCによれば、大気汚染が肺がんを引き起こすという十分な証拠がある。屋外大気汚染の重要な要素である、粒子状物質もまた、IARCによりヒトに対する発がん性として分類されている(グループ1)。肺がんについてだけで、大気汚染は世界で毎年223,000人の死亡を引き起こしている。加えて、ディーゼル排ガスが、、IARCによりヒトに対する発がん性として分類されている(グループ1)。トラック産業と鉱業の労働者についての曝露-反応推計は、これらの労働者の年間肺がん死亡者数の約6%がディーゼル排気ガス曝露によるものである可能性を示している。より微小な粒子状物質(PM0.1)も、脳や乳房など肺以外の器官のものを含め、高いがんの発生率と関連していることがわかっている。
その他の健康影響
PM2.5は、もっともよく研究されている大気汚染の形態であり、いくつかの器官系における様々な疾病と関連している。もっとも強い因果関係は、PM2.5汚染と心血管系・呼吸器系疾患との間で見られている。176,309人の建設労働者を対象としたコホート研究は、粒子状大気汚染、とりわけディーゼル排気ガスへの職業曝露が、虚血性心疾患のリスクを増加させることを示した。ディーゼル排気ガスに曝露する労働者における慢性閉塞性肺疾患(COPD)のリスクの増加も観察されている。相対的に大きな粒子と比較して、相対的に小さな粒子状物質(PM0.1)は、有害な影響を及ぼす傾向があり、曝露が心血管系健康に重要な役割を果たすと考えられている。汚染と健康に関するランセット委員会によって行われた世界疾病負荷[GBD]推計は、年間42万人の死亡を屋外大気汚染に起因するものとしている。
WHOは、職場における特定の大気汚染物質への職業曝露の健康影響は、年間86万人以上の死亡を引き起こしていると推計しているが、職場大気汚染による健康影響の実際の大きさははるかに大きいものと思われる。職場、職務や部門によって、大気汚染物質や職業曝露のシナリオが多様であることや、曝露が啓発する可能性を考えれば、世界疾病負荷を定量化することは困難である。
地域的傾向
LMICsがもっとも大気汚染によって影響を受けている。実際、環境大気汚染物質による死亡の89%がLMICsで生じている。インドと中国のいくつかの都市では、100μg/m3を超えるM2.5汚染の年間平均濃度を記録しており、2015年の環境大気汚染による世界の死亡の50%以上がインドと中国で生じている。WHOによると、人口10万人以上の開発途上国の都市部の98%が、PM2.5汚染に対するWHOの世界的な大気環境ガイドラインである10μg/m3を満たしていない。
事例研究:ロンドンにおける通勤中の大気汚染物質への労働者の曝露-様々な社会経済的集団の間に格差があるか?
低所得の労働者が大気汚染物質への相対的に高い曝露を経験することが多い。収入剥奪のレベルの異なる4つのロンドンの地域の、車・バス・地下鉄による典型的通勤者について、粒子状物質(PM2.5とPM10)、黒色炭素(BC)、超微細粒子(PNCs:0.02~1μm)への曝露を比較した(喪失が最大から最少へG1からG4)。BCとPMの最大濃度はG1でみられたが、PNCが最大だったのはG3でだった。収入剥奪の相対的に少ない地域の労働者は車の利用がほとんどで、通勤中の曝露量がもっとも低いが、通勤者当たりの排出量が最大だった。逆に、収入剥奪の高い地域の労働者は、バスに頼っており、曝露が相対的に高い一方で、一人当たり排出量は相対的に低い。これらの知見は、環境的正義のひとつの側面と、大気汚染曝露評価に社会経済的側面を取り入れる必要性を示唆している。
ジェンダーの役割
大気汚染と呼吸器系健康におけるジェンダーの役割は、曝露と健康影響が女性と男性では異なるという疫学的証拠が増えてきていることによって現われつつある。これが、ホルモン状態、肺活量や体格などの生物学的違いによるものか、活動パターン、喫煙習慣や職業役割などのジェンダーの違いによるものなのかはわからないが、この2つの間には相互関係があると考えられる。研究結果は様々であるが、より多くの成人を対象とした研究は、女性における影響が相対的に強いことを示し、子どもを対象とした研究は、幼少期の男性と幼少期以降の女性における影響が相対的に強いことを示唆している。
選択された優先行動:職場大気汚染
国の政策措置の例
▶大気汚染による労働環境における職業ハザーズの予防・管理・保護のためにとられるべき措置を規定した、国の法律または規則を策定する。汚染物質排出源を根絶する大気汚染規制は、優先事項であり、国際的、国内的に協調した規制が必要である。
▶1977年の労働環境における大気汚染、騒音及び振動による職業ハザーズからの労働者の保護に関する条約(第148号)を批准・実施する。主な規定は以下のとおりである。
-職場大気汚染曝露のハザーズを判断するための基準を定めるとともに、これらの基準に基づいて曝露限界を特定する。
-工学的対策を新たな工場やプロセスの設計または設置段階で適用、または既存の工場やプロセスに追加、若しくはこれが可能でない場合には、補助的な組織的対策によって、作業環境における大気戦によるあらゆるハザーズを根絶する。
政策決定者のための追加的行動
▶グリーンジョブの創出、作業工程における固形燃料の使用の低減し、よりクリーンで持続可能なエネルギー源・プロセスへの移行を促進する。
▶大気汚染が深刻な時期には、屋外での作業を減少・中止する警告のを出すためのガイドラインを、国及び地方レベルで実施する。
▶環境大気汚染と労働安全衛生に対する責任について、使用者と労働者の注意を喚起する。
▶屋外での作業中の環境大気汚染への曝露を労働安全衛生問題として認識するとともに、労働者の保護を提供するために労働安全衛生規則・基準を活用する。
▶例えば屋外での焼却を避けたり、職場における他の大気汚染源を管理するなどにより、大気汚染の防止と管理に企業や職場が取り組むためのツールキット・プログラムを提供する。
▶大気汚染物質の排出を予防し、全体的な環境パフォーマンスを改善するために、民間部門、企業や職場と協力する。
▶労働安全衛生、環境保護、グリーンな職場、環境・職場の大気汚染を防止するための技術移転やイノベーションを促進する。
職業曝露限界(OELs)
▶大気汚染に対するOELsを更新・実施・施行するとともに、これらOELsの世界的な調和を確保する。
▶大気環境基準とOELsは、多数の職場大気汚染物質について、組織や国の委員会によって制定されている。WHOとILOによって作成された国際化学物質安全データシートには、1,700以上の物質の職業曝露についての利用可能な基準への参照が含まれている。
現実的な職場介入の例
▶屋外での作業時間を減らし、労働者を交代させ、砂嵐を含め深刻な大気汚染が発生した場合の作業を制限することによって、曝露を低減する。
▶適切な呼吸器、フィットテストや労働者の訓練を含む、呼吸器保護プログラムを提供する。
▶労働者の医学的監視を実施する。これには、例えば、喘息、COPDや心発作・脳卒中等の心血管疾患など、大気汚染への曝露によって悪化する可能性のある基礎的健康状態の健康診断を含めるべきである。
▶作業環境の衛生監視を実施するとともに、自治体の源からの大気汚染のレベルを記録する。
▶曝露労働者における環境大気汚染に起因する可能性のある職業病(喘息、慢性閉塞性肺疾患、肺がん)を報告するとともに、労働災害制度とともにフォローアップする。
▶大気汚染への曝露で腫おじる可能性のある基礎的健康状態についての健康診断を含め、労働者の効果的な医学的監視のためのプログラムを設計する。
屋外大気汚染への職業曝露
屋外大気汚染物質への職業曝露は、曝露人口が多く、また、ハザードの根絶、密閉化や換気などの職場ハザーズの工学的管理のための従来の方法が、屋外環境に常に適用できるとは限らないことから、とりわけ懸念されている。使用者と労働者自身が、屋外大気汚染の源をわずかしか、またはまったく管理できないかもしれない。労働の世界における大気汚染対策は、すべての者に対する雇用とディーセントワーク及び社会的保護(SDG8)を拡張するとともに、効率的な産業プロセスに依存した持続可能な循環型経済に移行することによって、気候変動(SDG13)を遅らせることができるだろう。