ILO:労働における有害な化学物質への曝露と結果としての健康影響:グローバルレビュー(2021.5.7) 知見の概要:工業ナノマテリアル材料

▶工業ナノマテリアル材料(MNMs)は、特定の化学物質のグループに属するものではないが、少なくともひとつの寸法(高さ、幅、長さ)が100ナノメートル未満の材料と定義される。しかし、それらは組成によって、さらに分類される。

▶近年の様々な産業や製品におけるMNMsの生産・使用の増加は、労働安全衛生への影響の包括的評価の必要性を強調している。

▶健康ハザーズは、MNMsの吸入、接種や皮膚吸収によって生じる可能性がある。

▶多層カーボンナノチューブと二酸化チタンは、IARCによって発がん性の可能性あり(グループ2B)として分類されている。様々なMNMsについての、その他の健康影響には、慢性曝露による特定臓器への毒性がある。

▶ナノテクノロジーの分野は急速に拡大しており、それは、さらなる健康への影響やジェンダーに関連した影響について、まだ多くのことがわかっていないことを意味している。

主要な曝露業種:化学産業、飲食料品・たばこ、保健サービス、機械・電子工業、繊維・衣料品・皮革・製靴
物質:①カーボンナノチューブ(MWCNT)、②二酸化チタン
主要な健康影響: ①がん(中皮腫・肺がん)、②がん(肺がん)
職業曝露の世界負荷:限定的データ
労働関連健康影響:限定的データ


曝露

職場では、MNMsの吸入、接種や皮膚吸収によって健康ハザーズが生じる可能性がある。人間の肺は、表面積が大きく、上皮のバリアが薄く、血管が発達しているため、MNMsにとってよい侵入口になっている。経皮及び経口による曝露の可能性がある一方で、吸入した場合の方がより大きな全身投与量となる可能性が高い。

世界のナノテクノロジー市場は、2016年の392億米ドルから2021年には905億米ドルになると予想されている。これには、ナノ粒子を用いた日焼け止め用品、触媒コンバーター用ナノ触媒薄膜、薄膜太陽電池、ナノリソグラフィーツール、ナノスケール電子メモリ、その他多くの用途が含まれる。ナノシルバーは、その抗菌・抗生物質としての特性から消費者製品の製造に広く使用されており、もっとも使用されているのは電子機器、情報技術、ヘルスケア、繊維製品やパーソナルケア製品である。二酸化チタンと二酸化ケイ素のナノ粒子も、ナノシルバーとともにひろく使用されており、市販されているナノ製品の25%を占めている。MNMsはまた、害虫駆除剤にも使用されるようになっている

健康影響

MNMsの物理的特性とそれに伴う健康影響は、寸法、形状、組成、表面特性、溶解の電荷や程度など、その特性に依存する。人間は、燃焼プロセスによるものなど、非意図的に作られたナノ粒子に長い間曝露してきたが、近年のMNMs生産の増加は、労働者に対する新たな曝露リスクを表している。

がん

職業に関連したがんの疫学的証拠は通常、数十年間の潜伏期間後に初めて現われる。MNMsが登場したのはごく最近のことなので、そのような証拠は現在のところないことを意味している。比較として、アスベストに関連した中皮腫のピークは65歳以降である。しかし、発がん性についてのもっとも予測可能な毒物学的アッセイである、様々な長期がんバイオアッセイがあり、MNMsに対して行われてきた。また、様々なMNMsに関して、発がん因子の重要な特性に関連した試験管内アッセイも行われてきた。

多層カーボンナノチューブ(MWCNT)の1種類(Mitsui-7)は、IARCによって発がん性の可能性あり(グループ2B)として分類されている。このタイプのMWCNTは、ネズミの陰嚢内または腹腔内に投与した場合に、悪性中皮腫を誘発することがわかっており、吸入試験では、吸入性MWCNTに曝露したラットが肺腫瘍を発症したことが示された。MWCNTをラットに経気管肺内スプレーで投与すると、肺腫瘍と悪性中皮腫を誘発することが示された。近年、カーボンナノチューブ(CNT)によって引き起こされる病理変化の解明が進んでおり、炎症、線維化、がんとの密接な相互関係が示されている。重要な要素は MWCNTが長くて硬く、生物学的持続性の高い繊維でありながら、アスベストと同様に、肺末梢部に到達するほど小さいことであると思われる。メカニズム的には、多くのメディエーター シグナル伝達経路や細胞内プロセスが、炎症、線維化や悪性腫瘍の相互作用を支える主要なメカニズムであり、CNT曝露動物におけるこれらの疾病状態の病理的基礎となっていることが確認されている。これらの研究は、CNTによって誘発される病理学的影響が、とりわけ炎症、線維化、がんにおいて、メカニズム的に、また場合によっては因果関係的に、相互関係があることを示している。

(サイズを問わず)二酸化チタン(TiO2)は、IARCによって発がん性の可能性あり(グループ2B)、欧州化学物質機関(ECHA)によって疑われる発がん物質として分類されている。アメリカのNIOSHは、超微細なTiO2を職業発がん因子可能性ありとしている。これらの評価は、ラットを使った実験で肺がんリスクの増加を確認した研究に基づいている。とくにある吸入実験は、平均濃度10mg/m3の超微細TiO2に曝露したラットで、肺がんの統計的に有意な増加を確認している。より最近では、食品グレードのTiO2(E171、最大36%のMNMsを含む白色着色料)は、ラットの結腸に前腫瘍性病変を発生及び拡大促進することができたが、これは粘膜における炎症性微小環境の形成と試験管内での前腫瘍性細胞の選択に似ている。

その他の健康影響

発がん性の他にも、毒物学的研究から、多くの非がん影響が浮かび上がっている。単層カーボンナノチューブ(SWCNT)については、反復曝露による、生殖細胞変異原性及び特定臓器に対する毒性のハザードに関する証拠がある。MWCNTについては、反復曝露による、目の障害、生殖細胞変異原性及び特定臓器に対する毒性のハザードに関する証拠がある。銀ナノ粒子については、反復曝露による、呼吸器/皮膚感作性及び特定臓器に対する毒性のハザードに関する証拠がある。金ナノ粒子については、反復曝露による、特定臓器に対する毒性のハザードに関する証拠がある。二酸化ケイ素については、反復曝露による、特定臓器に対する毒性のハザードに関する証拠がある。二酸化チタンについては、反復曝露による、生殖毒性及び特定臓器に対する毒性のハザードに関する証拠がある。二酸化セリウムについては、反復曝露による、特定臓器に対する毒性のハザードに関する証拠がある。酸化亜鉛については、反復曝露による、特定臓器に対する毒性のハザードに関する証拠がある。

地域的傾向

アメリカ、韓国、中国、日本がナノ製品の最大の生産国であり、ナノテクノロジー特許の最大の割合を占めている。ブラジルや南アフリカなどの中所得国はMNMsを生産し、CNTを生産する研究所もある。低中所得諸国(LMICs)は牛乳パックや布地、衣類に組み込まれるナノシルバーを生産し、MNMsは医薬品業界での使用のためにも生産される。労働安全衛生規制の実施は一般にLMICsではあまり効果的ではなく、それら諸国の労働者が、高所得国のカウンターパートと比較して、潜在的な健康への悪影響の相対的に高いリスクにさらされていることを意味している。

事例研究:アメリカの労働者におけるカーボンナノチューブ及びナノファイバー曝露と早期影響の喀痰・血中バイオマーカー
カーボンナノチューブ・ナノファイバー(CNT/F)への職業曝露と早期健康影響の喀痰・血中バイオマーカーとの関連性を評価するために、アメリカの12の職場の108人の労働者を対象とした産業規模の横断的疫学調査が実施された。CNT/Fへの曝露は、個人の呼気ゾーン、フィルターを用いたエアサンプリングによって評価した。多数の早期健康影響のバイオマーカーがCNT/F曝露と関連していた。吸入性(respirable)CNT/Fよりも吸引性(inhalable)CNT/Fの方が、線維化、炎症、酸化ストレス、心血管バイオマーカーと相対的に一貫して関連していた。

ジェンダーの役割

多種多様なMNMsのグループと、ジェンダー影響を含めた、それらの人間の健康への影響についてはまだ多くのことがわかっていない。MNMsの使用は広く普及しているため、労働者のジェンダーバランスを評価することは難しい。ナノマテリアルの健康影響に関するほとんどの研究が齧歯類などの動物を対象として行われてきたなかで、とりわけ女性労働力に関連した健康影響を示すものがいくつかある。予備的証拠は、カーボンナノチューブが、女性の生殖器系に悪影響を及ぼす可能性があり、雌のネズミで胎児死亡、初期流産や胎児の奇形を引き起こすことを示している。二酸化チタンのナノ粒子は卵巣機能不全を引き起こし、免疫反応を制御する遺伝子に影響を与え、性ホルモンの正常なバランスを崩し、生殖能力を低下させる可能性がある。加えて、多くのMNMsは胎盤を通過して、内臓の発達や形態の変化、子の生殖系や神経系に障害をもたらす可能性がある。

選択された優先行動:工業ナノマテリアル材料

国の政策措置の例

▶リスクアセスメントの強化と職場でのMNMsへの曝露の低減に焦点をあてた国の法律または規則を整備する。

政策決定者のための追加的行動

▶MNMsに関する情報を収集し、一般に利用できるようにする。この例として、デンマーク・エコロジー・カウンシルとデンマーク消費者評議会によって作成されたナノデータベースがある。このデータベースには現在5千以上のMNMs含有製品が含まれている。

▶MNMsと、ジェンダー・性別を区別した影響調査を含め、それらの労働衛生上の影響に関する職場調査を増やすために資源を提供する。

▶今後のハザーズ・リスク評価に役立てるために、MNMsの特性とライフサイクルを考慮した、職場におけるMNMsに関する定期的なデータ提出の要求事項を確立する。

▶MNMsに対する共通の定義と毒物学的グループ分け戦略に向けて、国際レベルで社会的対話を強化するとともに、協調した行動を促進する。

▶とりわけMNMs曝露に関連した職場ハザーズに関する証拠が増えていることに照らして、MNMsの調和化されたラベル表示のための法律を確保する。

職業曝露限界(OELs)

▶職場のMNMsに対する包括的な規制OELsが現在しないことから、MNMsに対する証拠に基づいたOELs及びそれらを実施・施行する方法を開発する。それらのOELsの国際的調和を確保する。

▶職場曝露が、工業ナノマテリアル材料の潜在的リスクからの労働者の保護に関するWHOガイドラインの付録1で提案されているOEL値を超えているかどうかを評価する。職場曝露調査によると、多くの状況で、曝露が提案されているOEL値を急速に超える可能性がある。選択されたOELは、少なくとも、同じ物質のバルク形状に足して法的に義務付けられたOELと同じくらい保護的であるべきである。
-NIOSHは最近、OELを導き出すために、ナノスケールとマイクロスケールの粒子を危険性の強さで分類する定量的な枠組みを提案した。

現実的な職場介入の例

▶最初の対策として、MNMsが大気中に放出されないやり方にプロセスを変更することを検討する。

▶吸引曝露レベルが高い場合、または入手できる毒物学的情報がない、または非常に少ない場合には、工学的対策を使用する。

▶表面の清掃や適切な手袋の使用などの労働衛生対策により、経皮曝露を予防する。

▶証拠に基づいた方法を用いた、包括的曝露評価を用いて、労働者曝露評価を実施する。

▶MNMsのリスクと自らを防護する最善の方法について、曝露する可能性のある労働者を訓練する。トピックには、どのようなハザーズがMNMsに特有で、バルク材とは異なるのか、どのようなハザードクラスがMNMsに割り当てられているか、どのような職場曝露が測定され、どのような職務が労働者をもっともリスクにさらすか、提案されたOELsはどのように解釈できるか、いつ、どのようなコントロールバインディング、MNMsに対する特定の対策やPPEを用いることができるか、を含むべきである。適切な工学的対策、とりわけ呼吸保護がない場合には、フィットテストを含む呼吸保護プログラムの一環として、PPEを使用する。

リマインダー

ILO第170号化学物質条約は、包括的な対象範囲をもっており、新たな及び現出しつつある化学ハザーズを含め、すべての化学物質とすべての混合物を対象としている。そのように、第170号条約は立法上のギャップを生めるものであり、この条約を批准・実施することは、MNMsに対して優先課題とみることができる。さらなる情報はこちらでみつけることができる。