『なくせ! 労災隠し』を推薦する

全国労働安全衛生センター連絡会議議長・医師 天明佳臣

よい本が出た。

これは労災保険について、全国紙の記者たち自身が制度の実際を知らなかったことを正直に認め、取材に取材を重ねた上で、働く人びとのために、その制度と現状、そして問題点を正確に、かつわかりやすく提示した本だ。

厚生労働省からも労災保険の解説書は、これまでいくつも出ている。しかし、どれも無味乾燥で、私などは端から読み通す気になれない。労災の事案を抱えるたびに、被災者の権利を守るためと自らに言い聞かせつつ、ときには弁護士さんに助言してもらいながら、関係する条文や解説を読んで日常の仕事に困らぬ程度に制度理解をしてきたのだ。しかし、この本は通読できた。

「記者の目」、「労災隠しの現場から」、「報道記事から」、「労災をめぐる諸問題」の4部から構成されている、その「労災隠しの現場から」冒頭の5点にまとめられた労災保険の有利な点の説明にまず感服し、読み進められた。新聞記者のプロの筆力もあるだろうが、それだけではないだろう。政府刊行物との違いは、徹底して労災被災者の立場に立ち、事実を追求しようという記者たちの「志」にあるに違いないことが、ひしひしと伝わってきた。ちなみに、この頃、厚生労働省の役人たちと話していて、なぜこの人たちが厚労省を選んだのか、残念ながら「志」を感じることがほとんどない。

もう10年以上も前のことだが、私は患者に見せられた診察券に驚いた。それはある大企業の付属病院のもので、自費もふくめ社会保険、国保、生保などの保険種別の項に「課負担」というのがあった。医療費を患者の所属課が負担するというのだろう。ごく小さなけがや風邪程度の病気なら、医療費負担なしで(いや、まったく自己負担なしかどうかは、確かめなかった)、かつ身近で医療受診できるという点では、案外患者に利便を考えた措置といえなくはないか。しかし、私の前に座ったのは頸肩腕障害の患者で、会社の病院の治療を受けていても症状は改善されず、人に紹介されて私たちのところを受診したのだ。

労災隠しは古くて、新しい問題である。社会保険庁の診療報酬明細書(レセプト)の点検の結果、1990年からの10年間に労災事故が原因と思われるケース約58万件というデータをみて、記者たちは取材活動を始めたそうだ。この社会保険庁のデータ、労災事故が原因と疑われたケースが90年から2002年までの13年間に少しも減少傾向を示さず続いている事実に、私も改めて驚いている。社会保険庁のレセプトには、大企業の組合管掌健保のものはふくまれていない。

この本では、建設業下請け労働者、パート、派遣労働者など、労働組合がなく、労災隠しが多発している事業所の事例ばかりでなく、労働組合があってその支援によって労災認定にこぎつけ、さらに企業から上積み補償(民法上の不法行為に依拠する請求)を獲得した例も出ている。しかし、2003年7月現在、労働組合推定組織率はとうとう20%を割り、19・7%になった(厚生労働省「労働組合基礎調査」)。1000人以上の大企業での組織率はなお51・9%であるが、「企業の存続のためなら仲間の1部が解雇されてもしかたがない」という立場をとる組合が少なくない。

著者らが繰り返し主張しているように、だれよりも労災の被災者自身が労災保険で認められている当然の権利を主張すべきです。もし労働組合が頼りにならなければ、公的な相談機関としては労政事務所がありますし、全国各地にある、私たちのようなNPO労働安全衛生センター(あるいは労災職業病センター)に支援を求めていただくのもよい。 情報公開法を活用した取り組みの勧めも大賛成である。その点について、この記者たちは、労災で4日以上休業した場合に企業に提出が義務づけられている「死傷病報告」を厚労省が「原則非公開」としている点を理解できないという。まったくその通りだ。労災再発防止のための貴重な情報があるに違いない「報告」の原則非公開は、私も理解できない。私たちは事例ごとに「原則非公開」の部分の公開請求を繰り返している(例えば、全国労働安全衛生センター連絡会議情報公開推進局 http://www.joshrc.org/ を参照)。

もう1つ、労災保険料の使途の問題、これも指摘されているように極めて重要な点だ。かつて、公害Gメンと謳われた故田尻宗昭氏が旧労働省所管の団体の乱脈経理を弁護士と一緒に「中年探偵団」と称して追及されたことがあった。田尻さんは志半ばで病に倒れてしまったが、その後を、日常の仕事に終われる私たちは継いで行くことが出来なかった。この辺はマスメディアの方がたに期待できないだろうか。

さらに、この本の取材に協力された沢山の人たちに気持ちを忖度しつつ、本書の記者の方がたに希望を述べさせていただくなら、これから最低年に1度は、たとえば社会保険庁のレセプト・チェック結果をフォローしつつ、労災隠し問題を追及して欲しい。そのときは、私たちもその年に経験した事例を踏まえて、喜んで協力したい。

目次← →1 記者の目 まかり通る労災隠し