ミスター・フラフィー被害者のための政府支援を獲得したアスベスト・キャンペイナー、ジェームズ・ウォールナーが死亡(2021年5月8日 オーストラリアABCニュース)

「ミスター・フラフィー[Mr Fluffy]」アスベストの被害者のための金銭援助を2つの政府から獲得することに成功した男性、ジェームズ・ウォールナーがキャンベラで死亡した。
54歳の獣医学者は、昨年胸膜中皮腫と診断され、金曜日[5月7日]にキャンベラの病院で亡くなった。
ウォールナー氏は、ミスター・フラフィーとして知られることになった会社によって販売された、ばら詰めアスベスト断熱材に汚染された家屋で成長して、この病気にかかった。
兄弟のブルースは土曜日に、彼の死は悲劇的で、予防可能だったと話した。
ブルースは、「彼の苦しみが終わりつつあるときに救済」がなされたが、ジェームズの死は「起こってはなあなかったことだ」と語る。

「彼は約1万日の豊かな生活を失った。キャリアのピークを迎え、子どもたちが飛行機に乗り、結婚し、自分の子どもをもつのを見る日々のはずだった。」

家族の友人であるジェームズ・オロックリンは、人生最後の9か月をアスベスト被害者の正義のために捧げたウォールナー氏に敬意を表した。
「中皮腫は恐ろしい病気であり、ジェームズ・ウォールナーは、勇気と威厳、そしてユニークで素晴らしいユーモアのセンスをもってそれに立ち向かった」とオロックリン氏は言う。
「彼はいつも、補償制度を制定させる試みは自分のためだけでないと言っていたし、自分が見たことを彼に続くだろう他の『ミスター・フラフィー』中皮腫被害者に対する自分の責任だと、強く感じていた」。
「彼は暖かく、楽しく、思いやりがあった。誰もが彼を好きで、多くの人が愛し、私たちは彼を深く恋しく思うだろう」。

屋根裏の有害アスベストと暮らすこと

子どものとき、ジェームズ・ウォールナーは、3人の兄弟とともに、家の改修によってガレージに保管されたアスベストの山のなかで遊んでいた。
ウォールナー氏は昨年ABCに対して、キャンベラのキャンベルの家の天井から降ってくる「ほこり」に何十年も彼の家族は我慢してきたけれど、それについて考えたことはあまりなかったと話した。
彼の母親は、食品を汚染する物質を防ぐために、キッチンの天井の通気口をアルミホイルでふさいでいた。

私は、換気口とひびの入ったコーニスがあって、ばら詰めアスベストが舞い降りてくる可能性のあるその家で18年間暮らした」とウォールナー氏は語った。

しかし、ジェームズ・ハーディ社の「固められた」アスベスト製品によって中皮腫に罹患した人たちと違って、ウォールナー氏には補償の手段がなかった。
それは、ミスター・フラフィーが何十年も前につぶれてしまったための法の抜け穴だった。

すべての被害者の家族が金銭的援助を獲得

診断されたときにウォールナー氏は、家族や友人たちと一緒に、ACT[オーストラリア首都特別地域]と連邦政府に対して、この不治の病にかかったすべての人々を金銭的に支援するようロビー活動を開始した。
昨年後半にACT政府は、彼の医療費の増加をカバーするために125,000ドル[約1,065万円]の「恩典[act of grace]」の支払いを与えた。
さらに、水曜日[5月5日]遅く、連邦保健大臣が、ミスター・フラフィーの失敗のすべての適格な被害者を支援するために、より広い1,600万ドル[約13.6億円]のアスベスト支援制度を共同で創設することを確認した。
ウォールナー家族の家は、この致死的な天井断熱材が取り付けられたキャンベラの約1,040軒の家のひとつだった。
少なくとも他に4人の男性が、ミスター・フラフィー家屋に住んでアスベスト関連疾患で亡くなっていることが知られており、制度が運用可能になれば、彼らの家族は金銭的支援のための遡及請求を提出するよう勧められるだろうと考えられている。
1980年代後半に高額の費用のかかった連邦政府のプログラムによってミスター・フラフィー家屋は「除染」されたはずであるにもかかわらず、多くの家屋がアスベストに汚染されたまま残されている。
2014年にACT政府は、影響を受けた家屋を買い戻して、整地するために、10億ドル費やすと発表した。
ウォールナー氏がちょうど53歳-平均年齢よりも約20歳若い-で中皮腫と診断されたとき、彼の腫瘍学者は戸惑った。
「彼の私に対する最初の質問は『アスベストに曝露したことはあるか?』だった。そして、私は『ミスター・フラフィー家屋で育った』と答えた」と、ウォールナー氏は昨年ABCに話した。
「彼はそこで少し呆然としたように見えたので、それは私が思うにかなり明白でした」。

ウォールナー氏が死につつあるときに発表された援助

ちょうど2か月前、ABCの7.30[番組名]に対して話したとき、ウォールナー氏は、補償基金のための闘いが彼にとっては「遅すぎた」かもしれないとおそれた。
連邦政府は、アスベスト支援基金の発表が、ウォールナー氏がキャンベラの病院に移されるわずか数時間前に急いで行われたことを認めた。
彼の兄弟、ブルースはジェームズにこのニュースを伝えた。

「彼は、『兄弟、それは素晴らしい。誰かが死ななければならないのは残念だ』」と、ブルース・ウォールナーは語った。

発表の後に話す中で、ACTの労働党議員で前州首相のケイティ・ギャラガーは、ウォールナー氏を称えた。
「彼の語は、レの応答曲を説得するのに非常に強力だったので、彼らは一歩進んで、このような基金でACT政府を支援する必要があった」。

キャンペイナーが2つの政府を団結させた

ミスター・フラフィーの物語は長年、政治的論争のなかで泥沼化し、連邦政府とACT政府のどちらもその影響に対する法的責任を受け入れる用意がなかった。
個の断熱材は、連邦がACTについて責任を負っていた、1968年から1978年にかけてキャンベラの家屋に取り付けられた。
1989年に特別地域に自治政府が与えられたとき、ACT政府はミスター・フラフィーによって汚染された家屋も相続した。
現在、ACT政府は、新たな金銭的支援制度は補償でも責任の承認でもないと指摘している。
ミスター・フラフィーの恐ろしい遺産とともに生きる家族にとって、この言葉遣いは的外れかもしれない。
しかし、ACT自由党議員のゼッド・セセリャは今週、制度への資金提供は、諸政府がアスベスト製品に関する健康上の警告を無視していた過去の過ちに対して、連邦政府が「責任を負う」ということだと述べた。
人生の最後の数か月のうちに、ウォールナー氏は、彼の前に多くの人が試みたが失敗したこと、両政府に、政治を脇において、ミスター・フラフィー家屋に住んだことによって死ぬ人々に焦点を当てさせることをしてしまった。
彼は、単にその致死的な診断を受け入れて、沈黙のうちに苦しんでいたかもしれない。
そうではなく、自らのアドボカシーとアジテーションによって、彼は、今後数十年間にわたってミスター・フラフィーの被害者を支援するだろう重要な勝利をかちとったのである。
そうすることで、ウォールナー氏は、2つ政府を-いかなる未解決の法的議論にかかわりなく-これらの被害者とその遺族を支援することは単純に正しいことであるということの公認に引き込んだのであった。
彼は、その妻リンダと彼らの2人の息子、マックスとチャーリーを残して逝った。


出典:https://www.abc.net.au/news/2021-05-08/asbestos-campaigner-james-wallner-dies-aged-54/100126042