安全経営の第一歩になるか、書類だけ増えるのか『別れ目』 2021年4月19日 韓国の労災・安全衛生

資料写真チョン・キフン記者

「重大災害が発生しても、今までは、代表理事は『知らなかった』として処罰を受けずに済んでいました。しかし、代表理事が安全と保健計画を立てて、理事会の承認まで受けたのに、また『知らなかった』という弁解が通じますか?」(弁護士Aさん)

「理事会の案件に安全と保健計画が登場したことは、これまでただの一度もありません。理事会の案件になるということ自体が、ものすごいパワーでしょう。」(プラント企業理事Bさん)

「安全と保健計画を立てて理事会に報告しなければ処罰されます。しかし、安全と保健計画をキチンと履行しないときはどうなるのでしょう? 何の規程もありません。何の実効性もない制度です。いわば『ペーパーワーク』(書類作業)です。安全・保健関連部署だけが忙しくなるでしょう。」(安全工学科の教授Cさん)

「今年の会社の安全と保健計画が何かは知りません。現場で目に付く変化は全くありません。代表理事がどんな計画を立てたのか、またどんな内容が理事会で議論されたのか、参加した理事は分かるでしょう。労組は全く知る術がありません。」(労働組合安全保健担当者Dさん)

今年の1月1日から施行された『代表理事の安全保健計画樹立制度』を巡る評価だ。制度施行初期という点を勘案しても、評価は鮮明に分かれている。来年の「重大災害処罰などに関する法律」(重大災害処罰法)の施行と合わせて、安全保健を優先する経営に転換するという期待もある一方で、実効性がなく、ただの書類作業に終わるという憂慮が今なお残る。実際、すべての制度は諸刃の剣だ。制度をどのように執行するかによって、効果が現れたり副作用が現れたりする。今年初めて施行する『代表理事の安全保健計画樹立制度』は、今、その分岐点に立っている。

雇用労働部によれば、2018年の産業安全保健法の全面改正によって、14条(理事会への報告と承認など)が今年1月から施行された。対象は、常時労働者500人以上を使用する企業と、施工能力上位1千位以内の建設会社だ。

主な内容は、代表理事が安全保健に関する計画を樹立し、理事会の承認を受けなければならない、だ。産業安全保健法の施行令は、計画には安全保健に関する△経営方針、△組織構成と人員および役割、△予算と施設の現況、△前年度の活動実績と次年度の活動計画、を含むように規定している。

代表理事がこのような計画を理事会報告しなかったり承認を受けなければ、1千万ウォンの過怠金が賦課される。代表理事は安全保健計画を誠実に履行して評価し、翌年の計画に反映するとしている。

このような制度が導入された理由は何か。労働部は、代表理事の安全保健計画樹立ガイドラインで「会社全体の安全と保健に関する最終的な義務と責任は代表理事が負うため」としている。実際、産業安全保健法の175の条項の中で、『代表理事』が明示されている条項はこの14条が唯一だ。働く人たちの『安全保健』の領域で、代表理事の義務と責任範囲を定めた唯一の条項である。

この間、重大災害が発生しても、代表理事の責任を追求するケースはほとんどなかった。労働部が発注して、韓国比較刑事法学会が行った『産業安全保健法違反事件の判決分析研究』によれば、2013~2017年の5年間に、産業安全保健法違反で裁判所の宣告を受けた事件の被告人は、自然人1678人、法人1136ヶ所だ。この内、懲役刑を受けたケース(自然人)は64人、禁固刑は22人で、86人に過ぎない。違反事犯全体の3%を越えなかった。

裁判所の宣告当時の被告人の職責(重複応答)を見ると、安全保健管理責任者が35.7%(1756人)で最も多く、元請けの事業主が34.6%(1702人)で二番目だった。続いて下請けの事業主12.7%(624人)、元請けの現場所長10.6%(522人)、下請けの現場所長5.8%(286人)の順だった。

更に、懲役刑だけを見ると、全く別の結果が出る。懲役刑を宣告される比率(分析可能な判決文を基準に)を見ると、下請け事業主が276人中11人で4%を占め、職責別の懲役刑の宣告比率では1位になる。続いて、下請けの現場所長(8人)と元請けの現場所長が1.4%で共同2位、元請けの事業主が懲役刑を受ける比率は0.9%(1579人中14人)で、最下位だった。

今、何よりも『代表理事』に注目する理由は、来年施行される重大災害処罰法と連動されるからだ。重大災害処罰法4条(事業主と経営責任者などの安全と保健の確保義務)の主語は、「事業主または、経営責任者など」だ。これらが、△災害予防に必要な人材や予算など安全保健管理体系の構築と履行、△災害発生時の再発防止の樹立と履行に関する措置、△安全保健関係法令による義務履行に必要な管理上の措置を疎かにして、1人以上が亡くなる重大災害が発生すれば、1年以上の懲役または10億ウォンの罰金を受けることになる。

法制定当時から、事業主と経営責任者は誰かを巡っての論争が大きかった。今でも、財界はこの範囲を狭めるためにありったけの力を振り絞っている。重大災害処罰法2条で、経営責任者の定義は、「事業を代表して事業を総括する権限と責任がある者、またはこれに準じて安全保健業務を担当する者」だ。韓国経総など6つの経済団体が共同で出した『重大災害処罰法施行令の制定に対する意見書』で、処罰を受ける経営責任者の範囲に「産業安全保健法により安全保健責任者を選任した場合、安全保健管理責任者を入れる」と主張している。一歩進んで、「権限と責任を持っている安全保健管理責任者を選任すれば、『事業を代表して事業を総括する権限と責任がある者』は、その範囲内で責任を免じる」という条項を施行令に入れることを要求した。母法を最初からひっくり返す施行令を作ろうということだ。

ソン・イクチャン弁護士は、「産業安全保健法14条で、代表理事に安全保健管理体系構築の責任を付与しているので、重大災害処罰法4条で、代表理事に対して、義務を履行せずに発生した重大災害の責任を問うことも十分に可能だ」と説明した。実際、九宜駅のキム君の事故の1年前に、江南駅で同じスクリーンドアの産災死亡事故が発生したのに、ソウル交通公社は二人一組作業のための十分な予算と人員を請負費に反映しなかった。災害予防のための人員と予算といった計画を元請け代表理事がキチンと立てずに、死亡事故に繫がったと見ることができる。ソン弁護士は「産災事故当時の個別的な義務違反だけでなく、義務違反が発生せざるを得ない構造的な原因を提供した元請け代表理事の処罰が可能になる」と話した。

一方で、実効性がないという主張もある。ソウル科学技術大のチョン・ジンウ教授(安全工学)は、「安全保健計画に、安全保健に関する設備と人員・予算・組織を含むようにとしているが、法だけを見れば、何が安全保健関連の設備なのか、人員・予算なのかは、全く知る術がない。」「企業が、いずれ交替しなければならない老朽施設を更新して安全保健設備としても、全く問題にならない」と指摘した。粗雑な法体系で処罰だけを強化し、むしろ法規範性を害するだけの結果になるという指摘だ。

しかし、企業には少しずつ変化が感知される。H㈱のソン・チャンソプ理事は、「施工能力1千台の建設会社の中には、職員数が10人ほどの小規模な会社もある。」「代表理事が、人員と予算、活動計画と活動実績を樹立して理事会の承認を受けようとするだけで、安全保健を考慮した経営方針を樹立するしかない」と見通した。彼は「中小建設会社で、ほとんどが非正規職だった安全保健人員が、今年になって正規職に転換され、役割に比べて注目されなかったこれらの声も大きくなり始めた」と話した。

もちろん施行の初期なので、整備すべき部分も多い。法によって代表理事に安全保健計画を樹立して理事会の承認を受けるようにしたが、これを公示したり履行の有無を監視できる手段はない。企業が守らなければそれだけだ。これについて労働部は、「事業場で重大災害が発生して監督を実施する時、会社全体として安全保健計画を樹立して適用しているかどうかを判断できる」と説明した。重大災害発生以後の勤労監督の過程でも、履行の有無が判るという意味だ。

韓国労総のキム・グァンイル産業安全保健本部長は、「最近、企業が代表理事の責任を免れるために、理事会に権限を委任するやり方で、この条項を回避する方法を研究中だという話まで出回っている。」「代表理事の安全保健計画樹立義務をキチンと守っているかを、徹底的に監視すべきだ」と主張した。民主労総のイ・ヒョンジョン労働安全保健局長は、「事業場で、労組が産業安全保健委員会の案件として、代表理事が立てた安全保健計画を議論すれば、労働者の参加が可能になる」とし、「関連の実態調査をして、制度の改善方案を探す」と話した。

2021年4月19日 毎日労働ニュース キム・ミヨン記者

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