胆管がんシンポジウム-パネル・ディスカッションの記録 2012年12月16日大阪

胆管がんシンポジウム-パネル・ディスカッションの記録

片岡明彦(関西労働者安全センター) 午後のディスカッションをはじめるにあたって、最初に、SANYO-CYPの被害者と家族の方からご発言いただきたいと思います。
岡田俊子  皆さんこんにちは。岡田俊子と申します。46歳で亡くなりました岡田浩の母です。よろしくお願いします。今回、この会場に寄せてもらって胆管がんっていう病気の怖さがはっきりわかりました。帰って、息子に報告がちゃんとできることが一番うれしく、皆さんのおかげと思って喜んでおります。ありがとうございました。
野内豊伸  17人目になりました。おとついに、病院で正式に判断いただきました。1月の中頃に肝臓の肝細胞の部分を切りましょうかということになっております。会社の対応があまりにも杜撰なのでえぇ加減にせいやと言いたいところです。そんなところで。

SANYO-CYP社

片岡  まず、SANYO-CYPの作業状況。それとの関連での会場からの質問もありますので、それに答えていただきながらはじめていきたいと思います。2点ほど、SANYO-CYPに関連するご質問があります。ひとつは、SANYO社の洗浄作業の説明をしていただいたけれども、1回の洗浄では何ccくらいの洗浄剤を使って、何分くらいやるのだろうかと。洗浄は1日300回から800回ということですが、1日というのは8時間なのか24時間のことなのかという質問です。もうひとつは、今回の胆管がんの事件報道でこの印刷会社での労働安全衛生管理の不備はいくつか挙げられてはいますけれども、作業環境測定未実施については―この方は分析の仕事をされている方のようですが―自分の経験では見たことがなくて、非常に違和感を感じていると。この事件が起きるまで測定が未実施になっていたというのはどういった事情だったのかということなので、この件については熊谷先生からお願いします。
熊谷信二(産業医科大学)  まず、洗浄作業についての質問です。1日と言っているのは、8時間シフトで、2交代でやっていたので16時間という考えで計算しています。ただ、実際には残業等があって、結果的にシフトとしては朝9時から6時くらいまで、それから6時から3時というシフトで、仕事が終わっていなければさらに引き続くということで、場合によっては朝まで24時間になっている時もあると聞いています。私が言っている300回から800回というのは基本16時間という考え方です。1回にどれだけ使っているのかというのは、だいたい1日に一斗缶で2.5缶くらいを1990年代は使っていたと聞いていますので、それをさっき言った回数で割ってもらったらわかると思うんですけど、1回で50ccから100ccくらい使っていた計算になるかと思います。洗浄時間は1回で数分ということだと思います。それから、作業環境測定未実施について見たことがないというのがありましたが、これはたぶん事件報道の中で労働安全衛生管理の不備がいくつか取り上げられましたが、作業環境測定未実施について、報道が取り上げていなかったのでということじゃないのかな?
参加者  おっしゃるとおりで、報道がそれを問題視していない。すべてのメディアをチェックしているわけではないですが、例えば安全衛生委員会を開いていなかったというのは新聞記事でみました。要はこういう事件を起こさないために何が必要か。私が測定の仕事をしてるからということでもないんですが、測定して状況を把握して対応を取るということが一番大切だと思っていますので、そこがなされていなかったことに対してなんでかなぁと疑問に感じました。
熊谷  作業環境測定をしていなかったという話は私もしていると思うのですけど。マスコミの方が取り上げなかったというのは、なぜでしょう?
片岡  記事を書いたことのあるマスコミの方はいらっしゃいますか?
記者A  うちの新聞で一行くらい書いたとは思います。いま二点感じたのですが、一点はSANYO社が安全衛生法違反がいろいろな部分であったというのはあります。それからマスコミの知識として、私もこの取材をはじめながら、安全衛生法とかを勉強しながら取材したというのが正直なところで、専門家の皆さんから見たときに不足してる部分があったことは否めないと思います。
片岡  故意に報道規制をしたわけではないと。
記者B  ほぼ同じですが、作業環境測定をしていないというのは大切な気がしたんですが、問題として、この作業環境測定という言葉をそのまま使ってしまうと、その言葉自体をきっちり説明しなければいけなくなると、紙面上でどれくらい取れるかなと考えると記事にしないで通過してしまったという点があるかもしれない。そういう点で言ったら、いまとても重要なというご指摘をいただいたので、それを踏まえると見識不足であったと反省しています。
片岡  いまの点を含めて先生方何かありますか?
中地重晴(熊本学園大学) 作業環境測定は有機則とか特化則で測定義務があれば届出をしなければいけないので、監督署で認識をしていれば、報告があがっていないのであればどうなっているのかということを監督官が立ち入り調査すれば、行ってみたら臭いがすごいなぁと。現場に行けばわかりますから、何らかのかたちで指導することができたと思うんですが、このSANYO社自体は規模としては大きくない。印刷業としては大きいかもしれないけれど、普通の事業所としては大きくなくて、労働基準監督署の監督官が何年に一回まわってくるのか。大きな災害でもなければ立ち入り検査することがないのでフリーパスになったのかなというところがあります。有害物を扱っている所についてはきちんと管理をしていくかどうかというのを調べるひとつの方法としては、作業環境測定をきっちりチェックするという仕組みが必要かと思います。立ち入り検査しておかしいと。これとこれを改善しないということで特定安全衛生職管理職場、いわゆる特安指定ということになれば、いろいろなことをきっちり調べないとそれが解除されません。解除されないと保険料に跳ね返ってくるような、非常に悪質な職場に対しての罰則的な仕組みはあるのですが、それに引っかからない99パーセント以上の普通の職場というのはフリーパスになってしまうので、そのへんのチェックをどう入れるのかは大切なことであると思いました。
片岡  当時のSANYO社の状況、熊谷先生の報告を思い出していただきたいのですが、1996年に最初の患者さんが出ました。98年に最初の死亡者が出ました。少し間があって2003年からまた発症者が出てきていて今日に至っているということで、おそらくその流れとSANYO社でどのような対応が取られていたとか、どういう話が一般労働者のレベル、もうひとつ上のレベル、社長、経営者のレベルでされていたのかということはほとんどわかっていない状況で、かなり推測も交じりますが、少なくとも一番下の労働者の人たちの話を聞く限りにおいては、危険認識はなかったというか、考えてもいなかったという話が多いですよね。われわれが聞いた中では、そういうギャップというか、その上の方の話がなかなかつかめないところに、実際に何が起こったのかということの解明に壁があるんだろうと感じています。当時のことを話してもよいという方がいらしたら、お話いただきたいんですが。
元社員  SANYOとCYPという2つの会社があったのですけど、2つを一緒にした時に規模が50人以上になって、いろいろな法律とかのことに取り組み始めたことはいいんやけれども、その後に結構できていなかったっていうのは感じました。やってたようやけど、上もあんまり考えてなかったし、危険認識もなかったし。
片岡  つまり、現場の安全衛生対策については職場内ではまったく議論がない?
元社員  まったく議論はなかったですね。
片岡  溶剤をたくさん使っていたという話しですけれども、それもあまり問題視したような意識もなかったんですかね?
元社員  まわりもなかったし、言える環境もなかったですね。溶剤のせいちゃうかとかいうことを言うと、社長が「なんでそんなに元気があるんや」とか言って。溶剤のせいにはしたくないっていう感じでした。
片岡  あの社長のところでは何も言えなかったというのが大体のところですが、社長サイドの話が聞けていないというのが最大の謎というか、そこを出てきてしゃべってもらいたい。どうなんだということが、被害者側というかご家族も含めての強い希望です。
元社員  出る気はまったくないそうです。何回か話しているけど、会社としては表に出る気はまったくない感じでした。

規制のないものへの代替化

熊谷  会社の安全に対する意識ですが、直接、経営者と話したことがないのでわかりませんが、元従業員の方の話では、溶剤をいろいろと替えていっているんですね。最初に説明しましたけれども、最初はジクロロメタンというのを使っています。これを97年くらいまで使っているのですが、これは有機溶剤中毒予防規則に基づいていろいろな対策をしなければいけない溶剤です。97年以降は1,2-ジクロロプロパンを主体にしていって、こちらは有機則の対象になっていない。たぶんそういう規制が適用されないものに替えていったのではないかと思われます。私もいろいろな会社の作業環境測定をしてきた経験から言うと、そういう規制がないものに変えていく流れというのがあります。それはいろいろな対策をしなくてよいという面が最大だと思いますが、逆に規制があるということは毒性があるから、毒性が少ないものに変えていくという、善意に解釈するとそういう解釈をすることもできるかと思います。いずれにしても、規制のないものに代えていったということです。ただ現場はそういうことは知らされておらず、とにかく作業性の良いものに代えていくということで、いろいろなメーカーのものを実験していって、一番作業性の良いものを選んでいるということだったと聞いています。
片岡  いまのことは久永先生の話と関連すると思うのですが、最近出されている日本印刷産業連合会のパンフレットなどを見ると、基本は第二種有機溶剤、第三種有機溶剤、有機則にかからないものを使用していく方向が基本という記述も見られます。労働行政の基本方針そのものだとは思うのですが、この事件はそのことに疑問符を投げかけていると思うんです。そこの部分で少なくとも行政の在り様みたいなものを変える必要はあるのかないのか、できるのかという点についてはいかがですか?つまり、当然、現場だと規制のかかっていない物質に替えようと。その方が安全だというのはわからんでもないです。ただ、それをやったら危ないことになるかもしれないと誰も言っていないわけじゃないですか。法律にも書いてないし、有機則にも書いてない。安全衛生法にも書いてない。こういう事件があることを、どこも、誰も教えてない。ここをまずは変える必要があるのではないか。
久永直見(愛知教育大学)  今年の産業衛生学会が名古屋でありました、5月に。その時に大阪で発生した有機溶剤中毒の症例の話が出ました。私の話の中でも一覧表を出しましたけれど、その中のひとつの1-ブロモプロパンという物質によるかなり重症の中毒の話が大阪のある先生からあって、1-ブロモプロパンというのは神経に対する毒性と生殖器に対する毒性がきわめて強い。毒性が強いことはわかっているのですが、いまもあちらこちらで使われています。それを使ってはいけないという法律はありません。それぞれの事業者がリスクアセスメントをして、これくらいの濃度であれば大丈夫だろうというところをみつけて使うべきものなのだけれど、実際にはそれがされていない。大阪の会社の場合には、比較的大きな会社で、情報を集めようと思えば集められるけれども、それをやらずに中毒が発生したという事件がありました。オゾン層破壊物質代替品というものも何十種類も使われている。そういう中で、こういう注意をして使うようにという基本的なところを行政は早く出すべきだし、各企業において有害性情報を集める。あるいは、しかるべきところに相談をして、情報を集めて安全な使用をしていくというのが大切だと思います。そういうことは、特効薬ではなくて、全体的な底上げをしていかないと実現できない。
中地  私も有害化学物質削減ネットワーク(Tウォッチ)ということで活動している中で時々相談がある話で、いま大手の企業中心にPRTRの対象物質というのを届出をしないといけないわけです。PRTRの対象は一定の有害性と生産量があるということを含めて決めているのですけれども、対象外のものは安全性がある程度あるだろうということでPRTR以外の物質に代替化するという方法があるんだけれども、本当にその物質が安全なのかと相談されることがあります。調べていくと、PRTRの対象物質になっている物質以上に有害だというデータがあっても、たまたま生産量が少ないということで対象物質にならなかったようなものに切り替えるような事例もあります。きちんと化学物質の安全性を横並びでチェックするような機構を作らないと、この問題はなかなか解決していかないと思います。報告をしたGHSは一定のものさしで有害性の区分を決めていますから、今回の1,2-ジクロロプロパンもGHSの有害性のマークを貼り付けないと売れないという話になっているので、その辺の仕組みを上手くしていく。ただ労働安全衛生法の作業環境測定では、対象物質は50とか100とかって決まっていて、それ以外の物質が安全なのかというとそうではなくて、たまたまあまりたくさん使われていないために、あるいは産業衛生学会による許容濃度の勧告がないという理由で対象物質になっていないという話になっているので、化学物質の有害性を調べて、取り扱いと規制についてどう使用していくのかというのはルールを作るようなことをしないといけないのではないかと思います。

2-ブロモプロパン事件

片岡  PRTRの話は日常生活と遠いところにある感じはしますが、さっきの話で言えばSANYOの報告が2001年度分しか出ていなくて、その後は全然出ていない。メディアの報道でもその事実は報道されるけれども、なぜその後出さなくなったのかということについては、会社が口をつぐんでいて説明はないと。何が問題だったのかと言えば、結局は会社の在り様というか、倫理観の欠如というか、そういう基本的なことに行き着かざるを得ないのではないか。最終的に会社がどう責任を問われていくのか、どういう道筋があるのかということは今後の課題ですが、これだけのことが起こっていて会社の責任が問われないのであれば、それは社会の方がおかしいんだということになりかねませんので、そこは知恵を絞らねばいけないと思っています。それでちょっと質問ですが、久永先生の大阪の話を聞くと、いくつか事件が起こっている。今回も含めて、大問題が起こったときはそれなりに騒ぎがあって、指導の徹底とかがあるんですよね。昔、この種の起こったときの状態はどうだったのかというのを聞きたいのですが。
久永  1994年から10年間、労働省付属の産業医学総合研究所というところにいました。私がそこにいたときに起こった大事件が、2-ブロモプロパンによる生殖器障害と貧血の集団発生でした。原因物質が日本から輸出されたものだったので、当時の労働省は全国の事業所を調べました。今までの新しい化学物質の職場への導入の仕方に大変弱点があった。新規の化学物質について調べているのは発がん性と、その他環境への影響のいくつかだけで、例えばアレルギー性、生殖毒性、神経毒性とかはチェックせずに現場に入ってくる。そういう仕組みはいまも変わりない。それから、既存の物質で昔は別の用途に使っていて、オゾン層保護のために新たに別の用途で使うものについては、毒性チェックの法的な仕組みというのはほとんどない。そういう大きな弱点があるというのは、当時の労働省の中でも議論されたという記憶があります。だけど、そこでもって化学物質審査規制法を変えて、例えばアレルギー性をチェックの項目に入れたかといえば、それはやられていません。そこを乗り切るためには他の省庁との調整などが出てきてて、結局やろうと思ったら大変なことになるということでやらずに来たのだと思います。
中地  いまの続きで言うと、化学物質審査がどう変わったかというと、2003年に生態毒性というのが入って水生生物の試験項目が入ったと。その後、2010年に化学物質製造量を届出するようなことがわかってリスク評価が大雑把にできるようになったので、2010年以降に優先評価化学物質リストという主に既存の物質についてのリスク評価を優先的にしなければいけない物質を選ぼうという話になっています。その作業は始まっていて、おそらくこれから1,500から3,000物質くらいは、リスク評価を日本ではするのではないかと言われています。実際、リストがまだ出てきていないのでなんともわからないです。目標年度を2020年と言っていますけれど、とても出来そうにないので、これから10年とか15年かけて少しずつ問題が起きるような物質からリスク評価をしていこうというのが国の方針となっています。5万とか6万、何万物質あるかという話がありますが、よくわからないというのが現状だと思います。
古谷杉郎(全国安全センター)  2-ブロモプロパンの話は私も記憶があって、思い起こしたことのひとつは、久永先生からあった、韓国でとくに若い女性たちの生理が一斉に止まるというかたちで生殖毒性が明らかになって、そのことが日本に伝えられたと。日本に伝えられて、そういう毒性があるという学術論文もなければ、これまで報告はないけれども、韓国からそういう事実が伝えられたという事実を、厚生労働省が比較的早めに世の中には流した。実際、規制が何か行われたわけではないけれども、韓国でそういう事実があったということが公に流れることによって実態としては使われなくなった。かなり使われなくなった。ただ、2BPが置き換えられたのが実は1BPが多くて、その後1BPにも生殖毒性があることがわかってという、代替されてまた有害性がわかっていくという循環のひとつの例でもあるのですけれども。韓国で1か所起こったということが日本の被害を救った面があるわけですよね。今回、この日本で起きてしまった不幸なことが、せめてよその国で同じことを繰り返さない警鐘になることはまずやるべきだというのがあったので、イム先生に伝えたということなどもあります。2–ブロモプロパン事件があり、胆管がん事件がありという、一国の経験がそうして世界につながっていくということも事件の側面としてあるんだろうと思います。ただ、2-ブロモプロパン事件の当時、世間では環境ホルモンについては山ほど新聞記事で出ていたけれども、2-ブロモプロパンについては私が話して読売の夕刊の一面トップに一回掲載されただけでそんなに一般には知られませんでした。実際には、2-ブロモプロパンをきっかけに生殖毒性研究の新たな展開が、とくに日本と韓国が中心になって世界的にも進んだのだけれど、そちらはあまり知られないまま、また法律にも反映されないままきてしまっている。そういう意味では、今回の事件がまた何も教訓化されないままにされてはいけない思っています。それと、SANYO絡みの話でぜひ紹介していただきたいのは、教訓を引き出すためにも、実際の患者さんたちがいきなり検診で胆管がんだと出るわけではないわけなので、どういう経過で胆管がんの確定診断に至ることになったのかを紹介していただけたらと思います。

化学物質管理をめぐって

片岡  そのSANYOの話の前に、何万種類とかいうものを誰が作るんですか?
中地  主に化学工業のメーカーですけど、アメリカ化学会というところでケミカル・アブストラクト・サービスというのがあり、そこで登録されている化学物質の数は大体2,800万物質。1年に100万物質くらい増えている。主に研究用で、薬とか医薬品とかの原材料になるんじゃないかということで、メタンなどの骨格構造である官能基に塩素を付けるとか水素を付けるとかフッ素を付けるとかっていうかたちで、全部違う物質として登録されることになります。
片岡  そういうのが得意なメーカーがあるわけですか?
中地  あるある。
片岡  あるメーカーがこういう機能を持った物質がほしいんやけども、ちょっと試作してみてくれんか言うて、そういうビジネスもあるわけですか?
中地  あるし、自分のところでやる、大手のダウとか住友化学とかの研究所だって、新しい化学物質を合成する部署の人たちがいて、こういう機能の元素であったり、基をくっつければ何かの役に立つんではないかということで日夜研究されていて、1年間に100万とか200万物質どんどん登録され続けている。その中で主に工業的に原材料として販売したりする物質が10万物質くらい。
片岡  そうすると増やし続けてる会社は多くは大企業なわけですか?
中地  大きいと思いますけどね。
古谷  厚生労働省が使っている数字で言うと、職場で主に6万種類くらい。日本の労働現場で使われているのは6万種類というのがあって、毎年1,200から1,800が新たに増えていて、そのうち200から300が国内メーカー。後は輸入です。
片岡  何かの臭いのする化学物質というのも1種類に含まれるわけでしょう。香料とか添加されるとか。香料の添加剤は安全面からそんなに気にする必要はないと思うけど、わりと大量にどっと出てくることなんかでいうと、多くないんでしょう。
中地  量の話で言うと、ダイオキシンみたいなものもあるわけなので、非常に毒性の強いものであれば、香料として使っていても問題にはなると思います。そういう意味で言うと、アゾ化合物と言っているのは染料とか顔料とかで問題になって、それは食品中で規制しないといけないくらいのレベルです。非常に難しい。単に量的にたくさん作っているか、作っていないかだけでは判断できない。それぞれの物質の有害性とかはきっちりと押さえておかないといけないというのが、いまの化学物質の問題です。リスクみたいな言葉でまとめてしまうと難しい話になります。
片岡  それをSANYO問題に引き付けると、インクもたくさん使われていたし、成分表示のないものもありました。そっちじゃないやろう、という根拠は熊谷さん何ですか?
熊谷  インクの中にいろいろな染料とか入っていると思うので、それはそれでいろいろな毒性がある可能性が十分あると思います。ただ、ここの会社は先ほど説明したように校正印刷なのです。印刷する枚数が1種類で10枚程度ですから、1日に印刷する枚数自体は1,500とか2,000枚くらいだと思います。一般の印刷会社というのは数万枚とか数十万枚印刷するので、インクの使用量は、圧倒的に一般の印刷会社の方が多いですね。もしインクが原因だとすると、SANYO-CYPであれくらい出るのですから、一般の印刷会社ではもっと出ているはずだと考えて、インクではないんではないかと考えています。
毛利一平(三重大学)  化学物質の管理をする場合に、リスクの評価を根拠に考えようとすると、どうしても何万件もあるものをいったいどうするんだという話になると思うのですが、そこをもう少しリスクの評価を抜きに管理するという方法はないのだろうかと思うんです。なぜそういうことを言うかといえば、例えば、いま病院での感染症管理をする場合に、スタンダード・プリコーションと言って、とにかく血液などを扱う場合には必ず手袋、ガウン、ゴーグルを使用する。テレビの医療ドラマでもそういう場面がよく出てきますが、そういう対応をするわけです。同じような理屈で、化学物質についても、揮発物と非揮発物で分けるくらいのことはあるにしても、個々の物質のリスク評価がないと管理ができないということではなくて、とにかく隔離と防護をしっかりするというかたちでの管理は考えられないんでしょうか。とくに中小企業の場合。
中地  それで言うと、ひとつは、ハザード・ベースで有害性を管理する。有害なものは扱わないという話をするのが一番なんですが、そうすると有害性のランク付けをどうしていくのか。有害性の中でも急性毒性ならわかりますが、慢性毒性とか生殖毒性とか、アレルギー関係の感作性というのは全部チェックをするとなると時間がかかるという話になる。いまは急性毒性の強いものについては毒物・劇物として指定をして、これは注意しないということしかしない。発がん性にいたっては31物質だけで、後は疑いがあるということでそれが何千とかっていう話になっているというかたちだと思います。ハザード・ベースで管理するのはなかなか難しいというのがひとつと、もうひとつが曝露を減らそうという話でいうと、密閉の中で人間が化学物質を使わないように作業をすればよいわけなので、箱の中に閉じ込めて作業ができるようなものであれば、少々有害な物であっても扱えると思うのですが、印刷のように、揮発するようなものを人間と完全に隔てるというのは、マスクをすれば済むかというとそういうわけではないので、そこが難しい。とくに現場で有害物質の管理をしようとするときには、人が吸わないようにするというのが非常に難しいと思っています。
片岡  例えば、コレラ菌がおったとしてもコレラ菌が人間に入ってきて繁殖するような状態がなければ、コレラ菌は原因にならないわけですよね。だから、職場の病気を考えるときには、そのことに注目することがとても大切だと思うんです。そうすると、明らかにSANYOの場合は、非常に長時間労働を行っていて、それにストップがかけられていなかったという問題は厳然としてあるんです。経過をみると、全部内向きな、中だけで相談してジクロロメタンをやめたような時期があったり、1,2-ジクロロプロパンをやめたような時期があったり。中で何か話をしながらやってるけれど、そこには外部が全然関与しないものだから、それぞれやったことはやったんだけど、究極のボーンヘッドというか、結局はボンクラな結果になって患者を生んでしまったという、そういう構図がある。これはメディアもつかめてないようですが、あの会社にこの事件が起こるまでに労働基準監督署が踏み込んだことがあるのかどうか、まったくわかっていないんです。監督署もいままでの指導・監督状況がどうだったのかは答えていないのです。今回の問題が起きる背景として、監督当局のチェックがなかったことが、こういうことになってしまった大きな要因ではないかと思います。いろいろな有害性がわかったとしても、それを守らせる方の動きが後で全然わからないんですよね。何をやってきたか。少なくともそれがわかるような仕組みを入れておけば、いかに横着な監督官でもやったこととやっていないことが外部に記録できるようにすればと思います。権限を持っている人の動きは記録にとって、それを後で見れるようにというのもいるのじゃないかと思ってるんですが。
古谷  これは実例があって、日本の労働省には何度か言ったこともあるのですが、アメリカの労働安全衛生庁(OSHA)のホームページでは、監督の記録がチェックできるんです。何年何月何日にどこの職場に行きました。その結果、どういう指示をしましたというのが出ていて、それに対していつ会社から改善の返事があったかを追えるかたちになっています。非常によいシステムだと思いますね。

健康診断をめぐって

片岡  もうひとつ、一般健診という法定健診がありますよね。あの一般健診記録というのは届出の必要はないんでしたっけ。
熊谷    記録そのものはなくて、何人検査して異常所見何人とか、あるいは尿中の代謝物の分布が何人とかというのを届け出ることにはなってるけれど、各人の検査結果そのものを届け出ることにはなっていません。
片岡    例えば、肝機能検査で今年の一般健診では2名の異常所見がありましたという内容は出るんですかね。
久永    それは定期健康診断結果報告書で、肝機能検査実施者と有所見者の数として出ます。
片岡    義務付けなんですかね。一般健診は。
古谷    一般健診も主要項目ごとに異常所見のパーセンテージは統計が出てます。
片岡    なぜ聞いたかと言いますと、さきほど古谷が言いかけたんですが、初めに異常に気づく契機の問題なんです。たしかに黄疸からはじまった方もおられますが、かなりの方は肝機能検査の異常からはじまるんですよね。
熊谷    たぶん初期の段階では、黄疸で見つかっている方が多かったと思います。ある程度、肝機能検査を会社でやりはじめてからは、ガンマGTPが上がったということで、よく調べてもらったら胆管がんだったと、2000年の中頃からそのような話になってきたと。
片岡    1989年から35歳以上の方は肝機能の検査が基本的には義務付けられました。一方で、SANYOでは35歳未満の方の肝機能検査も2000年くらい以降はやられている形跡があって、なおかつ35歳未満の方が肝機能検査で異常所見を指摘されて、病院に行かれて胆管がんが見つかるという経路の方が何人もいます。一般健診の記録の中で肝機能の異常所見者がいるとすれば、それは監督署に届け出ていると考えてよろしいんですかね。
久永  行ってますね。届出を出していれば。
片岡  いま言ったように一般健診の中には肝機能検査を入れる余地がありまして、会社がサービスも含めて危機意識を持てば義務付けられていない人にも肝機能検査をさせることになりますが、ジクロロメタンについては有機溶剤健診の実施をしても、肝機能検査が項目に入ってきませんので、有機溶剤健診を会社がやらないといけないと思ってやったとしても、肝機能検査はやらない健診をやったという構造になっています。唯一、早期で見つけられるとすると、一般健診の中に肝機能検査を入れていたことが不幸中の幸いで、あるいは2000年になる頃から会社は、肝臓が悪くなる人が多いから、一般検診に入れたんではないかなということかもしれません。このへんはきちんと会社が説明をしないといけない部分だろうと思います。しかし、助からなかった人が何人もいたことはたしかです。換気設備をそのままにしたことと、外の助言をまったく求めなかったことが大きな敗因になったかと思います。
久永  ジクロロメタンの特殊健診の項目に肝機能検査が入っていないというのは、いままでのところジクロロメタンを扱っている作業者に肝機能異常が高率に出るというデータがないからです。おそらく普通の扱い方であったら、ジクロロメタンで肝機能障害が出ることはないだろうと思います。
片岡  監督署がわかるとすると、ここは印刷業だという職種と健診結果でしか見えてこないから、その2つが見えても、よほど訓練を積んだセンスのよい監督官でないとおかしいとは思わないということですね。SANYOのことについて、先生方から質問はありませんか?
久永  胆のうがんは全然出ていないですね。
熊谷  出ていないです。
久永  可能性はありますか。
熊谷  それはわからない。出てきたら、やっぱり出てきたかと言うかもしれないし。
中地  洗浄作業をするときに部屋を開けるとか、マスクを付けて吸わないようにするとかという対策はどうだったんですか。
熊谷  マスクは支給されていなかった。別の部屋に持っていくというのは機械の構造上無理ですね。機械の一部を洗浄しているので。
片岡  毛利さんに質問が2つあったので、それにコメントください。
毛利  「脂肪肝と管内胆管がんを同時に発症した場合の因果関係はありますか。また、有機溶剤との関係は考えられますか」という質問がありました。有機溶剤が脂肪肝の原因になる場合もあると言えますので、そういうところから同時に発症した場合に因果関係があることもありうると考えます。もちろん、有機溶剤曝露との因果関係となるとどの程度の曝露があったかとか、曝露の状況も詳しく検討しないといけないので、一概に言うことはできません。脂肪肝の原因としては他にもいろいろとリスク要因がありますので、それらを全部検討したうえでのことになるかと思います。もうひとつは、「5月に手術を受けました。原因は不明です。もしかしたら胆管がんということなのかもしれませんが、再発率が非常に高いと聞いています。今後の生活を送るに際してどんなことに注意すべきか教えてください」という質問です。こういうタイプの質問では、答える際には、だいたい主治医の先生と相談してくださいということになると思いますが、一般的な質問なのでそういうかたちでしかお答えできないかと思います。手術を5月にしたということなので、まずはよく主治医の先生とコミュニケーションを取られて、それから定期的なチェックをしっかりとしていただきたい。ご満足いただけないかもしれないかもしれませんがこんなところです。
片岡  質問を読んで指名するので答えてください。職業病の発見についてですが、有機溶剤の使用に関しては、特定健診があるかと思います。事業主が使用物質を事前に申請して受けさせるかと思いますけれども、その特定健診の効果はどれほどあるのでしょうか。もし健診そのものが十分に機能していないとしたら、それはなぜだろうかということを、毛利先生か会場に産業医の方がおられたらお聞きしたいとのことですが。
毛利  僕自身の考えですが、健康診断のデータというのは、基本的には職場での健康管理に用いるというのが建前だと思います。ですので、本来やろうと思えば、全国を横断的にそういったデータを解析をすることによって、どういう職種で、どのような曝露データがあって、どういう異常が多くなっているのかというレベルまで分析できると思うのですが、それは現状の法律の上では目的外使用になるんだと思います。目的外であれば行われないというのが現状であると思います。あくまで職業病の発見、職業疾病と職業の関連を明らかにするために健康診断結果を用いるということにはなっていないから、そういうふうになっているというのが回答になると思います。

許容/管理濃度をめぐって

片岡  1,2-ジクロロプロパンの許容濃度が、アメリカのACGIHで10ppmだとありました。ジクロロメタンの50ppmより厳しいのに、日本では規制値がないのはなぜなのか。それから、日本産業衛生学会で許容濃度が設定されている理由はどうなるんでしょうかということです。熊谷先生と久永先生への質問です。
熊谷  許容濃度というのは、日本産業衛生学会という学会が勧告値を出しています。これは国の法律ではなくて、あくまでも学会の勧告値です。国では、作業環境測定においては管理濃度という法律で決められた値があります。日本産業衛生学会では、いま化学物質で200種類くらいの物質について許容濃度というのを出しています。残念ながら今回の1,2-ジクロロプロパンというのは制定できていません。一方、アメリカのACGIHと機関は700種類くらい定めています。アメリカでは定めているけれど、日本では定めていないものが非常に多いことになります。私自身日本産業衛生学会の許容濃度委員会の委員なので、私の責任もあるんですけれども、なぜかと言われると、許容濃度の委員がいま30人か40人くらいいると思うんですが、毎年いくつかの物質について検討して出しています。使用量が多くて、これから問題になりそうだ、あるいは問題になった物質について検討するという作業をしていくのですが、残念ながら1,2-ジクロロプロパンについては、これまで検討できていなかったということしか言えないです。
久永  熊谷先生が言われたとおり、日本産業衛生学会の許容濃度委員会は非常に努力しているようにみえるのですが、マンパワーが足りない。現在、許容濃度の方が管理濃度よりも甘いものもあり、例えば鉛で言うと、許容濃度は管理濃度の2倍です。
片岡  先生、管理濃度と許容濃度は決めるところが違うんですか?
久永  許容濃度は産業衛生学会が勧告をしているものであって、管理濃度は行政が通達で示している国の基準です。いつの間にか国の示している基準の方が先行していって、学会の方が遅くなっていると。例えば、テトラクロエチレンという有機溶剤は、かれこれ10年くらい前に許容濃度があったものを、検討するということで検討中としてあるんです。それがずっと続いている。なぜそうなのかと言うと、別にサボっているわけではなくて、学会の中でそこまでやるだけの労力がない。日本の許容濃度は、世界の文献を集めて検討した結果に基づいて、このレベルであればほとんどの人には問題がない濃度として決められます。それだけの手間をかけられる人が十分いないのが現状です。
片岡  ジクロロプロパンをSANYOがやめたのは2006年ですから、許容濃度委員会よりもSANYOの会社の方が先に行ってるということですね。笑えない事実ですね。
中地  ただ、それは替えた後の物質に毒性があるかないかというのは、その後にわかることなので、それが正しいかどうかはわからない。
片岡  事実関係としては、そういうお寒い背景事情がある中で、断固たる措置がどこも取れないうちに酷いことが起きたというのが現実です。

これだけではないかもしれない

久永  SANYOで現在使っている有機溶剤を熊谷先生がちょっと出しましたが、その中にエチレングリコールというものがありました。これはセロソルブというグループだと思うのですが、有機溶剤の中では非常に生殖毒性が強いグループで、いま不用意にそれを使うと、貧血が発生したり、生殖器の機能に影響が出る可能性があります。
熊谷  私がグリコールエーテル類と言ったのは、正確に言うと、プロピレングリコールモノエチルエーテルというもので、いま生殖毒性があると明確にわかっているのはこれではなくてエチレングリコールモノメチルエーテルとエチレングリコールモノエチルエーテルですね。プロピレングリコールモノエチルエーテルに生殖毒性があるかどうかについては、私が調べた範囲ではよくわかっていない。久永先生が言うように、気をつけるしかないと思いますけれども。
片岡  つまり、疾病としてリスクを想定しないといけないのは、がんだけではないということです。もうひとつ質問です。1,2-ジクロロプロパンが有機則の適用対象外とされていたのは、基本的には不可抗力であったと言えるのか。604物質のリスク評価を行う制度が平成18年から国が行っているということですが、速度があまりにも遅い。平成25年から10年間で8,000物質の発がん評価をすると急に言い出していますが、本当にできるとお考えなのでしょうか。先生方のご意見はいかがかと。それから、SDSをメーカーから入手しても、事業者が労働者にそのリスクを評価して知らせる義務を認識できていないのが実態であると。化学物質のリスクアセスメントを事業所内で義務付けられないのでしょうかと。努力義務では中小企業はやりません。そのためには、事業主、事業所の化学物質管理者に教育を行い、レベルアップすることが不可欠であると思いますが、ということです。これも義務化できないのかというのがポイントですが、この点についてお願いします。
熊谷  10年間に8,000物質の発がん性評価をするということが事実とすれば、1年間に800物質の発がん性評価ということになりますが、発がん性評価と言ってもいろいろなものがあるので、例えば、動物実験をするということになると、いまの日本の設備で800種類のものを動物実験するというのは無理です。例えば、いままでわかっている海外での動物実験とか疫学調査などをもう一度調べ直して発がん評価をする、あるいはそういうものがなされていないということでも評価をしたとしてカウントするというのであれば、800物質は可能かなと思いますが。
中地  リスクアセスメントで言うと、動物実験とかで有害物質の試験をしたうえで、曝露量とか摂取量を掛け合わせてやろうという話をすると、せいぜいひとつの研究所で1年に20とか30物質しかできないので、600やろうとすると20ずつやっても30年かかる。リスク評価の基になる有害性の評価とかを事業者が報告をする。あとは、そのデータを見て評価だけをすると。実験みたいな安全性の情報は生産者の方で、しかるべき方法で決まったGLPという認定を受けた分析所とか試験所で動物実験をしてもらって、事業者から結果を提出させてそれを評価しようという仕組みに変えようとしています。あと職場の中でリスクアセスメントができないのかという話で言うと、有害性の情報とかはきちんとそれぞれの事業場の人たちが機会を得るような仕組みを作れば、これを吸い込むようなことがあってはいけないねというのができるのであれば、リスクアセスメントはそこでもできるし。ただいまの労働安全衛生法では、職場の中のリスクマネジメントはしなさいと言っているわけですから、リスクを管理するのであれば換気をするなり、どういうリスクが発生をするのかを評価しないといけないので、手続的には職場の中でもしないといけないことになっているけれど、実際、それをしようとするときに必要な情報が入手できないのが一番の問題だと思いました。
古谷  いまの後半の話は、おそらく法律や法令で決められたことだけを守っていればよいというのではなくて、その職場ごとに応じた危険有害要因を判定して、自分の職場にあったリスク評価をやるという事業主の包括的な義務を、努力義務ではなくて明示的な義務にすべきという議論じゃないかと私は聞いて、それは大賛成です。いま労働安全衛生法で持ち込まれて努力義務になっている。いまの厚生労働省の発想だと、従来からあった法規制の上に積み重ねる、自主的な取り組みだという位置づけをしている。これはおかしいと思っていて、むしろ労働安全衛生法の一番の基本にすべきことで、法令で具体的に決められた細かいことを守るだけではなくて、その職場に応じたリスクアセスメントをやってそれに基づいた対策を講じなければいけない。結果的に労災や職業病が起きてしまった場合には、リスクアセスメントとそれに基づく措置が不十分だったという証拠なのですから、そのこと自体によって責任や義務が問われるという包括的な体制にすべきだと思います。これは、いまの日本の労働安全衛生法の柱にすべきだと思います。

印刷業における対策

-休憩-
古谷  最後のセッションになります。午後の部は午前の提起、また被害者の方からの提起も受けて、まずはSANYO‐CYP社という具体的な企業の状態についての話をした後に、再発を防止する、似たようなことがあったとしても早期に発見したり対策が打てるようなことを提言するなり、考えていくことを念頭に置きながら、まずはSANYOという切り口から始まって、印刷業における対策と考えたときにとくにこういうことに配慮すべきとか、こういう対策があればということがあればというのがひとつ。もうひとつは、久永先生からはオゾン層破壊性物質の代替品については注意する必要があるという指摘があり、厚生労働省はこの間胆管がん事件をめぐっては有機塩素系洗浄剤の対策というかたちでくくっています。化学物質全般ではなくて、今回の原因物質を考えられるようなものからそれに類似したというか、一定のくくりの化学物質についてはこんなことを考えるべきだという話があればそれを議論して、そのうえで総合的な化学物質対策という流れの議論をしようという枠組みをつくりました。まずは、印刷業における化学物質対策ということで、午前中の発言で足りないことや新たな話があればどなたかご意見をうかがいたいのですが。
熊谷  印刷業に特異的というわけではないですが、今回、こういう事件が起きているというのは有機溶剤が非常に濃度が高かった。そのとき、ちゃんと換気ができていなかったというのが一番重要なことだと思います。例えば、印刷でもいろいろな種類があります。オフセット印刷とかグラビア印刷とかシルク印刷とかいろいろあるわけです。それによって使っている溶剤も違うのですが、例えば、オフセット印刷なら、さきほど言ったように洗浄剤が一番大きな問題なので、洗浄剤を使うところには局所排気装置付けるべきですが、それを最初から印刷機そのものに付けてメーカーとしてはそれを売ると。局所排気装置が付いていない印刷機は売ってはいけないということが一番重要かなと思います。印刷機はかなり大きい印刷機まであって、洗浄などを自動でやっている印刷機もあるのですが、そういうものでも局所排気装置が最初から付いているようなかたちでは売られていないと聞いていますので、設備のところからまずは押さえていくことが一番重要かと思います。
それでも漏れてしまうものがあるでしょうから、次に重要なのが、作業環境測定をして職場の状況を把握するということだと思うのです。一般的な話になりますが、例えば有機溶剤でしたら、50種類くらいのものについては6か月1回測定しないといけないということが決まっています。それ以外であれば、そういう義務がない。例えば1,2-ジクロロプロパンについてはないので、やらなくてもよいということになります。それでは困るし、ジクロロメタンを測定しないといけないということだけを決めると、それから逃れていく、それ以外に替えていくというだけですんでしまうので、基本的に有機溶剤を使う場合には作業濃度測定をすると。基準がないものもあるのですが、例えばトータルで50ppmにするとか毒性ははっきりしないけれども、とにかく基準を決めてしまおうということで、総量としての有機溶剤を抑えることが有効な対策かと思います。ただその場合は非常にたくさんの資金がかかってくると思うので、いま毒性がわかっているものについては6か月に1回。とにかくよくわからないけれども、使ったらやろうというものはもう少し頻度を落としてもよいかもしれませんが、そういう対策で職場の環境を低くすることと、いまの現状を把握するということが一番重要かと思います。
古谷  さきほど議論があったリスクアセスメント対策のアプローチというのは、労働安全衛生行政省では機械の安全対策が最初だったんです。機械の設計段階からリスクアセスメントをして、作業者が不注意な行動を取ったとしても事故につながらないような設計を優先すべきで、後で安全装置をつけるとか、取扱説明書に書いて注意を促すなどというのは一番最後だと。設計段階で徹底的にリスクを減らすことが最優先というのは、機械に関する国際的・国内的基準も出ていいますが、化学物質がからんだ機械についても同じような議論が必要かなと思ってうかがいました。ほかにもあればお願いします。
中地  作業環境ではないんですが、大気汚染防止法、光化学スモック対策で揮発性有機化合物については濃度規制が始まっています。その場合の揮発性化合物というのは100物質くらい測定をして、排出を抑える指導をしていますので、熊谷先生言われたように、有機化合物ということで、濃度が50なら50、100なら100ppmになるような、複数の物質でトータルして1以下になるかたちにしていくべきと思います。発がん物質による被害を出したということで、印刷業を業種として、3年間ほど作業管理から健康管理まで全部監督署が張り付きでチェックをするということはどうですかね。いろいろなところをひとつずつやって安全な職場に変えていくというのを、マンパワーが必要でしょうけど、やってみたらどうでしょう。

類似化学物資等の対策

古谷  いろいろな提案が出されていまして、包括的なことを今日の議論だけで全部まとめられるとは考えていません。ひとつは、100パーセントの回答にはならなくても、いますぐできて有効性がありそうなアイディアが出てくると嬉しいというのと、もうひとつは、包括的な議論をする材料をできるだけ溜めて引き続き議論をしていきたいと思っています。次に、化学物質一般ではなくて、今回の事件で原因と考えられる物質の周辺で―午前中の議論ではオゾン層破壊物質代替品について、またいま有機溶剤の総量規制の提案や、VOC揮発性化合物対策の事例の紹介もあったのですが、厚生労働省が使っている有機塩素系洗浄剤というくくり方についてはいかがでしょう。
中地  有機塩素系洗浄剤は有害性が高い。塩素が入っているのが一番の問題なのですが、塩素を使わないような他の洗浄剤を開発する、代替化と関係しますが洗浄剤の種類をより安全なものしか使っていけないような規制というか、方向性を考えるのがひとつかと思います。有機塩素系洗浄剤を使うのであれば、完全に密閉構造の中で使うかたちにして、人が手に触れたりすることのないような環境であればよしとするような条件付きを作るのがいいと思います。
古谷  有機塩素系洗浄剤について言えば、基本的に使うべきでない立場を確認すべきということになりますかね。洗浄剤に関わらず、むしろ塩素系の化学物質そのものも注意して見るべきだという議論はあると思うんですけど、それはまだ全体的にコンセンサスとはいかないんでしょうか。
久永  ただちに有機塩素系の化合物を使わないようにするっていうのはできないと思います。それで、現在よく使われている有機塩素系、正確には、有機ハロゲン化合物と言った方がいいです。塩素、臭素、フッ素などが主です。いずれもハロゲンですから有機ハロゲン化合物。それについて有害性の評価を完全にするのは大変なのだけれど、いままでにある知識の範囲でもこういうものが危ないっていうのはかなりわかります。しかしながらそれをちゃんとやった人がいないのです。僕が労働省の研究所の時ですから1997年頃ですけど、2-ブロロプロパン事件を受けてフロン代替品の有害性を特別研究で調べるという話が出ました。そのときに僕は企画調整部にいて、こういう理由でそういう研究が必要だと書く役割だったんです。調べてみると、よく使われている有機ハロゲン化合物が数十種類はあり、その中におそらくこれは生殖毒性とか造血毒性とかいろいろあるだろうと見当が付くものがあるんです。例えば、農薬では1965年にジブロモエタンによる動物の不妊、1977年にジブロモクロロプロパンによる労働者の精子減少が報告されています。とくに後者は、生殖毒性が強くてたくさん被害者が出ました。今回の1,2-ジクロロプロパンは、ジブロモプロパンと同じくプロパンが骨格で、そこに塩素が付いているというもので、多少の化学の知識のある人であれば並べてみれば、これはやっぱり調べないかんだろうという見当は付くんです。10数年前に僕が担当したときも、それをやらないといけないと思いつつ、いまに至っています。これは、研究者が協力すれば、できるとと思います。
古谷  さきほどの議論でも、SANYOでいま使っているものよりも安全だろうということで使われているものの中にもいくつか注意した方がよいものがあるという話もありました。それこそ法令による規制だとか言う前に、自分たちの身を守るためにもこんな化学物質については注意した方がよいということを、私たちがどうやって情報を入手したらよいか聞こうと思っていたら、そういうことをやるべきだと言われてしまいました。
久永  例えば、ハロゲン化合物は医薬品としても使われています。睡眠薬に臭素が入った化合物があって、いまも使われています。およそ、ハロゲンの付いた物質というのは、良かれ悪しかれ生体に影響があります。だからみんなで、一人ではできないけれどグループを作って、努力すればかなり重要な仕事ができると思います。
古谷  前向きに受け止めたいと思っているのですが、それ以外でもいまこんなところでこんな情報が手に入るよというお役立ち情報というのは何かありますか。
久永  それはインターネットでもたくさんあります。パブメドというアメリカ政府がやっているサイトがあって、そこは世界中の主な文献を検索できます。要約だけでなく全文が入手できる場合も多く、そういうものを使えば大事な情報を得られます。
古谷  同じことの別の表現になるかもしれませんが、今日の議論でもいろいろな毒性の種類があると。新規化学物質の事前有害性調査は変異原生が中心で、他の生殖毒性等はチェックされてないまま市場に出た化学物質に、変異性以外の毒性が後で見つかるということはあり得るという理解でよいわけですね。労働行政の枠組みだけではなくて、他の行政による化学物質対策もあるわけですが、決して包括的に全てが片付いているわけではないですか。
中地  化審法で変異原性はエームズ試験というのをするんですが、それで明らかに変異原性が強いと認められれば、発がん性が強いので、最初から許可されない有害物質なので製造しないという話になるので、一定量以上製造して使用しようと思うのであれば、化審法の新規物質で最初から引っかかるようなものではないという話が前提です。当然、変異原性があまり強くなくって、それでも変異原性がないという話になって、少しくらいあってもそれが通ってしまうわけなので、それ以外の生殖毒性であったり、慢性毒性が流通してきてからテストをするような話にしかならないので、新規で製造を認める物質については、そのへんの安全性のデータを製造者から事前に出させて考えるというのがひとつ。あとは、なかなか上手く開発できてないのですが、キューサーというコンピューターで化学化合物の構造式やどういう元素があるのかということから、こういう毒性があるんじゃないかということをシュミレーションというかアセスメントで評価する方法もあるので、これについては技術的な精度を向上をしてもらって、化学物質の有害性をある程度判断するのを考えていかなければいけないと思っています。
古谷  質問で、職場労働者が疑いを持った場合にどこに相談に行けばよいのかという最初のステップとしての相談機関、電話相談などを普及しておくことが必要だと思うがいかがお考えでしょうかと。それは皆さんそうだと思いますということだと思います。具体的に言えば、私たち安全センターのネットワーク、お手元の資料だと関西の労働安全センターの電話番号は乗っているので、少なくともここにコンタクトしていただくなり、ホームページを探していただくと安全センターのネットワークはあります。それと中地先生から紹介していただいたもので、Tウォッチとかでも対応しています。他にもあればご紹介ください。
熊谷  公的なところとしては、労働基準監督署に届け出る。それと産業保健推進センターとか地域産業保健センターというのも各地域にあります。
古谷 私たち自身、聞きなれない事件があったときに、確実にうまく対応できるかというと心許ないところもあります。実際、相談される方の熱意に動かされたりすることはあるので、ぜひ専門家に言われたたからといってすぐ諦めてしまうのではなくて、直感でも思われたことについては、相談窓口に対してもしつこくぶつけていただく方がよいのかと思います。
参加者  イム・サンヒョク先生が帰られるときに質問されたんですが、韓国でこの種の事件が起こると必ず労働組合、市民団体が対策委員会とかを作って、これは明らかに企業犯罪だということで責任者を処罰しろという運動が必ず起こります。日本ではそういう運動は考えられないんですかという質問をして帰られましたので、どなたかお答えください。
片岡  どちらがよいとは判断つかないのですが、たしかに企業犯罪で引っ張られるべきだと思います。法律の専門家に聞くとやっぱり立件は難しいと。わかりやすいのは尼崎の脱線事故で何人死にました?それで刑事罰誰も無しじゃないですか?そういうのを見ていると、こういうことをやった企業については危険運転操業罪とか、はっきりした警報的な罪を作らないと性根が入らないと。これは後の話になりますけど、強力な罰則がどこかにないと、とにかく安全衛生法、労基法の範疇は非常に違反が多いのに全然だめだいうのは根本問題だと思います。

総合的な対策の見直し

古谷  ここからは、どの分野での対策ということに限定せずに議論を進めていきたいと思います。お配りした資料は、議論の呼び水とでも理解してください。

上の図ですが、いろいろな対策を議論するときに、誰が何をするのかという担い手の話は頭の隅にあった方がよいんだろうということがひとつです。一般的には国が法令や枠組みを作って、使用者・事業者に守らせるという話がこれまでも多かったわけですが、国にしても、労働行政としての国、環境行政、厚生行政、経済産業行政などがそれぞれ入り組んでいて、縦割りで連携がないという話が既に出されています。地方自治体の役割だってあるんじゃないかという話も出ると思います。使用者・事業者については化学物質との関係で言えば、メーカーである会社と化学物質を利用するユーザーとしての会社という区別の仕方もあるでしょう。今回の議論は、使用者が何々すべきだ、国が何々すべきだという話にとどまらず、労働者が自分たちを守るためにこういうことが保障されるべきだ、こういう権利があるべきだという議論が出されています。また、補償を受ける権利も議論されてきました。労働安全衛生は、現場の労使を中心に国だけでなくいろいろなかたちでの労働安全衛生のサービスが関わってくるんだろうと思います。よくあげられるのは作業環境測定と検診、担い手としては作業環境測定機関と産業医等になりますが、今回の事件に照らしてそれぞれ役割との絡みでできることはなかったのかという議論も出ています。毛利先生からは、自主的なサーベイランスということで医療関係者なり、研究者の役割という話も出されました。質問の中で主催者である安全センターの立場を考えれば、現場レベル・地域レベルで実践的に今回の経験を生かした取り組みの在り方。使用者・国に何々すべきだという話だけではなくて、自分たちがこういう提案をすべきだというものがあれば聞かせてくださいという質問も出ています。
下の図は、一応左の方に有害性・曝露・健康影響という3つのファクターを入れておきました。たぶん理念型から言えば、有害性・毒性があらかじめしっかり調べられていれば、後は曝露をどう管理するかを考えればよい。具体的には作業環境測定で測って一定の濃度を超えたらこういう対策を取りなさいみたいな仕組みが機能する。これで完結でき、有害性と曝露情報をもとに健康被害を起こさないことができるというのが理想であろうと思うのですが、それですまない現実がある。有害性について言うと、少なくとも新規化学物質の事前有害性調査は確立されていると言えればよいのですが、ここまでの議論ですでにここも危ないと。未規制の化学物質の方が規制されている物質よりも相対的に安全という根拠のない前提で、代替化がすすめられて被害を繰り返すという話が出ていたと思います。そういう毒性・有害性調査なり、その情報の在り方をめぐる議論という切り口がひとつあると思います。曝露については、作業環境測定などを通じた実際に労働者がどれほど曝露しているかが一番重要かもしれませんが、メーカーにおける製造量を一定把握する仕組みが化審法でできつつあるという話もありました。個々の企業での使用量を把握する仕組みはなさそうだと。排出量についてはPRTR法という法律に基づいたデータがあるけれども、SANYOも1年出したことがあるけれど、後は出ていないということでこれがどこまで信用できるのかという問題は残ると思います。いずれにしろ、様々な曝露実態に関する情報と有害性情報を組み合わせるかたちで、より有効な対策を考えることができないだろうか。さらに、実際に起きている健康影響をどうやって予防や拡大防止につなげるのかという議論が繰り返し出されていました。労働者の健康影響に関するデータとして、病気が起こる、あるいは亡くなってしまうということの前に健康診断の検査結果の話がいくつか出されています。SANYOでは一般健診で肝機能のガンマGTPの高値から精密検査を受けて胆管がんがみつかっているという事実から、何かヒントが得られないのかという議論はあり得ると思います。一方で病気。これをがんとして特定してもよいのですが、在職している労働者にがんが発生したと。あるいは在職労働者が死亡した。これらの場合は必ずどこかに届出ることにして、そこから何らかの対策が動くようにしようという提案は一部出されていたと思います。ただ、労働者ががんになったかどうかを会社が必ず知りうるとは限らない。また、個人情報をこちらが知らせる義理があるのかということことも含めて、実際問題として被害が起きたらそれが対策に結びつく、あるいは企業を罰すると言ったときに、ただがんが出たというだけで果たしてうまく機能させられるのかという話はあります。そこでどう定義するかという問題は残りますが、労働者の健康に何らかの異常事態と言えるようなものがあったら、せめてこんなことが取られるべきだという議論の立て方も、これまでの議論であったと思います。職業病ではないかと誰かが判断すれば労災申請の手続をするという話はあり得るわけですが、例えば職業病の疑いを感じた産業医だったりお医者さんがどこかに届け出るという仕組みはない。そういう、ここのところに、あるいはこれとこれを結び付けたところにこういう対策が考えられるんじゃないか、あるいは、いまも対策がないわけではないけれどこうした方がもっとうまくいくんじゃないかというようなことを、今回の事件を契機として言えないのか議論するための材料になればと思って作ったものです。定常的な対策だけではなくて、少なくとも事件が起こったとき、危ないと思った時点で、操業や作業を停止させるとか、立ち入りして現場をチェックするとか、緊急に何か動く対策というのもあると思います。もちろん、教育の話も出されましたし、これだけで対策の枠組みが全部とらえきれないと、作った私自身思っていいます。どんなことでもよいので会場からも加わっていただき、議論を少し進めていきたいと思います。
熊谷  胆管がん問題に戻ってしまうのですが、1,2-ジクロロプロパンが使われていたということから言うと、この物質は1986年にすでにマウスに発がん性があることは、アメリカの調査でわかっていたわけなのです。ラットには発がん性が見られないということで、いい加減な対応になっていたんだと思います。その後、日本のバイオアッセイ研究センターでわりと最近、ラットでも発がん性が確認されています。それで、政府ががん原性物質ということで通達を出しています。ただし、企業は通達はあまり見ておらず、有機溶剤中毒予防規則は見ていて、これはあまり使わない方がいい、なるべく違うものにと流れているという経過を考えると、動物で発がん性があったけどヒトではよく調べられていないものを、どうやって規制していくか。ヒトへの発がん性がわかる前にどのように規制していくか、というのが重要な問題になるのではないかと思います。
片岡  現場でやっている人間からすると、何かあったときに労働者が会社に対して何を言っても、社会に対して何を言っても守られるという、労働者がその場面で保護されるという仕組みをつくることが大切だなと強く感じます。例えば、内部告発免責の原則とか。命と健康の問題に企業秘密は釣り合わないとか、そういう原則があるべきだと思います。いまのSANYOの状況を見ても、モノが言えない。これだけ大事件になっても内部の社員、あるいはそれに連なる方が自由にモノが言えない。それはやはり外部の力でなんとかしてあげないと、同じ事件が起きる。現場の力関係を、労働者がモノを言える力関係をつくる。つくっておけば、ブラックな人たちが放逐されていくので、そういう意味で労働組合的なところがそれを目標にして、やる。そうなれば少なくとも16人の内の3分の2くらいは助かっていた可能性があったというのが僕の意見です。

医療現場・行政の問題

片岡  それから医療現場の問題です。これはアスベストの問題のときに嫌というほど体験した。医者が仕事を聞かない、何とかしてくれと言いにいってもまともに取り合わないというのは、胆管がんどころではなく経験していて、どれだけ医者に泣かされたか。たしかにお医者さんはよい治療して直してくれるというのが一番大切なんですが、ファーストタッチ、セカンドタッチで、これは!というセンスのよいお医者さんがいたら3分の2くらいは助かっていた可能性があるので、医者に法律はなじ染まないかもしれないけれども、本当に職業について関心を持たなければならないという義務付けを、どこかでしなければならないというのが大変大きな教訓だと思います。さっきどこに相談に行ったらいいですかという相談ありましたが、熊谷先生は監督署とか産業保健推進センターって言いましたけど、絶対ダメですよ。はっきりダメなんですから。いったん問題になってから行くのはいいんです。何もないところで監督署に行ったときの悲惨さはないですから、これは怪しいなと思うときに監督署に行くのはあまりよくない。労働組合とか、ちょっと怪しげなところに行くのが一番よいです。
古谷  いまの医師、医療関係者にまつわる話でコメントをいただければ。
久永  労基署に行っても話にならないという話があったんだけど、私は行政組織の末端にいましたので私の知ってる範囲で言うと、日本の労働安全衛生行政の中で化学物質行政というのは、現在は労働省労働基準局安全衛生部化学物質対策課という課があってそこがやっているんだけれど、そこにいる職員の数は約15人くらいしかいないんです。それでもって日本全体の化学物質行政ですから、いつも手がまわらない状態で、大きな社会問題になればやりますが、それ以外の小さな問題では取り組む余裕がまったくない。それでだいたい労働省に働きに来るような人は真面目な人が多いと思っています。監督官もそうだと思うんです。だから、行政のしかるべきところはもっと強くして頑張れと。人も付けろと国民の側から言うべきだろうと思います。
片岡  要するに使い分けです。問題の性格によってはダメだけど、ある面ではきわめて有能です。どこにもない話のときに監督署に行くと絶望するということですから、その初めのところは能力に欠けると。だけどいったんハマればバーっといきますから。希望的なことを言えば、厚生労働省はそういう問題のあり様を素直に受け止めて、民間の力をどう活用するのかを政策的に立てないと同じことを繰り返すだろうと思います。
毛利  僕も久永先生と同じ時期に労働安全総合研究所というところにいたんですが、そのときに考えたことを少し紹介させてください。どうも日本で研究所っていうと、最先端の有名な科学雑誌にバンバン論文を載せないと役に立ってないという評価をされる、っていうのがここ10年くらいの風潮だと思います。それは間違っていると思うんです。霞ヶ関に化学物質管理のためのスタッフが15人しかいないのであれば、研究所に100人、200人とスタッフがいて、全国のデータを文析をして、政策提言の基礎資料を霞ヶ関に送り出すという役割をしないといけない。それがあの研究所だったはずなんですけど、いつの間にか世界のトップクラスの研究をやれ、それで論文を書け、発表せよということになってくるわけです。しかし、労働衛生の分野でそんな大発見ができるわけないんですよ。地道にコツコツ基礎研究をやっていたらiPS細胞みたいな大発見ができる分野ではなくて、何もホットな話題がない状態をいかに持続していくか、そのために何をすべきかを研究しなければならないはずなんです。それがいつの間にか、皆をビックリさせるような研究が出ないといけないっていうことになると、今度は誰もやったことがないような研究に進んでいくわけです。つまり、現場からどんどん離れてしまう。現場とまったく関係ないようなところで、でも皆がちょっとビックリするような研究の方に走ってしまう。さらに情けないことに、あそこの研究予算は大きなものは基本3年間のプロジェクト予算なんです。だから10年20年かけてずっと続けていかなければいけないような、サーベイランスなんかはそうなんですが、そのような研究をしようと思ってもできない構造になってしまっている。そういう仕組みができてしまった一端はわれわれの社会にもあって、「仕分け」とかいう流れの中でそういうふうに研究所を作ってきてしまったわれわれの方にも責任があるんだと思います。だから国が研究所を持つというときに、どういう研究所にすべきかという国民的な議論がないと、研究者だけがあの研究所はこうあるべきだみたいなことを議論して、それを国民の側も専門家が議論しているんだからそれでよいだろうみたいに見ていたら絶対誤ってしまうということを一言付け加えておきたいことです。それから僕の話の中で言ったように、いま国の方が大きくガラッと変わるという期待は持たない方がよいです。むしろ自分たちで工夫して何かをはじめないといけない。そのときにインターネットっていうツールがあるので、みんなにつぶやいてほしいんです。僕の病気はもしかしたら仕事と関係があるんじゃないかというようなかたちで。労働者にはつぶやいてほしい。そういう情報がどんどん流れることによって少し世の中の雰囲気も変わって、医者もそんなに言うんだったら聞いてやるよという態度では困るんですが、もう少し職歴に目を向ける医者が増えてくる方向にも進むんではないかと思います。とにかくいまは労働者一人ひとりが声をあげる、医療従事者に届けることを意識して取り組むべきときなのではないかと思っています。
古谷  電子カルテが普及している中で、電子カルテの中に職歴を入力する欄がないというのは何なのかと思います。逆にそれは私たちも含めて、もう少し声をあげれば比較的速やかに変えさせられることもできるんではないかと思います。仮にお医者さんの反応が悪かったとしても、看護師の方が話を聞いたらそれをカルテに記録するなんて話もありました。細いルートをたどってやっと職業と病気の話がっていうのを踏まえたさっきの片岡さんの話だったと思います。

現場からの動きの重要性

参加者  神奈川労災職業病センターの川本です。この間、誰に会っても胆管がんってすごい騒ぎになってますよねと。ちょっと話を見れば、関西労働者安全センターだからうちも同じで皆さん知っていて聞いてくるんです。どんなルートで発見されたんですかって案外、報道されないんですよね。要するに亡くなった方のお友達が、あるいはまわりの方々が一生懸命調べて、それでたまたま京都ユニオンの方につながってそれから始まったという話をすると、それが―化学物質がどうだとか法律がどうだとかいうことよりも―最もなるほどと納得してくれるんです。友達のことを悔しいと思って、そのことが今日の事態にようやく繋いだんだっていう話に一番納得するんです。国も医者もダメやったのが、こんな怪しげな小さい団体―決して化学系の大きな労働組合が掘り起こしたわけではないんだ。皆さん非常に納得されるんです。さっきから毛利先生が言っていたように、やっぱり一人ひとりがその気になるようなきっかけをつくるしかないような気がするんです。法律がどうだとか、そういうシステム的なものももちろんあるんでしょうけど、やっぱり被害者やまわりの人がそれに声を出せるようなものをどうやってつくれるかという話だと思うんです。質問は、これだけ大騒ぎになってる中で、熊谷さんのところに印刷とかの労働組合の人から詳しく話を知りたいとか、うちの現場でも何とかしたいとかっていう話があったのかどうか知りたいんですが。おそらくないんじゃないかと思うので、意見としてはやっぱり自主サーベイランスですか、そういうものを僕は初めて知ったんですが、サーベイランスと言うとすごいイメージになってしまいますけど、そういう大したことじゃないようなかたちでもみんな言えるんだよというような仕組みをなんとかうまくつくれれば。労働者一人でもなんとかなるんだという気持ちになれるような雰囲気をどうやったらつくれるのかが大切かなと思っていますから、ご意見いただければと思います。
熊谷  これが報道されたときに何件か電話はかかってきました。かかってきたのは自分が病気になっているとか、あるいは家族がなっているということでの相談の電話。それから印刷会社がどんな溶剤を使ったらいいのとか、探りを入れるような感じで「うちの社員がそちらに電話してませんか」みたいなのもありました。でも労働組合はなかったです。
参加者  名古屋労災職業病研究会というところで仕事をしているんですが、ちょっと前に茶のしずく石鹸というところでアレルギーの問題がすごくあって、すごい広がりがあったと思うんですけど、あのときは石鹸を使ってアレルギーになったという人の情報が、例えば産業衛生学会の方で広く共有されていたのかとか、今回の胆管がんの事とはどんな違いがあるのか話していただけると。
片岡  似ていますね。ちょうど茶のしずく石鹸のことがメディアに取り上げられたのは、3・11の春頃に東京新聞がかなり大きく取り上げたところからはじまると思いますが、その後に裁判という話になっていくんです。茶のしずくの場合は胆管がんとは違って、かなりはっきりとパッチテストなんかで明らかになったので、原因論は明らかだったんです。でもたぶんはじめはお医者さんのうちわの話になっていて、なかなか表に出なかったけれどもそのうちメディアが絡んで出てくる。それらが絡んでくるのが重要だということの共通点はあるだろうと思います。だいたい専門家が最も大きなファクターを握って社会問題化する事件はないんじゃないですかね。かなりのケースは、素人が鍵を握るというのが僕の経験則ですけど。
久永  名古屋の場合は化粧品や家庭用品による皮膚障害の専門家が何人かおられたので、いろいろな情報提供があり、石鹸の件も、かなり医者の間では知られてました。
片岡  今日の話とは違うんですが、職業性皮膚疾患というのは、日本では件数は少ないんです。これは外国と構造が違っていて、外国ではかなり件数が多いんだけど、日本ではあがってこないというギャップの問題は別途あって、いま皮膚科の先生が非常に熱心という話がありましたが、もっと職業性皮膚疾患として問題にされなければいけない多くのケースは眠っているということはあります。

労災補償と企業責任

古谷  いただいた質問で取り上げていないものが2枚ほどありまして、これまであまり議論されていない補償と企業責任をめぐるようなことがありますので、これは片岡さんから。
片岡  ひとつは、労災が認められたらそれで終わりなのかと。会社の責任は追及が可能なのか。会社に過失があるとなった場合、会社はどういう対応をするのか。療養中の従業員の方もいますし、潜在的リスクを抱えた従業員の方もいるわけですから、会社の態度によって大きく行く末が左右されることになるけれども、その点はどうなのかということですね。それで、過失がもし法的にないとなった場合は会社と被害者の関係はどうなるのか。被害者の運命はどうなるのかという。現状では労災認定が認められそうだという状況下において、会社の責任問題と被害者の将来問題というのが次の課題としてはあるのではないかという質問です。それからもうひとつは、時効の問題です。もし労災が支給されるという結論になったとしても、既に時効になっている方の取り扱いはどうなるのか。時効の問題については一定クリアするという方針は出されています。SANYOの方は17名いますが、他の地域で労災請求が増えていますので、そういう方々の認定問題がすんなりいくのかどうか。いろいろな認定基準がセットされて、それによって線引きをされるのではないか。労災認定がされるとしても線引きの問題、過失の問題というのが非常に大きな課題がこれからあると。そのことに対するご質問だと思います。
まず時効の問題は、昔、クロム肺がんの時に実例があるので、まず間違いなく時効の問題は、石綿救済法のやり方ではなくて、被害がわかった時点から時効のカウントが始まるということになりますので、かなり前に遡って補償は実施するということにならざるを得ないと思います。相対的に大きな問題は、会社の責任と過失がどのようなかたちで認められうるのかということです。この点については、これまで労災裁判というのは非常に多くて、その中で労災に関する企業責任が認められる法律理論というのが確立されていますから、それに照らして今回の問題がどう位置づけられるかが、いまの段階での検討課題になります。一般論で言えば、この種の問題は予見可能性があったかどうかということと、それに基づく結果回避義務が尽くされていたかということに帰着するので、予見可能性をどのようにこの事件について判断できるかになります。通常は法律規制があったかどうかがかなり重要なポイントになりますので、今回の原因物質がある程度特定されたときにその物質にまつわる危険性が、あるいは発がん性がその曝露行為が行われた時点で経営者がわかり得たのかどうかが問題になります。そのほか様々な角度から一つひとつ紐解いていって、法律家の意見も聞きながら、企業責任をどう考えればいいのかという話になると思います。いずれにしても労災認定されるかどうかというのが大きな山なので、労災保険上の相当因果関係を認めると。これは医学的因果関係とは別個のものですが、労災保険上の相当因果関係を認めるというのが第一歩で、次に損害賠償責任での相当因果関係があるかどうかが次の法律的な判断になります。労災が認められたからといって、損害賠償責任が認められるということではありませんが、大きな足がかりになるだろうと思います。
古谷  締めにかかっていきたいと思いますが、厚生労働省がやってる2つの作業が動いていて、補償の話と職場での対策の話。労災補償については、おそらく年度内になんらかのまとめをした上で、私もSANYOの被害者については時効だとか、線引きはなく労災補償が認められるものと予想しています。それがひっくり返されないようにしっかり監視しなければいけないので、今回の集会はその目的もありますが、SANYO以外の労災申請の人たちにどういうことが起きるかを監視しなければいけないし、SANYOの被害者が労災補償を受けられた後の企業責任の問題は大きな話だろうと思います。いずれにしろ問題は続いていきます。

問題を全体の財産に

古谷  対策の問題については、予想できることとして、1,2-ジクロロプロパンも代替化は進むだろうと。あるいは印刷業で一定の有機塩素系洗浄剤対策は進むだろうということは確実に予測が付くんですが、それで終わりということも大いにあり得る話だと思います。そうすると私たちが願っている、このことを教訓に具体的な対策が引き出せるかということにつながらない可能性の方が大きいかもしれない気もしています。これは私たちの方からアクションをしたり、提言をしていかなければいけない。さらに今日は、国や自治体に要求するということだけではなくて、私たちが、活動家が、市民が、研究者がどういう取り組みができるのかということも議論できたことが非常にありがたいと思っているんですが、今日の議論をなんらかのかたちできちっとまとめること、議論を続けることを前提に立って、最後にご意見をいただきたいと思います。
中地  古谷さんの表を見ていて、労働安全サービスと私は言っているんですが、窓口の話で議論が出たんだけど、もう少し私は労働組合がきちんと相談に乗れるような窓口をつくることが大切だと思います。事故や怪我のこと、病気のことについてまずは労働組合に相談できるような。企業でできないのであれば地域で、労働組合が窓口を開くようなことを働きかけるべきではないかと思います。連合とか全労連とかいくつか組合がありますが、どの組合であってもいまはどこも人で不足や組織率の低下で細々とした労働者の相談に乗れない体制になっていると思うので、安全センターとしても労働組合に働きかけて労働者の健康問題の相談窓口であったり情報を集められるようなところをつくって、もちろん安全センターがもう少し頑張るということも含めて、考えていく必要があるんだと思います。
毛利  私はいま医学部で教員をやっていますので、一人でも多く職歴を聞ける医者を育てるということを当面の目標として心がけていきたいと思いますし、私自身も臨床の場面ではとにかく風邪であっても、ところであなたのお仕事は何ですかということを聞くことを自分から実践していこうかと改めて思っています。
久永  僕は最後に言いたいのは、学校教育に安全衛生教育を組み込むということです。皆さんがご存知かどうかわかりませんが、学習指導要領は中学でも高校でも各教科にあるのですが、中学の指導要領ですと技術科とか家庭科とか保健体育、理科といったそれぞれの指導要領の中に化学物質の取り扱い、機械の取り扱い方、刃物の扱い、感電の予防、ストレスの予防、作業時間の制限とかが書いています。ところが実際にはほとんどの学校でそれに従って教育がされていない。教員もそれを教えるだけの力がない。それで今もいろいろやっているんですけど、ぜひ今後、大きな流れとして学校教育に安全衛生教育を位置づけてやるということをやっていきたいと思っています。
熊谷  これまでずっとSANYOの従業員の方の調査をやってきて、これはまだ終わっておらず、これは続けていかなければいけない問題と考えていますので、この場におられるSANYOの元従業員の皆さんに今後もご協力をお願いしますということです。それからこういうSANYOの調査とか、アスベストのどこかの作業場の調査とかはこれまでもやってきたので、得意な方なんですが、本当はそれだけをやっていたのでは問題は解決しなくて、今日も出ていた化学物質対策をどうしていくかという全体の枠を考えていかないと問題の解決には至らないと。そういう抽象的な議論を考えるのは不得意で、マスコミ報道の後も連絡があったのですが、ジクロロメタンと1,2-ジクロロプロパンがダメなら何を使ったらよいのかという質問があるんです。それについては、それ以外に替えた方がよいが、それにも毒性がある可能性があるので、排気装置とか十分に注意してくださいという言い方しかできなくて、具体的にこういうものがよいですとなかなか言いにくいのです。そういう情報をシステム的に提供する仕組みとか今後の化学物質を総体でどうしていくのかというのを提起しないと、個別の事業所としては対応できないのかなというのが正直なところで、そういうこともやっていかないとダメかなと思っています。
それからさっき神奈川の安全センターの方がおっしゃっていましたが、今回の事例は元従業員の方の友達が一生懸命やられて問題が明るみに出たと。それは私も強く感じていて、それがたまたま安全センターに行って私のところに依頼が来たということであって、最初のきっかけをつくられた方の役割は非常に重要なのかなというのはあらためて強調しておきたいと思います。
片岡  それぞれの項目については様々にありましたので、とくにここでひとつずつ確認をするという作業はしませんが、報告集としてまとめることが予定されていますので、そこでまとめます。参加者の方にはできるだけそれを返していってお役立ていただければと思います。一番大切なことは現場だと。現場に学ぶ、患者に学ぶ、家族に学ぶ、被害者に学ぶと。そこからしか始まらないということをあらためて認識しました。それが結局は全体の前進になると。全体を見通す目を持ちながら、今回の問題を財産にしていきたいと思いますのでご協力をお願いします。
一番初めはご友人の方々のご努力がありました、それから問題が発覚した以降も退職者の方々のいろいろなご協力もありました。家族の方、ご本人の方々の努力もありやっとここまで来ました。もちろんメディアの方々のご協力もありました。とにかく全員で頑張っていきたい。患者の人にも命を落とすことなく人生を全うしていただきたいという願いを込めて終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

安全センター情報2013年4月号