職業性胆管がん事件(その6)(校正印刷会社SANYO-CYP):労安研「大阪府の印刷工場における疾病災害災害調査報告書」、労災請求全国で拡大

片岡明彦(関西労働者安全センター事務局次長)

労働安全衛生総合研究所(労安研)が報告書公表

8月31日、独立行政法人労働安全衛生総合研究所(労安研)が「大阪府の印刷工場における疾病災害災害調査報告書A-2012-2」を公表した。

災害調査報告書Aー2012ー02大阪府の印刷工場における疾病災害平成24年8月31日独立行政法人労働安全衛生総合研究所-1

労安研は事件発覚後、5月28日に作業内容や化学物質の使用状況などの事前調査、6月7日に空調システムの測定・評価、6月30日に現在の校正印刷作業での作業環境測定と個人ばく露測定をS社において行った。

模擬実験で高濃度ばく露環境が再現

7月1日にはS社の協力のもと、実際の勤務のない日を選んで、当時の労働者のばく露を推定するための模擬実験を行った。

労安研報告書によれば、

1 作業場での換気の状況
作業場の空調システムを調べた結果、3系統の空調システムのうち、全体循環系からの排気は、還流して外気と混じり合い、作業場内に供給される仕組み(還流率67%)であることがわかった。有害化学物質を使用すると汚染された空気の再流入が起こり、作業者の高濃度ばく露につながる懸念がある。

2 有害物質のばく露状況
有機塩素系洗浄剤が使用されていた過去の時点での労働者のばく露を推定するため、模擬実験を行った結果(還流率は56%)、全体循環系の給気口から汚染された空気が供給されていることが確認され、ジクロロメタンと1,2-ジクロロプロパンの混合溶剤を時間当たり1.75リットル使用した場合に、個人ばく露濃度でジクロロメタン130-360ppm、1,2-ジクロロプロパン60-210ppmとACGIHの許容濃度と比べて大幅に高い測定結果となった。また、作業場内の測定場所によって個人ばく露濃度と環境濃度に高低の不均衡が認められ、当時使われていた2系統の空調システムの不適切な配置等が均一な拡散と排気を妨げ、室内空気の局所的な滞留を起こしやすくしていたと推測される」

労安研報告書「報告書の概要」

ということだった。
つまり、「汚染空気を大量に還流」させる空調を行い、「局所的滞留が発生する」構造が長年放置されてきたということが明らかにされたのだった。
S社社長が豪語していた「西日本一の空調」を備えた工場は、実はとんでもない「欠陥工場」、「殺人工場」だったことが実証されたといえるだろう。

労災請求全国で34名に

9月5日、厚生労働省は印刷業における労災請求事案が34件、印刷業以外で2件になったことを明らかにした(下表)。

7月以降実施してきた印刷業全国1万数千社を対象とするアンケート調査の状況を、「印刷業に対する有機溶剤中毒予防規則等に関する通信調査の結果(速報)等について」として公表した。
速報とはいえ、安全衛生対策の不備が蔓延している深刻な状況を映し出した。

印刷業に対する有機溶剤中毒予防規則等に関する通信調査の結果(速報)等について平成24年9月5日厚生労働省労基局安全衛生部計画課発表

校正印刷でない通常オフセット印刷で胆管がん労災請求

厚生労働省は34件の胆管がん請求については、大阪のS社の12件と宮城の某社の2件のほかの20件については、療養者と死亡者の死亡時の年代のみを公表し、仕事の内容、地域などを明らかにしていない(上表)。

これまで隠れてきた労災である可能性が強い今回の胆管がん問題の対応としては、もっと多面的な情報を公表して、社会の注意を喚起するべきである。

7月中旬、三重県在住40代男性で胆管がん療養中のHさんから自分の病気も労災ではないかと思うという相談電話がかかってきた。

情報公開と徹底究明を

3月30日の3名の労災請求から5か月間。S社における胆管がん発症者と労災請求者の増加、時効事案の一斉申請、厚生労働省の全国調査の進行、労安研報告、34名の労災請求(ほかに2名の印刷業以外で請求)と問題は、深まりと広がりを見せている。
労災認定への道筋も一定見えてきた。S社の校正印刷業務と胆管がんとの因果関係は明白で、遠くない時期に厚生労働省は労災請求に対する結論を出すだろう。
ただし、S社以外の事案や胆管がんではない健康障害をどう取り扱うのかなど、まったく不透明な部分も少なくない。
被害がいまの段階で止まるのかどうかはまったく予断を許さない。全国的な被害の状況、他の産業における状況についても、いまは、先入観をもたないで徹底した調査が行われなければならない。
この点で、7月10日厚生労働省発表に先立っての朝の閣議後のぶら下がり会見における小宮山厚生労働大臣のコメントは、まったくいただけなかった。

(大臣) 冒頭、私のほうから1件、胆管がんに関する一斉点検結果についてです。印刷事業場での胆管がんの発生については、6月中に全国561の印刷事業場を対象として、一斉点検を実施し、今日その結果を取りまとめて公表します。561事業場のうち胆管がんの発症を確認出来たのは、3事業場3人で、大阪、宮城の事業場以外に複数の胆管がんの発症が確認された事例はありませんでした。併せて点検結果を基に現行法令の遵守の徹底等の予防的な対策も公表します。詳細につきましては後ほど事務方から説明をいたしますからよろしくお願いします。
私のほうからは以上です。
《質疑》
(記者) この561事業場のうち新たに分かったのが3事業場という数についてはどのように受け止めていらっしゃいますか。
(大臣) あまり多くの広がりがなかったということはよかったと思います。ただ、事務方から発表しますけれども、色々と今の法令が守られていないという部分もありますので、そこのところは徹底していきたいと思っています。
(記者) ということは、事業場の状態が影響しているということですか。
(大臣) そうですね。ですから、今回、発端になった所は地下室で非常に密閉された空間だったということもあるのではないかと。ただ、これは疫学的にきちんと専門家が検討しないと因果関係というのは分かりませんので、そうしたことも含めて後ほど事務方から公表したいと思います。

「あまり多くの広がりがなかったということはよかったと思います」
この段階の責任者の発言としてはきわめて不適切であった。眉をひそめた人は多かったはずだ。
今後とも、S社における胆管がん多発事件そして地域と業種を超えて拡がる可能性をみせる胆管がん問題に全力で取り組むことはもちろん、あらためてこの問題から見えてくる「労災補償制度における時効制度の矛盾」、「化学物質対策のあり方の問題」を改善していかなければならない。
多くの方の注目とご支援、ご協力を訴える。

安全センター情報2012年10月号