職業性胆管がん事件(その5)(校正印刷会社SANYO-CYP):労災時効事案(死亡5年超経過)への対応、会社記者会見、大阪市立大学医学部に特別外来

片岡明彦(関西労働者安全センター事務局次長)

時効事案を一斉申請

胆管がんの報道がすすむ中、報道が契機となって、労災時効となってしまっていた2名のご遺族と会うことができた。
被災労働者本人や家族が、原因が職場にあったことを知らなかった今回のようなケースに、労災保険法上の時効を適用するのは明らかに間違っている。

対象となったご遺族と協議して、あえて労災請求を行って時効を適用させないよう取り組もうということになった。この点は当センターとして、本件の調査に着手した段階で基本方針を決めていたことだった。

厚生労働省の対応が注目されていたが、時効事案への対応については、胆管がんにかかる時効事案について時効の判断をせずに請求を受け付けるように全国の労働局に指示していたことが7月中旬に明らかになった。

7月19日の朝、表1で○を付した方の4遺族が、そろって大阪中央労基署に労災請求を行った。

Aさんは、1962年10月生まれ。S社で最初に胆管がんを発症した。
大阪の大学在学中、奥さんとバイト先で知り合って結婚、ほどなく1985年に正社員でS社入社し、粉川町の旧工場から校正印刷作業に従事した。
1996年6月か7月頃の検診で、肝臓の数値(γGTP)が高いと言われていたが、放置していたところ、同年11月頃に目が黄色くなってきて(黄疸)近くの医院に受診、北区のK病院に行き入院検査の結果、胆管がんと診断された。

1996年12月、肝臓の8割を切除する手術を受け職場復帰、1998年に退社したあとは元S社にいた人が経営する校正印刷会社で働いた。
医師に、1年以内に再発するケースが多いと言われたが、その後、3年、5年と再発がなく、安心して検診の足も少し遠のいていた。

2003年12月におなかが「ぽこっと」出てきているので、腹水がたまっているのではないかと疑った奥さんは、Aさんに受診を勧めた。年末繁忙のため、年明けの1月はじめに受診したところ、再発がわかった。やはり腹水がたまっており、もうどうしようもないと言われた。

2004年2月、K病院で亡くなられた。41歳だった。
亡くなったときは、高校生の長女を頭に子供が3人いた。奥さんは、そのとき頭がまっしろになったという。
胆管がんということを本人には最初告知していなかったが、入院時の検査のあと、若い看護婦さんがカルテを本人にもたせたことがあり、それを本人が見て病名がばれた。

そのあと、病名のことには一切触れなかったが、退院して家に帰ってきたとき、「再発するかな」と夫が言うので、「何が?」ときくと「がん」という答えが返ってきたことを憶えていると奥さんは話す。今回、労災請求に至ったのはAさんの元同僚からの働きかけがきっかけだった。

Eさんは、1969年4月生まれ。府立工業高校定時制を卒業し、1989年に正社員として入社し、旧工場から校正印刷作業に従事した。
2004年6月下旬に、顔が真っ黄色になり近医を受診したところ、γGTPが2000以上あった。すぐにT病院に検査入院し、胆管がんと診断された。家族の判断で、本人には胆管がんであると告知した。

手術のためにS病院に転院し、手術を受けた。手術は12時間以上に及んだ。術後予後不良で、もとのT病院にもどり、治療を続けた。
治療中に、会社の同僚で同じ病気だという若者がお見舞いに来てくれたことがあり、たいへん励まされたという。しかし、その彼は亡くなり、Eさんはショックで泣き続け、お葬式にも出席したということだ。若かったこの同僚は、2005年に亡くなったDさんだ。

治療のかいなく2006年9月に、Eさんは亡くなられた。37歳だった。
そして今年、事件を報じるテレビ報道をみたEさんの姉がテレビ局に連絡したことが、今回の労災請求につながった。

本件のような職業がんでは、本人や家族が原因に思い至らないことが多い。
Aさん、Eさんももちろんそうだった。
しかし、たとえばAさんが亡くなった2004年、Eさんが亡くなった2006年までには、何人も肝臓がらみのがんや病気を起こしたり、そのために亡くなっていた。
「会社からは何の話もされなかった」という時効遺族の言葉は、本件での時効成立にS社の作為が介在していたことを疑わせる。

会社(顧問弁護士1名だけ)会見に「ウソやろ?!」

7月31日午前10時半から大阪弁護士会館で、S社顧問弁護士が記者会見を開いた。
会見では弁護士が以下の配付資料を朗読したあと、数社の質問に答えただけで、「別件がありますから」とそそくさと退席したそうだ。

その会見資料と 熊谷信二産業医大准教授による「S社の主張の問題点」を以下に掲載する。

胆管がん発症事例について平成24年7月31日S社代理人-弁護士 宝本美穂

SANYO-CYP社の主張の問題点平成24年7月31日産業医科大学産業保健学部安全衛生マネジメント学准教授 熊谷信二

同日午後3時から関西労働者安全センターにおいて、この会社会見に対する会見が行われた。会見には、熊谷准教授、岡田俊子さんとともに、元労働者で校正印刷に従事していた本田真吾さん(写真左)が出席した。

本田さんは在職中の2006年6月ないし7月頃の健康診断で肝機能異常(γGTPが1,000以上)が指摘されたため、上司から病院に行くように言われ、病院でも同様の肝機能異常が確認されたので、上司に言って校正印刷から外してもらい、その後の検査で数値が下がったので、病院で診断書を発行してもらった。

診断書(2006年10月6日付)には、「病名:肝機能異常 付記:上記に関して、有機溶剤使用が原因と考えられる。未使用により現在改善傾向であり、今後も未使用による経過観察が必要である」と記載されており、これを上司に提出した。

しかし、当時、配置転換された職場はコンピュータ操作が必要な部署なため、まったく仕事がなく、ただ座っているしかない上に、上司から退職勧奨めいたことを言われたことで、本田さんは退職することにした。ただし、診断書のコピーは大切に保管していた。

退職後も肝機能の数値が正常に戻らず、ずっと経過観察で通院していたところに事件の発覚を知り、先日、当センターに相談にこられたところだった。

この日の会見資料の中に「通常の健康診断に加え、念のため校正部従業員を対象に、有機溶剤健康診断を実施いたしました。時期は、平成17年から平成20年までであり、受診結果はいずれの年も全員問題がありませんでした」とあった。

2006年は平成18年なので、これは以前に本田さんの言っていたことと違う。急遽、記者会見への出席を本田さんに要請したところ快諾されたのだった。
会見で本田さんは、問題の診断書を掲げて、
(会社の言うことは)うそやと思いました」と語った。

「会社の説明うそや」
胆管がん 元従業員ら反論

「僕自身、今後がんになる可能性があり不安です。会社の説明はうそやと思う」。従業員ら13人が胆管がんを発症し、7人が亡くなっている大阪市中央区の印刷会社「SANYO-CYP(サンヨーシーワイピー)」の31日の会見後、遺族ら支援団体が大阪市内で反論会見を開いた。元従業員で肝機能異常がみつかっている本田真吾さん(30)が自ら氏名を公表して会見に出席し、同社の説明に疑問を投げかけた。

同社の代理人は会見で、2005年から08年にかけて、問題となっている校正印刷部門の従業員に有機溶剤の影響を調べる健康診断をしたが、全員問題がなかったと説明した。
本田さんは00年に入社し、校正印刷部門に勤務。06年夏の健康診断で飲酒習慣がないのに肝機能異常がみつかった。社内では05、06年と立て続けに従業員が胆管がんで死亡。印刷機の洗浄に使う有機溶剤を吸い込むと、頭がくらくらし、従業員らの間で溶剤が原因では、と言われていた。
自ら申し出て校正印刷とは別の部署に異動。すると、劇的に肝機能が改善したため、「有機溶剤が原因と考えられる」とする医師の診断書を上司に提出し、問題を指摘したが、取り合ってもらえなかった。「次は僕なのか」と思いながら、06年10月に退社した。

当時から周囲に「労災として訴えたら」と助言されていたが、踏み切れなかった。「健康診断では問題なかった」とする会社の説明に憤り、「会社のために働き、亡くなった方たちに会社は償わなあかんと思う」と力を込めた。
一方、実態を調べた熊谷信二・産業医科大准教授もこの会見で、原因の可能性が指摘される有機溶剤の使用や発症者の把握時期について同社は「虚偽を述べている」と厳しく批判した。

朝日新聞大阪本社 2012年8月1日

大阪市大グループと厚労省検討会

大阪市立大学の圓藤吟史教授(産業医学)、久保正二教授(市大病院肝胆膵外科教授)らのグループが8月3日、7月25日の厚生労働省発表にある「疫学的調査等」を行うこと、大阪市大病院に「胆管がん特別外来」を8月7日から開設すること、久保教授らが所属する日本肝胆膵外科学会が50歳未満の胆管がん患者などを過去15年分つかみ、職場などの環境要因や治療法を究明するため、全国211の病院の症例を対象に調べることを記者会見で発表した。
https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/2012/yjcamj

また、厚生労働省が労災請求事案を検討する専門検討会(「印刷事業場で発生した胆管がんの業務上外に関する検討会」)を設置して、9月6日に第1回会合が行われた。
大阪市大グループは、疫学的調査については年度末までにまとめたいと述べており、厚生労働省検討会に関しては、SANYO社における胆管がんの業務上外の判断を年度末をめどにまず行うのではないか伝えられている。
労災請求に対する見通しに関連しては、連合のHPに紹介された津田弥太郎厚生労働政務官の発言にも注目できるだろう。

「胆管がんに対する労働安全衛生対策強化」を厚生労働省に緊急要請

連合は、7月20日、厚生労働省に対し「胆管がんに対する労働安全衛生対策に関する要請」を実施した。
冒頭、南雲事務局長は「労働者の健康障害防止・労働災害防止の観点から、胆管がんに関する労働安全衛生対策の強化をお願いしたい」と発言し、杉山雇用法制対策局長より各要請項目について説明した。

津田厚生労働大臣政務官からは、以下のとおり発言があった。
1 一斉点検の結果、何らかの問題が認められた事業場の割合が高かった点は、厚生労働省としても大きな問題だと認識している。まずは、事業者の法令遵守を徹底すべく、全印刷事業場に自主点検を実施させ、自主点検未実施事業場が存在した場合は強制的に指導していく。
2 胆管がん発症に関する因果関係の解明に向け疫学的調査を実施するが、結果が出るまで約2年かかる。一方で、疫学的調査を踏まえた法的措置による対応に先行し、各事業場におけるばく露低減化の予防的取り組みが必要であり、危険性が高いと思われる化学物質を使用している事業場における作業環境管理、健康管理等に関する指導を徹底していく。
3 労災認定について、疫学的調査による因果関係の解明を待たずに、できるだけ早く一定の結論を出したい。また時効については、既に各労働局に対し時効を理由に労災請求を門前払いしないよう指示をしたところであるが、かつてクロム精錬工程作業と肺がん問題において、「因果関係が明らかになってから時効が進行する」とした例を踏まえ、対応を検討したい。

連合ニュース2012年7月20日