社保不支給事例を調査:地方懇談会も開催/「労災隠し」対策で新たな指示

厚生労働省は3月5日、基発第0305001号「『労災かくし」対策の排除に係る対策の一層の推進について」を発出した。この通達は、同省ホームページの「労災かくし対策」のコーナーの「関連法令・通達」(https://www.mhlw.go.jp/general/seido/roudou/rousai/5.html )の一番最後に掲載されたが、別添1及び2は省略されたので、省略された部分も含めて、全国安全センター情報公開推進局で紹介する。

隠れ労災

4月16日付け毎日新聞大阪本社版が一面トップで次の記事を掲載した。

隠れ労災 全件調査へ
年5万件超 社保情報提供 厚労省


社会保険庁が、政府管掌の健康保険の診療報酬明細書(レセプト)を調べたところ、本来は労災認定(労災保険)の対象であるケースが06年土で5万件以上もあることが分かった。これらの中には,事業主が意図的にその事実を隠蔽する「労災隠し」が多数含まれているとみられ、厚生労働省が本格的に調査に乗り出す。今後、社会保険庁のデータなどを基に、労災請求に関し事業主の圧力がなかったかなどを調べ、悪質な事案には積極的に刑事処分の適用を検討する。

労災隠しは、事業主が無災害記録の更新や事業受注の継続などを図るため、事故を隠すなどして行われるとされる。健保は、労災治療に適用できない原則だが、発覚をおそれて使われる。
こうした労災隠しについて、労働基準監督署は悪質なケースを労働安全衛生法違反で送検。その件数は90年に31件だったのが、06年は138件にまで増えている。
一方で、健保の申請を受ける側の社会保険庁は膨大なレセプトの中から、健保の対象とはならない労災や交通事故などを探すが、こうした調査の結果、労災だったとされた請求は06年土で5万471件(15億4000万円)にも上っていた。本来仕事中であるはずの平日に外傷を負ったケースなどに注目し、探し出した。
厚労省が今回打ち出した対策では、全国の労働局が当地の社会保険事務局に、災害が発生した理由や場所などが記載された情報の提供を受ける。これを基に、被災者に対して、労災請求をしなかった理由や災害発生状況なども尋ねる。

<解説>隠れ労災 構造的問題 解決を
健康保険に労災の治療を請求している人は年間5万人以上に上るとされるが、多数の「労災隠し」が含まれるということは00年ごろから指摘されてきた。厚生労働省はようやく、不自然な請求の解明に取り組むが、放置期間は長く、被災者の救済という面から早急の対応が求められる。
労災保険の適用(労災認定)受ければ、治療費は自己負担の必要がない。休業などに対しても補償金が出て、雇用主も安易に解雇できなくなる。しかし健保で治療を受けた場合は、後遺症が残ったり、休業の損失と治療費負担が重なると、重い負担が被災者や家族にのしかかる。労災隠しは重大な人権侵害だ。
仮に事業主が労災隠しを強制しなくても、労働者自らが隠すように仕向けたり、労働者に労災保険制度を知らせないなど、実質的な労災隠しはさまざまな形で存在する。個別ケースの対策はもちろんだが、厚労省には、こうした構造的な問題の解決策も探るべきだろう。(大島秀利)

毎日新聞2008年4月16日

この問題は、全国安全センターが以前から提起してきた問題のひとつである。
1997年度に行われた全国安全センターとして最初の厚生労働省交渉で、1997年5月15日の参議院労働委員会で社会保険庁が、本来労災保険で支払うべきものが「全国で6万件、20億円ないし22億円が毎年支払われている」と答弁していることや医師会の資料等をもとに、「労災隠し」に対する把握・認識・対策を求めている(安全センター情報1998年4月号)。

当初は、「労災隠し」はどれくらいあると認識しているのかと聞いても、年間60~70件程度の送検件数をあげて平気ですますという姿勢であり、実態は「送検件数の何倍かくらいだろうという発想では、もちろんない。少なくない件数がまだ把握されていないという前提で考えている」と回答させるのに一苦労した(安全センター情報1999年4月号)。
しかしその後も、実効性のある具体的対策をと迫っても、厚生労働省の腰は重かった。その後もほとんど毎年の厚生労働省交渉で、また、2000年5月号、2001年4月号、9月号、2002年10月号、2004年8・9月号、2005年4月号等でも、「労災隠し」の問題を取り上げてきた。

策を打て!!

とりわけ2001年4月号では、毎日新聞大阪本社の「なくせ労災隠しキャンペーン」のことや考えられる対策の提案等を行っている。
社会保険庁が、政管健保のレセプトチェックで外傷性傷害について本人に照会して、業務上・通勤途上のけが等であることがわかり政管健保の保険給付対象外とした事例に対処することもそのひとつであり、直近の数字としては、2004年8・9月号で2002年度までの数字を掲載している。
2002年度に6万2千件、22億円分であったものが、2006年度5万件、15億円分ということであるから、この間、あまり事態は改善していないとみるべきであろう。

遅ればせながら厚生労働省が、この情報を「労災隠し」対策に活用しようとしたこと自体は歓迎し、通達を読んでも細かいところでいろいろと気がつくことはあるのだが、まずは一定の成果をあげることを期待したい。
厚生労働省内部のことではあるが、労災補償担当部署と社会保険庁が協力し合うことも、重要な進歩ではある。
しかし、この情報では「隠れた」職業病は把握できない。例えば、石綿健康被害に対する、厚生労働省と環境省等の協力にまで発展することを期待したいものである。

なお、2月25日基労発第0225001号「労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について」では、以下のように言っている。

「労災かくし対策については、これまで行ってきたポスター等による周知・啓発に加え、別途指示するところにより、社会保険事務局との連携等の方策を含め、対策の一層の推進を図ること。また、労災保険給付に係る審査又は調査において、労災かくしが疑われる場合には、速やかに労災担当部門から監督・安全衛生担当部門(以下「関係部門」という。)に情報を提供するなど、引き続き関係部門との連携を図ること。なお、新規の休業補償給付支給請求書の受付に際し、労働者死傷病報告の提出年月日の記載がない場合には、関係部門に必ず情報を提供すること。」

安全センター情報2008年6月号