2019年ILO暴力・ハラスメント条約(第190号) COVID-19対応・回復を支援することのできる12の方法 2020.5.14 国際労働機関(ILO)

この通知は、2019年ILO暴力・ハラスメント条約(第190号)の現在のCOVID-19パンデミックとの関連性に焦点をあてる。COVID-19との関連で様々な国で報告されてきた労働に関連した暴力・ハラスメントの事例を提供するとともに、そうした状況を予防・対処するのを助けることのできる、第190号条約及び付属する第206号勧告の具体的条文に言及する。

暴力・ハラスメントは、どこであっても、またいつであっても、平和なまたは危機の時期であるかどうかにかかわらず、容認できない。暴力・ハラスメントのリスクは危機の間にこそ高くなり、COVID-19アウトブレイクはこのことを重苦しく思い出させている。仕事の世界における暴力・ハラスメントに対処することは、ILOにとって優先課題であってきたし、この分野における取り組みはこれまで以上に重要になっている。

2019年に国際労働会議は、仕事の未来のためのILO100周年宣言を採択し、暴力・ハラスメントのない仕事の世界への明確な責任を表明した。また、仕事の世界における暴力・ハラスメントの根絶に関する初めての基準、すなわち2019年ILO暴力・ハラスメント条約(第190号)及びそれに附属する勧告(第206号)を採択した。これら文書のなかで設定された枠組みは、仕事の世界における暴力・ハラスメントを予防・対処するための明確なロードマップを提供し、それゆえCOVID-19に関連するものを含め、持続可能な開発のための2030年アジェンダを果たすのに貢献する。

第190号条約は、暴力・ハラスメントのない仕事の世界に対するすべての者の権利を認めている。それは、暴力・ハラスメントを「身体的、精神的、性的又は経済的害悪を与えることを目的とした、またはそのような結果を招く若しくはその可能性のある」「一定の許容できない行為及び慣行」と定義している。これはとりわけ、身体的虐待、言葉による虐待、いじめや嫌がらせ、セクシャルハラスメント、脅しやストーキングをカバーしている。付属する勧告(第206号)とともに、それは、仕事の世界における暴力・ハラスメントを予防・対処する取り組みの共通の枠組みを設定している。

COVID-19との関連で、アウトブレイクの間とその後に、暴力・ハラスメントのない仕事の世界に対するすべての者の権利を確保するためだけでなく、持続可能な回復と将来危機に直面した場合によりよい回復力を確立するために、緊急の取り組みが必要である。第190号条約の批准並びに条約及び勧告の実施の努力が、対応・回復の主要な要素であるべきである。

第190号条約の批准と第206号勧告と合わせた実施がCOVID-19対応・回復のために重要であることの12の理由

① 物理的職場をこえて暴力・ハラスメントの増加を予防・対処するため。COVID-19は、多くの人々の仕事のやり方を新たにし、フォーマルまたインフォーマル経済の双方において、労働に関連した暴力・ハラスメントの生じる可能性のある場面に光を当てている。職場との往復中に看護士が塩素を投げつけられたり、商品不足のために食料品店の労働者が客から殴られたり、言葉でなじられたりという事例が、多くの国で報告されている。テレワークの増加も、サイバーいじめの増加となって現われている。

第190号条約は、仕事の世界におけるあらゆる形態の暴力・ハラスメントから保護する。条約は、今日仕事は常に物理的職場で行われるとは限らないという事実を考慮に入れた「仕事の世界」という幅広い概念に基づいている。例えば、仕事に関係する旅行中、往復の通勤時、使用者が提供する住居における、または、情報通信技術(ICT)により可能になったものを含め仕事に関係する連絡を通じて生じた暴力・ハラスメントをカバーしている(第190号条約第3条)。

② 仕事の世界におけるすべての者を保護するため。COVID-19の間、多くの者がそのスキルをパンデミックへの対応に向けた。医学生や引退した医師や看護師が、医療を提供する者、無料で保護具を縫う者の列に加わり、また、ボランティアが主食を分配する団体や協会の努力に加わった。

第190号条約は、仕事の世界におけるすべての個々人を保護する。第190号条約は、仕事の世界において誰も暴力・ハラスメントの対象になってはならないという理解の上に立っている。それは、国内の法律及び慣行により定義される被用者、契約上の地位にかかわらず働く人、インターン及び見習いを含む訓練中の人、雇用が終了した労働者、ボランティア、求職者及び応募者、並びに使用者の権限、義務または責任を行使する人を含む、労働者及び仕事の世界における労働者以外の人を保護する(第190号条約第2条)。

③ 包括的なやり方で暴力・ハラスメントに対処するため。COVID-19危機は、仕事の世界における暴力・ハラスメントに効果的に対処するためには、様々な法律や方針の分野における行動や対策が必要なことを証明した。例えば、弱い立場にある移住労働者は、職を失った結果受入国から去る際に、国境法執行当局による暴力・ハラスメントのリスクの増大を報告している。

第190号条約と第206号勧告は、使用者団体及び労働者団体と協議の上、仕事の世界における暴力とハラスメントの防止及び撤廃のための包摂的で、統合され、かつジェンダーに配慮したアプローチを基盤にしている。このアプローチは、団体交渉を通じてはもちろん、労働、均等、無差別、労働安全衛生、移住や刑事に関する法律、規則や方針を含め、関係するすべての領域における取り組みを想定している。このようなアプローチを採用するなかで第190号条約は、それら各々の責任の多岐にわたる性質や範囲を考慮した、政府、使用者と労働者及びそれらの団体の異なりまた補完的な役割と機能を認めている(第190号条約第4条)。

④ ジェンダーに基づく暴力・ハラスメントを予防するため。COVID-19は、ジェンダーによる固定観念に基づく有害な男らしさをさらに悪化させ、女性の無給の世話をする労働の増大をもたらした。これは、相対的に高い金銭的不安や失業とあいまって、ジェンダーに基づく暴力・ハラスメントの上昇、より具体的には女性や少女に対する家庭内暴力の増加につながっている。

第190号条約は、家庭内暴力と仕事の世界との関連性を認めている。それは加盟国に対して、家庭内暴力の影響を認め、仕事の世界におけるその影響を緩和するよう求めている。第206号勧告は、被害者のための休暇、柔軟な働き方、解雇からの一時的保護、職場のリスクアセスメントにおける家庭内暴力包含や意識啓発を含め、とることのできる具体的措置を設定することによって、第190号条約を補完している(第190号条約第10(f)条、第206号勧告段落18)。

⑤ 家庭内暴力の仕事の世界に対する影響を和らげるため。COVID-19ロックダウン・外出禁止は、人々に自宅にとどまり、可能な場合には自宅で仕事をすることを強いている。多くの者にとっていまや自宅が職場であり、そのことが暴力・ハラスメントのリスクの増大をもたらしている。COVID-19アウトブレイクの当初から、とりわけ女性や障害をもつ人々に対してであるが、男性に対してでもある、家庭内暴力の憂慮すべき上昇が多くの国で報告されてきた。家庭内暴力は労働者の健康、安全及び生産性、また、彼らの労働市場に入り、とどまり、また前進する能力に対して影響をもつ。

第190号条約は、ジェンダーに基づく暴力・ハラスメントに対する特別な措置を提供している。それは、女性と少女に偏って影響を及ぼすジェンダーに基づく暴力・ハラスメントを認めている。それはまた、仕事の世界における暴力・ハラスメントをなくすためには、ジェンダーに基づく固定観念、複合及び交差した形態の差別、及び不均等なジェンダーに基づく力関係を含め、根底にある原因やリスクファクターに対処するジェンダーに配慮したアプローチが不可欠であることも認めている(第190号条約第1、4、5及び10条、第206号勧告段落16~18)。

⑥ サイバーいじめを予防・対処するため。COVID-19により何百万もの人々がICTを利用して自宅で仕事をしている。テレワークは顔を合わせることを必要とするタイプの暴力・ハラスメントを減らすかもしれないものの、汎用化されたテレワークの手配は、(サイバーいじめとして知られることの多い)技術が可能にした暴力・ハラスメントのリスクの増大につながる可能性がある。

第190号条約は、サイバーいじめにも適用される。仕事の過程において、または仕事に関連して若しくは起因して生じる、あらゆる形態の暴力・ハラスメントをカバーすることによって、第190号条約は、ICTによって可能になったものを含め、仕事に関係する連絡を通じて起こる暴力・ハラスメントに対する保護を拡張している(第190号条約第3条)。

⑦ 一定の職種、業種及び仕事の形態における暴力・ハラスメントに一層さらされる人々を保護するため。COVID-19は、医療・福祉、緊急サービス、家庭内での仕事や夜間または孤立した仕事など、いくつかの職種、業種及び仕事の形態における暴力・ハラスメントを悪化させている。

第190号条約は、医療、運輸、教育や家庭内での仕事、または夜間や孤立した仕事など、いくつかの業種、職種や働き方がより多く暴力・ハラスメントにさらすかもしれないことを認めている。それはさらに加盟国に対して、関係する使用者団体及び労働者団体と協議の上、そのような部門を確認して、関係者を効果的に保護するための措置を講じることを求めている(第190号条約第8条、第206号勧告段落9)。

⑧ インフォーマル経済で働いている者の保護を確保するため。COVID-19は、インフォーマル経済で働いている多くの人々の生活と福利に劇的な影響を与えつつある。ロックダウン、外出禁止や移動の制限が、顧客、第三者また地方当局によるすでに高い暴力・ハラスメントのリスクを悪化させる可能性がある。多くの国で、くず拾いや露天商が、必要性があって働いていたり、必須のサービスを提供している場合であってさえ、公共の場所にいることに対しての警官による暴力・ハラスメントを報告している。

第190号条約は、インフォーマル経済で働いている労働者その他関係者に対する保護を拡張している。それは、インフォーマル経済のなかの個々人も暴力・ハラスメントのないことに対する権利をもっており、彼らが保護されていることを確保するうえで公的当局が重要な役割をもっていることを認めている(第190号条約第8条、第206号勧告段落11)。

⑨ 弱い立場にいる者の均等・無差別を確保するため。COVID-19は、弱い立場にあるグループの汚名、差別、暴力・ハラスメントを悪化させている。例えば、先住民の人々は、COVID-19予防戦略や暴力・ハラスメントを受けた場合の医療・支援へのアクセス方法について、彼らの言語による情報が不足していることを非難している。複数の形態の差別が様々な個人的特性に基づいて交わった場合には、その影響はさらに一層重大になり得る。

第190号条約は、仕事の世界における暴力・ハラスメントによる影響を偏って受けやすい、ひとつまたは複数の影響を受けやすいグループまたは影響を受けやすい状況にあるグループに属する労働者に明確に言及して、法律、規則及び方針が均等及び無差別に対する彼らの権利を確保することを求めている(第190号条約第5条、第206号勧告段落10~13)。

⑩ 暴力・ハラスメントに関する職場の対策を採用、適用及び実施するため。COVID-19危機は、劣悪な労働条件、ストレス、汚名や差別など、多くの要因が暴力・ハラスメントのリスクをもたらすか、または悪化させる可能性があることを証明してきた。例えば、医療・介護労働者はCOVID-19に曝露するためにハラスメントを受けると同時に、十分な人員がいないことや個人保護機器・設備の不足が緊張をはらんだ労働環境を生み出し、同僚や管理者はもちろん、患者やその家族による暴力・ハラスメントの高いリスクにつながっている。これに関連して、COVIDO-19から労働者の安全・健康を、また暴力・ハラスメントにつながる可能性のある関連したリスクから労働者を守るために、リスクアセスメントや実施されている予防・管理措置を見直すとともに実施する様々なステップがとられてきた。

第190号条約は、暴力・ハラスメントをなくすための努力の主要な構成要素のひとつとして、執行、救済及び支援を求めている。これには、職場の内の紛争解決の制度、裁判所、ジェンダーに基づく暴力・ハラスメントの被害者に対するものを含め、支援、サービス及び救済へのアクセスが含まれる(第190号条約第10条、第206号勧告段落8及び14~22)。

⑪ 安全、公正かつ効果的な報告と適切かつ効果的な是正を確保するため。COVID-19は、暴力・ハラスメントに対応するためには、支援サービスや正義へのアクセスが不可欠であり、ロックダウンや他のかたちの社会的隔離の間であってさえも効果的に機能し続けなければならないことを証明してきた。もっとも緊急を要する事例に対して司法手続きの利用、及びそのタイムリーかつ効率的な処理を確保するための特別な措置を導入した国もある。

第190号条約は、暴力・ハラスメントに関する職場の方針の採用、及び労働安全衛生マネジメントシステムと職場労働安全衛生リスクアセスメントの一部としてあらゆる関連した要因の評価をもとめている。同条約は、第206号勧告とともに、使用者と労働者がハザーズを確認し、暴力・ハラスメントのリスクを評価し、COVID-19に関連したものを含めすべての労働者の安全、衛生及び福利を保護するために効果的な措置を講じるのを援助することのできる明確なガイダンスを提供している(第190号条約第9条、第206号勧告段落8及び18)。

⑫ よりよいデータを促進するため。COVID-19は、この危機に効果的に対応するためには、暴力・ハラスメントに関するデータが不可欠であることを示してきた。これには、加害者、被害者及びそれが起きた場所に関する情報が含まれる。とりわけ統計情報は、障害、民族、移住、HIVの状態やLGBTQIはもちろん、性、職業や経済活動部門別に集計されなければならない。

▶第206号勧告は、データの重要性を認めている。加盟国は、仕事の世界における暴力及びハラスメントに関して、影響を受けやすい状況にある集団の特性別を含め、性別、暴力とハラスメントの形態、経済活動部門の別に、統計を収集し公表するよう求められている。これは、仕事の世界における暴力・ハラスメントを予防・対処する方針対応を周知及び監視するために必要である(第206号勧告段落22)。

仕事の世界を暴力・ハラスメントのないものにするために第190号条約を批准するとともに、第190号条約と第206号勧告を実施することは、COVID-19パンデミックが一層強調したように、決定的に重要である。

ILOの構成者[政労使]は何ができるか?

▶COVID-19パンデミック及び関連した経済危機が仕事の世界における暴力・ハラスメントのリスクを増大させていることを理解するとともに、社会対話を通じたものを含め、もっとも適切かつ効果的な対応に関する見解を交換する、
▶第190号条約及び第206号勧告で提示された原則と方針措置がCOVID-19緊急・回復対応の設計及び実施を手引きしていることを確保する。
▶国、業種、企業及び職場レベルで、第190号条約と第206号勧告の実施はもちろん、第190号条約の批准を促進し続ける。
▶職場方針並びにリスクアセスメント及びマネジメントシステムが、家庭内暴力やサイバーいじめを含め、暴力・ハラスメントを考慮に入れていることを確保することによって、職場レベルにおける予防対策を強化する。
▶データを収集・発行することやあらゆる発生を記録することによることを含め、仕事の世界における暴力・ハラスメントの知識の基盤を強化する。
▶暴力・ハラスメントの被害者に対して、正義と救済への安全かつ容易なアクセスを確保する。

ILOはその構成者を支援するために何ができるか?

▶国、業種、企業及び職場レベルにおけるものを含め、COVID-19対応・回復対策に第190号条約及び第206号勧告を包含することに関して、政府並びに使用者及び労働者の団体に技術的支援を提供する。
▶関係当局が国の法律と慣行の批准前分析を実施し続けるとともに、関係するギャップを埋めるための措置を確認するのを支援する。
▶意識啓発イニシアティブ、促進グッズ、調査研究や技術的支援を通じたものを含め、条約の批准並びに条約及び勧告の実施に向けた三者協議及び国の努力を支援する。

https://www.ilo.org/global/docs/WCMS_744676/lang–en/index.htm

以下でILO駐日事務所による日本語仮訳が入手できるようになっている。
第190号条約:https://www.ilo.org/tokyo/standards/list-of-conventions/WCMS_723156/lang–ja/index.htm
第206号勧告:https://www.ilo.org/tokyo/standards/list-of-recommendations/WCMS_723158/lang–ja/index.htm