派遣社員の有機溶剤中毒 茨城/インキ会社研究所でDMSO(ジメチルスルホキシド)曝露

2003年11月、つくば市にあるインキ会社の研究所で働いていたOさんは、突然異臭を感じた。
休養室で休んでいたが、頭痛がひどく2~3回もどしてしまった。その後何日間か吐き気、頭痛、口内や目のひりひり感が強く、会社に行くことができなかった。

Oさんは、パソナという人材派遣会社の派遣社員としてこの研究所で7月から働いていた。化学分析業務を10年以上経験しているOさんは、化学物質取り扱いには慎重を期していた。とくにこの研究所では、アルバイト教育
はきちんとせず、クロロホルムなどの劇薬を局所排気装置なしで大量に取り扱っていたからである。

インキ会社の総務からは、「DMSO(ジメチルスルホキシド)を吸い込んだようだが、害はないから大丈夫」と言われた。
DMSOは、健康診断や環境測定の対象にもなっていない有機溶剤。「眼、皮膚を刺激する。高濃度の場合、意識が低下することがある」と国際化学物質安全性カードには書かれている。絶対に安全な化学物質など、世界にあるだろうか?

DMSOの臭いは以前かいだことのあるOさんは、今回かいだイオウの系の腐ったような臭いがDMSOそのものの臭いとは考えられなかった。「DMSOが研究所内の何かと反応して、人体に有害な物質となり、身体に影響
を与えたか、別の有害な物質が漏洩してこのような症状を引き起こしたのだろう」と、Oさんは考えた。

1~2日で症状が治まるかと思っていたOさんだったが、症状が長引いていたので、筑波大の総合内科を受診したところ、「薬品の中毒には間違いないだろうが、しばらく様子を見てください」と言われた。筑波大で受診した
ことを受けて、インキ会社は、会社の産業医に診てもらうように指示してきた。そして受診しに行くと、「会社が指示した物質は身体に害のあるものではないです。問題ないです」と言い放ち、症状があるなら精神科に行くように言われた。

けれど症状が改善されずに悩んでいたOさんは、「心当たりのある症状だから」と、筑波大の先生から水戸の志村病院を紹介していただき、脳神経科を受診したところ、「小脳に通じる動脈の血流が悪くなっていて小脳の機能が低下している」と言われた。

ところがパソナは、労災申請には印を押したものの、派遣先の会社の顔色を気にして、Oさんへの対応は冷淡だった。12月半ばに病院から、「検査異常値はないが、症状があるので、ならし勤務について検討した方がよい」とのアドバイスを受けたことをパソナに報告したところ、パソナの担当者は、「内科的に異常がないのなら、精神的なものとしか思えない。今日付けで契約は解除したい」と、苦しんでいる当人を経済的にも追い込むむごい仕打ちをしてきた。

インキ会社の仕事を途中で断念せざるを得なかったOさんは、1月から別の職場の短時間勤務を紹介された。しかし、目を長く使うパソコン業務が長時間できず、結局パソナを退職せざるを得なかった。

2004年1月から北里大学病院にも通い始めたが、そこでは「化学物質過敏症」と診断を受けた。労働基準監督署は、罹災した研究所への立入調査を行った。Oさんが働いていた階上の実験室の排気装置の配管にヒビがあり、DMSOが建物の換気ダクトを通じて階下に漏れたの
だ、とインキ会社から説明を受けたということだった。

申請から1年近くたった2005年4月半ば、Oさんのもとに「業務上」と認定する通知が届いた。当人を前にして、「人体には害のない物質だ」(インキ会社担当
者)、「会社が報告した物質には何の害もない」(インキ会社産業医)、「症状が残っているのは精神的なものだ」(パソナ担当者)などと言い放った人たちの言い
分は崩れ去った。

監督署からの報告を受けて初めて、パソナはOさんに電話をかけてきた。しかし、この1年の間苦しんできた当人を切り捨てて、「知らぬ存ぜぬ」を押し通していたパソナと、「吸っても害がない」と居直ったインキ会社の責任が、免罪されるわけではない。派遣社員に対する、派遣先・派遣元両会社の冷酷さ、非情さに、Oさんは今でも強い憤りを感じている。

問合せは、東京労働安全衛生センターまで

安全センター情報2005年9・10月号