第26回被ばく労働問題交渉~労災補償考え方見直し要請●関連省庁・東電
2011年3月の東京電力福島第一原発事故から14年が経つ。全国労働安全衛生センター連絡会議は、福島第一原発の事故収束作業に従事する作業員の被ばく労働と安全衛生の問題に関し毎年1~2回、調達省庁との交渉を行ってきた。
今年4月8日(火)午後、衆議採第一議員会館で、第26回被ばく労働問題に関する省庁、東電交渉を行った。交渉には厚生労働省、環境省、原子力規制j庁、東京電力の担当者が出席した。
目次
1 放射線被ばく妨護対策と線量管理
2024年度、福島第一原発の廃炉作業に係わる放射線管理計画届は7件、放射線作業届は364件提出されている。東電は高線量作業が想定される作業ではALARA会議と称する会議にかけ、放射線被ばくの低減化を図っている。具体的な作業名、作業件数、計画被ばく線景及び実績線量を明らかにするよう求めたが、東電が福島県の廃炉安全監視協議会の労働者安全衛生対策部会に提出した資料(2024年10/7、25年2/19)の提示にとどまった。
厚生労働省は、「東京電力福島第一原子力発電所における安全衛生管理対策のためのガイドライン」に基づき、計画届の作業工程ごとの実績線量と計画線量の比較結果、放射線作業届における作業終了後、従事した労働者の平均線量、最高実効線量及び総実効線量の実測値について、速やかに富岡労働基準監督署長に報告することになっている」「計画線量を上回る被ばく線量が認められた場合、その経緯、原因、分析状況、対応等について報告を求め、指導を行っている」と回答した。
2 燃料デブリ試験的取り出し作業における被ばく線量
昨年来、2号機の原子炉格納容器の核燃料デブリの試験的取り出し作業が行われた。東電は核燃料デブリ試験的作業における被ばく線量について、工事件名別に計画線量及び実績線量の一部を明らかにしている。交渉では、具体的な作業工程ごとに実績線量、作業人数、最大個人被ばく線量、最大の個人累積被ばく線量に関する資料の提供を要請した。
しかし、東電側が示した資料は、「隔離部屋設置、ハッチ開放作業」の「計画線量(mSv)が3000、実績線量約3000(人・mSv)、作業人数(実人数)397、個人最大累積被ばく線量約41mSv」のみ。その他の工程に関してはすべての作業が完了していないため、実績線量を示さず、作業人数及び個人最大累積被ばく線量の計画値しか明らかにしなかった。引き続き公表を求めていく。
3 福島第一原発における労働災害及び労災補償状況
厚生労働省の回答によれば、2023年に福島第一原発で発生した休業4日以上の死傷病災害件数は3件、また2024年は2件。2023年度の労災請求件数は18件、支給決定件数は13件。傷病名は、負傷による請求が10件、支給決定が10件、放射線被ばくによる疾病に係る請求が7件、支給決定が3件、放射線被ばくによる疾病以外の疾病に係る請求が1件、支給決定が0件。2024年度は集計中とのことだった。放射線被ばくによる支給決定の3件はすで公表されており、白血病2件、肺がん1件である。
4 電離放射線障害に係る「当面の労災補償の考え方」の見直しについて
昨年2024年4月2日の第25回交渉で、INWORKS2023(仏、英、米の核施設作業者における電離放射線への低線量被ばく後のがん死亡率に関する疫学調査)に基づき、「当面の労災補償の考え方」を見直すよう、「電離放射線路害の業務上外に関する検討会」(以下「検討会」)の開催を要請した。厚生労働省は、「いつまでとは言えないが、検討する」と図答。しかし、その後に開催された検討会でINWORKS2023に関する検討及び見直しの議論は行われていない。今回の交渉でも、「当面の労災補償の考え方」を見直し、100mSv未満の固形がんの労災を認めるよう要請した。
厚生労働省は、INWORKS 2023について、検討会において医学専門家のご意見をお聞きしたところ、国際的に合意されている科学的知見と相違していることもあり、今後の国際的な知見の動向を見るべきとの指摘もあったため、現時点では当面の労災補償の考え方の変更に至っていない」と回答した。
昨年4月の被ばく交渉後、厚生労働省は2024年7月1日の検討会(第89回)で、INWORKS2023に関して議論していたことが分かった。
議事内容によれば、「UNSCEAR(※1)あるいはICRP(※2)は、広島、長崎、INWORKS等の様々な文献を総合的に判断、考慮して防護体系あるいは報告書を作っているため、この報告書によって、かなりの確度で低線量の被ばくによる影響があるとなれば、ICRPは防護体系の基準を考え直すことや、UNSCEARが取り入れるかもしれない」と、INWORKS2023報告に対し一定の評価をしつつも、INWORKS 2023報告は、ひとつの研究結果であり、研究結果を注視する必要はあるが、この結果ひとつで労災補償の考え方な見直すと結論づけるのではなく、今後も国際的な知見を収集するとともにUNSCEARやICRP等の閤際機関の報告書を踏まえて判断していくことが重要である」と結論づけている。
INWORKS2023年報告では、30万人以上の原子力施設労働者の70年間にわたる長期間の調査によって、100mSv以下の0~50mSvでも放射線被ばくにより固形がんの過剰死が生じることが統計的有意に示されている。
厚生労働省は従来の考え方に固執すべきではない。100mSvで足切りせず、100mSv未満で発症した固形がんも労災補償すべきである。
5 労働条件確保と労働環境改善に向けたアンケート(第15回)結果について
東電が福島第一原発の作業員に対して実施している労働環境改善アンケートでは、昨年から就労実態に関する項目(作業指示、賃金割増、作業時間)が削除された。東電はその理由として、相談用のはがきを配布し、そちらに労働条件等に係る意見をもらう方法に見直したと説明している。
いまだ福島第一原発では労働法令違反が絶えない。福島労働局が毎年発表している福島第一原発療炉作業を行う事業場への監督指導結果をみても明らかである。
毎年実施する労働環境改善アンケートには、従来の就労実態に関する項目に加えて、社会保検、労災隠しに関する項目も追加するよう要請した。
東電は、2025年3月までに相談はがきは9通届き、うち2件が労働条件等に関して相談を希望する内容だったと回答。アンケート項目の見直しにはふれなかった。
さらに今回のアンケート結果では、福島第一原発で働くことへの不安が増加していることから、下請労働者の賃上げ等の労働条件の改善と放射線被ばくリスクの低減に取り組むよう求めた。東電からは、「賃金額でご不安を与えることのないよう、引き続き労働条件の改善に努める」との回答を得た。
6 作業員の健康管理と救急医療状況について
2024年度の救急医療室(ER)の利用者は61名、そのうち外部医療機関に搬送された件数は16件、死亡件数は1件だったということである。
傷病名を確認したところ、外部医療機関へ搬送したものでは、熱中症Ⅱ度、心筋梗塞疑い、右中指末節骨開放骨折、Ⅱ度熱傷、左股関節痛、右小指尖部離脱・右小指末節骨開放骨折疑い、右拇指基節骨開放骨折、化学熱傷、中心性頚髄損傷・脳震盪・頭部外傷、右栂指指尖部損傷、右手第2,3,4指打撲疑い、右4指開放骨折疑い・右4指挫滅創、めまい症、てんかん発作疑いCPAOA(来院時心肺停止)、急性心筋梗塞疑い、痙攣後意識あり(主訴なし)。
東電は、構内で発生した死傷病者に関して、元請、下議事業者からの報告を受け、その後、労働者死傷病報告書の確認、労災補償給付の請求等に関する情報を把握していない。
労災隠しの防止、作業員の健康管理、あるいは死傷病者の労災補償が適正に行われるよう、元諸事業者と連携しながら、情報把握に努めるよう重ねて要請した。
7 福島第一原発緊急作業従事者の長期的な健康管理
厚生労働省は、2024年8月に緊急作業従事者を対象としたがん検診等の受診率と相談件数等を公表している。2023年4月~2025年3月末までの受診率は白内障検査が50.4%(受診者442人/対象者877人)、がん検診等は79.2%(受診者137人/対象者173人)。相談件数は、健康相談が729件、データベース情報照会対応が468件だった。
私たちの要請をふまえ、毎年個別に放射線被ばくによるがんなどの疾病の労災補償に関するリーフレット直接送付して請求勧奨に取り組んでいると回答した。
なお、「放射線業務従事者の健康影響に関する疫学研究」については、緊急作業従事者19,812名全員を対象として、被ばく線量による健康影響等を調査しており、2014年の開始から2025年3月31日までの研究参加者は、研究参加同意者9,043名(45.6%)となっていると説明した。
8 放射線業務に従事した労働者に
前述したINWORKSの調査では、①100mSv以下でも固形がんの過剰発生が起きることが示されており、②また、原発等放射線被ぱくのリスクは原爆放射線被ぱくのリスクの半分とされているが、INWORKSの調査報告はこれを支持しないとも述べている。
これらの低線量被ばくの危険性に関する知見を取り入れ、放射線業務に従事した労働者に対して、労働安全衛生法に基づく健康管理制度を適用するよう要請した。
厚生労働省の回答は、「原子力施設等における放射線業務については、法令で定められた被ばく限度を超えないことが事業主に義務づけられていること等から、3つ目の要件である『がんその他の重度の健康障害の発生リスクが高い』ことを満たさないため、『健康管理手帳』の交付対象としていないと」と従来どおりのものだった。
9 放射線物質汚染対処特措法に基づく除染汚染土壌の再利用
環境省は、省令改正の手続きを行い、「復興再生利用者」の作業者は電離放射線障害防止規則の適用外として線量測定などの防護措置を限定し、公衆扱いとしている。除染汚染土壌に係る作業者の被ばく線量管理や放射線防護措置が行われず、「1mSv/年を超えない」ことが保障されていない「除染土壌の再生・最終処分」作業は行わないように環境省に要請した。
環境省の回答は、「復興再生利用に係る作業者は、基本的に電離則等の適用を受けず、追加被ばく線量も年間1mSv以下になることから、一般公衆扱いとしますが、除染実施者が作業者に対して再生資材化した除去土壌に放射性物質が含まれていること等を説明することや、作業者の追加被ばく線景が年間労働安全衛生法に基づく健康管理制度の適用を1mSv以下となることをモニタリング等によって確認すること等を行うこと」にしているというものだった。
しかし、「除染土壊の復興再生利用基準(案)のポイント」で示された盛土施工と災害時復旧工事における作業者の被ばく線量に関しては、1mSv/年に収まるよう逆算したものであり、敷鉄板3m×12m×2.2cmtによる遮蔽係数0.6を乗じている。敷き均し、締め固めといった作業をする足元に重量6.2トンの鉄板を敷くことなど、およそ現場作業の実状とかけ離れた机上の空論でしかない。
結局、汚染土の「再利用」の事業は、首相官邸で行われることになったが、今後、各地の公共事業等で「再利用」が拡大される可能性もあり、注視していかなければならない。
※1 UNSCEAR:国連科学委員会
※2 ICRP:国際放射線防護委員会
文・問合せ:東京労働安全衛生センター
安全センター情報2025年8月号