労働関連心理社会的リスクの概念化~現在の最先端の知見及び研究・政策・慣行への意味合い/Stavroula Leka and Aditya Jain 2024年9月 欧州労働組合研究所(ETUI)

6. 労働関連心理社会的リスクに関する欧州の政策コンテクスト
欧州委員会は、2019年に労働における心理社会的リスクに関するピアレビューを実施し、2024年に2回目のピアレビューを実施した。このセクションでは、これら2つのレビューからの情報を要約する。欧州連合の機能に関する条約(TFEU)第151条は、加盟国に対して、雇用の促進と労働条件の改善に向けて取り組むことを求めている。労働者の安全衛生に関する枠組み指令89/391/EECは、あらゆる種類のリスクに対処して、労働者の健康と安全を確保するための使用者の一般的な義務を規定している。枠組み指令89/391/EECがすべての使用者に、あらゆる種類のリスクを予防的に対処・管理すること、労働災害・職業病を防ぐための予防措置を実施すること、また、そうするための安全衛生手順・システムを確立することを義務づけているように、心理社会的リスクとその管理は枠組み指令で規定された使用者の責任のひとつである。しかし、同指令は枠組みを定めたものであり、加盟国が自国の状況にもっとも適したアプローチを採用できるよう、国内レベルでより詳細な規定を行う余地を残している。したがって、加盟国の法律において、心理社会的リスクがどの程度盛り込まれているか、または明示的に言及されているかは、大きく異なっている。
労働安全衛生に関するより具体的な側面を対象とするために、一連の個別指令も採択されているが、枠組み指令は引き続きすべての職務分野に適用される。個別指令の規定がより具体的かつ/または厳格な場合には、それらが優先される。個別指令は、枠組み指令の原則を、特定の職務、労働における特定のハザーズ、特定された職場・部門、特定の労働者グループ及び特定の労働関連側面に合わせて調整している。各個別指令は、関連するリスクを評価する方法を規定している。個別指令で定められた要求事項は、労働者を保護するために必要とみなされる最低限のものであるが、加盟国はより高いレベルの保護を維持または確立することを認められている。
間接的に心理社会的リスクに関連する指令が多数あることも言及しておくべきだろう。例えば、指令2000/78/ECは、雇用と職業における均等な待遇のための一般的な枠組みを確立している。この指令の目的は、雇用と職業に関して、宗教または信念、障害、年齢、性的指向を理由とする差別と闘うための一般的な枠組みを定め、加盟国において均等待遇の原則を実行に移すことである。2014年に発表された欧州委員会の報告書は、労働関連PSR[心理社会的リスク]に関連するOSH[労働安全衛生]指令及びその他の拘束力のある法律文書の包括的なリストを提供している。
より最近では、2023年12月に、人工知能[AI]に関する統一されたルールを定めたAI法を構成する暫定規制について、欧州議会と理事会が合意に達している。同法で禁止されるAIの用途は、センシティブな特性(政治的、宗教的、哲学的信念、性的指向、人種など)を使用する生体認証分類システム、顔認識データベースを作成するためのインターネットやCCTVの映像からの無差別な顔画像の収集、職場や教育機関における感情認識 、社会的行動や個人的特性に基づくソーシャル・スコアリング、人間の行動を操作して自由意志を回避するAIシステム、及び(年齢、障害、社会的または経済的状況による)人々の脆弱性を悪用するAIの使用、である。
さらに、2024年2月には欧州議会とEUの理事会がプラットフォーム労働指令について合意に達した。これは、プラットフォーム経済で働く人々の労働条件の改善を目的としたもので、とりわけ彼らの雇用形態が正しく分類されるべきであるとしている。この指令は、労働における労働者の常時監視・調査を禁止することを目的としているが、一方で、欧州のすべての職場におけるアルゴリズム管理に関する保証を提供している。PSRに具体的に言及しており、デジタル労働プラットフォームに、自動化された監視・意思決定システムとの関連でこれらのリスクを評価することを求めている。
さらに、EU加盟国を含め国が批准した場合には、ILO条約も法的拘束力を持つ文書である。労働安全衛生条約(C155)及び労働安全衛生促進枠組み条約(C187)とは別に、ILOは2019年に労働の世界における暴力・ハラスメントの根絶に関する暴力・ハラスメント条約(C190)を採択した。2022年には、安全かつ健康的な労働環境の原則が、ILOの労働における基本的原則・権利に追加された。この画期的な決定は、すべてのILO加盟国は、関連する条約を批准しているか否かに関わらず、安全かつ健康的な労働環境に対する基本的権利を尊重し、促進することを約束することを意味している。ILOは、労働安全衛生法、差別禁止及び平等法、労災害補償法、私法(例えば債務法)や刑法を含め、労働における暴力・ハラスメントに具体的に対処するための法的枠組みについてもレビューしている。
EUの法律、指令、決定やILO条約などの法的拘束力のある文書であるハードローとは別に、心理社会的リスクに関連する多くの拘束力のない/任意の、すなわちソフトローの政策が策定されている。これには、EU機関(委員会、理事会、議会)、地域委員会や欧州経済社会委員会による勧告、決議、意見、提案や結論、及び、認められた欧州・国際的委員会、機関や組織に主導された、行動・仕様に関する社会パートナー協定・枠組み、ガイダンス、キャンペーンなどが含まれる。また、ビジネスや市民社会によって採用された自主的基準も含まれる。欧州社会対話の文脈のなかで策定された2つの主要なソフトロー文書は、労働関連ストレスに関する枠組み協定(2004年)と労働におけるハラスメント・暴力に関する枠組み協定(2007年)である。これらの協定は、欧州社会パートナーによって署名され、心理社会的リスクの重要性についての署名者の認識及び協定の内容を国レベルで開発・適用することへのコミットメントを表明したものである。付属文書2及び3は、これらの社会パートナー協定に関連して加盟国で実施された行動の概要を提供している。また、テレワーク(2002年)、インクルーシブな労働市場(2010年)、デジタル化(2020年)を含め、追加の関連する社会パートナー協定もある。
2012年に欧州委員会の上級労働監督官委員会(SLIC)は、心理社会的リスクに関する監督キャンペーンを行った。このキャンペーンの結果は、近年、リスク評価にPSRを含めている職場の数が増加していることを示した。また、すべての国において、労働監督官の間でも心理社会的リスクに関する知識が深まった。心理社会的リスクに関する監督をもっとも効果的に実施する方法についての情報を提供する心理社会的監督ツールキットが開発され、すべての参加加盟国の労働監督官に提供された。SLICキャンペーンの枠組みのなかで、26の参加加盟国及びアイスランドにおいて、13,000件を超える心理社会的リスクに関する監督が行われた。SLICは最近、拘束力のない出版物「心理社会的リスクの防止に関するリスクアセスメント及びリスクマネジメント措置の質を評価するためのガイド」を採択している。
最近の重要なイニシアティブのひとつとして、職場における心理社会的リスクという具体的問題に対処する「2021~27年EU労働安全衛生戦略枠組み」がある。これは、社会的な交流の不足やICTの使用の増加など、リモートワークによって生じる、労働関連ストレス及びリスクに対処することが重要であるとしている。加盟国に対しては、職業上のメンタルヘルスリスクに対処するピアレビューの開催、及び、部門全体にわたるメンタル・心理社会的リスクに関するデータの収集と監視の強化を呼びかけている
もうひとつの重要なイニシアティブは、2021年1月21日の欧州議会の決議であり、つながらない権利に関する欧州委員会に対する勧告が含まれている。2022年3月10日の、2020年以降の新たなEU労働安全衛生戦略枠組み(有害物質への曝露、労働におけるストレス、反復動作損傷からの労働者のより良い保護を含む)に関する欧州議会決議も、労働関連心理社会的リスクと労働におけるウェルビーイングに関する指令を求めている。前述の決議と密接に関連するものとして、2022年7月5日の、デジタル化された労働の世界におけるメンタルヘルスに関する欧州議会の決議は、EUにおける労働関連メンタルヘルス問題を指摘し、デジタル化の文脈における労働者のメンタルヘルスとワークライフバランスを保護するための予防的行動を求めている。より最近では、DG SANTE[欧州委員会 保健・食品安全総局]も、労働におけるメンタルヘルスと心理社会的リスクへの直接的な配慮も含まれた「メンタルヘルスへの包括的アプローチ」を発表している。
EUの政策に関連するいくつかの重要な国際的イニシアティブについても、ここで言及しておくべきだろう。WHOとILOは、2つの出版物-「労働におけるメンタルヘルスに関するWHOガイドライン」及び派生した「WHO/ILOポリシーブリーフ」-で、労働におけるメンタルヘルス問題に取り組む具体的な措置を呼びかけている。一方、ILOは、2022年に「心理社会的リスクに対処するための監督活動」を発行している。さらに、労働関連PSRに関する初めての国のガイダンス規格は、2011年に英国規格協会(BSI)によって発行された公開仕様書(PAS)1010である。2つ目は、2013年にカナダで職場における心理的安全衛生に関する国家規格として発行されたもので、これはこの分野では初めての監査可能な規格である。いずれも、通常のビジネス運営の一環として、組織が心理社会的リスクマネジメントを実施するのを支援することを目的としている。国際標準化機構が発行した労働安全衛生マネジメントに関するISO45001も、心理社会的リスクをカバーしているが、より具体的なガイダンスは、ISO 45003:2021「労働安全衛生マネジメント-労働おける心理的安全衛生-心理社会的リスクを管理するためのガイドライン」によって提供されている。
6.1 国レベルの法令・政策アプローチ
EU加盟国におけるより具体的な国レベルの法令に関しては、法令がPSRに言及する方法には幅広い多様性がある。Leka & ICFは、労働における心理社会的リスクに対処する国の法令アプローチの類型化を提供している。これによれば、一部の加盟国は、法令に労働関連心理社会的リスクの定義を含めている。これには、ベルギー、デンマーク、エストニア、ハンガリー、リトアニアが含まれる。また、イタリアでは労働関連ストレス・リスクが定義されている一方で、スロバキアの法令は精神的な労働負荷について具体的に言及して、労働内容、不規則な労働時間及び労働環境に関連したリスクのリストを提供している。スウェーデンでは、労働における要求、虐待、不健康な労働負荷、組織的な労働環境、労働のためのリソース、及び社会的な労働環境について、具体的な定義が提供されている。さらに、オーストリア、ドイツ、ギリシャ、オランダ、ポルトガル、スペインを含め、他の国々の法令も、労働における心理社会的リスクについて言及している。チェコでは、心理社会的ハザーズが、労働ペース、労働の単調さ(動きと職務の両方)、及び交代制労働にしたがって分類されている。クロアチアでは、労働におけるストレスと労働ストレス要因の仕様に対する言及がある。フィンランドでは、心理社会的労働負荷、心理社会的労働負荷要因、及び労働のストレイン[緊張]に対する言及がある。心理社会的リスクアセスメント・マネジメントに関する具体的な義務は、オーストリア、ベルギー、クロアチア、デンマーク、エストニア、フィンランド、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、リトアニア、オランダ、ポルトガル、スロバキア、スペイン、スウェーデンの法令に含まれている。ラトビアでは、心理的負荷に関連した労働場環境リスクを評価する具体的な義務がある。一部の国では、具体的問題に対する言及及び規定がある。例えば、ブルガリアとキプロスでは、労働におけるメンタルヘルスに対する言及がある。マルタでは、労働における心理的ウェルビーイングに対する言及がある。チェコでは、労働ストレスとメンタルストレスに対する言及がある。フランスでは、労働における精神的・道徳的ハラスメント、心理的暴力及びメンタルヘルスに対する言及及び規定がある。アイルランドでは、健康、安全、福祉を脅かす可能性のある不適切な行動・行為の防止、及び既知のリスクを評価する義務に対する言及がある。ルクセンブルクでは、いじめ、モラルハラスメント、メンタルストレスに対する言及及びいじめに関する具体的な法令がある。ルーマニアでは、神経精神的な加重とハラスメントに対する言及及びハラスメントに関する具体的な法令がある。ポーランドでは、労働におけるいじめに対する言及及び規定がある。ポルトガルでは、ハラスメントの定義及び規定が法令に含まれている。スロベニアでは、暴力、虐待、ハラスメント、嫌がらせに対する言及及び関連した義務がある。ギリシャでは、心理社会的リスクに対する言及及び心理社会的リスクの評価・管理に関する具体的な義務に加えて、暴力、ハラスメント、セクシャルハラスメント、メンタルヘルスなどの具体的な問題の規定もある。最後に、ベルギー、フランス、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ポルトガル、スペインなど、EU加盟国の一部では、つながらない権利を法律で定めている。
さらに、オーストリア、ベルギー、クロアチア、デンマーク、フィンランド、イタリア、リトアニアの法令では、労働関連心理社会的リスクの予防、評価、管理に必要な具体的な専門知識について言及されている。ベルギー、クロアチア、デンマーク、エストニア、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、リトアニア、スペイン、スウェーデンでは、国レベルで、ガイドライン及び/またはツールが提供されている。さらに、ギリシャでは、「暴力及びハラスメントを緩和するための方針の例」に関する決定第82063号が、防止方針の実施及び期待される内容に関するガイダンスを提供している。
精神的疾患を職業病として認定するかどうかについては、国によって大きな違いがある。一部の国では、そのような疾患を直接職業病として認定している一方で、労働災害として認定している国もある。心的外傷後ストレス障害、うつ病、不安、そしてごく一部のケースではバーンアウトが、様々な国で職業病として認定されている。最後に、ほとんどの国で、労働における心理社会的リスクとメンタルヘルスの様々な側面に対処するための安全衛生戦略が採用されている。
いくつかのEU加盟国におけるPSR規定その他の特徴の例をいくつか表1に示す。

6.2 EUの法令・政策コンテクストの評価
労働におけるPSRやメンタルヘルスに関連したハードロー及びソフトローのイニシアティブが数多くあるにもかかわらず、EU-OSHA ESENER調査では、欧州企業のわずか20%程度しか、労働者に心理社会的リスクについて知らせておらず、ましてやそれらに対処するための適切な措置を講じている企業はさらに少ないことが判明している。中小企業では、さらに認識及び行動が不足していることが報告されている。認識不足、リソース不足、技術的サポート、ガイダンス、専門知識の不足が、企業規模、部門または国に関係なく確認されている、この分野における主なニーズである。また、精神的疾患に関連する心理社会的リスに対する監督の実施方法に関する認識及び専門知識の不足が、2012年のSLICキャンペーンの主な推進要因のひとつであったことも指摘しておくべきである。
OSH法令は、欧州の使用者にとって安全衛生問題に対処するための重要な推進要因と見なされているが、職場における心理社会的リスクの管理やメンタルヘルスの促進にはあまり効果的ではなかった。心理社会的リスクに関しては、具体的な用語(例えば、労働関連ストレス、労働における心理社会的リスク及びメンタルヘルスなど)を含めることによって、EU法令の条文を明確にすべきという声がいくつか上がっている。さらに、政策を効果的に実践に移すためにより先進的な枠組みが利用できる国々では、規制アプローチがもっとも効果的である可能性が高い。同時に、職場における心理社会的リスク及びメンタルヘルスに関しては、法令よりも他の政策アプローチの方がより的確で利用しやすいことがわかっている。しかし、政策は複数の関係者が関わる状況で策定・実施されるものであり、様々な関係者が問題や解決策を異なる視点でとらえることが多々あることを強調しておくことは重要である。状況は、政策の枠組みだけでなく、実際の政策実施にも直接的な影響を与える。
EU-OSHA[欧州労働安全衛生機関]の調査では、次のような点が強調されている。「多くの文脈的及び環境的要因が、一般的に労働安全衛生マネジメントの慣行に影響を及ぼし、とくに心理社会的リスクとの関連において影響を及ぼす。また、これらの要因は、両分野における労働者代表及び協議の役割にも影響を及ぼす。これらの要因は、様々なレベルで作用し、加盟国ごとに異なる結果をもたらす。これは、各国の様々な状況や伝統を反映したものであり、5つの大きなカテゴリーに分類される。
- EU及び超国家的な影響、例えば、枠組み指令やその他の指令、より広範な政治・政策の影響(例えば、OSHへの重点の置き方のレベルや労働関連ストレスに関するEU社会パートナー協定の最小限の実施など)、加盟の「欧州化」要件、及び経済危機
- 国の統治・規制及びOSHシステム、例えば、規制アプローチ(とくに、プロセス指向の参加型システムが従来の手法にどの程度組み込まれているか、及び様々な形態の参加・協議のための構造・規定)、より広範な政治・政策の影響(例えば、OSHへの重点の置き方のレベル、規制緩和、労働衛生専門家の役割、及び心理社会的リスクなどの特定の分野に対する研究の長さ・深さと政治的な重点の置き方など)、及び労働監督(例えば、支援の提供、注目すべき点、執行スタイルやリソースの提供に関する伝統と変化)
- 労使関係、労働組合及び使用者の団体・プロセス、例えば、従業員の声(例えば、労働者代表・協議の取り決め、労使間の力関係のバランス)、及び社会対話(とくに、労使関係システムの伝統と相対的な成熟度、及び社会パートナーの支援提供)
- 経済再編、例えば、経済・労働力・労働市場の変化、企業の規模、コスト(使用主・労働者による実施・法令順守のコストを含む)、及びより広範な政治・政策の影響(代表制への支持など)
- その他の関連システム(例えば、社会福祉、保健健康)、例えば、OSHの優先順位・入手可能なデータ(例えば、プロセスに基づくOSHマネジメントの概念と実際に関する職場レベルの理解と信頼性の高いOSHデータの入手可能性)、専門サービス(その質、独立性、企業レベルの専門知識への影響を含む)、及び保険その他の制度機関
欧州委員会は2004年と2017年に、OSH指令の規定の実際のの実施に関する評価を発表している。これらの評価では、それらは依然として適切であり、認識及び組織的行動の向上につながっていることがわかったが、EUレベルでのさらなる行動が推奨された主な分野は、心理社会的リスクであった。評価報告書は、枠組み指令が今後の改訂でこの問題に対処することを勧告している。2014年の欧州委員会の報告書では、この分野におけるEUの法的義務を明確化することの重要性が結論づけられ、職場における心理社会的リスク及びメンタルヘルスにの関する枠組み指令89/391/EECの法的義務の解釈文書の発行につながった。
同様の指摘は、「2014~2020年労働安全衛生に関するEU戦略枠組み」及び2017年欧州委員会通知「すべての人にとってより安全で健康的な労働-EUの労働安全衛生法令・政策の近代化」の双方で提起されている。
最後に、欧州議会による最新の報告書では、EUにおける労働関連PSRに関する政策の背景に関連する主要な問題がまとめられている。具体的には、職場におけるメンタルヘルス及びPSRの概念は、各省庁、労働組合、使用者、その他の関係者によって異なる理解がなされており、さらに、法令では使用者が労働者のメンタルヘルスを守ることを明確に義務づけているものの、これらの責任の境界は明確に定義されておらず、法的規定の解釈の余地を残している。新しい形態の雇用及び関連する心理社会的リスクについては、既存の法令では十分に対処されておらず、不安定な雇用形態やデジタル監視の影響に関するギャップが確認されている。それらは、とくに、プラットフォームワーカーやギグエコノミーの労働者に影響を及ぼす。さらに、適切な監督や小規模事業所の監督が不足しているため、法令の順守不足が重要な問題として提起された。このような事業所だけでなく、大規模な使用者も、とくに一次予防に関する意識が欠如しており、多くの国々でさらなる技術的支援・ガイダンスが必要である。
同じ報告書は、欧州諸国では労働におけるメンタルヘルス及びPSRに関する統一的な概念が欠如しているため、この分野における新たなEU法令が必要であることを明確に提案している。そのような法令は、EU全体でより一貫性のある最低基準を設け、新たな及び現出しつつあるPSRを確実にカバーするものであるべきであると主張されている。この勧告は、欧州議会が欧州委員会に対して、社会パートナーとの協議を経て策定された「労働における心理社会的リスク及びウェルビーイングに関する新たな指令」を導入するよう求めた内容に沿ったものである。Makarevicieneらは、労働関連PSRに関するEU指令は以下であるべきと勧告している。
- 「心理社会的リスク」と「メンタルヘルス」を区別する。
- 心理社会的リスクを具体的かつ明確な用語で表現する。
- テレワークや職場のデジタル化に関連した心理社会的リスクに対処する。
- つながらない権利を認める。
- 部門や企業規模に関わらず、あらゆる職場に普遍的に適用できるようにする。
欧州委員会が発表した様々な報告書と並行して、より明確な用語法及び労働におけるPSRに関するEUの法的枠組みをさらに発展させる必要性は、様々な学術出版物で繰り返し強調されてきた。最近の証拠は、ETUIの研究と一致しており、ESENER[新たな及び現出しつつあるリスクに関する欧州調査]とEWCS[欧州労働条件調査]のデータの分析を通じて、PSR及び労働関連ストレスに関する具体的なの国レベルの法令の導入が、労働関連ストレスに対処するための行動を実施する事業所の増加と関連していることを示している。しかし、この研究では、行動計画の存在は職務リソースの増加と関連しているものの、職務要求の減少とは関連していないことも判明した。これは、労働関連ストレスに対処するために事業所レベルで実施されている現在の介入策は、個人のリソースの開発に重点が置かれ、よりよい労働の組織化や職務設計、発生源における心理社会的リスクへの対処、より健康的な心理社会的労働環境の開発には重点が置かれていないのではないかという疑問を生じさせる。
※https://www.etui.org/publications/conceptualising-work-related-psychosocial-risks
安全センター情報2025年5月号