他人の故意に基づく暴行による負傷の取扱いについて/基発0723第12号 平成21(2019)年7月23日、業務参考資料の送付について/事務連絡令和6(2024)年2月28日
目次
他人の故意に基づく暴行による負傷の取扱いについて
基発0723第12号
平成21年7月23日
都道府県労働局長殿
厚生労働省労働基準局長
標記については、従来、個別の事案ごとに業務(通勤)と災害との間に相当因果関係が認められるか否かを判断し、その業務(通勤)起因性の有無を判断してきたところであるが、今般、近時の判例の動向や認定事例の蓄積等を踏まえ、以下のとおり取り扱うこととしたので、了知の上、遺漏なきを期されたい。
記
業務に従事している場合又は通勤途上である場合において被った負傷であって、他人の故意に基づく暴行によるものについては、当該故意が私的怨恨に基づくもの、自招行為によるものその他明らかに業務に起因しないものを除き、業務に起因する又は通勤によるものと推定することとする。
業務参考資料の送付について
事務連絡
令和6年2月28日
都道府県労働局労働基準部
労災補償課長長殿
厚生労働省労働基準局
補償課長補佐(業務担当)
補償課審理室長補佐
他人の故意に基づく暴行による負傷の取扱いについては、平成21年7月23日付け基発0723第12号「他人の故意に基づく暴行による負傷の取扱いについて」(以下「局長通達」という。)により指示されているところです。
他人の故意に基づく暴行が、局長通達において示されている「私的怨恨に基づくもの、自招行為によるものその他明らかに業務に起因しないもの」であるか否かの判断に当たって参考となると考えられる裁判例を別添のとおり示しますので、今後の事務処理に活用していただくようお願いします。
別添
【事例1】(他人の暴行を業務上の出来事として取り扱った裁判例)
〇東京地裁令和4年(行ウ)第442号令和6年1月24日判決(国敗訴)
被災者は、トレーラーの運転手として就労していたが、会社車庫において、同僚A(以下「加害者」という。)がトレーラーの車庫入れの際に帰宅準備等をしていた被災者のバイクに当たりそうになったため、加害者を注意したところ、加害者から暴行を受け負傷した。
加害者の被災者に対する悪感情(私的怨恨)について、その原因と考えられる事例のほとんどが本件暴行から数ヶ月以上前のことであり、その個々の事例も直ちに暴行につながるほどの恨みの原因になるものとはいえず、その他の同僚が、被災者と加害者との間にトラブルがあると認識していなかったことも考慮すると、加害者が本件暴行前から、被災者に対して暴行を加えようとする程に強固な恨みを抱いていたとみることはできない。
被災者は加害者のトレーラーから死角の位置にあったと認めることができ、危険を回避するために加害者に対して注意喚起する必要があったといえる。この点について、原告が加害者を怒鳴りつけたことは、粗暴であって適切さを欠くものではあるが、少なくとも当該状況において、暴行を自招するような行為であったと評価することはできない。
また、加害者は被災者と「もみあい」となり自らも受傷したとしているが、「もみあい」が被災者による暴行を意味しているのか不明である。さらに、加害者が負傷したことを裏付ける証拠はなく、仮に負傷があったとしても被災者が加害者の手を振りほどこうとする過程で生じたものである可能性もあり、加害者への暴行があったと認めることはできないから、本件暴行を被災者と加害者とのけんかとみることもできない。
本件暴行は、当日の勤務中に配達先で長時間待たされたことに腹を立てていた加害者が、被災者から駐車に関して指摘されたことに激高して行われた一連のものであり、業務に関連するものというべきである。
《判決のポイント》
〈私的怨恨〉
・ 加害者が悪感情を抱く原因となった個々の事例と暴行に時間的接着性がなく、その内容程度も重くないこと及び周囲からトラブルが客観的に認識されていないことから暴行の原因としての私的怨恨を否定
〈自招行為〉
・ 被災者の発言について、業務上必要な注意喚起であったとして自招行為を否定
〈けんか行為〉
・ 当事者以外に目撃者がおらず、被災者から加害者に対する暴行の明らかな事実務係が認められないことから「けんか」を否定
【事例2】(他人の暴行を業務上の出来事として取り扱わなかった裁判例)
〇東京地裁平成29年(行ウ)第32号平成30年4月20日判決(国勝訴)
被災者は、建設工事現場の作業員として就労していたが、作業現場において同僚A(以下「加害者」という。)から殴打されるなどの暴行を受け、左肩打撲等の負傷をした。
被災者は、以前から、宿舎での食事の際の加害者の振る舞いに腹立たしさを覚えていたことが認められる。
災害当日、被災者は加害者に対し業務上の指揮命令をする権限を有していないのに、加害者に対しその職制を超えた業務上の注意をし、これに腹を立てた加害者から工具を投げつけられて脚を受傷し、加害者に対し怒りの感情を覚えていた。
さらに、当該トラブルからわずか1時間足らずで、被災者は再び職制を無視した業務上の指示に及び、これが発端となって加害者と口論やもみ合いに至り、他の作業員の制止により一旦治まったが、怒りの治まらない被災者が、ヘルメットで加害者を殴ったことで両者が激しくつかみ合う事態に至った経緯が認められる。
以上を踏まえれば、仮に本件負傷が業務上の指示を発端として生じたものであるとしても、その指示は被災者と加害者の職制関係からして適切なものであったとは認め難く、本件は被災者の指示を巡ってお互いに反発し合うことにより招来した私的けんかによるものであるというべきである。
《判決のポイント》
〈私的怨恨〉
・ 両者がお互い嫌悪の念を抱く状況であったとして私的怨恨を肯定
〈自招行為〉
・ 被災者が加害者の振る舞いに対し不満を抱いていたこと等を背景として職制を超えた業務上の指示を行い加害者を刺激したとして自招行為を肯定
〈けんか行為〉
・ 被災者も加害者に明確に暴行を加えており、かつ目撃者もいること等も踏まえ「けんか」と判断
※編注:厚生労働省作成のパンフレット「労災保険給付の概要」では、「次の場合には業務災害と認められません」と解説している。
① 労働者が就業中に私用(私的行為)を行い、または業務を逸脱する恣意的行為をしていて、それが原因となって災害を被った場合
② 労働者が故意に災害を発生させた場合
③ 労働者が個人的な恨みなどにより、第三者から暴行を受けて被災した場合
④ 地震、台風など天災地変によって被災した場合(ただし、事業場の立地条件や作業条件・作業環境などにより、天災地変に際して災害を被りやすい業務の事情があるときは、業務災害と認められます)