甲府市職員過労自死裁判勝訴/山梨●「仕事遅いから超過勤務」に納得せず

1.はじめに

最初に、2020(令和2)年1月17日、甲府市役所庁舎(写真)から飛び降り自殺を強いられた甲府市事務効率課(当時)向山敦治さんのご冥福をお祈りします。
向山敦司さん(以下「敦司さん」という)は、2002(平成14)年4月に甲府市に採用され、以降市役所に勤務し、2019(平成31)年4月1日、甲府市総務部行政管理室事務効率課(以下「事務効率課」という)に配属されていましたが、2020(令和2)年1月17日午前5時頃、甲府市庁舎6階から投身自殺しました。
なお、事務効率課は、事務改善による事務の効率化やコストの削減を図るとともに、適正な組織整備、事務事業の執行体制及び職員配置の在り方等を踏まえた定員の適正管理を行うことを目的として、行政改革課と人事課の一部の業務分掌に内部統制を加え、平成31年度に新設された部署です。

2.経過

(1) 2022(令和4)年3月10日公務災害認定

敦司さんが亡くなられた後、父親の隆さんは、2020(令和2)年12月9日、地方公務員災害補償基金山梨県支部長に対して、公務災害認定請求を行いました。また、甲府市長は令和3年5月31日地公災支部長に対し、意見書を提出しました。
地方公務員災害補償基金本部専門医は、敦司さんは、生前、医療機関を受診しておらず、病名は確定できないが、自殺の直前にはなんらかの精神疾患を発症していたものと考えられる旨の意見を述べ、敦司さんの自殺については、2022(令和4)年3月10日、公務災害と認定されました。

(2) 2022(令和4)年3月25日甲府地裁に損害賠償請求求めて提訴

2022(令和4)年3月25日、遺族である父向山隆さんは、敦司さんを長時間労働に従事させ健康に注意する義務を怠った、などとして甲府市に対して一億円あまりの損害賠償を求める裁判を提訴しました。
裁判提訴の記者会見では、向山隆さんは、「息子はまじめな働き者だった。どうして超過勤務が多くなったのか原因究明と責任の所在が明らかになればと願っています」と、請求にいたった理由について、報道陣の質問に答えていました。
遺族代理人である松丸正弁護士は、損害賠償請求に至った要因を3つに要約し

  1. 甲府市は勤務時間の適正把握を怠っていた。
    甲府市の長時間労働は構造的問題である。
  2. 民間企業では労働基準監督署が厳しくやっている。トヨタなどの大企業でもトップの考えが法令遵守の面から厳しく監視されている。しかし、公務員は監督署のような機能がなく野放しだ。
  3. やりがい過労死だ。公務員は「市民のためにやっています」ほかの公務員も同じような構造で働いている。

そのうえで、松丸正弁護士は「甲府市の勤務は自己申告制で勤務時間の適正な把握を怠ったことが問題の本質。勤務時間の適正把握こそが過労死・過労自死を出さない一番の要因だということを甲府市相手に明らかにしたい」と、述べました。

3.甲府市職員過労自死損害賠償請求裁判 判決

(1) 2024(令和6)年10月22日甲府地裁判決甲府市に約5800万円の損害賠償命令

判決主文

  1. 被告(甲府市)は、原告父に対し、2892万8768円及びこれに対する令和2年1月17日から支払う済まで年5分の割合による金員を支払え。
  2. 被告(甲府市)は、原告母に対し、2892万8768円及びこれに対する令和2年1月17日から支払い済まで年5分の割合による金員を支払え。
  3. 原告らのその余の請求はいずれも棄却する。
  4. 訴訟費用は、これを10分とし、その3を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
  5. この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。

争点は、①長時間勤務の実態、②業務量の適正化、などでした。甲府地裁(新田和憲裁判長)は、原告遺族側の主張を認定し、被告甲府市側の主張を退け、「業務の過重性によって精神疾患を発症し、自殺に至った」として下記掲載の事実認定によって甲府市の安全配慮義務違反と自殺の因果関係を認めました。
裁判所の事実認定は、以下判決文抜粋のとおりです。

「敦司は、事務効率課に配属されてから本件自殺までの間、精神的な重圧を伴う業務に、連日、長時間にわたって従事し、特に、繁忙期である2019(令和元)年5月から7月上旬まで及び同年11月中旬から12月末までの時間外勤務時間は、概ね、別表2の「時間数」欄記載の時間通り、2019(令和元)年5月22日から同年6月20日までは207時間23分、同月21日から同年7月20日までは107時間27分、同年11月18日から同年12月17日までは209時間30分、同月18日から2020(令和2)年1月16日までは148時間22分と極めて長時間に及んでいた。敦治のこのような業務の負担は一般の労働者を基準とした場合、過重(特に量的に過重)というべきであり、敦治は、このような業務の負担によって心身の健康を損なう蓋然性の高い状態にあったというべきである。」

さらに

「事務効率化の組織課組織係の業務のうち、特に、職員の定員管理については、採用人数や退職者数、再任用者数、昇任者数等の人員を管理するにあたり、誤りなく各部署間の人員の調整を行わなければならず、データ上での人員数の不整合がある場合には、その原因を突き止めることを余儀なくされるなど、個人差があるとはいえ、慣れるまでは、その遂行に一定の時間を要する業務であったところ、敦治は2019(平成31)年4月に、事務効率課に配属されるまで、市の組織を担う事務を司る職務に従事した経験はなく、次年度以降自らが主体となって同係の業務を遂行していくことに不安や経験不足を感じており、これを解消するため、所定勤務時間外の在庁時間において、担当業務に加えて、市役所の組織体制や部署及び職種ごとの業務内容に関する資料やデータを閲覧するなどしており、これらの活動等の結果、敦治の市役所庁舎の在庁時間は、概ね別表2の「時間数」欄記載の時間数に及んだのであって、これらの事実によれば、敦治は、自らの担当業務を遂行し、またはこれを遂行するのに伴う不安や経験不足を解消すべく、これとかかわりある活動を行うために、概ね別表2の「時間数」欄記載の長時間にわたる勤務を余儀なくされたというべきである。」

(2) 2024(令和6)年11月1日臨時甲府市議会裁判控訴予算案反対多数で否決

甲府地裁判決後、11月1日臨時甲府市議会では、甲府市当局が議会に提案した裁判控訴予算案を反対多数で否決し、甲府市当局は裁判控訴を断念し甲府地裁判決確定に追い込まれました。
甲府市議会議員と市民の良識の勝利です。

4.甲府市過労自死職員損害賠償請求裁判(向山裁判)判決報告会

甲府市過労自死職員損害賠償請求裁判(向山裁判)判決報告会が、2024(令和6)年12月16日(月)午後6時30分から、県立図書館イベントホールで開催され、100名余の参加で、裁判勝利と甲府市の労働時間管理の問題点を確認しあいました。
主催は亡くなられた敦司さんの父である原告向山隆さん。報告会には、当該である甲府市職員組合や自治労県本部から参加。さらには甲府市議会議員や多くの労働者市民が参加し、向山裁判の関心の高さを示していました。
山梨ユニオンは、裁判提訴以降、過労自死を許さずなくす立場で裁判傍聴支援を継続し報告会にも参加し、多くの仲間と共に裁判勝利を確認しあいました。
報告会では、初めに向山敦治さんはじめ甲府職員で亡くなられた仲間に黙とうを捧げました。
報告は、原告(向山隆さん)、原告代理人松丸正弁護士、山田厚甲府市議会議員から、それぞれ行われました。
2024(令和6)年10月22日の甲府地裁判決が確定した後も、労働時間管理において、甲府市では管理職はパソコンのログ、職員は自己申告、という事態が今も続いているとのこと。
松丸弁護士は、向山敦治さんの亡くなる前2019(令和元)年12月の労働時間が残業196時間という実態と、一方、自己申告では24時間に過ぎないことについて「どうしてこういう乖離が生まれるのか?労働時間把握が自己申告と同僚の把握によって行われているからだ」「二度と職場で過労自死を起こさないためには、労働時間の適正な把握が必要。パソコンログなど客観的な把握が大事である」と強く訴えました。
山田厚甲府市議は、公務災害認定請求代理人として、「起こるべくして起こった事態救済とともに再発防止を」と、職員定数が足りないこと、非正規化で職員の過重労働が進んでいることを訴えました。
原告向山隆さんは、「皆様に感謝の気持ちです」と述べたうえで、「裁判をやるつもりはなかったが、やってよかった」、「裁判で敦治の仕事が遅いと言われ、甲府市の考えがわかった」、「人事評価もなく、敦司は仕事が遅いから超過勤務をしていたとの甲府市の主張には遺族は納得できない」と、長時間過重労働で息子を亡くした父親としての心情を参加者に強く訴えました。

5.厚生労働省ガイドラインや総務省通知 ―法律はどうなっていたのかー

総務省は、「労働時間の適正把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドラインについて」(平成29年2月8日付け総行公第19号)、さらには2022(令和4)年1月14日付けで「地方公共団体における時間外勤務の上限規制及び健康確保措置の実効的な運用について」(通知)において「適切な勤務時間の把握」を通知しています。
2022(令和4)年1月14日付けで「地方公共団体における時間外勤務の上限規制及び健康確保措置の実効的な運用について」(通知)では、

① 厚生労働省が定めた「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」平成29年2月8日付け総行公第19号により通知。参考3参照)、及び
② 安衛法第66条の8の3(長時間労働者に対する医師による面接指導を実施するための労働時間の状況の把握義務)の規定に基づき、客観的な方法により勤務時間を把握する必要があること、と記載しています。

6.おわりに

甲府地裁提訴後も甲府市は、いまだに、職員は自己申告で労働時間管理が行われています。甲府市は、総務省通知にも反する労働時間管理のやり方を是正し、客観的な方法による勤務時間の適正な把握を実施すべきです。
敦司さんも、甲府市において適正な労働時間把握が行われ、長時間労働での産業医面談や医師による診察が行われていれば、過労自死することはなかったと思われます。
今回の甲府地裁判決を教訓として、全国の自治体においても職員の労働時間の適正な把握については、自己申告ではなく厚生労働省及び総務省通知のとおり客観的な労働時間把握を徹底し、一人の労働者も過労死・自死させない取り組みを徹底すべきです。
文・問い合わせ:山梨ユニオン 村山誠一

安全センター情報2025年3月号