アスベスト関連肺がん(ARLC):過小評価されている腫瘍学上の問題/van Zandwijk et al., Lung Cancer, July 10, 2024●アスベストと関連肺がんアップデート
目次
ハイライト
- アスベスト関連肺がん(ARLC)の診断は、中皮腫の診断よりもはるかに多い(2~6倍)。
- 身体と環境の最大の接点は肺に見られ、肺上皮は吸入された発がん性物質のふるいとして作用する。
- 肺がんの診断をアスベストによりよく帰属させるには、質の高い職業・居住歴データが必要である。
- 「ファインダスト[微小粒子状物質]」大気汚染(PM2.5)の原因となる可能性のあるアスベスト小繊維の割合を推定する研究努力が必要である。
抄録
アスベストは、クラス1(WHO)発がん性繊維であり、中皮腫の主要な原因である。アスベストを吸入すると、肺がんを最大の代表とする他の固形腫瘍を発症するリスクも高まる。アスベスト関連肺がん(ARLC)の発生率は中皮腫の発生率の6倍と推計されており、重要な健康問題となっている。アスベストが肺がんを引き起こすうえで重要な役割を果たしていることは十分に立証されているが、アスベスト、たばこの煙、ラドン及び「粒子」(PM2.5)大気汚染への曝露との間の正確な因果関係は依然として不明であり、適切な予防措置を確立し、既存のスクリーニング方法を調整するために、新たな知識が必要である。われわれは、喫煙したことのない者における肺がん診断数の増加の一部は、(過去及び現在の)アスベストへの曝露、並びに異なる形態の空気汚染(PM2.5、アスベスト及びシリカ)の組み合わせによって説明できると仮定する。
1 はじめに
21世紀の現在でも、先進国及び発展途上国において、肺がんは依然としてがんによる死亡原因のトップであり、たばこの煙がもっとも重要な発がん物質であることに変わりはない。しかし、疫学研究は、肺がんの症例の最大25%はたばこの煙に起因するものではない可能性があることを示唆している。実際、現在がんによる死亡原因の第7位である、喫煙したことのない者[never smokers]における肺がん(LCINS)が、重要な研究対象となっている。大気中アスベストへの職業性及び環境性の曝露がLCINSの原因因子であることが認められているが、アスベストの寄与の正確な算出は、能動的または受動的喫煙によりしばしば混乱が生じている。以下で議論するように、アスベストの吸入に加えたたばこの喫煙は、発がん作用の、相加的以上、ほぼ完全な相乗的刺激をもたらす。
アスベストの吸入に加えて「粒子状」大気汚染(PM2.5)が同様の方法で肺のがん化に影響しているかどうかは不明である。しかし、アスベスト関連肺がん(ARLC)の負荷を正確に計算することで、他の大気中発がん物質が肺がんに及ぼす相対的寄与について、より深い洞察が得られるだろう。
2 環境性大気曝露
ヒトの肺の肺胞空間は、人体と環境の最大の接点であり、肺胞上皮は、大気中に存在する発がん物質のふるいとして機能する。成人が1日に約1万リットルの空気を肺に取り込むことを考えると、比較的低濃度で存在する発がん物質(化学物質/微粒子/物理化学物質)も問題となる可能性がある。さらに、われわれの身のまわりの大気には複数の発がん物質が含まれていることが多いため、個々の発がん物質のがんを引き起こす可能性を検証することがきわめて困難である。
大気汚染は、非常に多様な種類の粒子の空気力学的サイズによって定義され、粒子状物質(PM)とも呼ばれる。粒子状物質は、PM粒子の直径が10μm未満か2.5μm未満かによって、PM10またはPM2.5に分類される。PM10は主に上気道(鼻腔)に沈着するが、PM2.5は気道の末端部分(肺胞)にまで到達する。世界中の汚染都市で記録された濃度のPM2.5に曝露すると、炎症が誘発され、Swantonらのグループが提唱する発がんの2段階モデルに当てはまる。
喫煙したことのない者で診断される肺がんの数がかなり多いこととは別に、肺腺がんの相対的割合の著しい増加が注目されている。欧米では、たばこの煙への曝露と密接に関連した肺扁平上皮がんの発生率が、1980年代に腺がんに上まわられた。20年後、同様の現象がアジアで確認された。腺がんの発生率の増加は、たばこの成分の変化(フィルター付きや低タール版)や環境汚染が原因であると考えられている。その結果、腺がんは男女ともに肺がんのもっとも一般的な組織型となった。女性では、腺がんの発生率は過去50年間で2倍以上に増加している。
症例対照研究では、喫煙曝露量が等しい場合、女性は男性よりも肺がんを発症する相対リスクが高い可能性が示唆されたが、前向きデータの分析では、女性は男性よりも感受性が高いわけではないことが明らかになっており、したがってこの仮説では、女性の患者数が急速に増加していることに対する納得のいく説明はできない。環境汚染などの他の説明の方がより可能性が高いように思われる。世界貿易センター(WTC)惨事で発生した粉じんや煙に曝露した肺がんを有する女性(77%が腺がん、非喫煙者の割合が高い)の特徴に関する最近の報告は、ツインタワーの崩壊後に発生した比較的短期間ではあるが強度の高い汚染された大気への曝露が、肺がんの発生に重要な影響を与えた可能性があることを示唆している。
その他の発がん性物質も、十分な注意が必要である。2004年には、28種類の職業性発がん物質に発がん性があるという十分な証拠が利用可能であったが、この数は2017年までに47種類に増加した。世界は、新たな化学物質やナノマテリアル、そして増大する工業生産に直面し続けているため、職業性及び環境性発がん物質に関連するがんの負荷を正確に評価する必要性が急務となっている。理想的には、がんの監視は、職業及び環境に関するデータを世界規模で組み合わせるべきである。職業性及び環境性の発がん物質への曝露経路としてもっとも重要なのは吸入であり、成人のヒトの肺は、大気中に存在する発がん物質の相当な量が沈着する場所である。肺がんの診断を、アスベスト、大気汚染、たばこの煙、ラドン、シリカ、またはこれらの発がん物質の組み合わせへの曝露によりよく帰属させられるようにするには、質の高い職業及び居住に関するデータが必要である。特定の分子腫瘍マーカーを有する肺がんを研究する際にも、このようなデータが優先されるべきである。特定のEGFR変異を有する患者の職業歴を収集し、実際に影響を与えた発がん物質を特定するために活用しなければならない。
3 アスベスト曝露
アスベストという用語は、自然に生成される2つのケイ酸塩グループ、すなわち角閃石と蛇紋石に与えられている(表1[省略])。角閃石グループは5種類の異なる形態のアスベストから構成されており、そのうちクロシドライト(青石綿)とアモサイト(茶石綿)が商業的に広く使用されてきた。蛇紋石グループはクリソタイル(白石綿)のみで構成され、世界中で「消費される」アスベストの90~95%を占めている。クリソタイル及び5種類の角閃石は、肺がん、中皮腫、及びその他の固形腫瘍を引き起こすことが証明されているが、アスベスト繊維の種類の相対的な毒性については、科学的な議論が続いている。アスベスト業界がスポンサーとなっている論文が、クリソタイルは無害なアスベストであり、職場や環境から禁止する必要はないと示唆するために悪用されることが多い。
一般的に、4つのレベルのアスベストへの曝露が認められている。すなわち、原料アスベスト(採掘)やアスベスト含有製品を扱う者における直接曝露、間接曝露(傍観者)、労働者がアスベストを家庭やその他の家族環境(自動車)に持ち込むことによる家族または家庭内曝露、そして、アスベスト鉱山またはアスベストを使用する施設周辺近くの環境曝露である。アスベストに汚染された家屋、学校、工場は、結果としてがんを伴う長期にわたる(環境)曝露をもたらしている。セメント工場、自動車修理工場、造船所、さらには劇場(音響用アスベスト断熱材が使用されている)も、環境アスベスト曝露が発生している場所として追加されなければならなず、これらの曝露の一部は現在も継続中である。オランダにおける(築40~50年の)アスベストセメント屋根付近で採取した大気測定の結果、小さな(5μメートル以下の)アスベスト繊維の高濃度(最大500μg/m3)が明らかになった(TNO 2022 R10832 A / Eindrapport)。PM2.5の濃度が12μg/m3未満であれば、一般的に「健康的な大気」とみなされる。24時間あたりのPM2.5レベルが35μg/m3以上になると、大気は不健康であるとみなされる。大気中のバックグラウンド・アスベスト繊維濃度の継続的な測定(オランダ)により、アスベストの使用禁止(1979/1980年)以降、繊維(5μmを超える繊維を含む)が徐々に減少していることが明らかになった(TNO 2022 R10832 A / Eindrapport)。
アスベストへの曝露の種類が様々であることは、潜在的なアスベスト曝露をさかのぼって追跡しようとする際に、臨床医が正確な病歴聴取を行うことの重要性を示している。残念ながら、医師はアスベスト曝露歴の聴取と記録をうまく行うことができない。とりわけ、有毒曝露が伝統的な労働環境以外で発生している可能性がある場合には、その傾向が顕著である。過去には市場に最大5,000種類ものアスベスト含有製品があったことを考えると、すべての曝露を記録することは事実上不可能である。アスベストを含有していることが多いタルクパウダーは、その良い例である。最近の裁判に関する報道により、これまでタルクパウダーがアスベストを含有しているとを疑ってもみなかった医師や一般の人々も注意を促された。1964年までにSelikoffは、アスベストへの曝露を徹底的に記録する必要性を指摘し、職務上の肩書だけでは過去のアスベスト曝露を除外するには不十分であると警告した。
アスベストへの環境曝露の重要性は、1970年代から報告されている。WagnerとNewhouseは、職業/環境曝露とがんの因果関係を最初に提唱した研究者の一人である。さらに最近では、アスベストで保温された住宅に住む人々(オーストラリア)、アスベスト工場周辺の小学校に通う児童(デンマーク)、アスベスト鉱山の近隣の住宅に住む人々(イタリア)を対象とした、よく設計された疫学調査により、環境中にアスベストが存在する場合、肺がん、中皮腫、その他の固形腫瘍のリスクが著しく上昇することが確認された。
すべての繊維種類のアスベストへの曝露ががんを引き起こす可能性があるという事実に異論を唱える人はほとんどいないが、この問題に関する議論では、論理的な科学的論拠だけでなく、非論理的な科学的論拠も提示されている。異なるサイズのアスベスト繊維が動物実験で使用され、大きな繊維は生物学的持続性があり、最終的に中皮腫につながる発がん性を誘発するという理論の根拠となった。しかし、動物実験や中皮腫患者の肺及び胸膜における繊維分析では、発がん性が大きなアスベスト繊維のみに起因するというこの仮説は支持されなかった。また、フランスのメタアナリシスでも、小さなサイズのアスベスト繊維ががん発生に何らかの役割を果たす可能性を否定するに足る証拠は不十分であるとの結論に達している。以前の動物実験で、アスベスト繊維が肺に深刻な炎症反応を引き起こすことがすでに実証されており、そのために必要な曝露量はわずかであることが示されている。慢性炎症はアスベストによる発がんの特徴のひとつであるが、悪性転換の正確な過程、関与する細胞の種類、鉄の潜在的な役割については、さらに解明する必要がある。
最近のデータでも、肺がんの発生率は汚染された大気への曝露と量依存的に関連していることが示されている。また、実験的及び分子疫学的研究では、悪性転換の2つの重要な前提条件として、発がん性ドライバー変異と炎症が指摘されている。大気汚染物質によって引き起こされるマクロファージの流入とインターロイキン-1β誘発性の炎症は、いずれも、すでに存在する(EGFRまたはその他の)ドライバー変異を持つ肺胞細胞の悪性転換を促進する可能性がある。職業的にアスベストに曝露した患者の腫瘍におけるEGFR変異の頻度は、LCINS患者の一連の症例で観察されたように低かったが、炎症によって誘発された変異肺胞細胞の転換は、大気汚染に曝露した細胞で観察される事象を非常にうまく説明している。
前世紀に、アスベストの発がんにおいて、すでに肺胞マクロファージ、好中球、遊離ラジカルが重要な役割を果たしていることが示されていた。アスベストがんは、アスベストによって引き起こされる持続的なフリーラジカルの生成、サイトカインの発現、成長因子、その他の炎症性細胞産物との長期的な相互作用の究極的な結果であると考えられていた。PM2.5や同様の大きさのアスベスト繊維は、同様の経路をたどり、既存の(EGFRまたはその他の)突然変異をもつ肺胞細胞の悪性変異を促進する可能性がある。アスベストに汚染された大気がPM2.5と同程度、あるいはそれ以上に「能力」があり、このプロセスを促進するかどうかを確認するには、さらなるデータが必要である。PM2.5の代わりに角閃石とクリソタイル繊維を用いた、Hillと共著者らによって行われた同様の実験が、アスベスト発がんに新たな光を当てるのに役立つかもしれない。
4 アスベストとたばこの煙の相互作用
たばこの煙、大気汚染(PM2.5)、ラドン、アスベストは、もっとも有力な4つの肺がん発がん物質である。たばこの煙とラドンは特定の場所の大気中に存在するが、PM2.5とアスベストは人口密集地/工業/交通量の多い/人工(構築)環境周辺の大気中に存在する。
1960年代から70年代にかけて実施された疫学調査は、アスベスト単独でも肺がんを誘発する可能性があるが、たばこの煙と乗法的または相乗的に作用して、肺がんのリスクを10倍から100倍に増加することを示した。より最近の疫学及び生物統計学的な証拠は、乗法的または相乗的モデルがデータにもっとも適合することを確認している。喫煙者及び非喫煙者である保温工におけるアスベストの肺がん死亡率増加効果を裏づけた、Markowitzらによる北米の保温工(n=2,377)を対象とした大規模な研究は、アスベストと喫煙の相互作用についてより詳しく解明するために利用することができる。この研究全体から、アスベスト曝露は喫煙に関連する肺がんリスクに対して単純な相加効果以上の影響を及ぼすことが明らかになった。このリスクは、放射線学的石綿肺の兆候が見られる保温工でさらに高まり、石綿肺と喫煙を同時に考慮した場合、相加効果以上の効果が認められた。これらの強い関連性にもかかわらず、石綿肺は将来の肺がんの必須要件とは考えられていない。オーストラリアの研究でも、石綿肺はアスベスト関連肺がんの必須の前兆ではないと結論づけている。Markowitz研究では、保温工の肺がん死亡率は禁煙後10年以内に半減したため、アスベストに曝露した労働者に対するもっとも重要な助言は、禁煙を続けることである。
5 喫煙したことのない者の肺がん(LCINS):アスベストとの関連性は?
喫煙したことのない者の肺がん(LCINS)は、過去20年間で急速に研究数が増加しているテーマである。喫煙したことのない者(肺がんの文脈において)は一般的に、生涯で100本未満のたばこしか吸ったことのない人々として定義される。予備的なデータは、肺がん患者における喫煙したことのない者の数は増加していることを示唆している。アメリカの研究では、3つの主要ながん登録(n=12,103)における喫煙したことのない者の割合は、1990年代には8%であったが、2013年には14.9%に増加している。イギリスのブロンプトン病院で肺がん切除手術を受けた患者2,170人の間では、さらに大きな増加(2008年には13%、2014年には28%)が観察された。しかし、この上昇傾向が他のLCINSカテゴリーにも当てはまることを確認するには、より大規模な疫学調査が必要である。
女性は男性よりもLCINSに罹患する頻度が高く、前述のとおり腺がんが圧倒的にもっとも多く診断される組織型である。LCINSは若年で発症し、東アジア系の人々に多く見られ、EGFR変異がある場合には「標的」療法によく反応する。生殖細胞系列遺伝学、職業性発がん物質、環境リスク因子など、LCINSには複数の原因因子が挙げられている。しかし、LCINSにおける職業性発がん物質に関するデータは相対的に少ない。日本全国を対象とした調査では、肺がん患者の12.8%において、過去のアスベスト曝露が原因である可能性があることをみいだした。Cuylerらによる画期的な論文では、アスベストに曝露したことのない喫煙したことのない者の肺がんによる死亡率は、アスベストに曝露したことのある喫煙したことのない者の5.2倍であることが示された。また、フランスにおける職業曝露に関するレビューは、かなりの割合の肺がん症例がアスベスト、多環芳香族炭化水素、シリカへの曝露によるものであると結論づけている。しかし、これらの研究における肺がんリスクは、たばこの喫煙に関連した曝露(受動喫煙を含む)の影響も受けている可能性が高い。カナダにおける1,681人の肺がん症例と2,053人の対照者を対象とした研究では、アスベスト関連肺がんの割合は3%と低かった。
アスベスト曝露は主に職業リスクとして挙げられているが、環境中のアスベストへの曝露をリスク要因として追加するに足る十分な証拠がある。オランダにおけるがん症例の地理的な「マッピング」により、中皮腫と肺がん症例がしばしば同じ場所で発生していることが示された。アスベスト曝露が記録されている場所ではクラスター(オランダがん登録 2022)が認められ、その代表的な例として、かつてのエテルニット社のアスベストシート工場(ゲルダーラント州グール)、造船所(アムステルダムとロッテルダム)、タタ製鉄所(北ホラント州フェルゼン)が挙げられる。職業に関する研究では、肺がんを引き起こすのに必要なアスベスト曝露の強度についても検討されている。曝露分布曲線の低い部分でのアスベスト曝露でも、明らかに肺がんリスクが上昇することがわかっている。アスベスト繊維の寸法と発がん性との関連性についても、いわゆる規制対象及び規制対象外の(小さな)アスベスト繊維への曝露を比較することで再調査されている。その結果、長さや直径に関わらず、繊維はすべて肺がんを誘発する可能性があると考えられるが、小さなサイズ(「規制外」)の繊維への曝露がより深刻な被害を引き起こしている可能性があると結論づけられている。
肺組織におけるアスベスト繊維の評価には長い伝統があるにもかかわらず、一部の病理検査室は、5μメートル未満の繊維を分析から除外する根拠として、現在もStantonの仮説を使用し続けている。その手法を見直しているあるグループは、1980年から2005年にかけて検査された肺組織におけるアスベストの体内濃度が低下している傾向は、アメリカにおける職場規制の実施の結果であると考えるべきであると主張している。これは、20世紀前半にアスベストの消費量が急増したことで、肺組織における繊維の負荷量が増加したアジアでの調査結果とは反対の結果である。ドイツ中皮腫登録で収集された反復生検の分析結果も、異なる結果を示している。反復生検で発見された大量のクリソタイル繊維は、クリソタイル繊維の生体持続性によって説明され、クリソタイルに関する議論に新たな要素が導入された。
アスベスト産業やアスベスト輸出国による誤った主張が繰り返されているが、これはクリソタイルが有害ではないという主張を裏づけるために利用されている。世界保健機関(WHO)及び国際がん研究機関(IARC)は、すべての種類のアスベスト(クリソタイルを含む)をクラス1発がん性物質に分類している。化学物質の国際貿易を規制するロッテルダム条約は、アスベストに利害を有する少数の国々による度重なる拒否権行使により阻止され、アスベストを危険な貿易のリストに追加することができない状態が続いている。発展途上国、とくにアジアにおけるアスベスト消費量の急増と、構築環境におけるアスベストの普遍的な存在は、早急な対応を必要としている。アスベスト曝露レベルが低下しているという指摘は、総アスベスト関連がん負荷が増加し続けている事実を踏まえると時期尚早であり、登録/診断データによる裏づけも不十分である。急速に拡大する構築環境下にある中国の女性における肺がんの増加は、PM2.5、シリカ、アスベストによる大気汚染と関連している可能性があるが、この仮説の妥当性は、肺がんの発症に長い潜伏期間があることによって弱められている。
6 職業曝露と体細胞突然変異
体細胞突然変異と職業曝露との関連性は、フランスにおける肺がん患者を対象とした共同研究(BIOCAST)の目的であった。職業曝露は71項目の質問票を用いて評価された。分析対象となった313人の患者のうち、27人が多環芳香族炭化水素、21人がアスベスト、14人がシリカ、8人がディーゼル排気ガス、6人がクロム及び塗料に曝露していた。アスベストに曝露した患者と曝露していない患者を比較すると、EGFR変異の頻度は、曝露した患者の方が曝露していない患者よりも低かった(20%対44%)が、HER2変異の頻度は、アスベストに曝露した患者の方が曝露していない患者よりもわずかに高かった(18%対4%)。KRASはアスベストに曝露した患者と曝露していない患者で同様の頻度で認められ、BRAF変異はアスベスト曝露患者の方が曝露していない患者よりもわずかに多く認められた(13%対4%)。ALK変異は曝露していない患者のみで認められた。興味深いことに、アスベスト曝露患者で認められたのと同様の分子プロファイルが、シリカ曝露患者でも認められた。
職業的にアスベストに曝露した者の肺がんにおける体細胞分子変異は、16INK4Aの不活性化、9q33.1におけるコピー数変異、Deleted in Bladder Cancer 1(DBC1)の喪失を伴う倍数性からなる。アスベストに曝露した肺がん患者(ほとんどが喫煙者)の組織と、非曝露患者の対照組織におけるDNAメチル化を評価したところ、アスベスト曝露に関連する可能性のある新たなDNAメチル化変化が明らかになった。重要なのは、肺腺がん患者85人の一連のケースにおいて、アスベストに曝露した患者では、KRASコドン12が有意に変異していたことである(粗オッズ比 4.8;95%信頼区間 1.5~15.4)であり、この関連性は年齢及び喫煙年数を調整した後も残った(調整オッズ比 6.9;95%信頼区間 1.7~28.6)。しかし、その後の研究ではこれらの知見を検証できず、また、これまで調査された患者数が比較的少ないため、この点については未解決のままである。
また、非喫煙者とヘビースモーカーの間では、肺腺がんの突然変異スペクトルにも違いがある。EGFR変異型腺がんは非喫煙の女性に多く、KRAS遺伝子におけるGからCへのトランスバージョン変異はヘビースモーカーに多い。
7 「大気浄化」:過去の教訓
1977年に著名な肺病理学者であるLiebowは次のように書いている。「ある人の病歴や習慣、職業の痕跡は、しばしばその人の肺に刻み込まれる」。たしかに、肺の病理学的調査はアスベスト曝露の手がかりとなる可能性がある。しかし、職業または環境によるアスベスト曝露の確認と補償の適格性判断のみを目的とした肺生検の実施は、適切な臨床実践とはみなされていない。一方、肺標本における石綿小体及び裸のアスベスト繊維の評価は、アスベスト発がんに関するわれわれの見識を広げてきた。前述のとおり、ドイツの中皮腫登録では、患者に焦点を当てて慎重に管理された一連の肺生検が繰り返し実施され、4~21年の間隔で肺組織内のアスベスト繊維の濃度が安定していることが示された。存在する主な繊維はクリソタイルであり、動物実験から想定されていたよりもはるかに生物学的耐久性が高いことが明らかになった。この研究のもうひとつの利点は、標準化された手順で単一の研究所でデータが取得されたことである。Suzukiらによる、168例の胸膜中皮腫症例の肺及び中皮組織を用いた大規模な研究では、すでにStantonが立てた仮説が誤りであり、分析から短いアスベスト(クリソタイル)繊維を除外すると、がん発生の原因に関する不完全な図式が得られることが実証されていた。オーストラリアで肺がん手術を受けた患者の肺における繊維計測により、職業歴に基づく推定よりも高い割合でアスベスト曝露があったことが明らかになった。残念ながら、環境中または天然に存在するアスベストに曝露した人々の肺から採取したアスベスト繊維のデータはまだ発表されていない。ネバダ州で行われた疫学調査では、環境中にアスベスト繊維が存在する場合、女性及び55歳未満の者の中皮腫診断率が高くなることが判明し、環境中の鉱物繊維への曝露がこれらの中皮腫の一部の原因となっている可能性があると結論づけられた。ネバダ州で肺がん手術を受けた患者の肺にアスベスト繊維が存在するかどうかを評価することは、環境アスベスト曝露と肺癌症例の過剰との関連性を説明するのに役立つかもしれない。アスベスト疾病の負荷が急速に増加している中国で同様の取り組みを行うことは、非喫煙者の肺癌診断数が急速に増加していることと、環境汚染の深刻化との潜在的な関連性を特定するのに役立つかもしれない。
8 結論
40~50年前には、アスベスト繊維の繊維寸法と発がん性との関連性が職業研究の主要なテーマであったが、環境(大気)汚染に関連した肺がんの疫学及び分子病理学に関するより最近の研究では、小粒子が主要な役割を果たす肺発がんの新たな経路が明らかになっている。さらに、最近になってようやく十分な注目を集めるようになった世界的なLCINSの流行も、大気汚染を主要な原因として位置づけている。
肺発がんに関する新たな知見は、アスベストやPM2.5などの発がん物質が肺がんの流行に与える影響をより正確に評価し、厳格な予防措置を講じるためのよりよい方法を提供することが期待されている。職業歴や環境歴を慎重に記録し、分子腫瘍マーカーと組み合わせることで、LCINSの発生における特定の発がん物質の主要な役割を最終的に評価し、ARLCの蔓延をより正確に推定できるようになるかもしれない。われわれが暮らす世界はますます汚染が進んでいることから、これは重要な目標となっている。
潜伏期間と慢性炎症は、肺がん発症のよく知られた特徴である。アスベスト粒子またはPM2.5による慢性炎症と、先行するドライバー変異という2段階の肺発がんモデルは、われわれの理解を一歩前進させるものである。しかし、異なる種類の有毒粉じんが同様の肺発がん経路を効果的に開始するかどうか、また、これが特定の分子シグネチャーを伴うかどうかを確認するには、さらなる分子疫学データが必要である。
PM2.5による肺疾患のメカニズムに関する理解が深まるにつれ、肺がんの原因としてより小さいサイズのアスベスト繊維を除外しないことの根拠が非常に強くなっている。LCINSの増加傾向と職業及び環境曝露に関するデータの不足を考慮すると、ARLCは過小評価されている腫瘍学上の問題である可能性が高いと言える。
※https://www.lungcancerjournal.info/article/S0169-5002(24)00395-7/fulltext
安全センター情報2024年12月号