アスベストと超微粒子の定義と発がん性に関する問題を解決する/Fitzgerald et al., Lung Cancer, January 25, 2024●アスベストと関連肺がんアップデート
ハイライト
- PM2.5粒子の健康影響に関する臨床研究の必要性を認識する。
- アスベスト及び電磁界の定義と健康影響の不一致について検討する。
- 例えばスタントン仮説など、限られたフォーカススタディの根本的な欠陥、及び
- 吸入可能なサイズのすべての鉱物粒子は考慮されるべきである。
抄録
アスベスト繊維やその他の微粒子は、物理的及び化学的特性と、それらが人体に悪影響を及ぼす可能性との相関関係について広範に研究されてきたが、個々の粒子の種類についての簡潔な定義や、複合的な変動要因の総合的な考察は依然として存在しない。アスベストの形態、化学、表面効果、及び生物学的耐久性と健康への悪影響との関連性に関する広範な研究により、原因である可能性が高いもの、または低いものを大まかに分類することはできるが、与えられた範囲外のパラメータをもつ粒子を定量的に否定するだけの十分な情報を提供するほど十分ではない。さらに、天然の鉱物種や付随する鉱物化により、世界中で適用可能な標準物質の標準化はほぼ不可能である。現代の人工ナノ粒子の出現により、われわれは、顕微鏡サイズの粒子群とそれがもたらす可能性のある人間の疾患について、さらに多くの未知の要素を追加することになり、われわれのパラダイムは試練にさらされている。
1 小さなものを認識すること
テクノロジーとイノベーションは、環境浄化、医療、電子工学の分野におけるナノ粒子の応用に重点を置いており、派生する可能性のあるヒトの健康への影響は、ますます懸念が高まっている分野となっている。 実際、ナノ粒子とは、100nm(0.1µm)未満のひとつの次元を持つ、自然または人工の未結合状態の物質と定義されている。これは、もっとも懸念されている大気中の粒子状物質のサイズカテゴリーに該当する。粒子の空気力学的直径が2.5µm未満(超微粒子、PM2.5として知られる)である。規制レベルでは、この大気中のサイズ区分は、アメリカEPA(NAAQS)の国家環境大気質基準では12µg/M3未満が目標値となっている。最近のこのような超微粒子に関する研究では、このサイズの範囲の難溶性物質は、同量のより大きな粒子よりもはるかに大きな肺の炎症を引き起こすことが示されている。また、このような物質は上皮や間質部位に容易に移行し、おそらくは肺以外の臓器にも移行することがある。また、呼吸器系の機能が低下している人や高齢者は、これらの物質に対してより影響を受けやすいことが認識されている。
アスベストの研究において、肺がんや中皮腫の原因となることが知られている鉱物繊維は、個々の繊維の幅がこのナノ粒子の範囲内にあることから、科学者たちは数十年にわたり、ほぼ同じサイズの範囲の粒子に焦点を当ててきた。粒子毒性学が石炭、アスベスト、及び吸入性シリカを越えて発展するにつれ、これらの超微粒子が酸化ストレスを引き起こし、とくに心血管系と呼吸器系が標的として遺伝毒性や持続性炎症につながる可能性があることが認識されていることから、ナノ粒子の取り組みに遅れを取らないよう、さらなる研究が必要とされている。特定の呼吸性粒子に焦点を当てた数十年にわたる研究にもかかわらず、超微粒子への曝露がどのように癌を促進するのかについての完全な理解はまだ得られていない。70年以上も前に、腫瘍形成は、まず健康な細胞に突然変異を誘発する初期段階があり、続いてがんの発生を誘発する促進段階が起こるという仮説が提唱された。現在では、環境中のPM2.5が肺がんリスクに関連し、健康な肺組織にがん誘発性変異がすでに存在する細胞に作用することでがんを促進することが提案されている。これらの知見は、PM2.5大気汚染物質が一般的に腫瘍促進の役割を果たしていることを総合的に裏づけるものであり、超微粒子のすべての大気汚染に対処するための研究及び公衆衛生政策イニシアティブの必要性を訴えるものである。
2 アスベストの鉱物学と地質学
アスベストという用語には、数十もの定義がある。ほとんどの人は、その好ましい物質的特性のために地球から採掘される繊維状の鉱物についての、アスベストは商業用語であり、地質学用語ではないことに同意している。このため、一定の鉱山から採掘される主な鉱物についてアスベストが名づけられることになり、具体的には、繊維状である場合に、クリソタイル、アモサイト、クロシドライト、アンソフィライト、トレモライト、アクチノライトの6つの「鉱物」をアスベストと名づけた(以下で議論)。これらの様々な鉱物繊維の吸入による人体への悪影響が認識されると、それらの鉱物名に基づいて規制が策定された。残念ながら、これは鉱物学的に物質を説明するには不十分である。例えば、「アスベスト」とされる容器には、おそらく1種類以上の鉱物が含まれていると思われるが、その集合体が健康に及ぼす潜在的な影響を完全に理解するには、十分な調査が必要である。アスベストはこれまで様々な観点から広範に研究されてきたが、これらの物質の不均一性に関するこの基本的な真実は、アスベストの真の問題を理解するうえで重要な注意点であり、理解を妨げるものとしてあまり議論されていない。
鉱物とは、室温で固体であり、繰り返される結晶構造を持つ特定の化学物質と定義される。細長い繊維を形成する鉱物群、すなわちアスベスト様に結晶化する鉱物群は、イノシリケートやフィロシリケートとして知られる、鎖状及びシート状のケイ酸塩である。アスベストの健康への悪影響が認識され、規制が初めて起草された際、アスベストの商業用デポジットが6種類これらの鉱物に名づけられた。繊維状の板状珪酸塩である蛇紋石、白石綿またはクリソタイルは、商業用アスベストの約92%を占めている。アスベストとして規制されている他の5つの「鉱物」はすべて角閃石の二重鎖珪酸塩である。アスベストの2番目に多い種類は、アモサイトと呼ばれており、規制では誤って鉱物とされたが、アモサイトという言葉は、南アフリカのアスベスト鉱山(Asbestos Mines of South Africa)の頭文字を取ったものである。さらに、アモサイトとして採掘・加工される主なアスベスト鉱物は、繊維状のキュンミントナイトが挟み込まれた緑閃石(grunerite)である。アモサイト(茶石綿)は、商業用途の約4~5%を占めている。3番目に多いアスベストは、リベック石(riebeckite)のアスベスト様の種であるクロシドライトである。クロシドライトは青石綿とも呼ばれ、手元のサンプルでも顕微鏡下でも、多くの場合青い色をしている。
他の3種類の規制対象アスベスト鉱物はもはや商業用アスベストとはみなされないことが多く、ときには「汚染」または付属アスベストと呼ばれることもある。この3つの角閃石は、単斜晶系アクチノライト、トレモライト、斜方晶系アンソフィライトである。これら3つのアスベスト種は現在では採掘されていないが、タルク、バーミキュライト、さらにはクリソタイルを含む板状ケイ酸塩ともっとも多く共存する角閃石である。自然科学ではよくあることだが、鉱物の名称は理想的な構造と理想的な化学に基づいて与えられるが、それらが自然界で単独で存在することはほとんどない。
専門家による数十年にわたる研究や白熱した議論を経てもなお、「アスベスト」、「アスベスト様[asbestiform]」、「繊維」、「繊維状」という用語について、重大な差や規制背景または科学分野による解釈があり、簡潔な定義が存在しないことを認識することが重要である。「繊維状[Fibrous]」は、アスペクト比が10:1以上の細長い鉱物粒子と説明されている一方で、NIOSHはアスペクト比が3:1以上で長さが5µm以上の粒子を繊維と定義している。「アスベスト」は、顕微鏡で単一粒子を観察した場合、ほとんどのサンプルでは識別できない個々の結晶パラメータや繊維の集団を必要とする修飾語句とともに、6種類の繊維状ケイ酸塩を指すことがある。「劈開片[cleavage fragments]」もまた定義が曖昧であり、このような粒子を他の数えられるアスベスト繊維と区別する明確な方法はない。健康への影響を評価し、信頼性の高い厳格な規制を策定するためには、潜在的に影響を受ける細胞は、「アスベスト様」と「非アスベスト様」の繊維を同等な寸法として区別できないことを考慮すべきである。
疫学者にとって、アスベスト繊維を定義するものは、何をカウントし、何をしないかについての簡潔な定義なしに、過去の文献における濃度を比較しようとする際に、とりわけイライラさせられる。鉱物学上の定義の問題は、NIOSHロードマップのエグゼクティブサマリーにうまくまとめられている。
「不正確な用語と鉱物学上の複雑さが研究の進展に影響を与えている。『アスベスト』と『アスベスト様』は、鉱物学上の正確さを欠く、一般的に使用される2つの用語である」。さらに、「鉱床には複数の鉱物晶癖[habit]が存在し、遷移鉱物が存在している可能性もあるため、鉱物学を明確かつ簡潔に説明することを困難にしている」。
これらの問題を踏まえると、疫学的に研究されている-またはされてきた-鉱物が何であるかを、とくに遡及的に、正確に知ることは非常に困難である。
アスベストに関する科学が商業上の定義から、問題となっている広範かつ膨大な種類の鉱物へと発展するにつれ、われわれは、より包括的なパラダイムにおいてアスベストが何を意味するのかについて合意に達することを期待し、健康への懸念が指摘されている他の細長い鉱物粒子(EMPs[Elongate Mineral Particles])に対応し、それらを含めるために分析手順と研究を繰り返し解決しようとしてきた。アスベストとして規制対象に指定されている鉱物から除外されているものの、考慮する必要がある鉱物には、アスベスト様晶癖に結晶する可能性のある、国際鉱物学連合が認定する70種類以上の角閃石鉱物がある。このうち、アスベストの再定義に関してもっとも問題となっているのは、モンタナ州リビーのバーミキュライト鉱床に関連して発見された、主に固溶体[solid solution]として存在する、角閃石種である。リビー鉱床では21種類の繊維状角閃石が確認されているが、規制対象のアスベストとして認められているのは、トレモライトとアクチノライトのみである。このことが大きな問題となったのは、鉱山労働者やその地域の住民の間で、異常に高い割合でアスベスト疾患が確認されたことが判明したときだった。長年にわたる医療問題や訴訟と闘った後、EPAは広範囲にわたる5年間の研究を発表し、そのなかでそのアスベストは、「LAA:リビー角閃石アスベスト」、または非公式に「リビーボウルズ」と名づけられた。LAAは、リヒターライト、ウィンチャイト、アルベゾナイト、エデナイト、トレモライト、アクチノライトの6つの主要な鉱物に簡略化された。残念ながら、もっとも一般的な2つの角閃石、リヒターライトとウィンチャイトは、LAAと誤って識別されており、それらの繊維状の角閃石が発見される場所、すなわち、他のバーミキュライト鉱床、カリフォルニア、テキサス、ノースカロライナのタルクなどから採取されたものである。
その他のEMPsは、アスベスト関連疾患の原因物質として認識されているため、規制機関やコンセンサス標準規格機関で現在議論されている。例えば、アンティゴライトは、クリソタイルとほぼ同じ結晶化学をもつが、結晶構造は異なる。クリソタイルは蛇紋石のシリカ層とブルーサイト層が連続的にロール状またはスクロール状になっているのに対し、アンティゴライトはシリカとブルーサイトの不整合曲線を段状に変化させる。 アンティゴライトはアスベスト様の晶癖で存在することがあり、これはアスベストと同様の細胞毒性を持つことが証明されており、ニューカレドニアでは中皮腫の症例が報告されている。
ウォラストナイトもまた、繊維状の晶癖を示すことのある鉱物である。単鎖ケイ酸塩であるウォラストナイトは、厳密には輝石ではなく輝石類似物であり、ケイ酸鎖の系統的ねじれが異なる。懸念される潜在的EMPとして、この鉱物は規制対象アスベスト、とりわけ角閃石に関する文献と比較検討されてきた。最近の研究では、フィンランド、インド、中国、アメリカのウォラストナイトが調査された。また、特徴が不明なカナダ産のウォラストナイトを用いたStantonらによって指摘された、ウォラストナイトの使用も注目に値する。いくつかのウォラストナイトを調査した結果、アスベストよりは低かったものの、複数の肉腫についてポジティブだったたのは、Stanton繊維のみであった(ウォラストナイト5/20、2/25、3/21、0/24に対して、UICCクロシドライト及びトレモライト・サンプルはそれぞれ14/29、22/28、及び21/28)。これは健康への悪影響を示しているが、鉱物の供給源を詳しく調べたところ、ウォラストナイト鉱床にはトレモライトも含まれている可能性が高いことが判明した。
繊維状ゼオライトは、悪性胸膜中皮腫を含む、疾病の原因として認識されている重要なEMPsであることが判明している。トルコの中皮腫が流行している地域では、方沸石[アナルシム]、クリノプチロライト、チャバザイト、モルデナイト、フィリップサイト、繊維状エリオナイトなど、いくつかのゼオライト鉱物が確認されている。オレゴン州、サウスダコタ州、及びアメリカ西部の他の9つの州でも、エリオナイトの露頭が確認され、研究されている。さらに、メキシコ中西部(ハリスコ州、アグアスカリエンテス州、及び隣接する州)のエリオナイトを含むゼオライトの帯が、最近、中皮腫の集団発生の原因であると名指しされた。
鉱物であるタルクは地質学的にも鉱物学的にも密接に関連しており、蛇紋岩や角閃岩の鉱床に含まれるアスベスト形成鉱物の鉱床でしばしば発見される。タルクは、原岩として知られるそれらの岩石を母石とした変成派生物として、これらの鉱物から直接形成されることがある。このようなタルクの鉱床では、アスベスト原岩の後にタルク仮晶の繊維状構造、すなわち、原岩の形態を示すことがよくある。顕微鏡下で観察すると、仮晶であるまたは仮晶でないかもしれない、繊維状または束状で存在することがあり、多くの研究者が、アスベスト様晶癖を示すタルクを観察している。タルクが、他の鉱物(タルクにしばしば含まれる緑泥石など)を含まない場合でも、健康への懸念があるEMPsとみなされるべきかどうかについては、現在も激しい議論が続いている。タルク自体は発がん性を有さないとする研究結果も発表されているが、IARC/WHOモノグラフは、「捕逸7に示したタルクに関するレビューから、2つの因子、すなわちアスベスト様繊維を含むタルクと、アスベスト様繊維を含まないタルク、の評価につながった」と述べている。「アスベスト様繊維」という用語は、「アスベスト繊維」と同義であると誤解されてきたが、本来は、タルクを含め、アスベスト様晶癖に成長するあらゆる鉱物を意味するものと理解されるべきである」。さらに、「本ワーキンググループは、グループ1の物質名を『アスベスト様繊維を含むタルク』から『アスベストまたはその他のアスベスト様繊維を含むタルク』に拡大することを決定した」。
3 分析ツール
バルク材料中のアスベストの特定に一般的に使用される分析ツールには、X線回折(XRD)、偏光顕微鏡(PLM)、走査型または透過型電子顕微鏡が含まれる。位相差顕微鏡(PCM)または透過型電子顕微鏡(TEM)は、いずれも特定の条件下では、大気中のアスベスト濃度の特定に適している。PCMでは繊維の種類を区別することができず、また比較的低倍率(通常400倍以下)に限界がある。一方、PCMは使いやすく、現場への持ち運びも容易である。また、PCMで視認できるほど大きな繊維の重度の汚染を基に策定された規制により、アスベスト含有源が撹乱された際に、アスベスト濃度に適用できる繊維状の傾向を合理的に記録することができる。アスベスト含有材料(ACM)から大量のアスベストが大気中に飛散する可能性のある職場環境におけるPCM分析のための OSHA[労働安全衛生庁]及びNIOSH[国立労働安全衛生研究所]の方法は、これらのプロトコルによる計測が統計的に検出可能な定量化を行うことができる濃度で、PCMによって目視できるほど十分な大きさをもつアスベスト繊維、すなわち長さ5µm超、幅0.25µm超の繊維のみをカウントするよう明確に書かれている。これは、フィルター面積7本/mm2の推計分析検出限界(LOD)を算出するものである。この方法では、長さと幅の比率が3:1以上であれば、長さ5µm超、幅0.25mm超のすべての粒子(あらゆる物質)がカウントされることに注意が必要である。より感度の高い分析では、天然または精製アスベストの典型的な繊維集団において、このプロトコルでカウント可能なアスベスト構造20個につき1個以上の繊維が存在することはまれであることが観察されている。また、もっとも一般的な商業用アスベストであるクリソタイルは、平均内径が約200~220nmの個々のフィブリルで構成されており、これは光学顕微鏡(PLMまたはPCM)の解像度をはるかに下回っていることも重要である。したがって、PCMで計測可能なクリソタイル「繊維」は、実際には多数の個々のフィブリルが束になったものである。さらに、存在する可能性のある大気中のアスベスト構造をすべて正確かつ確実に特定するには、TEMの使用が必要である。そのため、子供たちが呼吸する室内大気の質を評価するには、TEM分析が必要である。
バルク材料中のアスベストを特定するために、XRDは鉱物の結晶構造を、鉱物の格子構造で反射したX線ビームの応答角度と強度を測定することで決定する。この方法では、干渉(干渉する鉱物相)がほとんどない清浄なサンプルにおいて、規制対象のアスベスト鉱物については通常、検出限界が1%前後で、存在する異なる鉱物の質量パーセントが算出される。残念ながら、XRDは顕微鏡技術ではない。そのため、アスベストの存在を特定する際に重要な、同じ鉱物の繊維状及び非繊維状のバラエティを区別することができない。
PLMは、光学特性とアスベスト様形態によってアスベストの種類を特定し、アスベストの識別を可能にする。しかし、PLMの解像度は限られており、例えば5µm未満の短い繊維や0.25µm未満の細い繊維など、相対的に小さい繊維の特定はできない。PLMの最大の利点は、訓練を受けた分析者が、意図的に材料にアスベストが添加されている場合、通常はアスベストを特定できることである。意図的にアスベストを2%未満の配合重量で製造した材料は存在しない。
大気中の繊維分析では、PCMは比較的低い倍率で繊維を定量化できる光学顕微鏡法であるが、繊維の種類(クリソタイルやタルク繊維など)を特定するのに必要なツールは備えていない。PLMと同様に、PCMは解像度の点でも限界があり、相対的に短く細い繊維は見えない。TEMは、とりわけ大気サンプリングにおいて、あらゆる種類のアスベストの検出と識別にもっとも信頼性の高い機器である。高エネルギー電子ビームは、もっとも細い0.02µmのアスベスト繊維でも解像でき、選択領域電子回折(SAED)は、結晶構造がアスベスト鉱物の種類のひとつであるかどうかを判断できる。エネルギー分散型X線検出器(EDX、またはEDSからのスペクトル)をTEMと連動させることで、元素組成が得られ、粒子の化学組成が確認できる。TEMは、アスベスト鉱物の形態、構造、化学組成を、アスベスト繊維をきわめて微細なレベルで特定できる解像度で特定することができる。
微細なアスベスト及び低濃度(多くの場合、トレモライトまたはそれに近い角閃石)は、タルク、バーミキュライト、さらにはクリソタイルなどのシート状ケイ酸塩に付属品として「混入」する可能性があるため、電子顕微鏡がこうしたアスベスト構造をすべて特定できる唯一のツールである。短所としては、とくに最大限の感度が追求または必要とされる場合には、サンプルの準備における高倍率と高分散により、分析時間が大幅に増加する可能性がある。さらに、走査型電子顕微鏡(SEM)には、個々の結晶を回折させて鉱物構造を確認するというTEMの利点がないため、SEMによるアスベスト鉱物の識別や特定は困難、あるいは不可能である。これは、化学組成が類似している場合、例えば繊維状のタルクとアンソフィライトの識別を試みる場合などにとくに当てはまる。同様に、アスベスト粒子が相対的に低いパーセンテージで存在する可能性がある、または光学顕微鏡の解像度以下の非常に細い繊維(繊維または束の幅が0.25µmに近づくか、またはそれ以下)が存在する可能性がある材料は、TEMによる分析が必要である。これには、ほこりや破片、水サンプル、大気サンプル、及び肺負荷アスベスト分析などの生物学的組織におけるアスベストの検査が含まれる。
高分解能TEM(HRTEM)では、50,000倍以上の倍率でさらに詳しく観察すると、これらの鉱物の多くが原子レベルで互いに成長していることが認識されはじめ、薄板ケイ酸塩が繊維間の間隙を構成していることがしばしばあることが示されている。重要なのは、「これらの結晶粒界には層状珪酸塩が含まれているため、生物学的システムが相互作用する可能性が高いアスベストの表面は、実際には角閃石ではない可能性がある」という点である。
4 アスベストとがん
がんの病因とアスベスト曝露との関連性を示唆する医学文献上の最初の言及は1935年、サウスカロライナ州のアスベストを織り込む紡織労働者における肺への影響の観察によるものだった。これが、7年後のアメリカ国立がん研究所によるアスベスト曝露が明確に原因として発表されることにつながった。この先駆的な発見は、アスベスト曝露によるヒト疾患のもっとも一般的な媒介は吸入であるというわれわれの理解を裏づけるものである。アスベストの発がん性に関する理解は、肺がんや関連する胸膜、多発性中皮腫にとどまらず、拡大しているが、ここでは、発がん因子としてのアスベストの呼吸器系との相互作用に主眼を置く。
ヒトの肺のメカニズムは驚くべきもので、酸素で体を養い、有害な侵入から体を守るように設計されている。健康な肺は、約4億8000万個の肺胞を使って、1日に約1万2000Lの空気をろ過し、吸い込んだ微粒子を捕捉または除去する複数のシステムを備えている。これは頑丈なようにみえるが、この課題はわれわれが生きている間、毎日繰り返される。そのため、予備的な防御メカニズムで超微粒子の大部分を排除することが重要である。これは、鼻腔を通り抜ける空気を温め、湿らせ、鼻腔の内部で空気を曲がりくねらせることで乱流を起こすことで実現される。気管支の支管は、粘液で覆われた樹枝状に曲がりくねった経路で32回にわたって分岐している。粒子がこの粘液に捕捉されると、繊毛が急速に上向きに動き、粘液繊毛エスカレーターと呼ばれる実質的な浄化メカニズムが作動する。この上気道の構造と排除システムにより、3µm超のほとんどの塵埃粒子は肺胞に到達することはない。全体的な防御メカニズムの効率は98~99%と推計されている。これは、1~2%の非効率性を意味しており、それがじん肺の原因となる。
ここで、防御の細胞レベルの話になるが、特殊な白血球(leukocytes)が化学的、物理的、またはその両方の手段で異物を攻撃する。主な特殊細胞であるマクロファージは、貪食と呼ばれるプロセスで異物を物理的に攻撃する。具体的には、肺胞マクロファージが異物を包み込み、気道のより上流の枝に渡して粘液繊毛エスカレーターで除去しようとする。マクロファージが初期の粒子包囲に失敗した場合、本質的には、炎症、線維症、有毒な酸素種の生成、瘢痕化、潜在的な腫瘍につながる可能性のある、不成功の貪食によって死滅する可能性がある。肺胞マクロファージが部分的にしか成功しなかった場合、初期沈着から移動した粒子は、他のマクロファージによって捕獲されるか、リンパ系に移動し、リンパ節が不要な異物の顕微鏡的な廃棄場所となる可能性がある。過剰な負荷がかかり、細胞毒性成分が相当量含まれるリンパ節は、結石性の結節となり、潜在的に肺外部位に移動する可能性がある。
ヒトの肺から粉じんを除去するシステムにおいて、球状構造は直径が10µm未満でなければ、肺胞交換領域に呼吸可能な状態で取り込まれない。繊維状粒子などの細長い粒子は、約3.5µmが上限である。顕微鏡で観察された天然及び精製アスベスト、並びにアスベスト繊維構造を含めここで取り上げたすべてのEMPsの典型的な粒子寸法は、その範囲内のサイズがかなり多くを占めている。重要なのは、より小径で繊維状の短い粒子は、より深く肺の奥まで容易に吸入されることである。
アスベスト繊維も、壁側胸膜にまで運ばれることを示している。Bernsteinら(2014年、2015年)の研究では、ラットを1日6時間、5日間、クリソタイル・ブレーキダストとクロシドライト・アスベストに曝露させた。長繊維のクロシドライト(20µm超)が横隔膜の気孔に急速に移行し、暴露中止から90日後に激しい炎症反応が観察された。少なくとも長期的(365日間)には、頭頂部複数表面の気孔の配列内またはその周辺に、10µmを超えるクリソタイル繊維の侵入、移動、または滞留は観察されなかった。しかし、著者の注釈によると、14日目には10µmを超えるブレーキダストのクリソタイル繊維が観察され、91日目には5µm未満の短い繊維が観察された。この研究では、気孔が分岐したリンパ管のネットワークに流れ込み、主に縦隔リンパ節に排出されると推測された。比較的少ない量のクリソタイル繊維が組織に侵入し、炎症反応を起こすことなく溶解または除去された。これは、炎症反応が観察されたリンパ管の分岐部や弁で塞がれるように、肺胞組織に容易に侵入するより持続性の高いクロシドライト繊維とは対照的である。著者は、このような反応が複数の線維症の発症につながり、やがては腫瘍形成プロセスを引き起こす可能性があると結論づけている。この研究は、なぜ角閃石アスベストが残留し、中皮腫を引き起こす可能性が高いのか、その妥当なメカニズムを示している。ただし、この研究は主に防衛側の利益のために行われたものであり、とくにクリソタイルは疾患の原因となりにくいという裏づけのない主張を強調する支援を受けていたことに留意すべきである。
クリソタイルは中皮腫の原因となることが繰り返し示されているが、しばしば角閃石よりもはるかに高い量でのみ主張される。1988年、Churgは中皮腫に関する文献を再調査し、「クリソタイルによる中皮腫の誘発には、平均して、クリソタイルによる石綿症の誘発と同程度の長い繊維の負荷が必要である。一方、角閃石による中皮腫は、より小さい肺の負荷で数百倍の割合で発生する」と結論づけた。しかし、この主張は繊維負荷調査に依存しており、胸膜からのクリソタイルのより迅速な除去が角閃石の定量化を軽減し、繊維タイプの毒性に関する真の比較を公平に評価できない。
アスベストの鉱物学に関する前述の議論において、角閃石は、クリソタイル・アスベストを構成するタイトな渦巻きを形成する蛇紋岩を含む、いくつかの板状珪酸塩の付随鉱物であることが多い。クリソタイル鉱床でもっとも一般的な角閃石は、単斜晶系のカルシウム角閃石であるトレモライトとアクチノライトである。また、クリソタイルの形成に付随して、より少ない割合でアンソフィライトも見つかることがある。これは、蛇紋石の原石のほとんどがダンカン石やカンラン石であり、カンラン石には蛇紋石に変成するオリビンが含まれ、また、クリノピロキシン(CPX)にはカルシウム角閃石が含まれるためである。このような地質学的プロセスにより、採掘可能なクリソタイル・アスベストの鉱床のほとんどには、これらの角閃石が一定量含まれている。アメリカで使用されているアスベストの大部分を占めるケベック産クリソタイルには、1~6.9パーセントの角閃石が含まれていることが判明しており、また、クリソタイル・アスベストへの曝露の「有効な指標」として、トレモライトが提案されている。
5 サイズはどの程度重要なのか?
TEMによる繊維負荷組織分析において、われわれの経験は[44, 43]の知見と一致している。すなわち、肺及び中皮腫組織におけるアスベスト繊維の大部分は長さが5µm未満である。また、ほとんどの短い繊維は一般的にクリソタイルである。繊維のわずか4%のみが、長さが8µm超、太さが0.25µm未満の、より病原性の高い繊維集団に該当するStantonモデルに当てはまる。2001年には、われわれ自身の観察結果と一致するさらなる観察結果が発表され、長い繊維よりも短い繊維の方が多く、あらゆるサイズの繊維群が不均一に集まる傾向にあることが示された。短い繊維の方が肺から排出されやすいことは広く認められており、議論の余地はないが、文献のレビュー、同僚による未発表の分析報告、及びTEMによる自身の観察結果から、肺及び肺外部で見つかったアスベスト粒子の大半は長さが5µm未満であり、通常は光学顕微鏡やSEMでも見えない細い繊維であることがわかっている。残念ながら、このことから、それらの繊維は疾患の原因とはならないという結論に達する人が多い。この根拠のない仮定と、胸膜におけるアスベスト沈着の不均一な性質が相まって、肺線維症の負荷の使用を妨げ、職業上の曝露の検証に重点が置かれる。さらに、短い繊維が疾病を引き起こさないという想定は科学的根拠に乏しく、とくに除去が遅れている場合には、短い繊維を無視すべきではない。分析機関にとってもっとも重要な教訓は、繊維の長さを特定の長さのみで数えると、評価が不完全になる可能性があるということである。なぜなら、5µm未満の繊維は疾病を引き起こす可能性があるからである。
アスベスト繊維のサイズが健康被害にどのように影響するのかについて、研究者たちの議論のほとんどは、1981年にStantonが発表した2年間の研究の結論に基づくStanton仮説にたどり着く。その結論は、複数の腫瘍の生成に最適な形態は、幅が0.25µm以下、長さが8µm以上のアスベスト繊維であるというものである。たたき台としては有用であるが、精査すると多くの批判がなされてきた。プレジェットインプラントの新しい使用法では、すべてのサイズの画分で40mg用量を使用したため、用量を変えた場合のデータを提供できなかった。サンプルを覆うために使用されたゼラチンマトリックスが粒子表面効果を減少させた可能性があり、ガラスパッドからの繊維タイプの放出速度の差異に関する研究報告はなかった。このデータは、腹腔内の研究で示された下層からの腫瘍発生とは一致しなかった。短い繊維を作成するために粉砕機を使用したところ、実際の曝露とは関係のないいくつかの異常な結果が得られた。例えば、UICCクロシドライト分析サンプル5つすべてが、1つのサンプルから精製、沈殿、浮遊によって調製された。ミリグラム当たりの粒子総数は、予想に反して、精製サンプルの方が少なかった。表面積の違いに関する説明は、繊維表面の変化がないと仮定した精製製品に基づいており、これはおそらく誤った仮定である。重要なのは、もっとも腫瘍形成性が高いと計算された繊維は、特徴づけられた粒子集団のほんの一部であり、腫瘍発生確率に対するサイズの割合の関係は、すべてのデータを検討しても際立ったものではないことである。さらに、ヒトの線維化反応における繊維のサイズに関するデータと動物データとを比較すると、多少矛盾する結果も観察されている。すなわち、短い繊維の濃度が高まるほど相関性が高まることが明らかになっているが、長い繊維の濃度や線維化についてはそうではない。
繊維の寸法に焦点を当てたほとんどの文献は、生化学的相互作用が起こると考えられる粒子表面の潜在的な差異をほとんど認識していない。同じ質量の球状粒子と比較すると、長さと細さの相対的な増加に伴い表面積全体も増加するが、アスペクト比と表面効果の相関関係は正確ではない。Stanton研究で行われたように、長い繊維を短く粉砕するだけで、in vitro及びin vivoの両方で観察された活性は低下する。しかし、精製により表面の結晶性も低下するため、生物学的活性も低下すると考えられるが、この2つの独立変数間の関係は十分に解明されていない。さらに、microtopography、すなわち表面粗さも表面生化学において重要な役割を果たしている可能性が高いことが示されている。粒子に対する生物学的反応には、表面の平滑性や表面積が寄与している可能性が高いが、これらのパラメータは十分に研究されているとは言えず、場合によっては考慮されていない。例えば、Stantonの研究では、EMPによる断面形態(例えば、円形または円筒形のクリソタイルと、長方形または菱形の角閃石)に基づく表面の変化は考慮されていない。また、いくつかの研究では、アスベスト繊維表面における活性な水酸基及びスーパーオキシドラジカルの生成、とくに過酸化水素の存在下において、表面化学及び利用可能な鉄分が線維形成並びに発がんの重要な予測因子であることが示唆されている。その他の表面特性も、吸入された微粒子による疾病の様々な要因となることが示されている。形態学を超えて、クリソタイルのゼータ電位は多くの場合正であり、角閃石(例クロシドライト)は大幅に負である。無帯電と静電帯電のクリソタイルを動物に暴露させた研究では、静電帯電させた粉じんにより、より多くの肺線維症と腫瘍が発生した。これらの研究結果は、アスベスト繊維が疾病の病因において果たす役割については、繊維の総数や寸法の範囲だけでは決定できないことを示している。
6 考察
特定のアスベスト鉱床における異なる鉱物間の複雑な関係を考慮すると、特定の鉱物種の具体的な毒性について理解するのは困難である。人体に導入されたこれらの鉱物ナノ粒子の複雑な相互作用や、結果として生じるクリアランス機構の著しい変動性と相まって、Suzukiらの研究で得られた困難な教訓や不都合な真実を無視すべきではない。すべての種類のアスベストは発がん性物質として知られており、現在も進行中の研究によって、健康への懸念の対象となるEMPの範囲は狭まるどころか、むしろ広がりつつある。
1962年にThomas Kuhnは、パズルを解くために応用される通常の科学の危機的失敗から生じる必要な革命として、「パラダイムシフト」という用語を造った。この思考実験において、Kuhnは、人間が常に存在してきた枠組みから外れることに対する自然な抵抗と、通常のパラダイムの失敗が科学的革命に役立つことを明らかにしている。アスベストの科学においては、従来の定義は役に立たず、地球から採取されたもの、製造された製品に含まれるもの、あるいは疾病の原因となるスペクトル状の物質を定義するのに使用することはできない。
7 結論
環境の浄化とナノスケールでの微細材料の利用に現代の関心が集まるなか、定義、理解、及び学際的な協力の面で危機的な状況が生じている。簡潔な定義に基づく明確な行動計画がないため、われわれはいくつかの面で再定義する必要に迫られている。したがって、少なくとも短期的には、研究によって焦点を当てるべき分野が明らかになるまで、範囲と従来の定義を広げるしかない。ナノ材料の場合、そのサイズの範囲にある粒子はすべて有害として扱われることになる。同様に、アスベストの種類、形態、または鉱物によっては、ヒトへの健康影響が多少なりともあるものもあるかもしれないが、アスベストとして規制されている鉱物には、安全なレベルの曝露などないというのが一致した見解であり、定義の除外よりも拡大が最優先事項である。
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※https://www.lungcancerjournal.info/article/S0169-5002(24)00011-4/fulltext
安全センター情報2024年12月号