脊髄損傷で障害1級、労災で汚された35年間の人生を放棄した鉱夫に『遅い判定』 2023年04月18日 韓国の労災・安全衛生

イメージトゥデイ

35年間、下半身が麻痺し、療養中に自死した炭鉱労働者の事情が、遅れて知らされた。裁判所は既存の労災との相当因果関係を認め、極端な選択を業務上災害と認定する趣旨の調停勧告を行った。

小便器をつけて車椅子の身体、うつ病を発症

<毎日労働ニュース>の取材によると、ソウル行政裁判所は炭鉱労働者のA(死亡当時68歳)さんの配偶者が起こした遺族給付と葬祭料の不支給処分取り消し訴訟で、原告勝訴の趣旨で調停を勧告した。『調整勧告』は、裁判所が行政処分減軽の余地がある時に、行政部署に職権取り消しと再処分を勧告し、訴訟を起こした原告には、訴訟の取り下げを勧告することをいう。

Aさんは1985年7月、忠清南道の炭鉱で鉱夫として働いていて、岩に当たって下半身麻痺が起こった。当時の年齢は33歳だった。この時から果てのない療養が始まった。障害等級1級の判定を受けたAさんは、約3年間(1112日)の入院治療と約30年(1万1180日)の通院治療を受けた。下半身麻痺のために車椅子の世話にならなければならなかった。膀胱と尿路感染も発症した。尿管によって体温が37度まで上がるなど、高熱に苦しめられたりもした。

何よりも、役割を果たせないという自壊感がAさんを極端に追い詰めた。遺族によると、彼は西ドイツで派遣鉱夫として働き、西ドイツの専門大学で機械組立技能士を取得し、帰国後、職員訓練院の教師を希望した。しかし、事故によって日常生活が不可能になり、無力感に苦しんだ。

ついに強いうつ病の症状が現れた。2011年に呼吸困難になり、2014年には、重症のうつ病エピソードで約30回の治療を受けなければならなかった。Aさんは医師に「死にたくて洗濯ロープに首を吊るした。」「呼吸が苦しく大変だ」などを訴えた。手足が麻痺する感覚と同時に、食べ物の味を感じられなかった。その上、薬を飲んでも一日に3時間しか寝れない程の激しい不眠症に罹った。

遺書を残して極端な選択「余りにも痛くて苦しい」

特に、頼りにしていた被災者の同僚四人の相次ぐ極端な選択が衝撃となった。Aさんの妻は、「同僚の死によって夫が不安感を訴えることが多くなり、よく『死にたい』と言った」と供述した。Aさんは「痛くて生きていけない。足をいっそ切ってしまって欲しい」などと、痛みを度々訴えたと言う。

二度も極端な選択を試みた。精神科にも通ったが好転しなかった。結局「とても痛くて苦しい」「君たちに申し訳ない」などと書かれた遺書を残して、2020年5月に自ら命を絶った。しかし、Aさんの妻の遺族給付申請を公団は拒否した。労災を受けて35年が経ち、極端な選択との医学的な因果関係を確認できないというのが理由だった。

Aさんの妻は2021年5月に訴訟を起こした。遺族側は「故人は下半身麻痺などで、一生車椅子生活をしながら小便器を常時着用し、最小限の身体機能まで維持することが難しかった」とし、「故人の事情を考慮しない公団の処分は、裁量権を逸脱・濫用して違法だ」と主張した。裁判所は、一度弁論を行った後、調停を勧告した。宣告の前に、公団自らが処分を取り消せという注文だ。Aさんの妻は夫の死亡から三年目に労災が認められた。

遺族を代理したキム・ヨンジュン、キム・ウィジョン弁護士は「労災事故で30年を超える長い期間を障害1級の状態で療養していた勤労者が自ら命を絶った事案で、診療記録・遺書の内容・療養期間中のエピソードなどを総合的に考慮し、労災事故と自殺の間の因果性が認められたことに意義がある」と話した。

2023年4月18日 毎日労働ニュース ホン・ジュンピョ記者

http://www.labortoday.co.kr/news/articleView.html?idxno=214588