【特集/労災保険のメリット制度】経験率は労災補償制度を敵対的にする-ILO労働安全衛生エンサイクロペディア(2011.2.23)

25. 労災補償制度

組織・運営・裁定/医学的問題

…保険会社によって運営される制度では、保険者または使用者が医学的問題の判断に関与し、そのために医学的情報にアクセスできることが普通である。制度が社会保険である場合、その選択の理由のひとつは医学的情報の機密性を保持することである。使用者が医学的問題の判断に参加することを禁じられていたり、査定率を請求費用の経験への参照によって変動しないものにして使用者に参加するインセンティブが与えられない場合もある。経験率[experience rating-訳注:「経験」を「実績」、「率」を「査定」に置き換えることも可能だろう]が使用される場合には、制度が敵対的なものとなり、労働者に関する医学的情報が一般に使用者に開示される。…

財政/経験料率

多くの制度では、使用者が支払うべき保険料または査定は、他と比較して当該使用者の請求経験を参照することによって、当該使用者が属する分類[クラス]または小分類の標準率から変動するだろう。これは、「経験率」と呼ばれている。「メリット率」と呼ばれることもあるが、誤った呼称である。なぜなら、率の変動はいかなる種類のメリットとも関係がないことが知られているからである。通常、変動の計算式には主に請求費用の経験を用いるが、請求の頻度など他の要因を参照することによる変動を含める場合もある。死亡事例について、最低限のみなし費用を設定する場合もある。小規模使用者は通常、経験率から除外されるか、または含められるとしても、小規模使用者に適用される率の変動は相対的に限定的になるかもしれない。

経験率は、保険会社が運営する制度では標準的なものである。労災補償の社会保険制度でも使用される場合があり、近年そうした制度におけるその使用が拡大しているが、それは大体においてそれらの創設の論理的根拠とは相容れない。社会保険制度の大きな利点は、請求の裁定において、対立的なプロセスを回避できることである。経験率の使用は、その利点を制度から奪うことになる。

保険会社が運営する制度では、経験率は通常、請求に伴うすべての支出に対して適用される。社会保険制度では、それが当てはまることもあるが、経験率が金銭給付に限定されているものもある。医療扶助やリハビリテーション費用には適用されない。これは、敵対的プロセスの使用を最小限にするためである。

経験率に関してもっともよく聞かれる論拠は、それが使用者に業務上の障害の頻度と重大性を減らすインセンティブを与えるというものだが、そのような効果があるという信頼に足る証拠はない。経験率が安全衛生に対して有益な効果があることを示すと称する唯一の「研究」は、効果の測定として請求データを使用する。いくつかの理由から、請求データはそのような目的に適切に使用することはできない。経験率は使用者に、請求の提出を妨げまたは抑制し、積極的な情報の差し控え、請求に反対し、請求者に有利な決定に不服を申し立て、請求者に早期の職場復帰を迫り、請求者に関する個人医療情報を求め、請求者にさらなる医学的検査を要求するなどの経済的インセンティブを与える。これらの慣行の一部は一般的に合法なものではあるが、それらの使用が広範囲に及ぶと、請求データを安全衛生に関する経験料率の「成功」の尺度として使用することを不可能にする。また、これらの慣行は、制度の管理・裁定費用を増加させ、それが生み出す遅延や治療上の損害のために、おそらく補償費用も増加させる。

経験率は使用者に、状況によっては障害者のリハビリテーションを促進するインセンティブを与える可能性もあるが、全体的にはリハビテーションに対する経験率の影響はおそらくマイナスである。一般的に、軟部組織の損傷はすべて疑わしく扱われることになる。そのような態度は、不安の原因となり、リハビリテーションの障害になり得る。また、経験率は使用者に、障害者を雇用することや、障害を負った労働者の雇用を継続することを思いとどまらせるかもしれない。これは主に、何らかのその後の障害の補償費用が、その影響が以前の障害によって増悪した場合により大きくなる可能性があるためである。経験率のこのマイナスの影響を打ち消すために、一部の管轄区域は「二次傷害基金」を使用している。後遺障害の補償費用の一部は、使用者の経験勘定ではなく、その基金に請求することができる。この基金の費用は、すべての評価分類とすべての使用者に分散される。基金の使用のルールは様々であるが、一般的原則は、何らかの既存の障害や状態が補償される障害の原因に寄与し、その重大性を高めたり、補償結果を増加させたりした場合、当該障害の補償費用の一部は二次傷害基金に請求されるということである。

これらの基金はその目的を達成していない。これは部分的には、多くの使用者が障害をもつ人々の雇用を避ける(現実のまたはそう考えられている)他の理由や、二次傷害基金への費用の移転が、後遺障害の発生後に請求の裁定で判断されることに依存するためである。また、二次傷害基金への費用の移転の申請を処理する費用も、経験率が制度全体の費用を増加させるもうひとつの理由である。
経験率は、第一印象では、使用者間の費用配分の公平性を向上させるように見える。ある程度はそうであるが、新たな不公平も生じさせている。例えば、二次傷害基金または他の一般基金への費用の移転の申請は、その目的に従事するスタッフまたは外部コンサルタントを雇っている大規模な使用者によって行なわれるのが一般的である。このような移転の結果は、分類または小分類の標準率が上昇することであり、最終的な結果は、小規模な使用者による大規模な使用者の肩代わりなのである。…

安全衛生

…一部の管轄区域では、労災補償機関が労働安全衛生に関する政府の規制管轄権も有している。これらの管轄区域では、労災補償制度は、労働安全衛生を支援するために広範囲に利用することができ、また時には利用されている。この利用には、請求記録から計画監督や他の目的のための安全衛生情報の提供から、いくつかの技術的・専門的資源の共有、及びいくつかの支援サービスの共有が含まれるかもしれない。もっとも価値のある関係は、労働安全衛生規制・命令の執行のための制裁として、補償評価額の調整を利用することである。使用者が支払うべき評価額は、(紙の記録を参照することによるのではなく)監督時に観察された危険な状況を参照することによって増加する可能性がある。これは、(高レベルの有害物質汚染の継続を含め)刑事制裁が不適切または不十分な幅広い状況において使うことのできる安全衛生要求事項のための唯一の適切かつ利用可能な制裁である。

補償制度は、労働安全衛生規制の執行のための制裁を提供するために、他の方法でも利用することができる。例えば、使用者による規制または命令の重大な無視やその他の重大な過失によって障害が生じた場合、使用者は請求の費用の全部または一部の支払いを命じられるかもしれない。このようにして、一部の管轄区域では、労災補償における一般的ルールとしては使用者の側の過失は無関係であるが、極端な場合における例外というやり方で、安全衛生要求事項違反に対する制裁としてそれが行使され得る。安全衛生監査の利用による評価額の変動は、広範な規模では可能性はないが、限られた状況においては可能である。…

原文:https://www.iloencyclopaedia.org/part-iii-48230/workers-compensation-systems