指針はあっても遅れる産災疫学調査・・その間に労働者は亡くなる 2021年10月20日 韓国の労災・安全衛生
18才の時にサムソン電子に入社し、液晶表示装置(LCD)天安事業場(現:サムソンディスプレイ)で7年間働いた後、乳癌と診断されたAさん(39)が先月19日に死亡した。Aさんは2019年12月に勤労福祉公団に産業災害補償を申請したが、死亡までに1年8ヶ月が過ぎたのに産災承認の有無を通知されなかった。問題は、疾病と有害・危険要因の因果関係を問う『疫学調査』だった。京郷新聞が取材した結果、政府はこの疫学調査に必要とされる期間を内部指針で定めたが、相当数の事件がこの指針に従わずに処理していると確認された。
共に民主党のイ・スジン議員を通して確保した資料を見ると、勤労福祉公団傘下の職業環境研究院は、業務上疾病の審議と諮問規定によって、依頼を受けた諮問を3ヶ月以内に処理しなければならないが、昨年の処理事件全体(491件)の56.6%(278件)は規定に違反して処理された。3ヶ月は、事業主などへの追加資料の要請、同僚労働者との面談、特別診察など、研究院の外部で行われる手続きを除いた期間だ。
具体的に事件処理が遅れた理由としては、『疫学調査の遅延に伴う順送り的な進行』が70.5%(196件)で最も多かった。『文献考察』は20.5%(57件)、『試料採取』は8.99%(25件)だった。疫学調査のために処理が遅れた事例の中では、最終診断名ががんのケースが37.2%(73件)だった。
職業環境研究院の疫学調査に必要とされる平均期間は、2019年は206.3日、昨年は275.2日、今年は7月までに376.4日で、指針を遙かに越えた。3ケ月以内に終わらせるべき疫学調査が1年超えて続いているということだ。指針に違反して処理した事件の比率は、最近の5年間でずっと悪化してきた。2017年は33.4%、2018年は40.7%、2019年は42.5%と比率が上り、今年は8月までに278件中の70.8%の197件が指針違反だった。
稀貴疾患や新種の職業病関連の疫学調査をする産業安全保健公団傘下の産業安全保健研究院も、状況は同じだった。疫学調査評価委員会の運営指針は、産業安全保健公団が疫学調査を依頼された日から6ヶ月内に、疫学調査の結果を審議・議決しなければならないと規定する。しかし6ヶ月以内に疫学調査を完了して勤労福祉公団に回答した事例はないことが明らかになった。産業安全保健研究院の疫学調査に必要とされる平均期間は、昨年基準で438日だ。労働人権団体「半導体労働者の健康と人権守り」(パノリム)が処理遅延だと把握したサムソン関連の申請だけで11件だ。この内4件は、2018年に申請して、年数で3年を越えた。
労働界は、疫学調査に余りにも長い時間が必要とされるのは問題だとして、いわゆる『推定の原則』を適用し、疫学調査を省略すべきだと政府に要求してきた。産災処理が遅れるほど、被害者が適切な治療を受けられないなどの困難に遭うためだ。Aさんの夫がパノリムに送った手紙で、「(産災処理が遅れる間)妻の病状はずっと悪化し、生死の峠も越えて、辛うじて生命を繋いでいきつつあるが、そんなに大変な闘病生活をしながら、家計の相当部分が自分の治療費と看病費に必要な状況を申し訳ないと考えながら闘病している」と書いた。
これによって、労働部は疫学調査を省略して産災処理期間を短縮する方案を導入した。半導体・ディスプレイの労働者に対して疫学調査省略基準を作り、ポスコ事件では、疫学調査を省略して産災を認めた。しかし、既に産災と認定された労働者と同じ職種で、同じ時期に働くなど、省略対象になるための要件が厳しく、省略範囲を拡げるべきだという意見が出ている。
クォン・ドンヒ労務士は「職業病や職業性がんに対する産災の判断は法律的な判断なのに、医学的な相関関係を明らかにするという理由で疫学調査をしている。」「(労働者が働いていた)現場がなかったり、研究された事例もないため、疫学調査に時間が永く掛かっているが、このように医学的な原因を明らかにするシステムは、産災に関する基本法理とは異なる」と話した。イ・ジョンラン労務士は「疫学調査は、科学的に証明されるケースにだけ業務関連性があると認めるので、2~3年かけて疫学調査が行われたと言っても、被害者には役に立たない。」「細部工程でなく、大工程単位に大きく分類して、同種の疾患の場合は産災と認定する形で疫学調査を省略できるのに、労働部も誰も積極的に取り組んでいない」と話した。
大法院は、産災認定では、疾病と死亡の間の因果関係は、必ず医学的・自然科学的に明確に証明されなければならないというものではない、という立場だ。特に、大法院は2017年に、多発性硬化症を病んだサムソン電子LCD労働者に産災を認め、労働者と疾病の間の因果関係の糾明が現在の医学と科学水準では困難であっても、因果関係を簡単に否定できないとした。作業場で発生し得る産業安全保健上の危険を、事業主か勤労者かのどちらか一方に転嫁するのではなく、公的な保険を通じて産業と社会全体が分担する、という産災保険制度の目的を考慮したのだ。
公団側は、Aさんの死亡は残念だとしながら、人員不足と装備の老朽化などで疫学調査が遅れざるを得ない事情があると説明した。職業環境研究院のある関係者は「人材がいない」として、「仕事が余りにもきついので、専門の人材がこようともせず、今いる人たちも退社している状況」と話した。別の公団関係者は、「疫学調査は、有害物質への曝露があったかを見付け出すための努力で、もし見付け出せれば波紋が大きくなり、作業環境も改善される」として「時間が永く掛かっている過程では残念な状況もあるが、疫学調査省略の手順を拡大できる方法を引き続き検討している」とした。
イ・スジン議員は「職業性疾病の場合、被災した労働者が事業場の有害・危険因子をよく知らなかったり、企業が営業上の秘密を理由に有害・危険因子を明らかにしなかったりして、業務上の因果関係の立証責任を労働者に転嫁したり、労働力不足に苦しんでいる研究院だけに押し付けるのは正しくない。」「推定の原則を幅広く適用して疫学調査を省略し、究極的には、職場で疾病に罹ったり怪我をすれば、産災承認の前に産災保険で先ず保障し、労働者を迅速に手厚く保護する制度への改善が切実だ」と話した。
2021年10月20日 京郷新聞 イ・ヘリ記者
https://www.khan.co.kr/national/labor/article/202110201545001