過重労働に対する私たちの取り組み
電通(東京都)新入社員高橋まつりさんの過労自死、三菱電機情報技術総合研究所(鎌倉市)入社2年目の男性社員の過労による精神障害の事件は、社会に激震を与えたと思います。
ともに、残業時間の過少申告を強いられた長時間労働にパワーハラスメント等も加わって、若者の生命と健康が奪われた事例であることが衝撃を与えました。2人の例だけにとどまらないことも明らかであり、7月には、新国立競技場の建設現場で現場監督をしていた新卒男性が過労自死に至り、両親 が労災申請したことが大きく報じられています。
また、どちらも労災認定がなされただけでなく、労働基準法違反等に係る強制捜査から書類送検にまで至ったことも社会的に大きな注目を集めた理由のひとつだったでしょう。後者では、2017年1月11日に三菱電機と当時の上司を書類送検。前者では、2016年12月28日に電通と当時の上司を書類送検した後、2017年4月25日には、愛知・京都・大阪の各労働局が、労使協定の上限を超える違法な残業を社員にさせていたとして3支社の幹部3人を書類送検しました。2017年7月12日に東京簡易裁判所が、書面審理で刑を科す略式命令は「不相当」と判断し、正式裁判を開くことを決めたことも異例でした。 過労被害の労災認定を契機としなくても、違法な長時間労働で書類送検される事例も報道されるようになっています。2017年3月15日-パナソニックと同社の富山県内の工場幹部2人、同年6月14日- 大手旅行会社エイチ・アイ・エスと幹部2人等です。
企業の責任は、労災認定がなされ、上積みの損害賠償がなされればそれですむというものではなく、その刑事責任も本来問われなければならないことです。過労健康被害が起きる前に、違法な長時間労働等について刑事責任を追及することは、予防の観点からもきわめて重要です。 しかし、労働基準監督に関する方針等がほとんど公けにされることがなく、情報公開法を活用して 開示させたとしても墨塗りだらけで内容がわからないことも大きな原因となって、在野からの注文や監視は不十分であると言わざるを得ません。
全国安全センターが毎年行っている厚生労働省労働基準局部課等の施行簿の開示によって、と りわけ2016年度に重要な労働基準監督関係通達が発出されていることが判明しました。本号では、13~16頁にその概要を紹介しています。関係通達文書等についても今後紹介していく予定です。当該事業場だけでなく企業本社を含めた監督指導や違法事例の公表の強化等に加えて、長時間労働の是正だけでなく、健康管理やメンタルヘルス対策(パワーハラスメント防止対策を含む)を指導内容に加えてきていることがわかります。こうした内容を承知したうえで、より強力かつ適切な監督指導対応を求めていくことが重要でしょう。
関連して例えば、アスベスト関連疾患の労災認定事例のあった事業場名は毎年継続公表されて いるにもかかわらず、過労死等についても同様にすべしという全国過労死を考える家族の会らの要望はいまだ実現されていません。違法な長時間労働に関して、是正段階指導での企業名公表に強化されたのを、さらに一歩進めさせたいところです。
他方で 、時間外労働の上限規制、高度プロフェッショナル制度の創設、企画業務型裁量労働制の見直しなどの労働基準法改正がもくらまれています。これらが、長時間労働是正や過労死等予防に逆行するものであることは言うまでもありませんが、いま問われていることのひとつは、このような政策決定プロセスに患者・家族らの声をいかに反映させられるかどうかということではないでしょうか。 過労死等防止対策推進法の成立に伴って設置さ れた過労死等防止対策推進協議会には、労働行政としては初めて、当事者-全国過労死を考える家族の会の代表が委員に加わっています。長時間労働是正や過労死等予防対策の策定に当たって過労死等被害者・家族の声が重要だという当然のことを社会が実現できるかどうかが問われていると思います。そして、それを過労死等以外の対策に対しても広げていくことが重要です。
なお、全国安全センター内部ではメンタルヘルスハラスメント対策局を設置して、隔月程度の頻度で集まりをもちながら、いじめメンタルヘルス労働者支援センター等とともに取り組みを進めているところですが、上記のように長時間労働是正の監督指導にパワーハラスメント防止対策も盛り込まれ、2017年4 月28日に「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」が公表されたことも踏まえて、ガイドラインの策定、予防法の制定の要求を強く促進していきます。また、長時間労働是正の監督指導におけるメンタルヘルス対策はストレスチェック制度の実施が中心ですが、こちらも2017年7月26日に初めての実施状況が報告されていることを踏まえて、見直しを迫っていきたいと思います。
「働き方改革」関連一括法案の最悪の部分である労働時間規制の新たな適用除外-「高度プロ フェッショナル制度」は、2006~07年に「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」として導入が図られました(当時は「労働ビッグバン」の一環と称されていました)。これに対して、様々な取り組みのなかでも、とりわけ全国安全センターや過労死弁護団・日本労働弁護団等が連絡を取り合って「過重労働により健康や命を脅かされる体験をした労働者とその家族」有志約20名がこの導入に反対して、連合会 長と面談するとともに、厚生労働大臣・労働条件審議会労働条件分科会長宛てに要請書を提出して記者会見を行い、少し遅れて全国と各地の過労死を考える家族の会としての取り組みも本格化したことが、「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」導入阻止の重要な契機となったと考えています。 法改悪を阻止することができたという自信から、2008年には両弁護団による過労死防止基本法制定提案につながり、全国過労死を考える家族の会を中心とした粘り強い取り組みが、2014年の過労死等防止対策基本法の成立・施行、専門家委員8 名、当事者・労働者・使用者代表委員各4名からなる過労死等防止対策推進協議会の設置等という画期的成果につながりました。全国各地での過労死等防止対策推進シンポジウムの開催等とも連動して、新たな地域に過労死を考える家族の会を設立する動きや、遺族だけでなく過重労働により健康 や命を脅かされる体験をした労働者の参加を促す動きも出てきています。
「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」が「高度プロフェッショナル制度」に衣替えして導入するなどの「働き方改革」関連一括法案の問題点を明らかにし、反対する取り組みのなかで全国過労死を考える家族の会らが果たした役割には目覚ましいものがありました。国会、首相官邸や様々な集会・行動のまさに最前列で常にがんばっている姿はメディアも無視することはできませんでした。
残念ながら法案は強行採決されてしまいましたが、法律の実施、さらには過労死・過労疾患の予防・補償等において、患者・家族らがこの間の経験も生かした活躍をすることが期待されますし、連携を図っていきたいと考えます。法案審議の初期の段階で撤回させることに成功した「裁量労働制の拡大」についても、厚生労働省はあらためて検討 会を立ち上げるとされており、注意が必要です。