パワーハラスメント法規制をめぐる混乱/人権侵害を足場にして問題を立てる必要性-金子雅臣氏(労働ジャーナリスト、IMC(いじめ メンタルヘルス労働者支援センター)第24回「ワンコイン講座」講演)

IMC(いじめ メンタルヘルス労働者支援センター)の第24回「ワンコイン講座」は労働ジャーナリストの金子雅臣さんに「パワーハラスメント法規制をめぐる混乱」のテーマで講演してもらいました。

定義から「人格・人権」が消えた

パワーハラスメントの定義はいろいろな団体がおこなっていますが、みな「人格、人権」が入っていて、人権侵害ととらえています。

2011年に「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が開始されましたが、円卓会議ワーキンググループも「労働者の尊厳や人格を侵害する許されない行為、また、これを受けた人だけでなく、周囲の人、これを行った人、企業にとっても損害が大きい」といっています。スタートラインは、おおむねここに議論があったと思われます。

しかし、円卓会議の概念規定になると抜け落ちます。厚生労働省に問い合わせると、「『提言』を細かく読むと書いてある。だから定義にあえて入れる必要はない」とのことでした。この段階ではまだ意識はされていますが、定義から「人格・人権」はは消えました。行為類型の6パターンは、人権を意識した分類です。

ところが、「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」では回を重ねるごとに「人権」の文字は少なくなり、今回の「パワハラ防止法」が制定されると、ほぼ消滅します。パワハラには3つの要件に該当しなければなりませんが、人権侵害が前提にならないと、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」といっても背景に何があるかとらえられないと、「何をいってるんだ」となります。

「提言」と同じ頃、パワハラに該当するかどうかの裁判所の判断が出たことをうけて、「心理的負荷による精神障害の認定基準」が出されました。労災認定の背景においても、「部下に対する上司の言動が、業務指導の範囲を逸脱しており、その上に人格や人間性を否定するような言動が含まれ、かつ、これが執拗に行われた」とあります。人権、人格を基準にした認定基準になっています。

パワハラをどこで括るのかの混乱

こういう経緯があったわけですけど、何でこんなことになっていったのか。

2018年に検討会の報告書が出されましたが、検討会の討論の過程で、パワハラをめぐる2つの主張の対立があります。

1つは、パワハラは表面的な問題ではなく、企業競争の激化などによる深刻な人権侵害の問題が背景にあって発生し、それが集大成されていく。労働組合が中心になって主張してきました。もうひとつは、経営側で、あくまで管理職個人の熱血指導、逸脱だととらえようとします。

この綱引きが続いて、法制化する段階で、お互いに最終的に「措置義務」で妥協し、人権侵害の概念が抜けてしまったということだと思います。

その結果が、「指針」で該当する例・しない例が出されます。やり過ぎていなかったらセーフになります。やっていいこと・だめなことの中から、人権侵害の視点が抜けています。そもそも人権侵害行為があったらアウトです。

今日もたらされている混乱は、措置義務としたことも含めて、パワハラをどこで括るのか、なぜ法律で定めてストップをかけるのかという根本が抜けてしまったことです。とくに企業側の主張の背景には、これを契機に企業内の人権問題として発展させたくない、あくまで個人の問題にとどめたいという意図が働いていました。

しかし、ここにきていろいろなところで、職場の人権侵害が問われ始めています。最近は、「三密パワハラ」が起きるといわれます。密に連絡を求める、密に監視する体制が強まった、そして、密に会議をするオンライン会議などです。

上司は部下がリモートの前から消えると、日常的監視体制ができなくなり評価できないと不安になる。管理職の役割として日常的な管理が抜けるわけで、結果だけで評価するシステムになっていないので、評価する側の恐怖感が起きています。一方で、働く側は、いろいろなことで拘束され、家庭にいるので、家庭との両立のおちつかせかたが難しくなる。むしろ、職場にいるよりもストレスが高かったりします。

これ以前にも、密に監視するという人権を侵害する仕事のやり方は問題であるという指摘がありました。フランス流に「つながらない権利」のようなことを考えなければならないという動きが出てきていました。

今回は働き方が、評価の仕方、パワハラ問題を含めて問われてきます。このような状況が足元から問われてきています。しかし、笊のような法律を作って何ができるのか。

背景を見てないとパワハラは見えてこない

一方で、そもそもと考えると、職場で実感するハラスメントはどういうものでしょうか。

結果が求められる職場では、過剰労働、滅私奉公型の労働が増えてやりがいを失っています。その結果、燃え尽きる職場の問題が起きています。一方で、労基法違反の働き過ぎの職場があり、問題が起きています。起きているのは人権侵害の問題です。裁判の流れでは、スルガ銀行のように、「数字ができないならビルから飛び降りろ」といわれるようなことが起きています。背景を見てないと、パワハラとは何かということが見えてこない。

過労死の問題から逆にパワハラの問題を見ると事態は見えやすいです。過労死問題の基本は、パワハラとセットにしないと解決できないように思われます。

従来は、長時間労働の過労死基準をつくり、数字に頼っていました。しかし、どうして自分でブレーキをかけないで働くのか、長時間働いて鬱になるのか、そこには長時間だけでは割り切れない問題があります。「過労死防止対策大綱」では、長時間労働だけではとらえきれないということのアプローチがなされてきています。

パワハラはだれに聞いても「それはだめだよね」という。それでも起きる。過労死と重なります。
神奈川県厚木市の裁判になったケースです。

「2人は精神的疾患で2カ月の療養が必要と医師に診断され、療養休暇中。2人から相談を受け、市が職員19人に聞き取り調査をしたところ、10人以上がパワハラ行為を見たり聞いたりしていた。6月中旬から、療養に入る直前の9月中旬まで、頻繁にあったという。
同市でパワハラによる処分は初めて。市は29日付で部長を総務部付け専任参事とする人事も発表した。」(「朝日新聞」2016.1.8)

こういうケースが多いです。研修なども開催して、周りが知っていても止められず、事態が深刻化していっています。意識的にとらえていかないと見えてこない。

ハラスメントの許容度が高い

とくにわかりやすい事例として、消防があります。

「『死ね』『辞めろ』と暴言を吐き、殴るなど部下計29人に対しパワーハラスメント行為をしたとして、山口県長門市は22日、同市消防本部西消防署の男性小隊長(42)を分限免職とした。県警長門署は暴行の疑いもあるとみて調べている。
同市消防本部によると、小隊長は2012年ごろからパワハラ行為を繰り返していたとみられ、被害は小隊長と部下の2人きりでの勤務時に集中していたという。パワハラ被害を受けた職員のうち1人は今年7月末に依願退職した。
大西倉雄市長は『誠に遺憾。消防本部には猛省を求め、不退転の決意で再発防止に取り組むよう指示した』とコメント。市消防本部は退職金が出ない懲戒免職としなかった理由を『小隊長と部下の意見に食い違いがあり、診断書など被害の具体的な証拠がなかったため』と説明している。」(「産経WEST」2017.8.22)

消防では、この3年ほどに突拍子もない事件が全国で起き、消防庁は検討会をもうけてパワハラ防止対策に乗り出しました。しかし、階級組織でなかなか止まらない実態があります。

私は研修で呼ばれたときに、「周囲はなぜ止められなかったのか」とアンケートをとりました。その結果は、「(目の前で起きていることが)パワハラかどうかの判断ができない」が一番多かったです。熱血指導がパワハラ化のジャッジができない。ボーダーラインが高いです。つぎは、「上層部が容認している」。単に自分たちがやってきたから容認しているのではなくて、部下の壮年クラスにバトンタッチしています。部下は、「もしそれを指摘すると報復が怖い」。タテの繋がり、横の繋がりが濃くて、仲間なずれになる。職場の支持を得られない。

そして、「自分には関係ない」と切り捨てます。横の繋がりがありません。

問題は消防だけではく他の企業もそうですが、率直に語らせるとかなり本質的なもの、本音が出てきます。その裏側にある本質が想像できます。いかに職場の横の連帯がないとだめなのか、職場が強要しているのでなかなか実行できないとか、目の前で起きても助ける構造になっていない。このようななかでパワハラは繰り返されています。

これを一般企業に置きかえるとどうなるか。ハラスメントの許容度が高い、ハラスメントといえないととらえています。行為者に自覚がありません。上層部が容認しているので、迅速・適切な職場対応がされません。事なかれ主義になって隠されます。深刻な問題に発展しないと、表ざたにならなりません。そして、ほとんど上層部に対する処分がおこなわれない暗黙のルールがあります。上層部が自分の身をまもるためにも軽い処分になります。

パワハラがとり上げられるようになったのは、時代がかわって職場が、人権侵害を問題にせざるを得なくなり、あぶり出されて出てきたと思われます。

その典型的な職場の変容が、仕事量の増大、スピードが求められる、正確さを求められるなどがあげられます。みな競争して走っています。さらに、就業形態が、仕事の仕方、考え方が多様化しています。成果主義、集団作業が個別化になったり、裁量労働になったりして横の繋がりがなくなり、コミュニケーションと遣り甲斐を失っています。

とくに注目していかなければならないのが、「令和元年版過労死等防止対策白書」によると、業界、業態によって過労死の数字が大きく違ってきていることです。長時間労働が多い建設業、メディア業界に過労死等が多いです。業種、業態でパワハラの現れ方も違ってきますので、今後、その洗い出しも行われると思います。

一番被害を受ける人に有効な法律でない

パワハラ防止法の問題はいろいろな角度からいえますが、ILO条約について、今後につながる問題を3つあげます。ILOは「職場の暴力」について条約にしたわけです。日本もそれに向けて取り組まなければならないのですが、国際スタンダードとのずれが、この後問われてこざるを得ません。

1つ目は、ハラスメントに対するとらえ方です。ILOは職場における暴力という全般的なとらえ方、根っこはひとつとして、全部人権侵害ととらえてそれぞれを規制していくという考え方です。日本は、ハラスメントを一つひとつバラバラにとらえていくというやり方を取っていて、いってみれば、個別縦割りです。モグラたたきのような法律を作って対処することの限界があり、隙間が出てきます。そういうことの考え方を整理していく必要があります。

2つ目は、罰則規定がない。措置義務というやり方をやって、尻抜けの取り組みをしました。ILOは罰則付きを勧告しています。日本では、措置義務で啓蒙的にやっていくといいます。セクハラ問題では、20年もそういうことをいいながら、依然として法律を作らない考え方も問われてきます。
3つ目は、日本はどこで、だれが被害者になっているか無関心です。典型的には、カスタマーハラスメントは、現場で起きているし、厄介な問題です。一番被害を受ける人に有効な法律が行き届きません。これも、ILOの考え方からはずれが出てきます。

日本は、このような国際水準に合わせていかなければなりませんので、運動を強めて法律を変えていく必要があるだろうと思います。

「業務上の必要性」と人格侵害の有無でジャッジ

マネージメントとしてのパワハラについてです。

一番厄介なのは、結局法律ができたけど、パワハラっていったい何なのということです。枠組みではなくて、現実に起きたパワハラをどうとらえて対応していくか、どう判断したらいいのか戸惑っているのが現状です。

私見ですが、3つのポイントがあると思います。

1つは、コアになる裁判などで争われる不法行為、労働災害があります。2つ目は、企業が懲戒処分の対象にする、せざるを得ない企業秩序違反のようなことで括る判断の仕方です。3つ目は、不適切ではあるが、懲戒の対象とはならない行為とする判断です。

問題は、中心の枠組みをどう判断していくかです。

現実のパワハラのとらえ方は、訴えの度合いです。「それってパワハラじゃないの」という段階からだんだん深刻化し、裁判所の判断になりますが、その手前で判断していかなければなりません。企業はとらえ方や考えかたの幅があっても構いませが、どう対応するかを整理しておく必要があります。

裁判所が不法行為と判断している部分は、企業でもアウトです。その判断の仕方を借りながら考えます。

裁判所がパワハラではないと判断した、「はるやま商事」事件のケースを見てみます。裁判の判断は、「業務の適正な範囲を超えているか」です。具体的には、教育(業務の適正な)指導の範囲を超えているかどうかの判断は、言ったことを「教育指導のために言った」と説明できるか、その説明を聞いて、常識的に納得できるかです。

やり方は、言った人、やった人に「言ったこと、やったこと」の「業務上の必要性」について説明を求めます。答えは三択になります。①説明ができるケース、②説明ができないケース、③曖昧なケース。①は「業務上の必要性の判断」、②、③は「必要性の範囲を超えている」です。これで判断ができるのではないかと思います。

もうひとつは、人格侵害があるかどうか。言ったこと、やったことが教育としてきちんと説明でき、人権侵害がなければ、パワハラではない。説明できなくて、そこに暴言、人権・人格侵害が入っていたら、パワハラです。これを判断基準に入れていけば、現場でのパワハラの判断はそう難しくなくできます。

人事院規則を足場にパワハラ防止法も改正を

パワハラ防止法の議論と並行して、人事院の「公務職場におけるパワー・ハラスメント防止対策検討会」が開催されました。そこに私は、委員として参加しました。

パウハラかどうかについては、業務指導だけで判断するのではなく、その背景にある人権侵害をいれなければパワハラは抑えられない、そこは譲れないと主張して入れました。したがって、パワハラ防止法と人事院規則は違います。

セクハラの検討会でも、同じような議論を過去にしました。機会均等法の法律よりも、人事院の規則は厳しいです。公務員はもう少し水準が高く、こういう問題についてきちんと規制していかなくてはいけないという問題意識を背景におきながら議論をしています。

なにが違っているか。人事院の場合は、相手の受け止め方、相手が不快だと思ったらアウトです。被害者本人以外にもハラスメントと感じた場合には訴えることができる、つまり、間接的なハラスメントです。

そこを足場にして、パワハラ防止法ももう少し作り変えたいなと思っています。

いかに入り口で対処して終わらせるか

あわせて、パワハラが起きて鬱になって自殺する段階で議論をするのではなくて、いかにパワハラを入り口で対処して終わらせるか、本人がダメージを被らない前に解決をはかることに重点的に取り組める体制をどうやって作るのかが大事です。

いま、セクハラの場合は、訴えがあれば、必ず調査の手法を取ります。それに対して、パワハラは、その前に3つの取り組みができるだろうと思っています。

1つ目は、警告・通知。被害者は匿名で訴えることができ、会社は匿名でも訴えがきたら行為者に通知します。なおらなかったら次の段階に進みます。一番穏便な方法です。

2つ目は、調整。両当事者の言い分を聞いて、調整します。コミュニケーションギャップがあります。お互いに食い違っている部分があります。そういうときは、なるべく早めに間に立つ人をいれて調整します。

3つ目は、調停。第三者が両当事者の言い分を聞いて調停します。お互いに解決案を提起します。お互いにのめば了解できます。

4つめは、調査。被害者の申立てにより調査を行い、懲戒処分などをします。

調査、処分だけで対応しようとすると、訴える方もハードルが高いし、なかなか職場で解決ができません。それに対して、なるべくハードルを低くして、なるべく早めに出口を探ることが職場でできるようになれば、効果的ではないかと思います。

パワハラ防止法は、職場では対応できない問題も法律ができたら少しは判断できるのではないかと期待があったのですが、むしろ混乱の極みになっています。措置義務を就業規則に書け、教育しろといっていますが、ではどうやってやるのか、具体的に何をやるんだということで、企業も二の足を踏んでいるところが多いです。

もう一歩現実的なところで、かつ、一番コアな、企業の中の人権侵害を足場にして問題を立てるような流れができてくれば、パワハラ防止も生きていくと思います。

安全センター情報2020年11月号